第55話 あれれ~

  

「あれれ~~? これ足跡っぽいけど、何の動物の足跡だろう~?」


 ドール1チームが獣道を歩く中、その異変に一早く気付いた伊織は、某江戸川氏のすっとぼけ時のような子供口調で一同に知らせる。


「なんだこれ?…確かに足跡だな…四足歩行…いったい何の足跡だ?ってか、よく気づいたな伊織」


 その僅かな痕跡を察知した伊織に、視力の優れた黒人ジェナが感嘆。その何らかの動物の足跡について思案を巡らす。


「……ネコ科の猛獣とも違う…鉤爪では無くかなり太いひづめのような爪だな…けど、かなりでかいフィールドサインだな…40cm以上はあるぞ。どういった種類だ?」


「……もし、本当にここが異世界なら、相当ヤバそうなのがいそうだわね」


 こうした動物の痕跡を「フィールドサイン」と言い、それを辿る行動は「アニマルトラッキング」と呼ばれる。その手に多少知識のあるジェナでも、その種の見極めには難を示し、ドリーも畏怖を込めてそう呟く。



「あれれ~~? この足跡の中に、別の種類の足跡が見えるよね~?」


「「「は!?」」」


 再び伊織は、この大きな足跡の中の更なる異変に気付く。見た目は子供、頭脳はなんちゃらのような、人並外れた観察能力を見せる。


 見た目はクールビューティ、頭脳はおっぺけぺーだったはずの早見よ! いったい何がどうした!?


「ったく、何だよお前は!? これ…、確かに見えるな…鳥脚類…獣脚類か?…どっちかよく分からないが二足歩行だな。これもけっこう大きいぞ」


 このあれれっ娘の鋭い観察眼に当惑しつつ、ジェナはその見解を険しい表情で語る。


 その獣の足跡の上を、重ねてなぞるかのように付けられた別の足跡は、30cmを超える。はっきりとした全容は分からないが、非常に脅威的なものである事が窺える。


「これ、カモフラージュなのか? この獣の足跡の上に、その正体を隠蔽するかのような足跡の付け方……。かなりの知能を持った生物のようだな」


「ん~、くさっ!……これ糞ですねぇ。獣脚類の足跡の方に付着してるみたいですが、これなら鼻の利く種からでも、正体を誤魔化せそうですねぇ…なんとなくですが、この獣と獣脚類の‶関係性〟が見えてきましたねぇ」


「「「………」」」


 伊織は、その僅かな泥のような色の違いに気づく。直接触るのを避け、落ちていた木の枝で、すくって匂いを嗅いでみたところの呟きであったが、この行動にも一同を驚かせた。


「その関係性って、いったい…?」


 その、伊織の呟きに、推測であろうが貴重な情報であると感じて、キャロルは息を呑みその見解を尋ね問う。

 この訳の分からぬ地で、余りにも情報が欠如している状況。特にそれが脅威となるものであれば、殊更ことさらその必要性は強く増していく。


「まぁ、考えられるのは、その直接の戦闘力においてはこちらの獣の方が上。獣脚類は、その行動を悟られないよう隠蔽工作をしています。一見天敵関係のように見えますが、この獣脚類は、獣と同じ方向に向かってますよね? つまりは、捕食の為の狩りによる戦術行動だと思われます」


「「「………」」」


 片膝をついて、顎に手をあてながらマジもんの表情。その考察推理を論ずる姿は、どこぞのあれれっ子を思わせる。一同はどこぞの刑事らのような呆然反応。

 伊織は、その推論を畳みかけるかのように淡々と語ってゆく。


「しかも、この獣脚類の足跡は僅かに形が違いますね……2頭…ツーマンセル……。なるほど、この獣脚類の2頭は斥候、偵察を目的としたスカウトチームですね。本隊は別に有り、かなり統制の執れた戦術部隊…群で行動していることが窺えますね」


「いやいやいやいや、まるで人間の部隊のようなていで言っているけど、野生の生物にそこまでの知能があるのかよ!?言葉でも話せなければ、そんな……」


 そう反論するアデラだが、ここが異世界であれば、どんな珍妙な事でも起きてもおかしくない。例えそれが、人間の知能と同等の野生動物が存在していたとしてもだ。


「ええ、まさにそれですよ。私も同意見ですねぇ。察するに、この生物は独自の言語体系があり、独自の戦術プランを持ち得た戦闘部隊であることが予測されます。まぁ、あくまでも推測論ですけど。実際に見なければ、どうにも判断も確認もしようがありませんからねぇ」


「「「………」」」


 伊織の次々と語る推測論。このような、想定規格外の訓練を受けていない脳筋チームらメンバーは、このすっとぼけ娘は何らかの博士号でも持ち得ているのかと、いずれも唖然と呆け顔。


「あなた、もしや、元イスラエルの特殊部隊か「モサド」の諜報部員じゃないわよね…?」


 その適格な洞察と観察力に感嘆し、アニータは思わずその素性を疑いだす。


 スパイ大国とも言われるイスラエルでは、特殊部隊の選抜には、高いインテリジェンスが求められており、その最たる諜報機関「モサド」は、非常に高いIQを持ち得た人財で構成されている。


「も、もさもさ?何かのモフモフ動物ですかね…?可愛いやつですか?」


「…いや、何でもない……」


「てか、イオリは日本人だろ。ニンジャの方じゃないのか…?」

「それ、ありうるわ……」


「……まぁ、とにかく歩きながら、ここの情報を得ていくしかないわね。水や食料の確保も必要になってくるし、警戒をしつつ探索を続けるわよ」


「「「了解」」」」


 全く掴みどころのない、伊織のキャラに振り回されつつも、キャロルの指揮により、ドール1チームは再び歩き始める。


 僅かな水と携帯食料は持参しているものの、そう長くは持ちこたえられない為、そのライフラインの確保は最重要。それと同時に安全の確保は、更に重要性を増してくる。



 ──そうして、動き出して刹那の事であった。




 ダダダダダダダダダダダダ!!



「「「!!!!」」」」



 突然の、どこかからの複数の発砲音によりチーム内に緊張が走る。


「銃声だわ!この近くで誰か戦っているようね!」


「誰が何と戦ってんだよ!?こんな森の中で!?」


「分かんないけど、ここに飛ばされたのは、あたしたちだけじゃ無いってことだろ!」


「ここで、考えててもしょうがないわ! 行ってみましょう!!けど、相手が分かるまでは隠密を維持すように!!一応サプレッサーは装着のままで!!」


「「「イエッサー!!」」」


 キャロルの指示により、足音を極力立てずに急ぎつつも、慎重にその戦闘場所へと向かうドールチーム。

 もしも、アフガンの敵拠点の洞窟内にて遭遇した怪物が群で生息していなら、この少数で相手をするのは、非常に不味い状況。


 ダダダダッダダダダダダダッダッダダッダッダダ!!!


『『『クアアアアアアア!!』』』


「とりあえず撃ちまくれ!!クソッ!!何なんだこの化け物どもは!?」


『キアッ!クエッッ!!』


 めったクソに一心不乱でに発砲していたのは、いずれもテンプレ「AK47」を携えたカミース姿のテロリストたち。

 その数は10人ほど。そのは、その大きく鳴り響く発砲音に惹かれ、次々と群を増殖させる。


「…英語? あいつらの言語は…まぁそんな事より、問題はその相手の方ですね…」


 アラビア語圏のはずのテロリストが、英語で叫んでいるのに疑問を抱く伊織であったが、今はそんな事に思考を巡らせている場合ではない。


 その戦闘の状況をドールチームは、小高い段差の木や雑草の陰から、身を屈めて密やかに観察を始めた瞬間、チーム一同は、いずれも驚愕の表情を露わにした。



「……何だ、あれ…?」



 見れば、テロリストたちが発砲しまくっていたのは、前かがみのような二足歩行。素早く走り跳び交う‶獣脚類〟の爬虫類の群。その数は20頭を超えている。


 そのサイズは、頭部から尾に掛けて2.5m少しほど。長めの強靭そうな脚に、腕は細く短め。その手の長い3本指には、鋭い屈曲した鉤爪。

 体色は、グレーのものとオレンジかかった茶色のもの。全身に虎のような黒いまだら模様が見えており、まるで迷彩戦闘服のような皮膚模様。

 この事から、森林などの自然の風景にカモフラージュし、獲物を狩るのに適した体色へと進化したことが考えられる。


 その頭部は、大きめでいかつく「野菜もちゃんと食えよ!」と言いたくなるような、がっつり肉食そうな狂暴面。それを物語る頭胴長の大きな口には、鋭く尖った細かい歯が多く並び生えている。



「……ヴェロキ…ラプトル…だよなあれ?」


「ええ……、若干の体色の違いはあるもの、見た目的にはあの映画のとそっくりだわね…さっき見た、隠蔽されていた足跡の種類のやつよね? きっと」


 驚愕の表情のジェナの呟きの問いに、同じような表情で同意を重ね呟くドリー。


「ヴェロキ ラプトル」は、約8,300万年から約7,000万年前、中世代白亜紀後期に生息していた小型肉食恐竜。獣脚種に属しており、映画にて一躍有名になった極めて獰猛な種の恐竜だ。



「何だよ…あたしらって、恐竜がいる時代にタイムリープしたってことかよ…?」


「「「…………」」」


 アデラの呻くようなその問いに、答えられる者はいない。いずれも押し黙り、その光景をただ息を潜め、見つめる事だけが唯一であった。

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