第45話 あんだってー!?

 ウルフチームは、装備変更の為、それらを持参してきた海兵隊らと合流し、各々武装を換装。


 今まで使っていた狙撃用ライフル「Mk11 Mоd2」から、強襲用にアサルトライフル「M27 IAR」や「М4A1」への変更だ。

 それらに合わせて弾薬も7.62mm弾から、5.56mm弾に変わり、各々のボディアーマーの弾薬ポーチにフル装填状態のマガジンをセットしていく。


「М27 IAR」は、ドイツのヘッケラー&コッホ社製で、M4のクローンであり「HK416」から派生した、海兵隊が採用したモジュール分割式の小火器である。

 

 このアサルトライフルは、非常に軽量で、機動力の向上と射撃精度に優れているのが特徴。元々は、M249分隊支援火器(ミニミ軽機関銃)などの大型で重い、高威力で弾をばら撒ける軽機関銃より射撃精度が高い「分隊で誰もが使える小銃型支援火器」を切望する声が上がり、生まれたのがこの銃である。


 だが、ベルトリンク給弾方式ではなく、M4などと同様のSTANAGマガジン給弾方式を採用されており、総弾数が少ない為に連続した制圧射撃に不向きな事が挙げられる批判もあった。

 しかし、敵からは他の小銃と見分けがつかず、弾数よりもその高い射撃精度と高火力で制圧を行い、機動性の向上により、分隊支援火器としての役割を十分に果たせていることが立証されている。


 因みに、トールはこの「М27 IAR」を選択した。


 そうして、装備を一新したトールだが、気がかりがあるようで、しきりに洞窟開口部を険しい表情で見つめる。

 そうこうしているうちに、次々と30秒置きに、精鋭たちが突入して行く。

 その各背中に、言いようの無い一抹の不安のようなものを感じていた。


 今、テロリストたちが奥で戦闘をしている理由は、果たして本当に内部分裂によるものなのか?


 残念ながら今トールが感じているものは、魂のようなぼんやりとした虚ろなもので、明確な形までは分からない。

 精々、その数と敵味方の判別ぐらい。少なくとも今戦っているのは、いずれも敵であることは間違い無い。


 そして、当初の調査に比べて圧倒的に数が多い、倍以上か。しかし一々その数を数えてはいられない。


 更に、両手の【聖痕スティグマ】が疼き、警告を発している。



 これは、何を意味している? 何がある? 何が起こる? 何が予想できる?



 ──分からない……。



「また、その顔すか?かなり怖い顔になっているっすよ」

「うお!?リーダーその顔ヤベぇよ、何があったんだ?クソか?クソがしてぇのか?」


「……」


「マジか?ツッコミが無いぞ、どうしたんだよクレイン!?」


 武装を一新して、各チームに分かれたウルフチーム。現在トールのチームは、最も大きな開口部付近で、強襲の順番待ちをしているところであった。

 フェイスマスクは、首元に下げていたのもあり、その思考による表情がもろに表に出ていたようで、ジミーに指摘され、ダフィとギブスも狼狽える。


 背後には、続々と兵員輸送車両が列を連ね、そこから次々と海兵隊たちが降車。周囲は、味方兵らで溢れ騒然としていた。


「あー、顔に出ていたか。悪りぃな……」


「それで、まだ気になっているんすか?奥の状況」


「んっ?奥の状況って、なんかあるのか?」


「ええ、リーダーの謎の感知能力によるものなんすけど、どうやら、奥でテロリスト共が、やり合ってるみたいで、内部分裂じゃないかって話なんすけど、リーダーは、何か別の状況を考えているみたいで……」


「はぁ?なんだそりゃ?なんで、それを皆に言わねぇんだよ?それと、別の状況ってなんだよ?」


「それが、何か言いかけたところで丁度、強襲部隊が合流してきて、んでバタバタしているうちに言うタイミング逃したようっすね。知らんけど」


 適当な感じで、トールの状況説明を補足するジミー。結構、的を得ているようだ。

 


 そして、言葉を濁しながらも、トールが口にして告げたのは──。





「もしかしたらだが、この作戦……失敗するかもしれない」



「「「は?」」」





 その頃、洞窟要塞内。入り組んだ人工洞窟部坑道を足早に警戒しつつ突き進む、

デブグル隊の「リカオン」チーム。


「アメリカ海軍特殊戦開発グループ デブグル」は、数ある米軍特殊部隊の中でも、「デルタフォース」と並ぶ『ティア1』に属する、最強に位置付けられたコマンド部隊である。

 しかし、その任務の性質上、機密的な部分が非常に多い部隊だ。


「ティア」とは、アメリカ軍特殊部隊の序列分けの単位で「ティア3」までの3段階に分けられており、デブグルはこの最高序列の「ティア1」に位置する。


 他の「ティア1」は「デルタフォース」以外では「第24特別戦術飛行隊、米空軍特殊部隊」略称は「24STS」

「インテリジェンスサポートアクティビティ、米陸軍特殊部隊」略称「ISA」

こちらは、諜報や情報収集が主となっている部隊で、潜入や退路のルートの検討も行ったりと、支援任務がメインとなっている。

 以上の4部隊が、現時点で知られている「ティア1」である。



 そのティア1に属する「リカオン隊」も、他チーム同様に4マンセルの3チーム編成。道中分岐した通路に分かれ、警戒レベルレッドで索敵行動に当たっている。


 人工部分の坑道内の高さは2.5mほど、幅は2m少々。日本と同様に8尺、7尺基準で掘られており、数メートル置きに崩落防止用の木枠で補強されている。

 自家発電による点々とランプの明かりがあるものの、所々点滅したり電球が切れていたりと、その元々の光量自体も弱い為、全体的にひどく薄暗い。


 この洞窟、坑道内の地図は、旧ソ連のアフガン侵攻時に紛失しているの為、迷わないよう要所要所に、スプレーで印を付けながらの移動。

 おそらくその地図は、この坑道内のどこかにあるはず。各チームは、その地図の捜索にも勤しむ。


 リカオンチームの武装は「Mk18CQBR」アサルトカービンライフル。この銃は、М4のショートバレル化したCQB向けの仕様であり、狭隘な場所での戦闘に適したモデルとなっている。


「クリア」


 リカオン1チームが移動中、行き止まりの広めの空間に突き当たったが、そこは資材置き場になっており、敵の姿は無かった。


「ちっ、胸くそ悪い……」


 別の場所では、まだこと切れて数日ほどか。鎖に繋がれ、刃物によって切り刻まれた男女数名の遺体。周囲は、夥しい血の跡と異臭に包まれていた。


「……おかしいわね。これだけ入り込んで、未だに敵の姿が無いわ」


 リカオン2のチームリーダー、リディは、洞窟内に進入し5分以上は経過しているにも拘らず、一向に姿を見せないテロリストに異変を感じていた。

 すでに、他のコマンド各部隊のチームは、全て突入しているはずだが、交戦報告が一つも挙げられていない。

 耳を澄ませ聞こえてくるのは、遠くで移動する味方らの所作音と、どこかで滴る水滴の音ぐらい。


 当初の調査では、大隊規模の3から400名ほどの数を確認していたが、未だに交戦どころか、一人も発見できていないのは異常だ。


「……リーダー。もしや、これは罠じゃないですかね?」


 その推測は、言い換えれば、こちらの動きを察知されていたことに繋がり、作戦の存続に大きな影響を及ぼす由々しき事態。


「な…なんだこれは?」


 異変を感じて、足を止めていたリカオン2チームであったが、その部下の一人が、少し進んだ緩やかな曲がり角の先にて、何かを発見した。


 リディを含めた他3人は、その状況を確かめるべく、足早にその部下の許へと駆け付けた。


「うっ…これ…テロリストどもの死体だよな…」


 その数は、6、7名ほどか、判別が困難。いずれも敵テロリストの惨殺死体だ。


 頭部が破砕し消失、手足など各部位が欠損。臓物を撒き散らし、上下半身を両断されたりなど、散々な屍の数々。

 そして、何か爪のような物で引き裂かれたような痕が、いずれの遺体にも深く刻まれていた。周囲の壁は、至る所に飛び散った血や肉片が滴り、地面は大量の血溜まり状態。


 それは、筆舌し難い、凄惨極まる地獄絵図の光景。


 それと、天井や壁には、激しい交戦の跡を物語る、無数の銃痕が刻まれていた。


「うえぇ……すげぇ血の量だな。いったい、何をどうすれば、こんな死体を量産できるんだよ?」

「何か…大型の猛獣の類によるものだろう…爪の痕が見えるな。けっこうでかい爪痕だな……」

「ああ、そのようだな……一部食われたような痕もあるようだ。だが、その足跡らしきものは無いよな…」

「こう、血肉片の量に飛び散った跡が多くちゃ、足跡かどうかの判別も付きづらいだろうよ」


「なぁ? アフガンで生息する猛獣ってなんだ?」

「ああー、確かツキノワグマ、ハイイロオオカミ、あとユキヒョウとかだっけかな?」


「……生物学の専門家じゃないから、詳しいことは分からないが、それらの種に、この武装した集団を相手に、まぁ、その練度次第だと思うけど、それを踏まえても、ここまで一方的に襲い続ける事ができると思うか?」


「「……まぁ、無理だろうな」」


「考えててもしょうがないわ。先へ進みましょう」


 思い当たらない考察は一旦保留として、一行は先に進むと、似たような光景があちらこちらに点在しており再び足を止める。


「ちっ、ここもかよ…いったい何が起きてんだ?」


 テロリストの惨殺死体は幾つもあるものの、それらを作り出した元凶の死骸が一体も見当たらない。

 

 ──それを、意味するのは?


 つまり、その元凶の主は、銃で武装した集団を相手に1体の犠牲も出さずに、この状況を齎したのだ。


「アフガンの巨人か?…いや、聞いた話のサイズじゃここは狭すぎるし、この爪痕も違うよな……」


「……巨人…アフガン…まさか、巨人とは別に、得体の知れない未知のものが、奥の洞窟内に生息していたんじゃないのか?」


「──静かに!」


「「「!?」」」


 突如、部下たちの会話を遮り、耳を澄ますリディ。


「……かなり奥の方ね。下の方かしら…どうやら戦闘中のようね。発砲音が聞こえるわ、…他の味方チームとじゃないわね……あなたたちは聞こえない?」


「「「え!?」」」


 ……タタ……タ…タタ…タタタ。


「確かに…微かに聞こえるな。相変わらず耳がいいな、リーダーは……」


「味方とじゃないなら、奴らはいったい何と…?」


「だぁ、さっぱり分からん! ここのエグイ惨状もだし、何がどうなっているんだ!? どう解釈すればいいんだこの状況!? なぁワルキューレ!」


 事の状況を予想思案するも思い当たらず、お手上げとのなった部下は、リディに納得の回答案を期待するべく、全振り丸投げ。

 だが、リディは顎に手を当て、聞かれるまでもなくすでに思案を巡らせているようだ。


 リディは、この手の状況を作り出す悪趣味な製作者に、思い当たる節があるが、むしろ有り有り過ぎで、逆に分からなくなっている。



 ──しかし、それは。この世界ではあり得ない事だ。



「考えられるとすれば、ここのどこかで『ゲート』が開いたと言う事ね…おそらく、そこから来た何らかの個体……いや、群だわ」


「「「は?」」」


 何を言い出すのかと思えば、何やら意味不明な事を宣う人外に、部下たちは呆気に取られる。そんな事にも気にせず、リディは言葉を続ける。


「ゲートのカテゴリーは、アウター?…いいえ、インフェルノ…ダーク…カオス…どれも考えられるわね…いずれにせよ、この状況だけじゃ予測は無理ね…せめて、その姿を見れれば……」


「「「………」」」


「けれど、なぜここで?……開いたのは下の方ね。そのような地下空間ならば、地殻が近いこともあって、磁場の影響で、何らかの次元の歪みが生じた事が考えられるわね。原因は、その辺りが妥当かしら……」



「……このお方は、いったい何の話をおっしゃっているのかな?」

「知るか。人智を超えた存在の畏れ多い言葉など、俺ら下界の民が理解できるわけないだろ!」


「「だよな」」


「……これが、トールが言っていた胸騒ぎの正体なのかしら?」


「なんか、雷神の名前も出ているようだが……」

「そのようだな。二柱で何かしらのやり取りがあったようだが、俺ら人間には計り知れない事なんだろうよ」


「「だよな」」


 部下たちに、もろに聞かれているにも拘わらず、その思考にがっつり没頭。

異次元、奇妙奇天烈な事を一人ブツブツと語っているリディ。 



 タタタタタタタタタタ!!


 そうこうしている内に、坑道内のどこかで発砲音が聞こえだした。


 ピガッ


『こちらブッシュドッグ1-1!現在、正体不明のアンノウンとコンタクト!

交戦中だ!!各チームは警戒を強めよ!!クソっ、何だこの化け物らは!?』ガッ


 グリーンベレー隊、コールサイン「ブッシュドッグ」から、ようやくの交戦報告があったものの、その報告は非常に混乱を生じるものであった。


「「「あんだってー!?」」」

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