第39話 ワロス
セクター2、森林地域入口周辺付近。
ここの担当リーコン隊、コールサイン「ウルフ3」チームを率いるのはトール。
そして、レンジャー隊、コールサイン「コヨーテ1」を率いるのはイナバだ。
トールらは敵歩哨組を瞬殺し、敵哨戒部隊「Obj3」に向けて、足早に森の中を進むウルフ3チーム。
「いやいやいや、このチーム鬼すぎないすか!?リーダーは【雷神】だし、俺まだ
何やら、そう泣き言を語るのは、リーコン選抜訓練を終えたばかりの22歳、最も若手であるスラックマンの新人。
「うるさいぞ、ホッパー二等軍曹!作戦中だぞ、黙ってキビキビ歩け」
「はあーん!?いやいや、ギブス曹長! 新人の最初の仕事で、いきなり一人で二人同時をCQCさせますか普通? しかも、気づかせずに何もさせずにって!無茶振りも大概っすよ!」
「何を言ってんだジミー、お前しっかりやれてたじゃねーか! 新人って言っても、新兵じゃあるまいし、ちゃんとあの鬼クソ訓練をクリアしたから、ここにいるんだろうが! グダグダ愚痴ってんじゃねーよ!」
「まぁ、そうなんすけどダフィ一等軍曹。もう少し段階ってものが、ってか、うちらってあくまでも偵察部隊っすよねぇ? なんかゲリラっぽくないすか?」
なんだかんだ言いがらも、フォースリーコン、スラックマンのジミーは、しっかり仕事はできていたようだ。
ウルフ3チームの編成は、トールの他は「フェアバーン.システム」別名「サイレントキリング」などの格闘術に長けた、ネイティブアメリカンの「ギブス曹長」。
その視力は、なんと5.0と言うスコープ無しの裸眼でも、抜群の狙撃能力。
ギブスと同じく、近接格闘術に長けたアフリカ系黒人の「ダフィ一等軍曹」。
そして、新人ながらもCQBの射撃センスも然る事ながら「サイレントキリング」に、イスラエルの軍隊格闘術の「クラブ.マガ」にも長けた、イングランド系の「ジミー.ホッパー二等軍曹」。
ジミーの弱点は、類まれな戦闘センスが有るにも関わらず、そのネガティブさが仇となっている。実際は、やればできる子なのだ。
因みに「フェアバーン.システム」の源流は、日本の「真之神道流柔術」を学んだイギリス海兵隊だった「ウイリアム.E.フェアバーン」によって編み出された格闘術である。
この格闘術は徒手だけではなく、ナイフや棍棒格闘術も含まれ、現代の軍用格闘術の源流ともなっている。初期は護身術とした「ディフェンドゥ」。
後期は、殺傷技術を高めた「サイレントキリング」に分かれて解釈されている。
「クラブ.マガ」は、戦火が絶えなかったイスラエルで、ユダヤ人の「イミ.リヒテンフェルド」によって考案された、一切の無駄を省いた、シンプルかつ合理的な近接格闘術である。
イスラエル以外でもCIA、FBI、そして日本でも採用されており、警視庁指定の「術科広域技能指導官」によって、逮捕術として日本全国に普及が図られている。
と、言うような世界中の軍、警察が導入している、有効かつ実践的な近接格闘術である。
「ゲリラでも何でもいいよ! 俺たちは与えられた仕事をこなすだけなんだよ。リーダーなんか、一人で四人CQCで瞬殺だったからな。なんせこっちは六人もいたからな」
「はあーん?いやいや、ギブス曹長。そんなクソヤバな人外さんと比べられても…ってか、普通に銃使えばいいじゃないすか! わざわざ、そんなリスキーな事をしなくても!」
「このバカタレが! 普段、銃ばっか使ってるから、この遮蔽物だらけの森の中はCQCの実戦経験を積むには、打ってつけって話だっただろが」
「いやいやまぁまぁ、それはそうなんすけど。せめてハンドガンくらい使わせてもらってもぉ。失敗したらどうするんすか!? えらい事になるっすよーったく!」
「うるせーよ!成功したから別にいいじゃねーか!一々ウザいんだよ!少しその心臓に、育毛剤でもぶっかけておけよ! このヘタレが!」
「はあーん?いやいや、何言ってんすか ダフィ一等軍曹。 酷くないすかー? ただ俺は慎重派なだけっすから!実際は、ケツの毛まで勇猛勇敢でできてますから!心臓なんか、もーわっさわさのジャングルっすよー!ジャガーとかワニとか潜んでて危ないんすから! そんな所でサバイバル生活なんかできますかー?」
「だぁ、うるせー! そんな薄気味の悪い心臓なんかケツ毛ごと燃やしてやるよ!」
「はあーん? そんなのダメっすよ! 条約違反になりますよー。ママに言われなかったんすかー? ケツ毛を引っこ抜かれて、そのまま海の藻屑からのもずく酢で、やんややんやっすよ!それでもいいんすかー!? そう言うわけなので森の神様! わたくしめに天を衝くような、巨大なイチモツを我にお与え下さい!」
「わけの分からねぇボケが散らかり過ぎて、拾いきれねぇよ!ハゲ!」
「あー、お前らそろそろ黙っておけよー。もうじきオブジェ3の傍だぞー」
部下たちの微笑ましい?やり取りを黙って全スルーしていたトールだが、次の作戦ポイント間近になっていたので、さすがに諫めることにした。
ジミーはどこぞのお笑いネタの歌詞をなぞり願い乞うている。どうやら身体の一部分にコンプレックスを抱えており、それで自分に自信が持てないようだ。
「「「ういーっす!さーせんしたっ!」」」
普段、余程の事が無い限り、部下たちに対して放任主義のクソヤバ人外リーダーの諫めに素直に従う部下たち。
「あー、ウルフ3-1よりコヨーテ1へ。オブジェ3の様子はどーよ? オーバー」ガッ
『コヨーテ1-1だ。オブジェ3だが報告にあった想定より人数が多い。20人以上はいるぞオーバー』ガッ
コヨーテ1-1のイナバにより、状況の異変報告が告げられる。
当初の調査では10人ほどの分隊規模。流動的な戦場では、完全な予測は不可能。その時々の状況次第であるのは理解しているが、この状況は少々厄介である。
「んー、正確な数は? オーバー」ガッ
『えーっと…全部で24人だ。オーバー』ガッ
「……そんなもんか。まっ余裕だろ、問題無い。もうじきポイントに到着。そのまま待機しててくれ。ブレイクオーバー」ガッ
『マジか?了解した。コヨーテ1-1アウト』ガッ
だが、トールにとっては、想定内の些末な状況のようだ。
バグラム航空基地 時刻は遡ること、午後9時15分。トールたち作戦第一陣が出発して間もない頃である。
基地内、とある兵舎そば。スマホにて何者かへと通話を繋ぐ一人の女性。
デザート迷彩のラフな兵士の装いだが、風になびく白銀の髪とその美しい顔立ちが、アンバランスながらも、幻想的な雰囲気を醸し出している。
その女性は兵士らの間で『ワルキューレ』の異名を持ち、極々一部から「サイコパス娘」と呼ばれるリディだ。
「……ワイズマン? 今、通話は大丈夫かしら?」
通話の相手は、謎の極秘の国際機関、通称『ギルド』の代表であり【大賢者】でもあるコードネーム「ワイズマン」である。
『ウエ~イ、ワッツァ~!珍しいねぇ! 君から電話してくるなんてさぁ。あーちょい待ってちょ。──すまない‶大統領〟部下からの連絡だ。その話は少々後でもよろしいかな?』
「……合衆国大統領がそばにいたのね…」
妙に軽い男と思いきや、傍にいる合衆国大統領には、しっかりと威厳のある口調に切り替えるが、出だしがガッツリ聞かれているので余り意味がない。
『ハイハイハイハイ、お疲れちゃ~ん!もうオーケイよ!で、要件は何なんよ? ハイエルフの王女様。いや、今はアメリカ軍の兵士だったかねぇ』
「……ええ、それで今日おもしろい子に会ったのよ。地球人のね」
『へぇー、君がおもしろいってよっぽどの事だねぇ!…んーそれって、もしや
「トオル.クガ.クレイン」って言う男じゃないかぇ?』
「え? なぜ知っているのかしら?……流石は大賢者というところかしら。もはや全知全能?」
リディが要件を言う前に、すでに全てを察しているワイズマン。世界の全てを見通しているというのか?
『いやいや違うよ。さっき「サラ」から連絡があってさぁ。なんか異常な地球人がいるとかで、それで知ったのさ。すんげー偶然、同じ日に同じ男の話が出るなんてねぇ、ミラクルだよ!ヤバす!ワロた!うひゃいひゃいひゃい!』
「……はぁ、そういうことね。けど、なぜ彼女が彼のこと知っているのかしら?」
『あー、それがさ。実は彼女の兄貴がダーパの生物遺伝子学の博士でさ「へんなリー」って名前だったかな? なんか「くー、くー」ウザいんだけど、そのクリリンだっけ? その彼のやんちゃ振りを研究してたみたいでさ。そんで、うちのラボとも繋がりがあるし、妹もいるしでその流れで!ってやーつであーるぅぅぅ』
(……困ったわね…「クリリンのことかぁぁぁ!」とかノッた方がいいのかしら?)
「……なるほどね。その「くー、くー」の事はよく分からないけど、話が早くて助かるわ…それでどうするの?一度会ってみる?」
『あーまぁ、実はそのつもりで話を進めてて、もうその段取りを模索してるところなわけよぉ。てか、その「へんたいりー」の話が実に興味深くてねぇ。余り地球人に戦力を期待してなかったから、もし彼が有益な掘り出し物なら、是非ともうちにスカウトしてみようかな~とかねぇ。これからかなり人手がいると思うからねぇ』
「……そう。もう話がついていたのね…分かったわ。その段取りが決まったら連絡をして。楽しみに待ってるわ。ではまた」
裏の大組織の指導者とは思えぬほど威厳も無く、ベラベラとよくしゃべる大賢者に呆れつつ、会話もそこそこで通話を締めくくる。
『あいよ~バイバイキーン!お疲れサマンサ~!ふがっ…いっ!いーっくしっ!!あ、勢いで屁ー出てもた!ワロス!うひゃひゃひゃひゃ!あ、くさっ!』
「……」
何やら屁、いや、きな臭さを残しつつも通話が終わる。リディは一息をつき、厚い雲で淀んだ夜空を見上げながらぽつりと呟く。
「……果たして、彼は大賢者のお眼鏡に叶うのかしらね」
トールの思いも知らぬところで、人智を越えた存在の思惑も動き出し、これから彼に訪れる波乱の予感が蠢いていたのであった。
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