第3章 黄昏の境界編

第52話 合衆国大統領


 アフガニスタン アメリカ軍駐留 バグラム航空基地。午前6時50分。


 基地東部の山々の稜線から穏やかな日の光が差し込み、晩秋の肌寒い朝の空気が、兵士たちの活気を揺り起こす。

 

 暗いうちから、すでに起きていた各車両、航空機の担当整備士たちが、慌ただしく各メンテナンス作業、チェック等で大忙し。

 兵士たちもオフでまだ寝ている者、朝の日課のトレーニングや各任務に備えての準備、士気を高めたりと、それぞれ色とりどりの行動に勤しんでいた。


 そんな中、一部では非常事態の状況により、緊迫した空気に激しく襲われているようであった。

 その対応に追われた各兵士たちが忙しく動き回り、騒然とした光景がその場を目まぐるしいものに変えていた。


 それは、昨晩から早朝に掛けての大規模作戦において、大きく想定外の事態が生じていたからだ。



「どういう事だ!?作戦全部隊が消失しただと!?何が起きたんだ!?」


 その異常事態に、指揮司令本部室にてボーマン大佐は、語気を荒げて幹部の一人に、状況を問い詰めている。


 この基地司令本部室は、窓の無い地下に設置されており、複数の大モニターが壁に並び、それに向かうように、2列のデスク群が整然と置かれている。

 各席には、情報処理用の端末PCが置かれ、各情報官が各々の処理に追われていた。


 2列のデスク群とは別に、その後部に幹部佐官用の席が並ぶ。その1席が基地司令用ボーマン大佐の席である。

 もう一席はコンロン中佐の席。今は主のいない無人の席が、物寂し気に佇んで置かれている。

 ボーマンは席を立ち、そばで副司令の中佐が顔に汗を滲ませている。おそらく丸一日寝ていないのであろう、疲労の表情を浮かべて、僅かにふらつきながら立っている。



「分かりません。無人機の監視カメラの映像によるものですが、前線拠点に、車両や航空ヘリを含めて、一人の兵士の姿も見当たりせん!…全てロスト…全員MIA(作戦中行方不明)です。」


 副指令も、事の状況を把握できずに、項垂れて肩を落としている。


 すでに、現場へと多くの即応部隊が兵員輸送ヘリにて急行。その護衛の攻撃ヘリに、無人機などが飛び立ち、現在、事の確認に取り掛かっているところだ。


「……先ほどの化け物の報告といい、いったい何が起きているんだ!?…何か手掛かりになるものは、確認できているのか?」


「…手掛かりと言えるものか、その怪物の死骸を回収したとの報告がありますが、他はテロリストの激しく損壊した遺体のみ。生存している者の確認が一人も取れていませんし、奥を探索してみたものの、未だにその怪物らの生きた姿も確認できていないようです」


 余りにもの想定外の状況に、ボーマン大佐とその場にいる幹部、情報官らは激しく動揺、困惑、混乱、疲労など複雑な思いの表情を形作っている。


「…それと、先ほどの奇妙な音と、その後に起こった地震についても、こちらでも確認できましたが、それが何か関係していると言うのでしょうかねぇ?この地で地震は初めての経験ですから、異常な状況であるのは間違い無いと思います」


「うむ、それは同感だが、何も分かってないのは変わりは無い。専門家の意見が必要だが、果たして、こんな状況を雄弁に語れる専門家がいるかどうかだ」


「…そうですよね…失踪ではなく、人が不可解な謎の消失した例はいくつも聞いたことがありますが、それが約300名もの人間が急に消え失せたなど、もはや、人智を超えた状況ですよ」


 こんな事は前代未聞で不可解そのもの。想像の範疇を大きく超えた規格外の現象である。


「そんな状況を納得できる説明をできる者は、この場はおろか、本国のシンクタンクでも存在しないであろうな……」


 理解不能の事態に、ボーマン大佐は、両手で激しく顔をわしゃわしゃ、髪をガシガシ搔き乱す。


「全く分からん!…それで、本国には連絡は入れているんだろうな?」


「ええ、ペンタゴンには、すでに報告を入れてるのですが、状況が特殊過ぎて、向こうもかなり混乱している状態です……」


「まぁ、当然そうなるだろうな」


 一応の報告義務は当然であるが、こんな状況を想定できる者は、例え本国国防総省でもいない事は、むしろ想定内であり、火を見るよりも明らかだ。


「ボーマン大佐! 合衆国大統領と回線が繋がっています!」


 情報官の一人が、アメリカ国家の最高権力者と同時に、アメリカ全軍最高司令でもある大統領と連絡を取り次ぎ、その緊張で額に汗を浮かべ、かなり慌てた様子だ。


「む!?やはり、ホワイトハウスにも情報が伝わっているか…差し詰め、今はシチュエーションルームで対策会議が行われているところか」


 ボーマンは自分の席に座り、専用の情報端末に向かうと、そのモニターと向かって奥の壁の大型モニターの一つに、合衆国大統領の姿が映しだされた。


「ご無沙汰しております!テイラー大統領!」


「ああ、久しぶりだな。アーノルドボーマン大佐」


 まずは、儀礼のビシリ敬礼からの挨拶だ。


 今年60歳、生え際が大分後退したブロンドヘアのイングランド系、民主党所属。第45代アメリカ合衆国大統領「トム.フレデリック.テイラー.ジュニア」である。

 毎朝日課に身体を動かしているようで、割と筋肉質のスリムな体形。ハリウッド映画のベテラン俳優のような、精悍そうな顔立ちの印象だ。


 やはりここは別宇宙の地球の為か、本来知るこの当時の45代大統領、トランプ氏とは全くの別人だ。


『ご苦労、報告は受けている。由々しき非常事態で、こちら側も非常に混乱している状況だ。それで、何か原因に繋がるものは見つかったのかね?大佐』


「……いいえ、大統領。こちら側も前代未聞の事態で、何をどう解釈していいものやら、皆目見当もついていおりません。現在、部隊を現場に派遣し、事の解明に全力で取り掛かっている状況です」


 さすがのボーマンでも、合衆国大統領を前に緊張を隠せないようで、顔、背中、脇汗がダラダラ状態である。


『…ふむ、ご苦労だ。まぁ、貴官の心理的状態は重々察しているつもりだ。そんな悲壮な顔をしないでくれ』


「恐縮です大統領。その心遣いのお言葉、深く胸に痛み入ります!」


 国のトップという権力のかさに帰せず、人情味溢れる非常に人格者との評判。

 その人望の厚さから、多くの国民から支持を受けており、2期目も当選確実の評価も得ている。


『それで、非常に攻撃的な未知の生物との交戦報告があったが、それらの確証を、こちら側でも確認は可能なのか?』


「はい!すでに、その死骸を回収したとの事で、現在こちら側基地へとその死骸を乗せた輸送ヘリが帰還に動いてますので、数時間後には本国に届けられると思います」


『…なるほど、手際がいいな。……承知した!その死骸が届き次第、検証の為、ダーパへと移送する事になるだろう。多少時間が掛かると思うが、その検証結果は追ってそちら側に報告しよう」


「はい!恐れ入ります大統領。その報告を深く心待ちにしております。できれば、少しでも早くお願いします。その情報が、行方を晦ました多くの兵士たちを救う、解決の糸口になるやもしれないので!」


 か細い事の解明の糸口を手繰り寄せようと、ボーマンは必死に切実に合衆国大統領に願い乞うのであった。

 これは、またダーパでくーっ!が発動確実な案件が発生したようである。


『ああ、それは重々承知している。こちらも、その手のが、この場に控えている。それほど時間は取らせないと思うが、そちら側も引き続き、事の究明に尽力を注いでくれたまえ』


「専門の特別顧問!?…り、了承しました!では、こちら側でも何か情報を得ましたら、即座に報告を致します!」


『ああ、よろしく頼むよ。こちらも現在その対応に、合衆国の威信をかけて、国家の存在意義を基に、この事態の解決に取り組んでいるのだ。その決意の意思を我が合衆国の代表として貴官に強く誓おう!』


 ボーマン自身もこれまで幾度となく、誰かに対して強い意志を表明する時には「合衆国の代表」を、自らの宣言用の慣用句として活用してきたが、彼の場合は、名義上でも定義の上でも正真正銘の国の代表だ。その言葉の重みは比べようが無い。


「はい!感謝致します、大統領!そのお言葉だけでも、非常に心強く感じます!是非ともよろしくお願い致します!」


『うむ、では、言われるまでの事では無いだろうが、例の輸送の件を早急に頼むよ、ではまたいずれな、ボーマン大佐』


「はい、お任せ下さい!いずれまたのご機会で、テイラー大統領!」

 

 そして、互いのビシリ敬礼と共に通信が修了した。


「ふぃぃぃ、クッソ緊張したな……」


「……お疲れ様です、大佐」


 多少仮眠は取っていたものの、異常事態による急展開から続く、この大統領とのリモート会談。その精神疲弊度合は、年季の入ったおっさんには非常に堪える。


「もーしんどい!もー面倒くさい!もー決めた!この件が片付いたら軍を辞めたろ」


 そうして、もういい頃合いだろうと、除隊の意思を強く固めるボーマンであったのだ。





 同時刻、アメリカ合衆国。ワシントンD.C.ペンシルベニア通り1600番地。


 延床面積、5,100㎡、地上4階、地下2階、その建物は朝の陽ざしに照らされ、神々しくも白く眩い輝きを放っていた。

 そこは、アメリカ合衆国大統領が居住し、執務も執り行う官邸であり、公邸でもある。


 ──ホワイトハウスだ。


 そのホワイトハウスの、ウエストウイングの地下にある513.2㎡の施設。

 そこは「シチュエーションルーム」と呼ばれ、会議室と情報管理センター機能を備えた施設である。


 その室内は長方形の造り。脇の壁には一定間隔で複数のモニターが並び、端の壁にはメイン用の特大モニターが備え取り付けてある。

 部屋の中央の大半を占める「かなりお高いんでしょうねー」と思われる木製の会議用、長テーブルが置かれ、その周りをこれまたお高そうな背もたれ、肘掛け付きの、ゆったりとした造りの高級チェアー群が備えられている。


 現在このシチュエーションルームは、緊急対応室として、合衆国の防衛における、歴々の重鎮たちが席を連ねていた。


 そのメンツは、大統領を始めとする、その首席補佐官に副大統領、下院議長、上院仮議長、国務、国防、司法、エネルギー省、国家情報、国家安全等の各長官、メディア発表の際のスポークスマン。有事の際の錚々たる顔ぶれである。

 そして、その他にも分析情報官や各代表の補佐官等が、各所属の代表の背後で立ち見で席を連ねていた。

 

 因みに、大統領、権限継承順位においては、副大統領に次ぐ第二位は「下院議長」であり、第三位が「上院仮議長」である。

 

 単語だけを見ると、上院の方が立場が上のように思えるが、これはアメリカの首都がフィラデルフィアの頃、議会が使用していた2階建ての公会堂で、議員数が多い代議員が一階部分を使用し、少ない元老院が2階を使用していた事からの呼称であり、権力上の上下の名称では無い。



 そして、お歴々の御方々らは、メインモニターに映し出されている、とある戦闘映像を、いずれも険しい表情を浮かべ、ご視聴中。


 その、戦闘映像とは──。

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