第35話 原始の力


 アフガニスタンの巨人。


 ラーナーが語る、この信じがたい逸話は嘘か真か、2002年アフガニスタンで実際に体験にした、元米軍人の告発した記述を基にしている。


  その巨人は、最初に発砲した兵士を、持っていた槍で貫き絶命させた。その光景に、兵士たちは半狂乱状態で乱射。銃弾は何発も頭部をとらえるも、巨人は倒れることなく襲い掛かる。


 その後に、死に物狂いでようやく倒すことはできたが、約30秒間もの間、銃弾の嵐をその身に受け耐えたと云う。

 現存する地球の生物では絶対にあり得ない強靭さだ。


 尚、この戦闘で使用されたのは「M4カービン」、スナイパーライフルの「リーコンカービン308」そして「バレット50BMG」即ち、対物ライフルにも耐えしのぐほどの怪物であったという事だ。


 その後、救援ヘリが到着。その遺体は、ネットに包まれ大型輸送ヘリにて何処かへと運ばれていったらしいが、アメリカ本土のどこぞの軍施設で、秘密裏に解剖調査されていただろうと推測される。


 その告発した元米軍人の話によると、巨人のその臭いは強烈で、スカンク臭を最悪にしたような感じらしい。

 その指は6本あり、爪も何やら変で、カビのようなものが付着していたと云う、色々と筆舌し難いものであったのだろう。

 

 恐るべきなのは、その元米軍人が後に地元民に、この巨人のことを尋ねたところ、この巨人は──。


 人を喰らう。


 おそらくその巨人は、捕食目的で兵士らを襲った可能性が高い。まさに正真正銘の進撃のあれだ。


 この話、信じるか信じないかは、あなた次第ということだ。




「……マジかよそれ…?」


 ラーナーの話は余りにも信じ難く恐るべきもの。歴戦の精鋭たちは、いずれも驚愕の表情と強い戦慄を覚えていた。何せ、現在いるアフガニスタンで起こった事件なのだからだ。


「つうか、その偵察部隊って俺らの先輩のリーコン隊じゃ? その装備だと前哨狙撃チームじゃねーのか?」

「いや、その辺は分からない。機密情報だろうと思うから、口止めされているのだろう。俺たちには知る由もない情報だ」


「……盛り上がっているところ悪いが、話を戻して構わないか?」


「ああ、済まないイナバ。話を邪魔してしまったな、申し訳ない」

「いやいいんだ。俺の話を補足してくれたようだからな」

 

 ラーナーのとんでも話から、再び縄文人云々の話に戻り、イナバはどこぞの民俗学教授のように語りだす。


「今のラーナー大尉の話のように、太古の縄文人は今の生態系とは比べようのない、それらの脅威と戦っていたと思われるわけだ」


 古今東西、人が集落を築くとすれば、周囲の安全は絶対条件。そこから抜け出し、わざわざ未知の物件探しをするなら、その当時の時代であれば、当然、脅威とのエンカウントは避けれないであろう。


「女子供もいるだろうし、全ての縄文人が戦っていたわけでなく、おそらくは、それらモンスター専門に対応できる、戦闘に特化した精鋭部隊がいたはずだ。俺たちのような特殊作戦コマンド部隊がな」


「それって、まるでリアルモンハンのようだね! ヤバイね! あのゲームハマったなぁ」

「あー! お前はいいから黙っとけ! だから鼻クソ擦りつけるなって!」


「フッ、まぁそんなところだろう。現在その痕跡が発見されていないのは、その討伐した死骸を‶何か有効活用‶していたからだろうな。例えば武器や防具にね」


「おー! 益々モンハンっぽいねそれ! もしかしたら、ドラゴンなんかもいたかもね!」

「ハハ! それあり得るかもな!」


 太古の人類世界では、ゲーム宛らのリアルなハンティングワールドが、極自然に悠然と広がっていたかもしれない。いや、在ったのであろう。

 

 人が手を加え、活用した動物類の骨など化石化するはずもなく、何万年もの後の時代に残るわけがない。

 当然、その痕跡が現代まで発見できないのは当たり前の話だ。

 極端な例えだが、ラーメンを作るのに使用された豚骨が、何万年後先まで残るわけがないのと同じである。


「ドラゴンもだが、先ほどの話の巨人のような、対物ライフルさえ耐えしのぐような怪物相手に、当時の銃器も爆薬も無い時代、手製の原始的な近接武器のみで、どのように戦っていたんだろう?」


「んー、まぁ色々と毒を使ったり、トラップとか仕込んで動きを封じてからのフルボッコじゃねーかな?」


「まぁ、相手が単体ならそれも可能だと思えるが、しかし、敵が群れであったら?」


「んー……それなら人間側も数に頼るしかねーよな…けど、そのジョウモン人って少数精鋭って言ってたよな?」


「別に少数に拘っているわけでもないだろう? 状況によって他部隊と連携するのは、大昔からある基本戦術だろ?」

「バルセロの言うとおりだ。太古の生存競争に、そんな騎士道精神じみたことはないだろう。生き抜く為には、なりふりなんか構っていられないだろうな」


 原始の時代の戦術で、どのように遥か太古の凶悪な生態系に人間が立ち向かうことができるのか、各自模索する中、イナバが上を仰ぎ呟く。


「……ふうぅ、やっとこの話ができる」


「「「「……?」」」」


 この話をする上で順を追って話すうちに紆余曲折しながらも、ようやくその核心部分に至り、感慨に耽るイナバであった。


「俺が考えるに、その答えは……」


 人類史学の講義と化した場に臨時講師のイナバ教授が告げる、次なる言葉に精鋭たちは固唾を飲んで待ち構える。



「クレイン、君の存在だよ!」



「はっ?」


 これまでに浪々ろうろうに語られた、遥か太古の人類のルーツを辿る壮大な無駄話の着地点の答えが自分であると告げられ、間の抜けた表情で呆気にとられるトール。


「……なるほど、そういうことか」


「それなら合点がいくな……イナバの話、なんとなく掴めたぜ」

「急に雷神に話しかけるから、何かと思えばお前の聞きたいこと分かったよ、イナバ! なるほど、俺も是非とも聞きたいな!」


「そう言う事か……まぁそうなるよな。そうか【原始の力】だったのか」


「理解したよ! トールならそのリアルモンハン世界でも、がっつり元気だね!」


「いやいやいやいや、あんたら何納得してんだ!? どういうことだよ!?

イナバ、説明を頼む! ってか、ダドリー! 鼻ほじりすぎて鼻血出てんじゃねーか!」


 トール以外のリーコン隊、レンジャー隊の面々は話の筋を理解したようで、一様に納得の表情をしているようだ。


「いいかクレイン、これは推測だが当時の縄文人の戦闘部隊は、怪物相手に多くの犠牲をだし、弱いものは淘汰され幾多の死地を潜り抜け鍛え磨かれて、そして至ったはずだ。君のような本来人類に備わっている【原始の力】にね」


「……原始の力」


「もしかしたらこれは縄文人に限らず、一部が先天的に持つ特有の能力なのかもしれないが、少数精鋭というのは君のような特異な力を持った者だけで構成された、超人の類の集団ではないのかな?」


「……なるほど、つまりクレインはそのジョウモンの一部のエリート戦闘種族の血を受け継いで、それが目覚めたということか……」


 現代の人間の身体能力は、野生動物に比べると遥かに劣り、余りにも脆弱。

 それを補う為の高い知能と、そこから生まれた技術と銃器類などの武器なのだ。

 それでも今だに、毎年多くの野生動物による人災被害が後を絶たないのも事実である。

 

 どんなに鍛えた者でも身体能力のみで野生のゴリラ、グリズリー、ライオンやトラなどの猛獣相手にはただでは済まないであろう。


 太古の地球には、それらを遥かに陵駕する、大型の脅威が無数に生息していたのだ。

 原始の人類は、それらを相手に己の身体能力と粗末な武器のみで戦ってきたのだ、生半可な身体能力ではないであろう。


「これも推論だが、後に日本列島に訪れた弥生人だが、縄文人のエリート部隊が粗方の脅威を駆逐して、安全となった地域を安住できる平穏な地と判断して、それから農耕文化を築いて発展したのではなかろうか?」


「確かにそれなら理に適っているな。そのジョウモン人は謎が多いというが、当時の過酷な生態系のことは考慮されていなかったのだろうか?」


「火のない所に煙は立たぬと言うだろう? 議論する上で、まず議題となるその骨の発掘や、痕跡の発見が必要になるだろう? それらを裏付ける状況証拠がなければ、考慮もへったくれもないからな」


 多くの人類史の民俗歴史学者がその起源に様々な憶測を立てたが、どのような事柄においても、やはり立証できる確かな確証を得られなければ、それらは全て机上の空論に過ぎない。


「クレイン、単刀直入に聞くが君は『脳内リミッター』を自由に解除できるのだろう?」

 

「……知っていたか…まぁ一応な」


「脳内リミッター?……何それイナバ?」

 

「ああ、人間は本来、野生動物にも負けない膂力が備わっているんだ。だがその力に筋肉や骨が耐えられないんだ。それを脳内、前頭葉46野に備わる機能にて制御され、身体を保護しているんだよ」


「それ聞いたことがあるな。リミッターが外れれば女性でも片手で150kg位の物が持ち上げられるらしいな」


「そうらしいな、昔の日本じゃ火災などの緊急事態の際に、稀にその力を発揮する者がいたことから『火事場の馬鹿クソ力』とも言うんだよ」


「アンビリバボーだね、それすごいね!」

「それを自由に開放できるということは、クレインは、それに耐えられる筋肉や骨格をしているって事か?」


「だろうな、それだけじゃない。あの数種の中国武術に古武術、君は『気』のコントロールもできるだろう? しかも、秘奥義レベルでな」


「げっ、それも分かっていたのか……あんた、軍のマーシャルアーツ以外で、何か使うだろ?」


「まぁ、俺のは空手だよ。親父が道場の師範でな、一応【裏当て】もできるレベルで、多少『気』も使えるが、君のような漫画じみた異常なものではないよ」


「その『気』ってのは、日本のコミックやアニメとかにあるやつだろう? それを、クレインは実際に使えるってことか?」


「ああそのようだな。その『気』の制御によってリミッターを外した状態でも、フルのパフォーマンスを使いこなせているんだろうな」


 こうしてイナバの考察によって、今まで口にすることが無かったトールの人外能力の秘密が、次々と明らかにされていった。


「それでトール。その力、ワタシたちにも使えるようにならないのかな? 使えるようになったらワタシたち最強の超人部隊ね!」


「俺も武に携わる者として、最終的にそれが聞きたかったんだが……。何か特殊な修練方法があるならば是非とも指南してほしいところだが、門外不出の秘伝の技なら無理には聞けないよな…?」



「……あー、確かに秘伝の最終極致らしいが、まぁ教えてもいいが習得はかなり難しいかな」


「「「!!!」」」


「おお! 教えてくれるのか! 簡単ではないのは分かっている。過酷な訓練には慣れているつもりだ! よろしく頼む!」

「うお! マジか! そりゃヤバイ、興奮してきたぞ!」

「その修練に耐えられれば、俺たちも昼間のアニメじみた闘いができるってことだよな!?」

「俺らも都市伝説の仲間入りかよ! やべぇ! 脳汁ドバーって沁みてきたぞ!」


「なら、二つ名も考えておいた方が良さそうね。ワタシも北欧神話のやつがいいね!何がいいかな……」


「お前は【黒ブロッコリー】でいいんじゃないか?」

「んんっ! 大尉イジワルだね。それ神話関係ないよ! けど、いいかも!」


「「「いいんかい!!」」」


 職業的に限りなく強さを要する軍人。しかも、その最たるコマンド部隊の面々は、トールのような人外パワーが得ることができるのかと、いずれも興奮露わに沸き立つのであった。


「おいおい、待て待てあんたら、落ち着け落ち着けって!」


「「「「ご指南、宜しくお願いします!!師匠!!!」」」」


「うおい!!」


「ん? なんだ? 後ろの兵員室の方、なんか盛り上がってるな……それより第一目的地はまだかよ? 長げぇな……」


 そんな感じで、精鋭たちの無駄話が盛り上がりつつ【アリの巣コロリ作戦】ファーストフェイズ(移動のみ)が刻々とつつがなく進行していくのであった。

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