第56話 最古の特殊部隊


「何だよ…あたしらって、恐竜がいる時代にタイムリープしたってことかよ…?」


「「「…………」」」


 アデラの呻くようなその問いに答えられる者はいない。いずれも押し黙り、その光景をただ息を潜め、見つめる事だけが唯一。



 ダダダ!!ダダダ!!ダダダダダダダダ!!


『キアア!!クオッ!!クアア!!』


「さっきの、俺たちの拠点内でやり合ったやつといい、いったいどうなってんだ!?それと、ここはどこなんだよ!?」

「知らねぇよ!もう、撃ちまくれるだけ撃つしかねぇよ!!」

「クソ!さっきの戦闘のせいで弾数がもうヤバい!!」 


 テロリストたちも負けじと、次々と襲いかかる野生のゲリラ部隊を迎撃。その数を減らしてゆくが、戦闘の連続で所持弾数が心許なくなってきている様子だ。


「あいつら、テロリストの割には結構やるわね……」

「ああ、多分あいつらなりの精鋭部隊ってところだろうな」


 敵だったはずのテロリスト部隊だが、中々の銃さばきとエイミング能力に、各自を補う連携もとられている。それにはアニータも感嘆の声を零し、アデラも同意見を呟く。


「ん~~、‶あいつ〟そろそろ動きだしそうですね……」


 今まで、ずっと無言で戦況を見つめていた伊織だが、少々見る視点が違っており、何かに気づいてそう言葉にした。

 


「「「!?」」」



「あいつ? いったい誰の事を言って……」

 

 この新人の娘は、何を見ているのだろうと、尋ねようとしたキャロルは言葉に詰まる。

 

 それは伊織の雰囲気が、先ほどまでの緩さと打って変わり、鋭利なものへと一転したからだ。

 

 どこか飄々ひょうひょうとした、すっとぼけたキャラだと思っていたが、先ほどの緩いながらも、並外れた観察眼と洞察力を披露。今においては、鋭い眼光で何かを冷淡に見据えている。まるで、歴戦の精鋭猛者さながらの様相。

 

「動きました!」


『グゥオオオッッ!!グオッ!グオッ!グオオオッ!!』


「「「!!!」」」


 一際、野太く大きい咆哮が木霊して響き渡り、少し離れた草むらの陰に潜んでいたその一体が姿を現した。

 


「あれは、この部隊の指揮官のようですね」



 その一体は、他のラプトルより一回りほど大きな個体。体色はグリーン、カーキ、黒が混じったタイガー迷彩のカラーリング。

 頭部から首元に掛けて、モヒカンヘアのような草色の毛が靡いている。その生まれながらにして、カモフラージュの装いは、正に天然のゲリラ兵士。



 そのリーダー個体の一声により、今までの直線的な動きから周囲を回りだし、曲線的な移動展開。更にそこから、蛇行や襲い掛かると見せかけ、フェイントなど、群の動きが複雑化し、戦術的な行動へと変化した。


「なんだ、こいつら!? 急に動きが変わったぞ!!」


「クソ! 弾が当たらなくなった!!」


「あぎゃあああああああ!!」


「ぐああああ!!やめ、こいつら!クソ!あぎゃうっ!!」


「ひぃあぁ! 俺の腕があっ!!」



 状況が変わった。



「……なぜ、気づいたの?……イオリ」


 この盤面をあらかじめ予測していたとしか思えない、伊織の観察眼に畏怖を抱くキャロル。


 そこに嘗て目にした事の無い、深く記憶に残るような凄まじい光景があれば、それに注視してしまうのが人の心理。その状況下で、他の目立たない所に目を向けるなど、当然稀な事であり、ひねくれた思考。

 だが、過去の偉人など‶天才〟と称される者は、大多数とは異なる視点を持ち得た、ひねくれ者が多いと言えるであろう。


「え? まぁ、あの映画でもそうでしたが、実際に目にしたら、しっかり統制された動きが見られたので、指揮系統が存在すると思い、辺りを見回したら案の定、遠くの草むらの中にあのモヒカンが見えたので、その様子を窺っていたんですよ」


「……なんか、すごい頭が回る娘ね…。まぁ理解はしたけど、とりあえず何か気づいた事があったら、私にすぐ伝えて頂戴。ちょっとあんたに、参謀を頼みたいところだわ」


 伊織の意外なスペックの高さに、キャロルも驚嘆を示す。この異常な状況の解決策プランを見出してくれるのではないかと、その期待度がうなぎ上りになる。


 しかし、この「早見伊織」はいったい何者なのか、一層謎が深まるばかりだ。


 この先で起こるニューヨーク怪異騒動の件での、散らかったキャラとは真逆。

 その反応も矛盾が感じられるほどの、冷静沈着で知略然的な彼女の印象は、非常にミステリアス。


 彼女はその素性どころか、印象や性格そのものまで偽る事に長けた、計算高いなどの言葉などでは決して片付けられないほどの、したたかさを持ち得ているように見える。


 それは、まるでどこぞのあれれっ子少年のバーロー名探偵のようだ。



 そして、今まで何とか凌いできた、精鋭のテロリストたちであったが、群のリーダーの出現により、次々とその牙と鉤爪による犠牲者が出始めた。



 背後から跳びかかられて押し潰され、その爪で背中大きく抉られ、更に首を噛み砕かれる者。


 通りすぎに腕を噛まれ、そのままの勢いでもぎ取られる者。


 脚を払われ、腹部を屈強な獣脚で踏み潰され、臓器が破裂。その圧力で脱糞失禁する者。


 頭頂部から鉤爪を立てられ、顎まで引き裂かれる者


 複数に押し倒され、腹部を食い裂かれて臓物を引き出される者


 直接、頭にかぶりつかれ、頭蓋を噛み砕いてから、首を勢いよく引き千切られる者など、周囲は血肉飛び散る、正にの地獄絵図が刻々と凄惨に描かれていった。


 

 そうして、フォーメーションが瓦解した精鋭テロチームは、もはや、なすすべもなく全滅。ただの餌と化し、散々に食い散らかされていった。


 人類がまだ誕生していない遥か太古の地球には、自然が生み出した天然迷彩カラー、ゲリラ専門の特殊部隊が存在しており、今、それがここに明確な姿で、存在意義を主張している。

 

 その光景を、まざまざと見せつけられた、女性ながらも現代の特殊部隊の反応はと言うと──。

 

 余りよろしくは無い様子だ。


「うっぷ!」


 その、おぞましく凄惨な絵図えずだけに、嘔吐えずいている者が出始めている。


「「「く……」」」


 ドールチームらは、いずれも目を背ける。例え鬼畜の如し敵だったとしても、人が喰われる光景など、一生もののトラウマ級。SAN値正気度の大損失被害が生じている。



「うわぁぁ、えっぐ、クソですよねぇ…それより皆の衆。そんな所でゲロってる場合じゃあ~りませんよ~!」


「「「え?」」」


 誰もが酷く狼狽える中、伊織だけは冷静に状況を観察。そして、新たな異変にも一早く察知。


「みなさん、ロックロールのお時間ですよ! すぐにとっとと戦闘態勢ORに入りましょう!」


「「「!!??」」」


「な!? どういうことだ!?イオリ!」


「まさか奴らと戦う気なのかよ!? あいつらがどうなったか見ていただろう!?」


「あたしは反対だよ!危険すぎるし、今戦う意味が無い!」

「その通りよ!あんな死に方最悪すぎるわ!それより今すぐ撤退した方がいいわ!」


 指揮官でもない新人の、突然の戦闘開始宣言ロックンロール。ドール1チームのメンバーらは、一様に混乱と困惑の反応。キャロルの言及を皮切りに、苦言の意見が次々と飛び出してくる。


 この状況で無理に戦う必要性は無い。下手に手を出し、テロリストたちの二の舞になってはいけないと、いずれも断固反対の姿勢。


「んー、こちらにその気が無くても、あのクソどもはやる気満々ですよ」


「「「!!!!」」」


「……それって…どういう…だって、まだあいつら……」


 今見る限り、ラプトルたちはお食事に夢中のようだ。気づかれている雰囲気は無いのだが、伊織は別の方向を見ている。



「とっくに気づいてますよ。──あの指揮モヒ官は」


「「「!!!!」」」


 ラプトルたちの食事を、離れた位置でただ見守るリーダー個体を見た瞬間、一同は怖気が走った。


 頭部は動かさずに、その縦に開いた凶気の瞳だけで、こそこそと潜む獲物の様子を観察していたのだ。


 その凶眼を顰めて、どう捕食しようか舌なめずりをしながら模索しているのが、手に取るように窺えた。


「クソ!バレてたか!みんな戦闘態勢よ!覚悟を決めなさい!」


「ちっ、やるしかないのかよ! だが、場所的には高所であるこっち側が有利だ!」


 各自がライフルを構えて、戦闘態勢を執ったところで、リーダー体は右腕を僅かに上げ、指の1本を上下に2度ほど動かした。



 ──何かの合図だ。


「「「!!!!!」」」


 そして、戦闘開始のGOサインを待つべく、キャロルを見る一同は、突然目を見開き、いずれも驚愕の表情を浮かべている。



「ど…どうしたの皆?……何が…?」


 突如として変化した部下たちの反応に、戸惑いを覚えたキャロル。

 メンバーたちが見ていたのは自分ではなく、その背後であったのに気づき戦慄が走る。



『フゥ、フゥ、ブフゥゥゥ』


「!!!」



 ──すぐ後ろにいる。

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