第53話 ワイズマン



 お歴々の御方々らは、メインモニターに映し出されている、とある戦闘映像にいずれも険しい表情を浮かべ、ご視聴中。


 その、戦闘映像とは──。



⦅ダダダダダダダダダッダ!!!⦆


⦅ダダダ!ダダダ!!ダダダ!!⦆


『ギギャアアアアア!!ギャウ!ギャウ!』


『オラ!!とっとと、クタバレ化け物が!!』


⦅ビチャビチャ!ビチャビチャチャチャ!!⦆


『キキキーキャギャアアア!!』


⦅ダダダ!!ダダダ!!ダダダ!!⦆


『おい、そっち行ったぞ!!気を付けろ!!』


⦅ガリガリガガガガ!!⦆


『ファック!!クソ速ぇな!じっとしてろや!彼女に嫌われるぞコノヤロー!』


『ガガガギャギャガガギギャギャ!』

 

⦅ブジュブジュブジュグチャグチャ!!!⦆



 更に、別のチームの戦闘映像も映し出された。



『あーたたたたたたたたたたた!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!ヒ──ハ──!!!』

『貧弱貧弱ぅぅ!!このビチグソどもがぁぁ!!』


『お前らはもう、すでに死んでいる』

『屁のつっぱりはいらんですよ!』

『フッ。またつまらぬものを撃ってしまった…』

『あーばよ!とっつぁあぁあああん!!』


『『『ウエ~~イ! ヘイぃっ!!ちぇっちぇっこりぃぃ、ちぇっこりぃぃぃ!!!』』』


『ん~~んマンダム!』



 更に。



『カーッカコカコカカカカカ!!』



「「「「………」」」」


 若干、妙なテンションの兵士らの姿も見受けられたが、異常そのものの戦闘映像である事には変わらない。


 その映像は、昨晩から翌早朝未明までアフガニスタンでの作戦中、突如とした怪異との遭遇、戦闘記録映像。撮影後に、即座にペンタゴンに転送されたものだ。

 そして、映像が転送されて僅かの間に、その現場にいた全ての部隊が消息を絶った。その対応と究明に、国家の最上層部によるこの会議が執り行われていると言う流れである。


 だが、その場にいる各代表、各員は驚きの表情は見せているものの、初めての状況という訳では無い様子だ。


 アフガニスタン、米軍駐留基地に滞在している基地司令、ボーマンとの状況報告会談を終え、テイラー大統領は、この映像の状況について‶臨時特別顧問〟に尋ね問う。


「……、この手の報告か…。それで、この未知の生物の詳細は分かっておられるのかね?ミスター‶ワイズマン〟」


 会議テーブル上座に座る、大統領テイラーの質問に、向かって右側手前に座る一際異彩を放つ男に視線が集まる。

「また」と言う事は、多くの一般の人々が知らぬ水面下では、度々起こっていた事象のようであり、国家ぐるみでその事実を隠蔽してきた事が窺える。


 その『ワイズマン』と呼ばれる男の装いは、黒の高級ハイブランドスーツ。

 ここに集まる数多くの経験と年を重ね、深い皺が刻まれたご歴々の重鎮らとは違って、非常に若く見える男だ。

 しかも、ファッションメンズモデルと言われても遜色が無い、長身スリムな北欧系の顔立ちのクソイケメン。


 肩に掛かるほどの長めの黒髪に、鮮やかな青のメッシュが数か所入っており、瞳は金色。この場では、場違いの風貌に見える男だが、その雰囲気は威容。言葉にできないほどの風格とオーラを強く漂わせている。

 

 各ご歴々らも、彼に対して何やら緊張している面持ち。テイラー大統領もかなり畏まっている印象だ。


 会議における座る席の序列は、メインモニターの左側の方、角隅に出入口がある事から、最も遠い位置の上座が議長席。ここでは大統領席になっている。

 そして、その右手前、出入口から2番目に遠い席は本来、副大統領の席であるが、今回はその男であるから、大統領に非常に近しい序列の高さが窺える。


 そう、彼こそが各国家の上層でしか知らぬ、国境無き裏の極秘の国際機関、通称『ギルド』の総指揮代表【大賢者】コードネーム『ワイズマン』である。

 その機関の影響力は一国家に収まらず、世界中でその国のトップに権威を振るえるほどのクソヤバな組織機関だ。


 そのトップがこの場にいるのだ。重鎮らの緊張も当然の事であろう。



「ん~……、大分見たことがあるタイプだねぇ。こいつらは、本来生物だよ」


「「「「!!??」」」」


 突然の、耳を疑うような発言に。重鎮らは言葉を失い驚愕する。

 どう見ても人間には見えない。奇妙極まりない怪異生物であり、まさかの想像もしえない非常に信じがたいその正体。


「いったい、どういう事なんだねワイズマン? 何をどうすれば、人間がこんな風に変異し、しかも、それがアフガンの洞窟の中に大量に生息していたのかね!?」


 世界で最も影響がある人物であり、常に冷静沈着、泰然の構えで威厳に満ちた合衆国大統領でも、その驚きは隠せないようだ。


「あの頭部、軍用ヘルメットみたいな形状だけど、元は実際に戦闘用のヘルメットだったはずだよ…おそらく大戦時…いや、旧ソ連のアフガン侵攻時の戦死した兵士が変異したものだろうねぇ」


「「「「!!??」」」」


 テイラーの質問を一旦スルー、再びとんでもない事を語るこのほぼほぼ神なる存在に、ここにいる全ての者が驚愕と混乱の表情を露わにしていた。


「因みに、だ…大分昔ってどれくらいの事かね…?」


 恐る恐るその状況を尋ねるテイラー大統領。


「ん~~~、何百年前だったかな?中世の頃だねぇ。あの時のタイプは、当時の甲冑ヘルム型の頭部だったからねぇ。今見たタイプより、頑丈そうでエグイ感じだったと思うよ」


「「「「……………」」」」


 果たして、この男の実際の年齢はいくつなのであろう? 普通であれば冗談そのものだろう。

 この男の情報は、アメリカ建国時の初代合衆国大統領、ジョージ.ワシントンの時代から、各代で国の最上層部にのみに知られる、最重要機密事項として遺されていた。

 それ以前の情報は、イギリス王室のみに伝えられており、遡れば12世紀ごろ、イングランド王国とフランス王国との「百年戦争」時代の古い文献に、彼の存在が記述されていたと云う。


 その当時には、何やら「ラ.ロシェルの海戦」やら「アジャンクールの戦い」に遊び気分で加わり、目立たぬ程度の小イタズラをして楽しんでいたと云う。

 この戦いは、フランス王国側の勝利となり、ヴァロワ朝によるフランスの事実上の統一となった歴史事項であるが……。


「あ、やってもた…まっいいか、うひゃひゃいひゃい!」と当時、一人陽気に語る青年を目撃した者がいたのだが、完全にスルーされていたことは、誰も知る事は無い。


「それで、先ほどの質問を繰り返すが、どう言った経緯でこのような奇妙な生物が誕生するのかね?」


 再びの質問にテイラーを一瞥し目を瞑る。僅かの間を置き目を開け、どこか遠くを見るように語りだすワイズマン。


「あれは死後、地獄に堕ち下級の‶悪魔生物〟に変異したもの。地軸の乱れか地殻変動の影響によるものか。何らかの干渉で、発生した門から再び現世に…あの地下洞窟に現れたものだよ」


「「「「!!!???」」」」


「あ、悪魔生物…門から…複数種類のある『ゲート』のどれかから来た怪物なのだな……」


 度々報告で「異界の門」と、それに関した怪異の情報は幾つも得ており、多少の不可思議現象などには、驚きもしない国家運営の各代表らも、流石にこの強い戦慄を覚える事象に、驚愕の色は隠せないようだ。


「名は確か、【レッサーイビル】のデミヒューマンタイプだねぇ。つい最近悪魔化したばかりのガキんちょだから、地球人の兵士らでも十分に対応できたみたいだけど、大戦時辺りのものなら、けっこう犠牲は出たかもしれないねぇ」


 仮に都市部で一体でも現れれば、大きな血の混乱を齎す怪異生物を、然も無いように語る大賢者。


「これが中世辺りの時代のものなら、大変な事になっていただろうねぇ…これはかそれともなのかな?」


 脚を組み、背もたれに深く寄りかかりながら、天井のその先、遥か異界の彼方を見据えて呟くワイズマン。


「なるほど…その状況はよく分からないが、あれの正体は理解した…が、それと兵士らの消失との関連性は分かっているのかね?」


 この誰よりも経験豊富で、その知識量も膨大な流石の大賢者は、やはり状況の理解を得ているようで、その見解を尋ね問うテイラー。


「あーっと、誤解しないで欲しいのは、いくら僕でも全てを周知している訳では無いからねぇ、あくまでも見解予測だから、その辺の理解はしておくれよ、テイラー大統領」


「え?…ああ、分かっておるよ。とりあえず欲しい情報は、その見解予測なのだから何も気にせずに話してくれて構わない、ミスターワイズマン」


 今は、藁にも縋りたい状況なのだ。その解決の糸口をガバガバに開き持っているこの御仁の言葉は、天啓と同等のものであると解釈しているテイラーだ。


「オーケイ、承知したよ。それで、その兵士たちがロストした時刻の、現地の衛星映像は見れるのかな?」


「情報官、その映像写せるか?」

「はい大統領、今映します」


 大統領の指示により、その情報官がメイン大モニター手前傍のデスクに置かれた、情報端末をカチャカチャといじり、その発生当時のアフガニスタンの衛星映像が映し出される。


「ん~、何か雲が光って見えるが…、これではその状況は窺えないな…これで何か分かるのかねワイズマン?」


 前日からアフガニスタン北東部山岳地帯の地域は、広範囲が厚い雲に覆われており地形すらも把握できない状況。


「うん、ちと、その邪魔な雲どけるね」


「「「「!!!!」」」」


 そうワイズマンが告げると、モニターに向かって一指し指をクイっとスライドさせる。すると、その雲が一気に晴れ渡り、その地域の上空、山々の映像が露わに映し出された。


「な!?…ど…どうな…あーもう、この御仁のする事に一々反応するのは馬鹿らしいな…」


「「「「うむうむ」」」」


 テイラーの呆れ混じりのその言葉に、その場の一同は同意の頷きを返すのであった。


 その衛星映像には、山岳地域の広範囲に渦巻く琥珀色に発光する、プラズマ現象のようなものが映し出されていた。


「ゲートカラー トワイライト…これは【カオスゲート】か。しかもかなり広範囲。ちと厄介なやつだねぇ……」


「カオスゲート!?……そのゲートは、どういったたぐいのものなのかね?」


 それは、これまでの情報に無いゲートの種類であった。テイラーは戸惑いながらも、詳細をワイズマンに問い尋ねる。


「ん~~、このゲートは、その名の通りまさに混沌。正直、僕もこいつが何を齎すかは、よく分かってない類のものなんだよ」


「よく分かってないって事は、知っている部分も有ると言う事だな!?その部分を教えてくれないかねミスター!」


 これは、大きく事が発展する状況だ。その究明に大いに期待を胸に抱き、テイラーは矢継ぎ早にはやしし立てる。


「はぁ……この事のヤバさが伝わるかなぁ。あー、このゲートの先の場所は、地球の宗教の言葉とかで名称があったねぇ」


「な!? 我々が知っている場所の名称かね!?」


「ああ、世界中、誰もがその名を聞いた事ある場所だよ」


「は?……それはいったい…?」



 その名称は誰もが知り、その実情はよく知り得ない場所。

 宗教上では、天国に行けず、地獄にも堕ちなかった咎人が辿り着く中間的な世界。

 人間は、必ずしも終始一貫、神に沿って生きているとはいえず、罪を犯すこともある。その罪を贖い清めるべく「苦罰の試練」を与える救済世界。



 そして、ワイズマンは一拍の刻を置き、その恐るべき場所の名を、畏怖を込めてこう告げる──。




「煉獄だよ」

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