第36話 ダーパ
「「「「ご指南、宜しくお願いします!! 師匠!!!」」」」
「うおい!!」
トール開祖の「人外道」へ、上官を含めた精鋭たち一同は、深々と頭を下げ、弟子入り志願の一斉唱和。これに大いに戸惑うトール。
「マスタークレインの爆誕だね! これで皆ジェダイの騎士の仲間入りだよ! ハハハ!」
「うるせーよダドリー! つうか、いい加減その鼻血拭けよ!」
鼻ほじりがアイデンティティの黒ブロッコリー。鼻血は心の友であり、お構いなし。むしろ誇らしげだ。
「それで、そのリミッターを自由に解除するにはどうすればいいんだ?」
イナバの期待に胸を躍らせたその問いに、精鋭たちも同じくトールの天啓とも言える次なる言葉を、目を輝かせ固唾を飲んで待ち構えている。
「はぁ……」
はてさて、この期待に満ちた子らに、何て言っていいものやら。トールは、言葉を探りつつ溜息をつく。
「まず、一段階目のリミッターを外すには、死にそうな目に合う事だ。勿論、身体が動ける状態で武器無しの素手でな」
「「「は!?」」」
何やら、耳を疑うようなことを平然と告げるトールに一同呆然とする。
「この時、恐怖とか余計な感情は忘れて【
「いやいや、それ絶対死ぬやつよね! そんなの無理ゲーね!」
「クレイン過ぎ…いや、クレイジー過ぎる! そう言うお前はどんな状況で外れたんだ?」
「だよな、まずそう言う話になってくるよな」
余りのもリスクの高い取得方法に、歴戦の精鋭たちでもこれには、さすがに怖じ気づく。
そもそも、死を前にして恐怖などの感情を消すことなど、よほどの状況や境地にでも達してないと、人間としてはかなりの難問題である。
その状況を敢えて自らの計算でとなると、尚更、余計な感情が生まれてしまうだろう。
「俺の場合は、まぁ偶々なんだが、ガキの頃にじいさんが運転する車で移動中、事故にあってな。それで車が炎上し始め、じいさんは怪我で動けない状態だ」
その状況を思い浮かべ一同は、いずれも険しい表情を浮かべる。
「いったい、どういった事故なんだそれは? 原因は?」
その光景を明確に想像する為に、イナバは眉間に皺を寄せながらそう尋ねる。
「あー、なんかじいさん、車の公道レースのジャパニーズアニメにハマってて、突然、ドリフトの練習するとか言い始めて、うちのガレージにあったトヨタの古い車…えーっと、86っつったけか? それで、俺を乗せて峠道を攻めだしたんだが、速攻でスピンして、木に激突したんだよ」
「「「子供を乗せて、やるかよそれ!!」」」
「そもそも移動中って…ベクトルがなんか違うぞ……」
頭文字デンジャーのDである。決して真似をしてはいけない。
「俺は無事だったからすぐ外に出て、じいさんを助けようとしたんだが、ドアが変形して開けることができなかったんだ。助けを呼ぼうにも周りには誰もいないしで、まぁ困ったよ」
ドアが変形し、炎上する車両から怪我人を救出するのは、大人でも困難な状況であろう。
まして子供の力では、普通に考えればどうにもできないのは明らか。
「それで、じいさんを助けだそうと無我夢中だったんだろうな、そん時にリミッターが外れたみたいで、割れた窓からドアに手を掛け、無理やり引っぺがしたら、あっさりドアが外れたんだよ」
「「「は!?」」」
「で、シートベルトを強引に引きちぎって、何とかじいさんを引きずりだしたんだけど、もう少し遅かったら、車の爆発に巻き込まれて危うく死ぬところだったよ」
「……どこのクラークさんの話すか、それ」
「まぁ、そのクソ馬鹿力の反動で、両腕やら、手や指の骨がバッキバキに砕けまくって、筋肉組織の断裂やら皮膚の裂傷やらで、全治回復するまでに2週間もかかっちまったよアハハ!」
「「「は!?」」」
普通であれば一生に係わるほどの重傷であるが、トールのぶっ壊れた常識では、せいぜい捻挫程度の軽傷なのであろう。
「いやいやいやいや、アハハじゃなくて色々おかしいから、それ!」
これは映画の話であろう。いや絶対そうである! と、思わずにはいられない。
「そんで、何んだかんだで、ちょいちょいリミッターが外れるようになって、骨折の回数は……まぁ、気づけば、自由に解除できるようになったわけだ」
「何んだかんだって何だよ!? 説明が適当になってるじゃねーか! てか、骨折の回数いくつだよ!?」
「まぁ結構な数だよ、数えてねーし。アドレナリンにエンドルフィン出まくってりゃ痛みも余り感じねーし」
この人外は、いったい何を言っているのか。どうやら、この豪胆さも取得に必要な絶対条件のようだ。
「んな感じだけど挑戦してみるか? 今夜は打ってつけだし、テロ組織相手に試しに素手でぶっ込んでみるか?」
「「「できるか!!」」」
これには命課金の1回限りのガチャ、SSR「神の奇跡」が必須条件だ。
勿論コンティニューなど有るはずも無い。しかもビビったらアウト。勿論その他の雑念は一切許されない。
まさかの「感情、思考縛り」という鬼クソ仕様。
どう考えてもクソゲーの無理ゲーである。
仮に挑戦したところで「はい、雑魚乙ー!」とフルボッコで瞬殺されるのが関の山だ。
「無理だ…絶対、それ確実に死ぬやつやん……」
そんなこの世界の鬼畜運営の設定仕様に、無謀な挑戦をするはずもなく、儚くも一同は、愕然と肩を落とすのであった……。
「……それで、ワルキューレの方はどうなんだ? やっぱり君と同じようなものなのか?」
実現不可能な事はとっとと忘れ、潔く話を切り替えリディについて問うイナバ。
「え? ああ、リディのことか……」
「ヒヒ、リディだってさ。もう名前呼びね熱いね。爆発しちゃうよトール」
「うるせーよ!この黒ブロッコリーは! ってか、あんたら何ニヤついてんだよ!」
こっそりと、トールに鼻血交じりの鼻クソを擦り付けつつ、冷やかす黒ブロッコリー。そして、何やらニヤニヤする一同。
「まぁお前たち、茶化すのはそこまでにして、それでどうなんだクレイン?」
邪推による邪魔が入ったが、イナバの問いが気になっていたようで改めて同じ質問をするラーナー。
「……あいつのは、俺のとは別物だよ」
「別物?」
「ああ、どういう類のものか分からないが、俺のとは違う得体のしれない力だよ。
これ以上は他に言いようがないな」
昼間のリディとの戦闘中、その『気』を探ってみたものの、自分と言うより地球の人間とは異なる、何か異質なものであるとトールは感じていた。
それは、高位の原始的で根源的。霊的な強い存在の気配。その正体は分からぬが、畏怖すべき存在なのは確かであった。
「……そうか。君でも分からないなら、これ以上は知りようもないな」
「うーん、色々と謎が多い娘だね。めっちゃ可愛いけどね」
「「「それな」」」」
「おーい、そろそろ到着するぞー」
そんな精鋭たちが語らう、壮大なディスカッションは宴もたけなわ。それとタイミングを合わせたかのように、第一目標地点間近となっていた。
そして、作戦ファーストフェイズ(移動のみ)から、セカンドフェイズに揺るがなく移行するのであった。
──その作戦が始まる前、同日、本国アメリカ合衆国、時刻は未明の頃。
アメリカ合衆国、バージニア州、アーリントン、アメリカ国防高等研究計画局、略称DARPA(ダーパ)。
ここは軍使用の為の新技術開発及び研究を行う、アメリカ国防総省の機関である。
そのダーパ内の、とある研究ラボの一室。
部屋の広さは、一般学校の教室ほど。各棚、作業デスクには所狭しと多種多様の薬品、各研究用機器が置かれている。
その中には何かよく分からない、瓶に入れられた怪しい生体の一部と思われる、ホルマリン漬けの標本なども多数陳列されていた。
軍の技術開発というよりは、バイオ研究部門の個人ラボの一室のようだ。
その部屋の一角のデスク、PCモニター前で椅子に座り、キーボードをカチャカチャとデータ管理の作業をする白衣の男。
その傍で、泰然と腕を組んで立つ黒いスーツ姿の女性。
「それで、あれだけ苦労して入ったCIAを蹴ってまで転属した、新しい部署での調子はどうなんだい?‶サラ〟。給料は、かなりいいんだろ?」
そう問う白衣の男は、30歳前後。研究一筋なのであろう、ブロンド、ボサボサ頭に口周りには無精ひげ、白衣はヨレヨレ。余り身なりは気にしないタイプのようだ。
それなりに身なりを整えれば、そこそこの容姿に見えるだろうが、当の本人はどうでもいい事と、如何にも学者然とした性格のようだ。
その白衣の左胸に下げている、写真入りのID式認証カードに記載されている名は「ヘンリー・カーヴェル」。
「フフン、CIAの頃の三倍ってところ…かな? まぁ順調ね、かなり刺激に満ちた職場ってことだけ言っておくわ、ヘンリー」
ドヤ顔でそう答える「サラ」と呼ばれる女性は、20代半ば位。きめ細かな
身長は170cm位。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、メリハリの利いた抜群のフォルムに、黒のハイブランドスーツ。
如何にも仕事ができそうなキャリア女性である。
「なるほどねぇ。超極秘の裏の特殊国際機関だからね。色々な意味でかなりヤバイ職場なのは、こっちも一応情報交換できる身分でもあるし、ある程度は知っているよ、うんうん」
一旦、作業の手を休めサラの方へと向いて腕を組み、何度も頷きながらしみじみとそう語るヘンリー。
「そういえば『アフガンの巨人』のDNA解析を担当していたのは、あなただったわね? 『ギルド』のラボでもあなたの名前はよく聞くわ。あれで異世界と地球の巨人の相違点、類似点やその起源の発見に繋がったそうよ」
「フフン、どうだい? そんな優秀な兄を持って、君も鼻が高いだろう!僕も妹の出世に負けてられないからね!」
今度はヘンリーが身体を反らせ、ドヤ顔での意趣返しと言わんばかりの倍返し。
色々と情報が混雑しているが、二人は実の兄妹。この超優秀な経歴の子供らを持つ両親は、娘の名前がサラだけに、さらに鼻が高いであろう。
ふと、サラは、視界に入る横1.2m位、高さ1mほど、内部上部にロボットアームが備え付けられた、アクリル樹脂製ケージに目を向ける。
中には、長さは5から60cm位、幅15cmほどの何か黒い分厚い海藻のようなものが入っている。
(何あれ?…ワカメ…?)
そのワカメのようなものは、ムカデのような多足肢が生えており、気味悪くウネウネと蠢いている。
本来はもっと長いものなのであろう、片端側は途中で千切れたような感じだ。
もう片側には、2本の触覚のようなものが生えており、小刻みに動き、何かの感知行動をしているように見える。
そして、その触覚が何かに反応したのか、ヘビが鎌首を
ビャア!!
「……!!」
突然、アクリルケージ内壁に、その謎ワカメが勢いよく張り付いてきた。
『キュリキュリキュリ!』
ガリガリガリガリ!!
張り付いたことにより見えた、その謎ワカメの裏側には、縦に大きく開いた口部があり、乱杭状のサメのような鋭利な歯が、幾多と生えている。
サラを獲物と判断したのか、奇妙な鳴き声を上げ、そのきしょい口部が激しくガチガチと
(……また変なもの拾ってきて…なにあれ?…わけワカメね…キモ)
どうやら幼い頃からヘンリーは、妙ちくりんなものを拾ってくる癖があったようだ。
「ん? どうしたんだい?」
「……いいえ、なんでもないわ。それより突然ダーパに呼び出して、話って何なの?
「ムムーッ! 何か、兄さんのことを変な呼び方してないかい? サラちゃん」
若干、引きつっているサラ。何やらな、わけワカメの事などは放って置こう。
それより、変リーが語る話の内容とは──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます