第48話 作戦中止
ボオオオオオオオオオオオオオオオオ……
突如として起きた怪現象。赤黒い雲に覆われた空から、鈍く重い音色が鳴り響く。
「なんだ!? この気味の悪い音は!?」
「洞窟の中からか!?…これは化け物どもの叫び声なのか!?」
「……いや、中からじゃないな…この辺一帯からだろ!」
「規則的って言うか、断続的に鳴っているな…だが、山の反響で音の出元が分からない…」
「何だこの雲の色は!? さっきまでこんな色じゃ…と言うか、この音って空からか!?」
「……この音…大型船の汽笛…でかい管楽器か? いや、ありえねぇ…全くどうなってんだよ!?」
「昔観たトムの映画で、地球を侵略しに来た、エイリアンの地上機動兵器の音に似ているな……」
洞窟内に突入を開始した矢先、この不可思議な現象に兵士たちは足を止め、いずれも困惑混乱の反応。
過去の様々な音源を、脳内記憶情報から呼び起こすも、明確なものは思いつかない。
だが、その中に、思い当たる節を語る者が現れ出た。
「……この音、動画で聴いた事があるな……。確か、アポカリプティックサウンドって言ったか?」
「はぁ? なんだそれ?」
「ああ、原因は分からないんだが、ヨハネ黙示録に記述される、ラッパ吹きの天使になぞられた現象で【終末の音】と呼ぶらしいんだよ」
「終末の…音……。不吉だな」
数百名に及ぶ、この特異な軍事作戦の
アポカリプティックサウンド【終末の音】が──
この嘗て無い異質で異常な現象。兵士たちに、言いようの無い不安と戦慄が、鋭い爪を立てて襲い掛かる。
この怪現象に、各々の科学理論に基づいた思案を巡らすが、月並み、平凡陳腐なものばかり。当然検証もままならない状況下。その発生理由を明確、雄弁に語れる者は、ここには存在しない。
その怪音の原因、意味も分からず収束するも、平穏には至らず──。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
周囲は鳴動、大地が揺れ動きだした。
「「「「!!!!」」」」
「なっ!? 地震か!? 不味い!! 中にいるやつらが危ないぞ!!」
地震は然程大きいものでは無いものの、洞窟坑道内の者にとっては、危険極まる由々しき事態。
「ちぃっ!! 次から次へと、今度は地震かよ!何なんだいったい!!」
「お前ら崩落に気を付けろ!! 絶対に潰されんじゃないぞ!!」
一応、人工の坑道通路内には崩落防止用の木枠が施されているが、大分年期が入っており、果たして耐えられるかどうか気が気ではない。
通路の照明は小刻みに点滅。パラパラと細かい土砂が降り注ぎ緊張が走る。
ここで、焦って外へと避難しようとすれば、後続のチームらとかち合い混乱混雑、災害パニック映画宛らの絵図。そうなれば、もう作戦どころでは無い。
そんな、お間抜けな状況は避けねばと、精鋭たちは肝を据え、その場で耐え忍ぶしか無かった。
「……や、止んだのか?」
「…そのようだな」
「ふうぅ、ビビらせやがって。ったく、息が詰まるよな」
「全くだな……」
由々しき事態は杞憂に終わり、揺れは収まる。兵士たちは、いずれもホっと胸を撫で下ろし息をつく。
「クソ、心臓に悪いな……。皆無事か?」
「あー、問題ねーよラーナー大尉」
「こっちも無事ね。土埃が鼻に入ったからほじりたいだけね。トールもほじりたくなったら、ワタシにすぐ言うといいね」
「流石っすね ダドリー専任曹長! 粋ですねぇ!」
「やめろよジミー!その意味不明な太鼓持ちは! お前とダドリー曹長のやり取りは、クソカオスだから処理しきれねーよ!」
「おいダフィ。お前まで絡むと収集つかなくなるから、変なツッコミはやめておけよ」
米軍内でも、特殊なシリアスキリングの使い手二名を含む、この編成を改めた新ウルフ1チーム。
階級順にラーナー大尉をチームリーダーとして、サブはトール、黒ブロッコリー、ギブス、ダフィ、ジミーホッパーの6名。
新たなウルフ1チームは、リーコン隊の主力部隊として、バルセロ中尉率いるウルフ2チームはその支援。
「あー、クソ…これやべぇかもな…」
現在、薄暗い坑道内。不測事象の確変連チャン状態で、足を止めているウルフ1チーム。
この状況に、歩くCIC(戦闘情報センター)トールは、その管制システムに異常な反応を補足。一層険しい表情でそう呟く。
「……どうした、クレイン?…お前のそんな反応は、非常に恐れを抱くものなんだが…」
トールはこれまで、如何なる不利な状況でも全て打破し、且つ、常に泰然自若の構え。その存在だけでも、部隊の士気を大いに高められたものだ。
その絶対強者が、ここまでの危機を感じている状況は初の事であり、非常に脅威と戦慄を覚える。
「「「…………」」」
そんな状況に、同チームのシリアスキリングの二人も押し黙り、チーム全員に嘗て無いほどの緊迫感が走り出す。
「……撤退だ」
「「「は!?」」」
何かの異常事態を察知しトールは、作戦中止の提案を呻くように呟く。
何の事かと、状況が全く理解できないチーム一同は、その言葉に呆気にとられて、思考が停止する。
「あークソ!間に合うかこれ!?とりあえず、全部隊への通信回線でだ!」
トールは、ボディアーマーに装着していた、小型通信機端末のチャンネルを、チーム内専用から、全隊通信の回線に切り替える。
「お、おい、クレイン、い、いったい何を!?」
「ウルフ1-2だ! 全部隊へと通達! 作戦は中止だ!! 洞窟内にいる全チームは急いで外へ!! 他の部隊も全て速やかに、その場から可能な限り、遠くに退避してくれ!!」ガッ
ラーナーが、あわあわと狼狽えながる中、トールは切羽詰まった表情を露わに、全部隊へ早口で退避指示を促す。
「「「「「!!!???」」」」」
「はぁ!? どういう事だよ!? 雷神の奴は何を言っているんだ!?」
「この声の主が、その木っ端の奴か?『クリリン』と言う名だったか? 何をたわけた事を!『ラージャン』とか持てはやされて、思い上がっているようだな! 笑止!!」
突然の一下士官の退避指示により、全部隊に衝撃と混乱が生じた。
偏見魔人イゴーリは、どこぞのZ戦士と金獅子とで、色々とっ散らかっている。
「クレイン…いったい何が!?……まぁいい。よしっ!コヨーテ隊!!
2チームとも撤退するぞ!!」
その状況は分からないが、彼の言うことなら絶対!と、レンジャーチームらに、即座に撤収命令を下すイナバ。
「どう言った状況なんだ!? ウルフチームとのカメラにアクセスできるか?」
「はい!繋がってます。コンロン中佐!」
「うむ、通信マイクを貸せ!私が直接状況を伺う」
前線司令部でも突然の退避指示により、その状況を把握すべく、ラーナーのACHヘルメットに取り付けられていたアクションカメラにアクセス。
「ドッグハウスよりウルフ1-2、状況を説明せよ! 本来作戦中止の判断を下せる権限は君には無いはずだ」
極論的な話だが、シビリアンコントロール(文民統制)に於いて、軍隊そのものを統制するのは文民たる政治家であり、その最終決定権はその国の首席代表。
大規模な軍事作戦では、その作戦の中止などの指揮判断は、現地最上級司令官から、回り回って本国全軍最高司令であり、政治の代表である合衆国大統領に判断が委ねられるのが基本方針。
それが、上官の判断も介せずに、一下士官からの通達となると、大いに由々しき事態だ。
軍においての指揮統制が、根本から覆される事態であり、その者は作戦全体に混乱を齎した罪により軍法会議に掛けられ、然るべき処分が下される事であろう。
だが、それが急を要する事態状況となると話が変わってくる。
場合によっては、現場の判断に委ねられる事もあるが、あくまでそれは、現場の最高指揮官の判断によるものであって、一下士官によって、いきなりの発令などはあり得ない。
『説明は後だ!とにかく不味い状況だ!即刻作戦を中止して、全部隊に撤退避難命令を下してくれ!! じゃなければ……全員死ぬぞ!』
ラーナーのアクションカメラにて、モニターに映し出されたトールの表情は、真剣そのもの。緊迫感が重々に伝わる様子であり、最終的に告げられた言葉は、非常に怖気を感じるものだ。
だが、カメラが捉えてる周囲の光景を見る限り、そのような状況は何も見当たらない。
「今そちら周囲の映像を確認したが、何も危機的な事は全く見当たらないが、いったいどういう事だね ウルフ1-2?」ガッ
現場最高司令がその判断に至る、納得できる状況で無ければ、当然容認できるものではない。
そんな事は、トールも百も承知だ。なんて説明していいものか、もどかしく頭をガシガシしたいところだが、ヘルメットが邪魔でそれもできない。
『あー、こんなやり取りをしていたら、取返しのつかない事になっちまう!!
処分なら後でいくらでも受けてやるから、今は俺を信じて皆を撤退させてくれ!!頼む!!』ガッ
『ウルフ1-1より、俺からも頼む!!これまでの異常な現象が、何かの前触れの可能性が高い!!即刻の作戦中止を要請する!!』ガッ
余りにも鬼気迫るトールの切実な申し出に、目の前にいたラーナーも流石に同調の意思を示す。
「……うむ、分かった。詳しい内容は後で聞かせてもらおう。では早速、全部隊へ撤退命令を通達せよ!!」
「イエッサー!コンロン中佐!」
ようやく折れたコンロン中佐は、通信指令担当官にマイクを返す。
「ドッグハウスより全部隊へと通達する! 作戦は中止!! 全部隊、即刻撤退を開始して、その場から速やかに退避せよ!! もう一度言う! 作戦は中止だ!!」
間髪置かずに、その令は即実行。状況が理解できぬまま全部隊は撤収へと事を運ぶ。不本意ながらも精鋭らは、足早に洞窟の外へと移動を始めた。
大波乱の『アリの巣コロリ作戦』は、もはや成否などの問題では無くなり、別次元方向へと向かい始めた。
「よしっ!ウルフチーム! 全員撤収だ! 急ぐぞ!」
「「「イエッサー!!」」」
ラーナーの撤退指示により、言われる前からすでに思いを固めていたようで、速やかに動き始めるウルフチーム。
「「「「!?」」」」
だが、せっかく申し出を受け入れたにも拘らず、言い出しっぺのトールが立ち留まったまま不動。
「どうしたのね、トール?キミが言い出した事なのに、なんで動かないね?」
「そうだぜリーダー。いや、今はサブか…んな事よりどうしたんだ!?」
「クレイン?……何かまた気になる事が…あると言うのか?」
「その顔……なんかヤバイんすか?クレイン上級曹長…?」
ダドリーを始め、チームの面々もトールの更なる様子の異変に、不安気に険しい表情でその理由を問いかける。
その問いにトールは、無言で戦闘ヘルメットとグローブを脱ぎ捨て、両掌の【
「「「!?」」」
「う!? なんだそれ!? スティグマが……」
見れば、実際の怪我の痕では無く、皮膚の模様痕であるはずの
過去のいずれの危機的状況でも察知した際は、精々うずき程度の反応であったのが、今は激痛と化して流血までしている状態だ。こんな事は初めての経験だ。
痛みによるものなのか。それとも、これから起こり得る事に対しての絶望感によるものなのかは定かではないが、非常に苦渋に満ちた表情だ。
「クソっ! 範囲がでか過ぎる……。どこにも逃げようがねぇ。間に合わねぇなこれは……」
「「「!!!!」」」
「ど、どどういう事だ、く、くくクレイン?…」
「手遅れだ」
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