第40話 石ころ


【アリの巣コロリ作戦】フェイズ2、セクター2。荒涼地域の山間いの荒れた車道を進み、その先の森林地域に入って僅かの所。


 周囲は山々と木々に囲まれているものの、ここはわりと開けており、自然にできた広場に少々整地に手を加えた程度の空き地。

 その広場を囲う、山の麓の緩やかな傾斜部に生える木々は、鬱蒼としたものでは無く、わりとまばらで所々開けている。雑草類もそこそこ、岩肌も多く露出している。


 その広場の間を南北に分けるかのように、浅瀬の川が流れている。川の上流を辿ると、切り立った崖が両脇にそびえ、下流側は荒れた河原と共に、先の見通せぬ山間いを、遥か遠くまで続いているように見える。


 そして、ここに居座るのはRV車3台に、武装したピックアップトラック4台。

 その周囲を、24人の武装勢力の戦闘員がたむろしている。

 焚火を起こし、各自呑気にタバコをふかしたり、茶を啜ったり、石を枕に横になっていたりと、いずれも大分寛いでいる様子。

 加えて、車両のカーオーディオから、よく分からんアラビア語の音楽が結構な音量で流れていたりと、何ら脅威に警戒した様子は見られず、がっつりグダグダな状態。

 

 他の敵隊の同様の様子から察するに、この時間帯は、彼ら哨戒部隊の憩いの休息時間帯のようだ。

 おそらく、長い期間この地での何ら問題の無い日々の連続に、彼らに危機感と言うものを希薄化させた現状を浮き彫りにさせたのが、この体たらくの光景。


 トールとリディの偵察情報は、若干の狂いがあるものの、しっかりと作戦に反映されたいた。この時間帯の急襲は正にこれ以上に無い、最適の条件である事が明らか。


 古今東西の軍事において、戦略の要はやはりその情報の有無である事は、今後も変わることが無い確かなもの。


 そして、その4台のピックアップトラック後部荷台には、対空用の14.5mm、旧ソ連製の「ZPUー1重機関銃」。対人用として、こちらも旧ソ連製7.62mm「SGー43重機関銃」が2台ずつに分けて搭載されている。


 これらは「テクニカル」と呼ばれており、民生用ピックアップトラックなどの車体や荷台に銃砲を据え付け、車上戦闘を可能にさせた即製戦闘車両である。他にも「バトルワゴン」「ガンワゴン」「ガンシップ」などの名称が用いられている。


 この場では、絶対に撃たせたらアカンやつ。味方部隊が全部ひっくるめて、色々と、てんやわんやになるであろう。しかし状況は好天模様。


「あいつら、緩みすぎだろ……」

「だが、戦力差は3倍、殲滅するのはいいとして、‶何もさせずに〟となると話が変わってくるな」


 作戦ポイントに到着したリーコン隊「ウルフ3」チームのダフィとギブスは、敵「オブジェ3」の絵面状況を見て、呆れ半分と、リスキーな戦況である事を語っている。


 この作戦は最終フェイズまで、敵に一切悟られずに遂行するのが主な戦略内容である為、この段階で敵に行動を起こさせるのは、非常に不味い状況。


 いくら特殊部隊とは言え、開けた場所で小隊規模の相手を、誰一人一発も発砲させずに排除するとなると人数的に不可能に近い。

 気を抜いているとは言え、彼らもそれなりの実戦経験を踏んでいるはずだ。殲滅される前に必ず誰かしら反応し、行動を起こしてくるだろう。

 その行動は、この先にある防衛拠点の誰かに伝わり、ゆくゆくは最終拠点の方まで警戒を生み出してしまう事が自明。


 そうなれば、今後の作戦に大きな影響を与える事になるであろう。普通であれば、当然他チームの応援を待つべきなのが定跡と言えよう。


 だがしかし、ここにその定跡を蹴散らす輩が存在する。


「それで、どういった流れでぶっ込むんすか?リーダー?影分身すか?」


 ピガッ


『コヨーテ1-1よりウルフ3-1へ。この数を行動を起こさせずに、どういった感じで攻め込むんだ? まさか、分身が使えるとか言わないよな?オーバー』ガッ


「んなの、できるかよ!」ガッ


 ジミーと戦術通信にてイナバから同様の質問を同時に受け、二人に対してツッコむトールである。


 現在ウルフ3チームがいるのは、山の斜面にある岩肌が露出した平坦な段差部分。

 敵の集団からおよそ100m内の位置。集団を一望できる場所だ。

 しかも暗闇の為、敵からは全く見えない上に、こちらからは焚火の明かりでNVGを使用しなくても丸見え。狙撃支援には適した位置であるのだが……。



「ん──まっ、これでいくか」


「「「ん?」」」


 トールは各敵らの配置、動きを見回し、何かを思いついたようだ。その様子に、ウルフ3の部下らは、何をするのかと疑問の表情を浮かべている。


「ウルフ3-1よりコヨーテ1-1へ。とりあえず軽く数減らしておくから、ちと待機しててくれ、オーバー」ガッ


「「「は?」」」


『は?……おいおい数を減らすって、君のする事だからとやかく言うつもりはないが、それって大丈夫なんだろうな? この作戦の意味分かっているよな?オーバー』ガッ


 この人外はまた何をやらかすのかと、ウルフ3、コヨーテ1チームは、一様に困惑の表情を現しざわつき出す。


「まぁ見ててくれ。すぐ済ませるから。ちょいアウト」ガッ


 そうイナバに通信を済ませると、トールは周りを見回している。


「サプレッサー付きでも、この距離じゃ山の反響とかで銃の音はバレそうだからな…だったら、えーっと」


 その距離は、敵集団までおよそ100mほど。フィクションであればサプレッサー付きならその発砲音は「プシュプシュ」と僅かで、難なく事は片付くであろう。

 しかし、実際には結構な音量。その減音率はせいぜい2割ほどぐらい。山の反響も伴って、悟られる可能性が非常に高い。


 それを、考慮してトールは何かを拾っているようだが、それは……。



 ──石ころだ。

 

「「「は?」」」


 余りにも予想外の行動に、呆気にとられる部下たち。


「お、これいいな。あー、これいいね。おー、これとか完璧じゃね?」


 その石ころは、野球のボールほどのサイズ。なるべく凹凸の少ないものを選別している。それを幾つか拾って足元に集め置いている。


「……ねぇ、先輩方。……まさかリーダー、この距離で石ころを投げて始末するとか…無いっすよね……?」


「ありゃ、ガチでやる気だな……」

「……だな。間違いない」


 そこそこ共にチームで行動している部下らも、なんとなくこの人外の無茶苦茶ぶりを理解し始めていた。


 それからトールは、手ごろな石を持って足場のセットポジションを整える。

 

 そして、額から胸へと石ころを持っていない方の左手で十字を切る。


「我が偉大なる主よ。これより滅する我が敵の魂を然るべき場所へ送り給え。父と子と精霊の御名において、灰は灰へ塵は塵へと」


 ここでもやはり、これから奪う命へ祈りの言を捧げ、脳内のリミッターを解除するトール。


「エイメン」


 ブン!


 身体を鞭のように滑らかにしならせ、中々のピッチングフォームから繰り出された第一投。えげつない速度で敵集団の一角へ飛んでいく。


 ゴシャ!


 およそ70mmの石ころの砲弾は、集団から少し離れた木々のそばで寝ている一人の頭部に直撃、粉砕。


「「「マジか!?」」」


「あ、やべ。音とか大丈夫だったか?」


 その死体から、最も近い一人が何か気づいたのか、一度上の方を見上げ、それから辺りを見回す。死体は元々寝ていた者なので薄暗さもあってか、その頭部の状況には気づかず再びまったりモードに戻る。

 最も人だかりができている所は、車両からの大音量カーオーディオ音楽。全く気付いた気配は無い。



「セーフ。うんじゃ続けていくか」


 ブン!──ゴシャ!バシャン!


 続いては集団から離れ、川で用を足している一人の頭部にキルストーンショット。

 そして、川に倒れるも川のせせらぐ音と暗がりの為、これも気づかれない。


 次は難易度を上げ、両手に一個ずつ持ち2投連続でぶん投げる。


 ブン!ブン!──ゴシャ!──ゴシャ!


 こちらも集団から離れた位置だが、今度は2人で岩を椅子にして談笑している。

 まず一人の頭部を粉砕。目の前でいきなり頭部が弾け飛んだ同志に、驚く間もなく、そのもう一人の頭部も弾け飛ぶ。

 その姿は、はたから見れば、二人で岩に寝そべっているように見えるので、こちらも問題無い。


 トールのとりあえずの狙いは、集団から離れた位置にいる者たち。


「よし、慣れてきた。回転上げてサクサクいくぞ」


 ブン!ブン!ブン!─ゴシャ!─ゴシャ!─ゴシャ!


「んで、もういっちょう」


 ブン!─ゴシャ!


 集団から離れた位置の者が、声を上げることもなく、次々と頭部を破砕。


 その数8人、残り16人。

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