第46話 ハゲしーっ!



 グリーンベレー隊ブッシュドッグからようやくの交戦報告があったものの、その報告は混乱を生じるものであった。


「「「あんだってー!?」」」


「はあ!? 化け物ってなんだよ!? あいつら何と戦ってるんだ!?」

「知るか!きっと、この惨劇の犯行者らだろうよ!」

「クソ!この辺にも、そいつら潜んでるんじゃないのか!?」


「落着きなさい!!」


 立て続けの理解不能な状況によって狼狽えている部下たちへ、ただ一人冷静そのもののリディから一喝が入る。


「あなたたちは‶ティア1〟よ。その意味は分かっているわね? つまりは、合衆国軍の中でも最高序列であるデブグルの精鋭。 慄いてる場合じゃないわ。即座に周囲の警戒に励みなさい!いいわね!?」


 ──ああ、そうだった。不測の事態はいつもの事だ。


 そう自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻した猛獣たちの表情が獰猛なものへと変わっていく。


「「「イエッサー!!」」」


 リディの言葉により鼓舞された部下たちは、その眼に鋭く強い光を灯し、牙を剝き出し、呼応する明快なレスポンス。


 ──何を狼狽えていたのだ。何が来ようと関係は無いであろう。


 ──そうだ、我らは合衆国軍の頂点に位置する最強戦力精鋭。


 ──そして、我らはその最頂点たる戦乙女の眷属だ。恐れるものは何も無い。


 そう奮い立つ者たちとは別に、更に続く怪通信報告は、前線司令部を含めた他全部隊に、衝撃と混乱を齎してゆく。


 タタタタタタタタタタ!!タタタタタ!!タタタタタタ!!


『ジャッカル1!こちらも接触コンタクトだ!ああ、こいつは確かに化け物だな!』ガッ


『グレイフォックス3だ!未知の敵アンノウンと交戦! こいつら壁や天井をお構いなしで這いずり回ってやがる!』ガッ


『グレイフォックス1-1! 3-1へ、今そちらへ応援に向かっ…クソっ!こっちにも出たか……はぁ参ったねこりゃ。皆やられるなよ!!』ガッ


『リカオン1 交戦エンゲージ!ちっ、こいつら頭が硬いな!』ガッ



「「「!!!」」」


「少佐のところよ!ここの近くだわ!私たちも向かうわよ!」


「「「イエッサー!!!」」」


 ついに、リディのチームらの近くにいたデブグル隊総指揮官の少佐チームが、怪異らとの交戦。リディたちリカオン2チームが、応援に向かい走り出す。


 その各交戦報告通信は、いずれも理解し難いもので、全部隊に衝撃が爆走。


 前線司令部、戦闘指揮車両「ストライカーCV」内。情報管制用のディスプレイが並ぶ指揮ルームでも、各担当情報官らが、その異常事態対応に慌ただしく動く。


「いったいどうなっている!? その戦闘の映像をモニターに出せるか?」


「今、ブッシュドッグ1ー1のカメラ映像にアクセスしています!」


 多くの戦闘指揮を経験しているコンロン中佐であるが、このような異質なものは、勿論初であり、狼狽するのも無理はない。

 そして、コンロン中佐から指示される前に、すでにモニター管制技師である情報分析官が、各部隊指揮官のACHヘルメットに取り付けられている、アクションカメラにアクセス。モニターディスプレイにその映像が映し出される。


 スポーツ用の小型ウェブカメラでは、その煩わしい形状の為、軍などの作戦環境下では不向きと考えられている。軍や法務行機関のミッション用に開発された、優れた耐久性能。シンプルなユーザーインターフェースのものが、特許済みで現在使用されている。



 ダダダダダダダダダッダ!!!


 ダダダ!ダダダ!!ダダダ!!


『ギギャアアアアア!!ギャウ!ギャウ!』


『オラ!!とっととクタバレ化け物が!!』


 ビチャビチャ!ビチャビチャチャチャ!!


『キキキーキャギャアアア!!』


 ダダダ!!ダダダ!!ダダダ!!


『おい、そっちいったぞ!!気を付けろ!!』


 ガリガリガガガガ!!


『ファック!!クソ速ぇな!じっとしてろや!彼女に嫌われるぞコノヤロー!』


『ガガガギャギャガガギギャギャ!』

 

 ブジュブジュブジュグチャグチャ!!!!



「「「………」」」


「ハハ……何だこれは?…テロリストどもの、たちの悪いコスプレか?

B級映画じゃあるまいし何の悪ふざけだよ…?」


 コンロン中佐を始め、各スタッフ兵士らは、モニターディスプレイの画面発光によって青ざめた表情が、更に色濃く写し出されていた。

 中佐と各情報官らが、押し黙った指揮ルーム内では、モニターから激しい銃声と怒号、正体不明生物の奇妙な鳴き声。それらを、弾丸が捉えて肉を抉る音声が激しくも、淡々と鳴り響いていた。


「……分かりません。自分はこんな状況の分析は学んでないので……」


 当然であろう。その情報分析官は目を大きく見開き、その信じ難い驚愕の映像を、ただ見つめているだけであった。


「司令本部に連絡を入れろ!これは、本国にいる専門家の意見が必要な案件事項。ペンタゴンにも、この情報を至急報告する必要がある!そして、大統領にも!」


「……専門家って…いったいどこの…?」


「知るか!!兎に角、とっとと本部に連絡しろ!!」


「あっ、アイ、イエッサー!!──ドッグハウスよりHQ!至急大佐へと繋いでくれ!これは想定外の緊急事態だ! あー、なんて言えば……」


 コンロン中佐の怒号一喝。慌てて基地司令本部に、連絡を入れる通信担当官。

何をどう説明していいか、思い悩んでいる様子だ。




 そして、理解不能な交戦報告通信に、突入間際であったトールらチームにも動揺が走る。

 それらの状況を裏付けするかのように、洞窟坑道内部から、アサルトライフルの乱射する音が重複して響いている。



「……正体不明の敵アンノウンって、いったい何なんだ?…化け物らって何だ? 複数いるってことだよな?」


「何が何だかさっぱりだ!このまま突っ込んでいいものなのか?この状況!?…ダメだ、全くわけが分からねぇ!!」


「……リーダーが、作戦が失敗するかもって、懸念していた事って…これの事なんすか?」


 状況不明の状態に、困惑露わに狼狽するウルフ3チームの面々。


「あー、待て。こっちも頭がこんがらがってる状態なんだ…」


 状況を把握する為、その気配を探るべく目を閉じ、洞窟、採掘坑道内に『気』の触手を伸ばすトール。


「……確かに奥でテロリストどもと戦ってたのはこいつらだ。うちらの部隊が入り込んだからそれに反応し、一部が上に上がって来たようだな」


「クレイン! それでその化け物って、いったい何だか分かっているのか?」


 この異常を少しでも理解しようと、それを問うギブスと他二名の部下も、トールの言葉にその思いを託す。


「知るか、んなもん!こっちが聞きたいくらいだよ…あ?…何だこのでかい『気』は?…これは…ベジー…いや、リディか?」


 人外然としたトールだが、未知の存在に精通した異次元生物学者ではないのだ。当然知るはずも無い事だ。

 そんな部下たちの切実な願いを無下に扱いつつ、昨日の戦闘で、散々嗅いできた一際大きいリディの『気』の匂いを、嗅ぎ分けていた。


 危うく、某宇宙戦闘民族の元王子の名を言いかけたが、そこはギリ留めて言い直す。


 その感知する『気』は戦闘による『闘気』の類ではなく、生命が基本的に持つ『魂』の気配であって言わば『霊気』と呼ばれるものだ。



「あーあいつ、やり合う気だな…そのバケモンと……けっこう数が多いな。今、それらと向かい合っているようだな……」


 トールの感知スキルによって、部隊長のチームとリディ率いるチームが、そのアンノウンと相対していることが朧気ながら感知した。


「……はぁ、そうなんすか…この方の情報管制システムは、どんな造りになっているんすかね……」

「アホかジミー!このハゲ!これが全知全能、神の偉大なる御業だろうが!分かれよハゲ!」


「はあーん?ハゲてないっすよ! 親父も父母両方の歴々のじいちゃんらも、髪わっさわさ。森林豊富なマイナスイオン、ダバダバな癒しの空間なんで、遺伝的にはハゲる要素はないんすけどー」


「黙れハゲ!殺すぞハゲ!更にハゲ!死ねハゲ!」


「はあ──ん!!ハゲ言いすぎっ!!ハゲしい──!!」


 こんな状況でもチーム内では、もはや名物となっているジミーとダフィの掛け合いをスルーしつつ、トールは、リディチームらの状況に意識を集中する。




 ダダダダダダダダダダダダ!!!

 

「少佐、皆無事かしら!?」


「おっ!!ワルキューレ!!お前ら応援に来たのか!助かる!なんとか持ちこたえているが、こいつら仕留め切っても、次から次へと湧いてきやがる!しかも、一体一体がえらくしぶとい!」


 丁度、最後の一体を仕留めたところで、少佐は鮮やかな手際でマガジンリロード。頼りになるスーパーエースの応援到来に笑顔で迎え、ほっと息をつく。

 流石はティア1最強精鋭。テロリスト達とは大違い。一体も仕留められずに憂いを齎されたにわか兵とは訳が違う。


 あらゆる状況を想定した、実戦に近い高度で過酷な訓練。数々の激戦を経験したエリート部隊と、おそらく、あり得ない状況に、パニック状態に陥った犯罪集団とでは、精神状態を含めた練度も、そこから生み出される射撃精度も雲泥の差がある。


 周囲には、ドス赤黒い筋張った謎の肉塊が幾つも転がっている。いずれも現時点まで、地球上では確認されていない生物の類の死骸。

 その通路の少し先は、下へと繋がる階段。化け物らはそこから這い上がってきたようだ。


「う…マジかよ、きめぇなこれ…」

「一応、血は赤いようだな…さっきの惨劇の中にもこいつらの血が混じっていたかもしれないな…」

「サイズは2mくらいか…腕かこれ?…4本もあるが、形は人型だよな…4本指で、爪がでかいカランビットナイフみたいな形状だな…」

「顔が……つうか、頭部がヤバイな。エイリアン…いや、大戦時の軍ヘルみたいな形だな。洞窟内で暮らす為の、安全ヘルメット形状ッてか。笑えねぇキモさだな」


「おそらくだが、ラピスラズリだったか?奴らの活動資金の工面の為だろうと思うが、それの採掘で、民間の業者に委託したところ、パンドラの箱を開けてしまったってところだろうな、どう思うワルキューレ?」


 各々の謎生物の様相の実況説明をしつつ、部隊長少佐から、現代常識から導き出された考察観点の結果を、リディに同意を求める。


 だが、リディは少佐の意見など全く聞いていない。独自のユニーク解釈を語る。


「──こんなの見たことが無いわ。元々の地球の地下生物…違うわね。だとすれば『ゲート』を通過したものと前提条件として……【ダークゲート】からの別惑星生物か。もしくは【インフェルノゲート】から来た、下級の悪魔生物の類かしら?

……分からないわ。ワイズマンの見解が必要だわ…」


「……また、意味不なわけわかめ事を宣っているようだな…こっちの話は聞いてねーし」

「……少佐、このお方のお考えは、人智では計りしれないものなので、是非ともご留意を」


「ああ、まぁそうだな……」


 リディは顎に手を当て、また思考の海に浸っている。とんでもない事を口走ってしまっているが、周囲の反応などクソ喰らえだ。




「だぁ、クソ!また来やがった!今度は更に数が多いぞ!!」

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