第33話 イナバ
「LAV-25」では、6名が十分座れるスペースが設けられている。
座席背後の上部に、銃器類の横置き用フックが取り付けてあり、各自のアサルトライフルや狙撃用ライフル等の銃器は、そこに置き掛けられている。
精鋭たちは、時間もあるので無理にフル武装状態を維持する必要もなく、車内ではその暑苦しいACHヘルを座席下に置き、フェイスマスクも外し、顔をさらけ出している。
作戦と言ってもファーストフェイズは、戦闘を目的としていない中継地点までの単なる移動の為、兵士たちの間にはそれほどの緊張感は見られない。むしろ寛いでいる様子だ。
精鋭たちは持て余した暇な時間を談話したり、音楽を聴いていたり、自分の銃の手入れをしたりと、各自思い思いの事で過ごしていた。
トールの乗るAPCの兵員室内には、右側席に同リーコン隊4名と、その対面である左側席に、レンジャー夜襲コマンド隊4名のチーム混成搭乗となっている。
いずれも暇を持て余し、喫煙者もいるのもあって、兵員室内は薄っすらとスモークが掛かっている。
やはり、昼間の対戦のことがあってだろう、対面席のレンジャーチームは、チラチラとトールの方を気にしている様子。
リーコン隊の方は同部隊だけあって、トールの人並外れた戦闘は度々見ているので、至って平常。それよりも、同じような存在がもう一人いた方が驚きである。
「……おい、クレイン。お前昼間のアレで、けっこう顔にエグイの喰らってなかったか?かなり出血してたようだが、傷どころか殴られた痕すら無いってどういう事だ?」
トールが腕を組み、ぼーっと車内天井を眺めていたところに、銜えタバコでそう尋ねてきたのは、後部出入口ハッチから見て、右側座席奥に座る同部隊の三十代半ば、如何にも歴戦精鋭といったアイルランド系の白人の男だ。
「え?あー、ちょろっと腫れてたんだけど、6時間も寝れたからすっかり治ったよ、ラーナー大尉」
あり得ない治癒力を、然もない事のように答え返した相手は、フォースリーコン小隊長兼、今作戦のリーコン第一チームのリーダーでもある「ラーナー大尉」だ。
ラーナーは狙撃の名手で、他部隊員たちにとっての狙撃の師匠でもあり、CQCの近接格闘にも優れ、万能型の非常に優秀な指揮官である。
直属の上官で、指揮官に対してタメ口なのは、戦闘時の情報伝達に敬語は非効率なのもあるが、自宅家族とのホームパーティに招待されるほどの、よき友人関係を築いているのもあるからだ。
彼は、仲間思いの非常に尊敬に値する上官であるが、例え仲のいい友人であっても指揮官なのだ。その命令に絶対服従なのは、無論当然のことである。
「おいおい、数時間寝たからって普通はそんなに早く治らないぞ…益々ミュータント化が進んでないかお前……」
「まぁ、それが雷神クォリティだから仕方ないさ、ラーナー」
「それね、トールはそのうち傷を受けた瞬間に、即時に再生するのも時間の問題だよね」
ラーナーに続き、トールの異常性に呆れながら語るのは、ラーナーの隣に座る同部隊のヒスパニック系。その隣の一際背が高い、小ぶりのブロッコリーのようなヘアー。若干クセのある口調、アフリカ系黒人の男。
「あーうるせーうるせー!バルセロ中尉にダドリーまで、あんたら人をどんどん人外化方向に持っていくのはやめてくれよ!」
ヒスパニック系の「バルセロ中尉」は、リーコン隊第二チームのリーダー。
アフリカ系黒人の「ダドリー専任曹長」は第一隊のサブリーダーである。
バルセロは士官学校時のラーナーとは同期であり、彼も家族ぐるみの付き合いであり、良き親友関係を築いているのが部隊内でも周知されている。
ダドリーは、トールと新兵訓練時、パリスアイランドで同クラス。リーコン選抜訓練時も同期であり、約10年もの腐れ縁だ。
そして、トールは第三チームのリーダーである。
この車両は、打ち合わせや情報交換の為か、各隊の小隊長、チームリーダーが集まっている。皆、緊張感も無く、暇つぶしのほぼ雑談会と化していた。
戦闘開始まで大分時間があり、不必要な緊張は疲弊の元であるが、いざとなればどんな状況にも即座に対応できるのが、彼ら精鋭と言われる所以である。
流石、いずれも歴戦と言ったところか、オンオフの切り替えが抜群によくできる子らなのです。
「いやいや、トール!君は、すでに人外であることを自覚した方がいいよ!」
「うむうむ」
「……だよな」
「うぉいダドリー!それにあんたらも、しみじみと頷くなよ!」
一切自重の欠片もないトールの人外っぷりに、いずれも、さもありなんな反応。
トールからして見れば下手に自重し、その力を隠して取り返しのつかない事態に陥ってしまったら、悔やんでも悔やみきれないという純粋な想いでの行動だ。
その際の、目立つ目立たないなどは別問題である。面倒事はその時に考えればいいと、トールは、仲間を守る為ならばその力を振るう事に、一切躊躇はしない所存なのだ。
昼間の件に関しては、やらかしてしまった感は拭えないが「いや、アレはあのサイコパス娘が悪い!俺は悪くない!」などと、身勝手な責任転嫁の言い逃れを宣っていたようだ。
これぞ正真正銘「身勝手の極意」である。
「……なあ、話を割ってすまない。ちょっと聞いていいかい?雷、いや、クレイン上級曹長」
搭乗した時から、この機会に一度話してみたいと思っていたのだろう、レンジャーの一人が、トールに遠慮がちに声を掛けてきた。
「ん?あー…中尉っすね…なんですかね?」
話しかけて来たアジア系の階級章を見れば、黒刺繍で縦長の長方形。
「陸軍中尉」だ。所属は異なるがトールの上官で士官である。
因みに、トールの海兵隊「上級曹長」の階級章は、細かい説明が難しい意匠だ。パッと見は、尖塔型の赤地の下地、真ん中上部が尖った、逆さ扇状模様に、黄色地で上にへが3本、下に曲線4本的な感じである。
「あっと、階級は気にしないでいい、普通に話してくれ。それに実力は部隊としても、個人能力においてもリーコン隊の方が上だしな。申し遅れたが俺は『イナバ』だ!よろしく頼むよ!」
「あー、そういうことならこっちも呼び捨てで構わない。こちらこそよろしく頼むよ。えーっと、イナバ…日系か?」
年齢的にはトールの同世代であろう、気さくそうだが黒髪の精悍な顔立ち、日系アメリカ人。
「第75レンジャー連隊」は、特殊作戦コマンド傘下ではあるが、どちらかと言えば準特殊部隊の位置付け。同盟軍の常備兵や「デルタフォース」「デブグル」など、他の特殊部隊の支援を担当することが多い。
また「グリーンベレー養成機関」とも言われ、同隊経験後に「グリーンベレー」に入隊する者が多く、中には「デルタフォース」に入隊する者もいる。
準とは言え、世界中で展開できる緊急即応部隊でもある。その起源、18世紀から現代まで、重要作戦では必ず彼らが参加する、歴史ある精鋭部隊であるのだ。
「ああ、父母共にアメリカで永住権を取得したんだ。一応血的には純粋な日本人だよ。祖父母がいるから、日本にもよく行っていたよ!君はハーフだったよな?日本には?」
「あー、こっちは父がアメリカで母親が日本人だよ。日本には「トモダチ作戦」で一度行ったきりで、母方の実家にも行ってないよ。んな感じだから、日本人って感じはまるっきり無いけどな」
そう苦笑いで答えるトールだが、東日本の震災時の救援活動で派遣された際は、そこに暮らす人々に、亡き母の面影を感じ、自分にもその血が流れていることを、複雑な思いで感じていた。
「……そうか。君もあの光景を目の当たりにしたんだな…まぁ、それはさておき、今回レンジャー隊を指揮するのはこの俺だから、連携の方もよろしく頼むよ、ラーナー大尉」
「ああ、そう言う事ならこちらからもよろしく頼むよ、イナバ中尉…って、確か本来指揮していたのは大尉じゃなかったか?」
「ハハ、まぁそのはずだったんだが、うちの大尉の方がなんか変な物を拾い食いしたらしくて、今は基地の方でダウンしてるよ。ったく何をやってんだかね」
「…ハハハ、なるほどね。それで次席指揮官の君が、その役目に抜擢されたって事だな」
「まぁそう言う事だよ。基地の方に別働隊の大尉階級の者もいるんだが、実は俺、作戦後に「デルタ」の選抜訓練が控えていてな、その経験値稼ぎも兼ねてって、うちの大尉に背中を叩かれたんだよ」
「ほうデルタにか、あそこの選抜はかなり厳しいようだからな、箔付けには打ってつけって事だな」
「まぁ、そうなればいいけどな。と言う事で協力の方も頼むよ。てか、リーコンの方の選抜も大概だろうよ!」
「ハハハ、まぁな、とりあえず了解したよ。──それで最初に戻るが、クレインに聞きたいって話の事はいいのか?」
「おっとそうだった、話が逸れてしまったな」
なんとなくだがイナバの素性とその人柄を一同が理解したところで、当初のイナバの問いに話が戻る。
トールも何を聞かれるのか若干身構える。
「まぁ、そんなに身構えなくてもいいよ。まず本題に入る前に歴史的な事ついての話をしようか」
「はぁ?歴史的な事?どういう事だ?わけわかめだぞ」
全く話の流れが読めずに、トールはもちろん一同は同様の反応を見せ、いずれも困惑の表情を浮かべている。
「まぁ急かすな、順を追って話すからさ。今話した印象もだが、昼間の
「は?ジョ…ジョウモン?なんだそれ?」
縄文人の基本的なことは、日本人であれば義務教育期間に学ぶ、人類史学の常識的な知識であるが、彼らアメリカ人には、当然余り知られてない事だ。
しかし、その起源を深く掘り下げてみると非常に謎が多く、今だに解明されてない部分も存在するのが現時点での状況だ。
イナバが言う「縄文系人種の強い血」とは? 果たしてそれがトールとどういった関わりがあるというのか?
作戦の事などすでに何処かに放り捨てられ、そんなイナバの話に一同、耳を傾けるであった。
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