第44話 最終フェイズ


「……あいつら、奥で‶何か〟と戦ってるぞ」



「はっ!?」


 『気』の探知レーダー波を飛ばし、敵要塞拠点内部を探っていたところ、異変を感じたトール。

 

 それは、拠点洞窟内の奥地で、テロ組織戦闘員と得体の知れない‶何かの集団〟との戦闘と思えるものを感知したのだ。


「それ、どう言うことねトール?」


 シリアルキラーならぬ、シリアスキラーの黒ブロッコリーが鼻ほじりを止め、珍しくマジもんの表情でトールに尋ね問う。


「ん──、その戦ってる相手って他の派閥の敵対勢力すかねぇ?…けど、奥地でとなると、考えられるのは内部分裂とか? ならこの作戦、仕事がはかどりますけど」


 その状況から推測できるのは、精々そのぐらいであろうと、ジミーは好都合な状況を思い浮かべ、楽観思考。

 それを裏付けるかのように、各開口部にいた歩哨らが、慌てて内部へと姿を消していった。



「あー…それが、どうにも何んか──」


「あっ!友軍の連中が到着したみたいっすよ」


 トールが何か言いかけた時に、味方の精鋭たちが車道を足早に移動し、続々と姿を現した。

 そこから、各チームは分散を始め、各々担当の進入ポイントへと向かっている。


 ピガッ


『ウルフ1-1だ。状況がよく掴めないが、敵歩哨は全て内部へと移動。各進入ポイントはオールクリア。いつでも強襲可能だオーバー』ガッ


『了解ウルフ1-1。こちらリカオン1-1 予定ポイントに到着。いつでも行動可能だオーバー』ガッ


『こちらブッシュドッグ。オールグリーン、オーバー』ガッ


『グレイフォックスだ。こちらもORオーケイだ。オーバー』ガッ


『ジャッカル、ジェノサイドスタンバイオーケイ。オーバー』ガッ


『コヨーテだ。フォローは任せろ。オーバー』ガッ


『ディンゴ1-1よりウルフへ。お前らへの「プレゼント」は後続のハウンド、ブラヴォーが持ってきた。とっとと受け取ってくれオーバー』ガッ


『ドールよ。民間人や囚われている要救護者を発見したら、いつでも呼んでいいわオーバー』ガッ


 各精鋭チームが、予定ポイントの配置に就き、いつでも強襲可能な状態。

 今まで、狙撃用ライフルのみであったリーコン隊。強襲用に換装が必要だが、その装備や弾薬等は、後続の海兵隊兵站チームが持ち運んで来た。


 ここで、各チームのコールサインを確認しておこう。


 フォースリーコンは「ウルフ」


 第75レンジャー連隊の夜襲専門チームは「コヨーテ」


 デルタフォースは「ジャッカル」


 デブグルは「リカオン」


 ネイビーシールズは「グレイフォックス」


 グリーンベレーは「ブッシュドッグ」


 マリーンレイダースは「ディンゴ」


 CSTは「ドール」


 この「ドール」は人形の意味では無く、イヌ科の肉食種「アカオオカミ」のことである。


 そして、海兵隊は「ハウンドドッグ」。こちらは大勢いるので、分隊ごとにNATOフォネティックコードを付け加えられている。

「NATOフォネティックコード」とは、NATO加盟の同盟国共通の通話表コード。映画等でお馴染みのコールサイン「アルファ」「ブラヴォー」「チャーリー」とかのやつだ。


 今回の作戦のコールサインは、動物イヌ科の種類名で統一しており、前線司令は「ドッグハウス」


 尚、基地司令部はそのまま「HQ」(HeadQuarters)の略を使用している。

 

「コンロン中佐。各隊OR(戦闘可能体勢)オーケイです。いつでもGOサインのコールをどうぞ」


「うむ」


 各チームが配置に就いたところで、前線司令の通信担当士官により通達がなされ、軽く頷くコンロン中佐。


『飼い主から、全猛獣たちへと通達する!!』


 全部隊共通通信により、コンロン中佐の作戦開始を告げるべく、まずはその士気を高める為の口上から始まる。


『その鎖の手綱は外れているな? さぁ餌の時間だ! ここからは一方的なジェノサイドだ! ピーピーさえずるテロリストどものその喉笛を噛み砕いて、一切合切、骨まで全て喰らい尽くせ!!それでは──』


 猛獣たちの軍団は、その狂暴な牙を振るうべく、いずれも深く静かに深呼吸をし、全集中状態へと沈み込んでゆく。


 コンロン中佐は、一旦その目を閉じ一呼吸。これから告げる開始号令の言葉に、意識を集中させる。


 息を呑み、コンロン中佐を注視する通信担当士官やモニター監視、情報分析官などの各司令要員たち。



 作戦開始から約8時間が経過。その佳境たるラストフェイズの陣鐘じんがねが、今打ち鳴らされようとしていた。



 ここ作戦区域一帯に言いようもない緊張が走り、一時の静寂が周囲を包み込む。




 そして、目を見開き息を吸うコンロン中佐。




 ──いざ、合戦開始の合図だ。







『せっ!!ゴボっ!んんんっ!しぇん滅せりょろおぉ!!あークソっ!!』ガッ



 ここで発動。シリアスキリングの華麗ならぬ、加齢なる極意。部下たちに脈々と受け継がれるボーマンイズム。

 敵の喉笛を噛み砕く前に、自分の喉笛に痰が絡んで、盛大に噛みまくるコンロン中佐。



「「「「「うおい!!」」」」」


 これが新喜劇なら、全員大コケ祭りとなるところだが、そこは屈強な精鋭たち。彼らは見事に耐えたが、盛大に出鼻をくじかれる。

 しかし、海兵隊らの方では耐えられずに、転げ捲っている者が多発しており、その被害は甚大だ。


「「「「「だめだこりゃあ!!」」」」」


 ここでBGMを付けるなら、本来ならばワーグナーか、演出家によっては雰囲気を神聖な感じで、ソプラノ歌唱をガッツリ利かせた『アヴェ・マリア』か『讃美歌』でも決めたいところの展開だが、これでは、ドリフのコント落ちの効果BGMが関の山だ。



「アイム、ファッキンガイズ!!俺のこのバカチンがぁ!なんですかぁ!チクショー!しゃあコノヤロー!!」


「「「………」」」


 この大舞台での肝心なキメ台詞にこの大失態。両拳を何度も空で振り下ろし、耳が真っ赤。ぶつけようのない憤りを露わにするコンロン中佐。

 この哀れにもやらかした司令に、どう接していいものかと顔を背ける各司令スタッフの面々。


「いやいや、誤解するな皆の衆!苦しゅうないぞ。わざとだよ、わざとっ!…そうそう、皆の緊張をほぐす為だ!あーそれだそれ!これも‶あの男〟の影響だな。実にけしからん!!プンプン!しゃあコノヤロー!!このバカチンヤローがぁ!!」


「「「………」」」


 必死に、あたふたと聞き苦しい御託を並べ、その場を繕うとするコンロン中佐。  

 それに対して、一様に目を合わそうとしない司令スタッフ一同。





「びぃっ!!べっくじょんっ!!!!やかましいわい!しゃあコノヤロー!!

このバカチンヤローがぁ!!」



 同時刻、基地司令本部では、耳をつんざくような高火力くしゃみ砲をぶっ放して、司令部の幹部、スタッフ兵士らに迷惑がられるボーマン大佐。


「ん──グスっ、風邪なのかな?昼間に雪にまみれちゃったし、お母さんが心配しちゃうな。大変大変「とんだ困ったちゃんねぇ」とか言われるんだろうなぁえへへ!グスっ」


「やかましいバカチンヤローは、あんただよ!それと、そのキャラきめぇよ!!」


 などと、部下にツッコまれつつ鼻をグスグスしながら、今だに幼児退行が抜けきらないボーマン大佐であった。




「だぁー、頼むよコンロン中佐。肝心なところを噛んでんじゃねーよ」


「クソ。ガッツリ気が抜けちまったな、ったく」


「危うく、すっ転ぶところだったな…崖の上じゃなくて良かったよ。あ、俺はデイヴィスですからねぇ、皆さん間違えないでくださいねぇ」


「カーッカコカコカカカ!!かーっつ!!笑止!!」


「……しぇんめつせりょろ? どこの言語かしら?…興味深いわね」


 かなりグダグダな強襲開始となり、各々一様に苦言をぼやき、珍妙な笑い声を上げる者、若干違うベクトルの者がおりつつも、次々と各進入ポイントから、要塞洞窟内へと突入していく精鋭たち。



「あーあ、やっちまったなー。これはぜってー、あの‶とっつぁん坊や〟の影響だな……」


「はあーん?全くダメダメっすねぇ。ちゃんと発声練習しとかないと。そういえば、唇を震わせたりとかが、いいみたいっすねぇ。ブルルルルルルル!なー!なー!ヨガファイア!ヨガファイア!んっ、いい感じ!」


「ん──、何だかとても鼻ほじりたいね……」 


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