第54話 異世界


 そこは、どこか見知らぬ深い森の中であった。


 生い茂る樹木の種類は、樹高20mほどのスギ科やマツ科の針葉樹に、カエデ、カバノキ属科の落葉樹など、北半球では極ありふれたものばかりだ。


 木の隙間から上空の様子を窺えば、日差しは無く雲に覆われている。僅かに薄いオレンジ色に色づいているが、森の中を照らすには余りにも儚い投光。


 気温は10度台半ば。季節的には、赤や黄色の鮮やかな紅葉が見られるはずなのだが、落葉樹の類の枝には葉が無い。薄暗いせいか、物悲しくも薄気味悪い雰囲気を漂わせている。


 どこか遠くからは、聞き覚えの無い不気味で奇妙な鳴き声が、幾重にも木霊している。


 そんな異質な森の中を、ひたすら歩き進む集団の姿が見える。

 その集団の装備を見る限り、軍部に属した少数部隊チームのようだ。


 シダ科の植物類等が多く見られるが、鬱蒼とした草葉の雑草類は少なく、かき分けずに済むのはいいのだが、幾つもの段差やむき出しになった太い木の根が、その歩みを鈍らせる。

 ここまで歩いた印象では、山の中腹では無く平地の森林部の中。ハイキングには適さない、むしろ進入するのも躊躇してしまうほどの、異様な雰囲気の大森林。


 この見覚えの無い森の探索を始めて、歩き詰めること数時間が経過。

 腕時計が示す時刻は、午前8時を回っている。


 その少数部隊チームは、マルチカム迷彩OCPカラーの戦闘服。フル武装の女性だけで構成された特殊部隊 「文化支援部隊 CST(Cultural Support Team)」。

 コールサイン「アカオオカミドール1」チーム6名。

 武装のメインアームは、MK16(SCAR-L)とM4カービンの半々。

 サブは、ベレッタ92とSIG320と、こちらも半々、弾薬もフル装填状態。


 因みに、この迷彩タイプは米陸軍のユニフォームで、緑地、砂漠といった様々な環境に適応する迷彩パターンである。


 そして、彼女らの背には、こちらもマルチカム迷彩カラーのバックパック「ハイドレーションキャリア」をいずれも背負っている。


 ハイドレーションとは「水分補給」。バックの中には、飲料水を入れるポリウレタン製の袋が入っている。

 この袋には「ハイドレーション ブラダーシステム」と呼ばれる、専用のチューブが取り付けてあり、そのチューブをくわえる事で、歩きながらハンズフリーで水が飲めるようになっている。


 このバックパックには、他にMRE(携行食料)なども入っている。多少なりとも栄養の補給はできるものの、長くは持たないので、食料確保の必要も考慮せざるを得ない。


 ピガッ


「こちらドール1-1。ドッグハウスへ。……この通信を聞いてる者たち、誰か応答してオーバー」ガッ


 ドールチームを率いるリーダーにより、もう何度目かの通信を試みているが──。


『ザ──……』


「……ダメね。全く繋がらないわ」


「GPSもエラーで全く場所の特定ができないな、キャロル。いや、ハーギン大尉」

「キャロルでいいわよ、アデラ。どうせ、もう作戦どころじゃないからね。普段の呼び方でいいわよ」


 両親がカナダからの移住者であるアイルランド系、赤毛ヘアー。中々の美人ではあるが、細身マッチョなアマゾネス風。妙齢の指揮官「キャロル.ハーギン大尉」は苦笑を浮かべ、部下であり良き友人である「アデラ」にそう語る。


 キャロルに苦言するも、そう返されたのは、褐色肌のヒスパニック系、黒髪のワイルドアマゾネスの「アデラ2等准尉」。GPS機能内蔵の腕時計で、位置情報を確認するも、エラー表示にてお手上げ状態。


 因みにこの腕時計は、アメリカ国防総省MIL準拠規格の製品。防水は当然、耐衝撃、耐熱、耐氷結性能に優れている。GPSの他にも多数の機能を備えており、米軍だけでなく、NATO軍内でも多く活用されているスマートウォッチだ。



 この部隊は、アフガンでの大規模作戦中、突然謎の光の奔流に巻き込まれ、辿り着いた場所は、全くの見知らぬ場所。

 周囲を囲う木々や植物は見知ったものだが、今までいたアフガニスタン山岳地帯の森林部のものとは明らかに異なる光景。戦術無線も繋がらず、場所の特定もできない。


 つまりここは、アフガニスタンでは無い。


「「「………」」」


 女性ながらも、厳しく過酷な訓練を乗り越えてきた彼女らだが、この想定規格外、未知の事態に不安が募る。


「……いったい、ここはどこなんだよ?」


「知らないわ……けど、多分……あんたも薄々は分かっているんじゃない?」


「ああ、無線もGPSも不能……なんとなくだけど、それ以外説明できないしな。

ここはきっと──」

 

 この状況から察するに、彼女らの脳裏にて、ある言葉が思い浮かんだ。


 この手の状況は、普通に娯楽を楽しんでいればよく知る事象だ。



 ──架空のフィクションの物語で……。





「異世界」



「だね。……それ以外は思いつかないわ」



 褐色ながら、青ざめた表情のアデラの愕然とした呟きに、そう結論するキャロル。


「これも異常な事だけど、私たちだけ地球の別の場所…ヨーロッパのどこかに、転移したとか考えられない?」


 今まで無言で、二人の会話を聞いていた女性精鋭の一人が、携行食のエネルギバーを食しながら、そう問いかける。


「それなら、GPSの説明はどうするんだよ?ドリー!」


「……それは、転移してしまうほどの異常な事だし、電磁波の影響があってもおかしくないわよね?」


 アデラにツッこまれて、転移の事はともかく、考えられる科学理論で言い返すのは、ブロンドヘアのスウェーデン系、そばかす顔が特徴の「ドリー上級曹長」


 電波に影響を与える要因として、電磁波は最も分かりやすい物理現象であり、そう考えるのは至極当然。だが、この不可解な現象を一般的な物理理論で解釈するには余りにも異常。一概に凝り固まった判断はできない状況。


「……まぁ、それも妥当な話だと思うけど、状況がはっきり分からないと、どうにも解釈の判断はできないわね。あんたはどう思う?‶ハヤミ〟?」


 ここは、複数の見解意見が必要である。キャロルは、まだよく分からない新人の日系女性兵士にも、その性分や人物像を探りつつ、その意見を尋ね問う。


「ん~~、とりあえず、ここで立ち止まっていても、何も情報は得られないと思うので、状況がはっきりするまで、うろつき回るしかないんじゃないですかねぇ?」


 キャリアから伸びたチューブをくわえながら、最もな意見をあっさり答えたのは、長めのブラウンヘアを後ろで束ねた、クールビューティーに見えて、若干緩めな口調の「ハヤミ」と呼ばれる日系の新人女性精鋭。階級は2等軍曹。


「フッ、その通りだね。そりゃ明快な意見だわ! ここであーだこーだ言っててもしょうがないし。よし、皆! また、しばらく歩く事になるわよ!」


「「「イエッサー!!」」」


 部隊長のキャロルの一声に、明快レスポンス。再び歩き始めるCST、ドール1チーム。 



 ──しかし、この日系女性は……。



「なぁ‶イオリ〟。こんな状況で、お前ってけっこう冷静なんだな」


「え?そう見えます?けっこうテンパってますよぉ、クソですねぇ。なんすかこの状況? クソヤバ過ぎですよねぇ。アデラちゃんさん2等准尉」


「……階級…敬称?は必要ないよ。呼び捨てで構わないよイオリ。そして、その言い方!!」

 

「了解でーす! クソアデラ!」


「うおい!!」


 他の精鋭女性兵が、不安と困惑の表情を露わにする中、ただ一人平常そうに見えるイオリに、アデラは、つい話しかけたのだが、中々のユニークキャラ。

 

「イオリ・ハヤミ」──この日系女性兵士は「早見伊織」だ。


 なぜ、彼女がこんな所にいるのか? 彼女は日本の報道関係者では無かったのか?


 この時点では、確かに彼女はアメリカ軍、女性特殊部隊CSTの隊員である。

だが、どう言った経緯で、この後に日本のテレビキー局、ニューヨーク支局特派員になるのか、その謎は深まるばかり。 


「あたしの事もアニータでいいわよ。イオリ」


「こっちも、ジェナでよろしくな。イオリ」


「アニータにジェナですね!じゃあ、私のことは「黒電話将軍様万歳マンセー!」って呼んでください!このクソ下僕どもめ!!」


「「どんなキャラだよ!!」」


 そう、ハモリツッコミを入れるのは、小柄な明るめブラウンヘアー。童顔のフランスとイタリア系ハーフの「アニータ1等軍曹」と、長身アフリカ系マッチョ黒人の「ジェナ曹長」だ。


 この頃から、すでに壊れぎみキャラの早見伊織だが、慣れた英語なので、語尾は散らからずに流暢にボケている。


 改めて言うが、これは日本語吹き替え版である。


 これで各名前が出揃ったようで、この部隊は「キャロル」をリーダーとした「アデラ」「ドリー」「ジェナ」」「アニータ」「伊織」の6名チーム構成である。


「ハハハハハ!!あんた、いいキャラしてるねイオリ!気に入ったよ!」


 ここに来るまでは、堅苦しい階級呼びであったが、普通に接してみると実にユーモアなキャラクターに、キャロルは笑顔を取り戻す。

 この異常な状況に、皆、不安に押し潰されそうになっていたが、伊織のガス抜きにより冷静さと士気を取り戻したようだ。


「そう言えば、キャロル」


「ん?何よ?アデラ」


 珍妙な新人の事はまずは置いといて、ふと、ある事を思い出したアデラ。


「あんた、昔あの『雷神』と同じ部隊にいたとか、言っていなかったっけ?」


 どうやらキャロルは、過去にトールと同部隊。同じ釜の飯を食った戦友のようだ。


「……ああ、イラクに派遣されていた頃だね。あいつがまだ新兵…初の海外派遣で、最初に配属されたのが、あたしがいた部隊だったのよ」


 そう語るキャロルの事を察するに、トールの初陣激戦を共に乗り越えた「フォックストロッド隊」に所属していた女性の海兵隊兵士は「キャロル」であったのだ。

 

「キャロル.ハーギン」は、あの死を覚悟した激戦。そして、その後も暴風雨のような銃弾の嵐の中、疾風迅雷の如く獅子奮迅で戦い続けるトールの姿にかなり感化されたようで、イラクの任期終了後に、海兵隊から陸軍の方に転属していた。


 それは、女性だけの特殊部隊「CST」への入隊を目的とした転属。


 その為に過酷なレンジャー連隊の選抜訓練を乗り越え、元々士官学校卒だったこともあり、現在の指揮官の地位にまで上り詰めていた。


「マジか!?奴の最初の部隊と同じだったのかよ! その話を初めて聞いた時って、奴の噂が色々と広まった辺りだったからな。眉唾ものだと思って、話半分で聞いてたから、その時はスルーしていたと思うよ!」


「へえぇ! それ初めて聞いたわ!彼の昨日のあの異常な闘いっぷりで、噂はガチだと私も思ったけど、まさか、隊長が顔見知りどころか、同じ部隊の戦友だったとわねぇ」


 その二人の、何気ない会話を聞いていたドリーも興味をそそられ、その話に加わり、他のメンバーも同意の反応見せ、聞き耳を立てている。


「何? あんたらもその話聞きたいわけ?」


「「「うんうん!」」」


 キャロルのその問いに、深く関心を示した一同は大きく頷き、興味津々でその返事を返す。


「はあぁ…、今はピクニックじゃないんだから、のんびりそんな話をしてる場合じゃないでしょう? 気持ちを切り替えなさい」


「「「はあ~い、イエッサ~」」」


 伊織のカンフル剤の効果が効き過ぎたようで、少し緩んでいたチームの空気を引き締めるキャロル。


 そして、そのカンフル剤そのものである伊織はと言うと、周囲の状況を探るべく、細かなところまで目を配らせており、何かの痕跡を発見した。



「あれれ~~? これ足跡っぽいけど、何の動物の足跡だろう~?」


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