第37話 くーっ!


アメリカ国防高等研究計画局、略称はDARPAダーパ


そのダーパに、急遽呼び出された理由について、兄ヘンリーに尋ね問うサラ。


「暇じゃないんだから、とっとと要件を言って! ハリアップ!」

「くーっ! サラちゃんは、昔からせっかちなんだから…んじゃ、まずこれを見てくれるかい」


 急かす妹に愚痴りながら、手元はカチャカチャと、デスクのPCモニターにデータを映し出すヘンリー。映し出されたのは、一人の男の情報データのようだ。


「……誰? 兵士……海兵隊員のようね」


「うん、彼は『トオル.クガ.クレイン』武装偵察部隊、フォースリーコン所属の下士官だよ」

「フォースリーコンって、海兵隊のエリート偵察部隊よね。優秀なのね彼。それでこの彼がどうしたの?」

  

 その情報データはトールのことであり、やはり軍上層の研究対象にもなっていたようだ。


「まず10年ほど前のデータだが、彼が入隊時の練兵訓練の時に計測した、身体能力テストの結果だ。見てくれよこれ」


 その情報項目の一つをクリックし、トオルのパリスアイランドでの情報がアップされる。


「………何これ…どれもギネス記録を大幅に越えているじゃない…何か不味いドーピングでもしているの?」


「ノーノー、ナチュラルだよ。血液検査の結果、一切薬物の反応は見られなかったよ。勿論、彼は‶異世界転移〟をしていない事は確認しているし、生まれも育ちも地球の人類種? だからね」

「そんな…あり得ないわ……。どういうことよこれ?」


 この情報を見た者は、いずれも同じ驚愕の反応を見せ、サラに至っても例外ではなかった。


「しかも、ただの力自慢じゃない、戦闘能力はもっとえげつないものだよ。これも見てくれ。彼が殺傷したと思われる敵遺体の損壊状態だ。回収して極秘で解剖までしているんだよ」


「……うわ、エグ…何これ? 頭部が身体に半分埋まってる…? 肋骨が背骨ごと全粉砕、肺、肝臓、胃、脾臓破裂……これ銃によるものじゃないわよね…?」


「ああ、銃創もあるがこれは止めの痕だ。他は全て素手によるものだよ……。彼は中国武術をはじめ、多数の武術を会得しているようで、これらはその結果によるものだよ。しかも新兵時、まだ17歳のころの話だよ」


「じっ17歳で!? いやいやいや、いくら武術を会得したからって、他にこんなことできる人間なんかいないでしょ?」


「これらはまだ序の口だよ。なんせ単独で敵拠点を殲滅できるほどの、マーベルヒーローじみてるからねぇ。それも一度や二度の話じゃないからね」


「……まさか、地球人でこんな…ギルドの連中じゃあるまいし……」


 そう。トールは例外中の例外、規格外の存在であるのは、ダーパの研究結果でも明らかになっていたのだ。

 それと、サラが何やら意味深なセリフを呟いていたが、それはひとまず放っておこう。


「それで、改めて彼のMRIやDNA解析に踏み込んだんだが……。これはかなりヤバイよ…いいんですかぁこれはぁぁ?──いいんですっ!!くーっ!!」


 某川平氏のような口調を入れつつ、変リーはトオルのPC情報データの別項目をクリックし、モニターに脳解析やDNA等のデジタル情報が映しだされる。


「まず、彼の血液サンプルからDNAを抽出し、アセトアルデヒド脱水素酵素、遺伝子情報記述領域をポリメラーゼ連鎖反応で増幅して、シークエンシングの」

「あー、ちょ、ウエイト! 私はその辺のことは専門外だから、要約して結果だけを教えてよ」


 この手の専門知識は、一般から見ればわけわかめな用語が多く、非常に複雑で難解であり、サラはうんざりとその辺を速攻ぶった切る。

 そして、アクリルケージのわけワカメは相変わらず、ガリガリガチガチと内壁に張り付いている。


「くーっ! このサラちゃんのいけずー! ……まぁ、それでゲノム解析の結果、彼には普通の地球人に見られない、特異な染色体異常、異数性細胞が見られたんだよ」

「……染色体異常? 異数性細胞? どういうこと?」


「うん、まず人間の染色体の数って知ってるかい? サラちゃん」


「……んー、確か、23対の46本だったかしら?」


「正解! 専門外と言いながら流石はサラちゃん! くーっ!!」

「もういいからそういうの! ハリアップ!」


 研究一筋と思えたが、実は妹溺愛の、かなりのシスコン変リー。


「それが、彼クレイン君には、なんと! 24対の48本!! の染色体が有ることが判明したんだよ! いいんですかぁこれはぁ!? 全く信じられないことですよぉ! くーっ!!」


「……いや、だから専門外だから。で、1対多いと何が変わるの?」


「いやいや、かなり変わるよ! 身体はまず、人間とはかけ離れた別物の存在になるよ! 例えば、──アフガンの巨人のようにね!」


「は!? 彼って、普通の地球人のサイズのはずよね? どういうこと?」


「つまり彼は、普通の人間の外見を維持したまま、巨人の力を得ているということだ! そう!言うなれば、まさに超人だよ!マーベルミュータントだよ!くーっ!」

「……何そのチートは」


「これは、ギルドのラボから提供された、地球から‶異世界転移、転生した者〟の、血液サンプルの解析から算出した、ゲノムデータ情報と類似した状態なんだよ!」


「は!? 確か、日本で毎年発生する行方不明者の中に、何例かそういった事例はあることは、ギルドの方でもそれは確認しているけど…なぜ彼は……」


「因みに、転移転生前の状態での入手したDNAサンプルと比較すると、異世界への転移後か、その間に何らかの原因によって、後天的に染色体変異が生じているようなんだ」


 日本人に発生と言う事は、そういった現象の選別は、が影響、反映している可能性が高い。


 だが、これが『チート』と呼ばれる力に、起因するものなのかは定かではないが、そのトリガーになっているのは確かであろう。


「まぁ、その話は置いといて、彼の驚くべきことはそれだけじゃない! いいんですかねぇこれはぁぁ!? ──いいんですっ!!くーっ!」


「はぁ、まだなんかあるの?」


 語るうちに、妙な某カードマンスイッチが入った変リーは興奮露わに、それをスルーのサラに更に畳みかけるかのような情報を告げる。


「うむ、それでMRIとAIのデジタル解析の結果、彼の脳稼働率はなんと!

60%を超えていることが判明したんだよ!」


「え!?……人間の脳稼働率って、確か30%が限界だったはずだわよね!?」


「その通り! 染色体の数の影響も反映しているのか、彼は地球人ではあり得ない、神の領域に踏み込んでいるようなんだよ! なんせ彼は、兵士たちの間では『雷神』と、呼ばれているみたいだからね!くーっ!」


 因みに、その能力の高さから定評がある、イルカの脳稼働率は40%。トールは身体能力、脳稼働率、共に地球の野生動物のそれらを大きく陵駕している。


「サラに、更に!くーっ!」

「うるさい! で、まだなんかあるの?……この彼ヤバすぎない?」


「ああヤバイよ! それで検査の結果、彼の脳の松果体から多量の『ジメチルトリプタミン』が検出されているんだよ!」

「は? 何そのジメジメなんちゃらって?」


「ジメチルトリプタミン! 略してDMT! つまり、彼は強い『サイケデリック能力』を持っているということだよ! 否定派はこれを自然界発生の「幻覚剤」と結論付けているようだけど、僕はそんな単純なものとは思っていない!」

「さ、サイケデリック能力? 何それ?」


「変性意識状態の一種。分かりやすく言うと『霊能力』だよ!」


 ジメチルトリプタミン、DMTは、トリプタミンのアルカロイド物質。自然界に発生する幻覚剤とされ、熱帯地域、温帯地域の植物、一部のキノコ、ヒキガエル、哺乳類、ヒトの脳細胞、血球、尿などに存在する。

 尚、DMTは向精神薬の1種にも利用され、乱用を抑止、管理のための国際条約の適用対象成分でもある。


 また、統合失調症を引き起こす仮設も立てられたが、健常者の方がより多くDMTが検出さており、その関連性はないようだ。


「頭のお堅い連中は、信じがたい現象を全て「幻覚」と片付けているけど、都合のいい言葉だよね! いくら何を言ってもその言葉で一蹴し、取り付く島もないからねぇ」


 ニューメキシコ大学の精神医学教授、リック.ストラスマンの実験によれば、人間の脳内にある松果体において、DMTが神経伝達物質の一種として生産され、宗教的な神秘体験や、臨死体験と関連しているという推論を唱えている。

 そして、このDMT多く含む植物などで調合される「アヤワスカ」は、アマゾン北西部の先住民族のシャーマンの奇跡能力に、伝統的に用いられている。


「通常、人間は偏在精神の状態では、その‶存在〟には気づかない。中枢神経系の機能として、僕たちが知覚していものの大部分は遮断されているからね。彼はその遮断を高いレベルで開放できるようなんだよ!」


 この事は、イギリスの著作家「オルダス.ハクスリー」の著書から引用したもの。

 ハクスリーによれば、脳は生き残る為、こうした知覚を選別している。

 社会は記号システムを生みだし、現実を構造化、‶気づき〟を減らすためにこのフィルターを支えていると述べている。


 要するに、超常現象に対して、否定派の不確かな医療、科学理論や、それらを鵜呑みにしたメディアによって、それらの現象は、全て既存にある症状や自然現象として処理され、情報統制が成されていると言うことである。


 量子理論学の界隈でも、その‶存在〟の解明に乗り出し、ある程度の推論が取り沙汰されている。

 もはや、信じるか信じないかの議論は過去のもので、時代は新たなフェイズへと推移している。


 仮に‶霊〟の存在が完全に解明されれば、今の文明は10年は先に一気に飛躍すると論じられている。


 それだけ絶大なエネルギーを秘めている可能性が高いということだ。

 そのエネルギーを有効利用できるのは、物では無く直接人体への反映という形になるだろう。


 そう、例えばトールのような──。


「と言うのも、そのDMTは神経伝達物質として、彼の両手に刻まれた『スティグマータ』と連動しているのが、その神秘性の証となっているんだ! スディグマ保持者だよ! いいんですかこれはぁ!? くーっ!」


「え!? スティグマ!? 聖痕よね? 彼は奇跡の…盛り沢山過ぎるわ……」


「ああ、僕たちは幼いころに洗礼を受けたカトリックの家系だ。このスティグマの意味は分かるよね? つまり彼は最強の『エクソシスト』の素質も兼ね備えているってわけだ!くーっ!」


「……んー…色々と、わけわかめだけど、要するに彼は神の恩寵を持った、地球人のそれらを陵駕して、様々な状況に対応できる、突然変異の『チート超兵士』ってわけね。何このわけわかめな存在は……」


 キュリキュリ、ガリガリ、ガチガチ。


「……!!」


「ん? どうしたんだい?……まぁ、つまりの話はそんなところだよ。リアルミュータントだよ! 果たして彼を人類の枠組みに入れていいものやら考え物だよ。もし彼の事を学会に発表すれば……あっ、僕が軍に処分されるか!くーっ!」


 これまでの話によるとトールは、その血に宿るDNAに導かれるように、チート強者への道を、成るべくして歩んできたようだ。

 そして「わけわかめ」という言葉に何故か反応する、わけワカメ。


「それで残念ながら、現在はその力を抑えているみたいで、今の戦闘能力はどれほどのものになっているか、皆目見当もつかないんだよね」


「……そう、なるほど」


 サラは余りの情報の多さに眉間に皺を寄せ、こめかみを揉み解しながら、情報を整理するのに一時費やす。



「……オーケイ、分かったわ。これは、ギルド…いや、‶ワイズマン〟に報告案件ね! ねぇヘンリー、今話したこと電話でいいから、直接ワイズマンに話してもらえないかな?」


「げっ!? ワイズマンって、君ら機関総指揮の総マスターだろ?【大賢者】とかだよね? そんな超絶VIPと直接なんて!!」


 当の本人であるトールの知らぬところで、何やら大事となりつつ状況のようだ。


「くれぐれも言葉には気を付けてね。彼、電話越しに人間を‶消滅〟させられるから」


「ひいぃ! ダメよダメダメ! そんな怖いこと言わないでサラちゃん! ヤバイ!

胃がキリキリと……胃痛薬はどこだどこだ!? くーっ!」


 どうやらその超絶VIPは、かなりの超危険人物らしく、その激プレッシャーで慌てふためく変リーであった。

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