第29話 オモテナシ


「な!?」


 鞭打、回転力の勢いで【冲捶ちゅうすい】を放ったところ、その拳をリディは引くように掌で受け止める。同時に逆手で手首を掴み捻ると、くるりと回りトオルは投げられる。

 リディは、ジークンドーに合気技を取り入れ、トオルの新たなパターンに即座に対応。


「くっ! なら、お返しだっつーの!!」


「む!?」


 その対応に、トオルは更に対応。まだ空中にいながら手首を掴まれた状態。

腕を僅かに引き捻ると、くるりと今度はリディが回り出す。

 トオルが着地しかけた時、リディは逆さまの状態でトオルの顔面に蹴りを放つ。その蹴りを左掌で受け止めるも、その威力で後方に飛ばされる。


「フフ! 色々と引出しが多そうね。雷神トール!」


「ハハ! それはお前もだろ! ワルキューレ リディ!いや、俺から言えば……‶風神〟だな!」


 着地したリディの足元には、草葉が風により渦を巻いており、周囲の風も更に強さを増していく。


 ドオオオオン!!ドン!!ガン!!ドン!!ガン!!


 疾風迅雷、神速とも言える速度で二人は地を駆け巡る。剛から柔に、柔から剛へ竜攘虎搏りゅうじょうこはく竜騰虎闘りゅうとうことうと、舞のように激しく繰り広げられる風神雷神の共演舞台。

 

「うわっ!!あぶっ!!ヤバイヤバイ!死ぬ死ぬ!退避退避!!」


 二人の攻防による謎衝撃破が、距離を置いていたにも関わらず、足元の地面を爆ぜさせ、慌てて観衆らの方に退避する、ジャッジなどクソ喰らえのデイヴィス。



「ハハ!こんな殴り合い初めてだよ!お前最高だな!!」


「フフ!!あなたもね!‶この世界に来て〟こんな楽しいことは初めてよ!」


「ハハ!!ちょっと何言ってるかわかんねーよ!」


「フフ!こっちの話よ!」


 何やら気になる話もあるようだが、少なくともこの世界でここまでの全力戦闘は、互いに初めての事であった。

 どんなに鍛え上げた兵士であっても、二人の些細な攻撃にさえ耐えられる者は敵味方共に今まで存在しなかった。

 

 実戦でも二人は、互いが持つ剄技や秘術を多少なりとも使うこともあったが、ほとんど軍の訓練で身につけた、おざなりの「MCCAP」や「フェアバーンシステム」などの近接格闘術で事足りた。


 生まれながらの戦士であるリディは、長きに渡り退屈を感じていた。

 見た目にはどんな屈強そうに見えても、例え猛獣であろう彼女に比べれば、全て脆弱、余りにも脆い生態系。

 しかも、この世界の法と、それを統制する高度な情報技術により、多くの制限が彼女に圧し掛かっていた。

 殺傷がしたいわけでは無い。ただ自分を磨き上げる為の闘争相手を求めていただけ。


 その血が持つ、アイデンティティから産まれる欲求を満たすべく、兵士に身を投じたが、決して満たされることは無かった。


 ──だが、一人の例外がここに現れた。


 まだ他の何処かに存在するかもしれないが、70憶分の1の同格の強存在。

ようやく、巡り合えたその喜びは図りしれない。


 トオルにしても似たようなものだ。幼少の頃から強さを求めているうちに、いつしか周囲に比べて、自分の異常性に気づいてしまった。

 全力を出したくともその前に、いずれの者も地にひれ伏してしまう。

「こいつもだめか……」と、実につまらないもの。


 数多の技を学んだが、試したくても誰も耐えられる者がおらず、意図せず怪我を負わすことに罪悪感も覚え、手加減することに余念がなく、それがストレスにも感じていた始末だ。

 どこかに全力でぶん殴っても壊れない、むしろ逆に殴り返してくるような強者を常に求め渇望していた。


 ──だが、ここにようやく現れた。


 身につけたはいいが、強力すぎて一般には使えない技の数々。思う存分全力で振るえることに、トオルは嘗てない高揚感を得ていた。

 

 己の切磋琢磨して磨いた技術を、相手の命を奪うことなく、存分の殴り合いを続けられるこの喜び。脳内ではエンドルフィンが大量分泌。コンバットハイ状態に至る二柱。

 興行的な意味合いではなく、これはその言葉本来の意味である、正に「試し合い」「試合」と言えよう。


 ドン!!


 トオルの大地を陥没させる程の震脚。強烈寸勁打をリディは掌打で受ける。

 そこから、くるりと前宙左踵落とし。後に続く、右踵の2段階 踵落としを繰り出すも、右へ左へ僅かに身体を反らせ躱し続ける。

 

 ドオオオオオオオオオオン!!!


 だが、更に回転。3段階目の爆撃が如しヘッドハンマーが、トオルの頭部へ振り下ろされ、大気を震わすほどの轟音が周囲に響き渡る。


「いっ……!!」


 その衝撃で軽く意識が飛びつつ、トオルは頭を抱え強烈な痛みに悶絶する。

 普通の人間であれば、頭部がスプラッターな、えらい事になっていたであろう衝撃。


「フフ! さすがに今のはかなり効いたみたいね…」


「痛つつっ…って、お前も涙目じゃねぇか! てめぇでダメージ喰らってんじゃねぇよ!!」


 若干引きつった不敵な笑みを浮かべつつ、自分の攻撃で自らもがっつりダメージを受け、必死に痛みを堪えている涙目のリディ。


「…けれど、おかしいわね……」


「あ? 何がだよ?」


「なぜ、あなた死なないのかしら?」

「やかましい!このサイコパス娘が! 何、死ぬのが当たり前なていで言ってんだよ クソボケ!!」


 リディの物騒極まりない小ボケに対応しつつ、再び拳に蹴りがぶつかり投げ技、極め技、発剄技とその衝撃破が走り、激しくも凄まじい攻防を繰り広げる。


「けど、これは予想外ね! あなた本当に人間かしら?」


「うるせーよ!お前はどの棚の上からものを言ってんだ!その言葉、物理的に倍々で返してやるよ!」

「それならバラの花束を添えなさいよ」


「ああ、いいだろう!TNT爆薬を仕込んだやつで良かったらな!」


 そして、今度はガッツリと手四つに組んで力比べ。二人の足元の地面が陥没。

 辺りに舞う草葉は、バチバチとあちらこちらで弾け散る。


「かっ!その身体のどこに、んなパワーがあるんだこのバケモっ…!」

 

 ゴン!!


 そこから、リディは軽く頭を引いてから、渾身の頭突きをトオルの頭に喰わし、鈍い音が周囲に響く。


「あら、失礼! 何か失礼なことを言いそうだったから、失礼ついでにこちらも失礼させてもらっ…!」


 ゴン!!


 再び鈍い音が響き、今度はトオルからの手厚い頭突きのお返しだ。


「ありがとうよ!もらったもんには、しっかり感謝を込めてお礼を返さないとな! これがオモテっ…!」


 ゴン!!


「フフ! これが日本のオモテナシの精神だったかしっ…!」


 ゴン!!

 

 再びトオルからの丁重なオモテナシ。


 ゴン!!ゴン!!ゴン!!


 力比べからの一転、今度は頭突きオモテナシの返し合いが、地味なようで派手に激しく行われた。


 そして、埒が明かないとリディは手四つを組んだ状態。真下から垂直発射。

 かの黒電話将軍も手をクロス状の拍手喝采。火星なんちゃら両足弾道ミサイルキックを轟音と共に打ち上げる。


 トオルは仰け反り、寸でのところで躱し手が離れる。リディはくるりと後方一回転。着地と同時に身体を回転、後ろ回し蹴りを放つ。

 その蹴り足首を、トオルは腹脇で両腕を使ってがっつりクラッチ。そこから一気に身体を、内側に倒れ込むように回転する。

 

 これはプロレス技の【ドラゴンスクリュー】。リディは、きりもみで投げ飛ばされるも地面に片手を突き、流れるような空中回転バランス。スっと着地する。


 トオルもそんなところだろうと予測。すでに次の技を出すべく動きだし、それすら予測していたリディも即座に迎撃、打撃、蹴りの応酬が始まる。


「フフ……もう血も止まって頬の傷も塞がっているし、その治癒能力にその硬さ。 もしや、その骨格はアダマンチウム合金かしら? その拳から爪を出し入れできるんじゃない? 早く出した方がいいわよ!」


「できねーよ!どこのローガン様だ!んなXなメンズじゃねーよ!てめぇこそ、その姿はフェイクで中身は紅髪に、青い皮膚じゃねーのか!?」


「フフ 、どこのミスティーク様かしら? そんなヴィランなテロレディースじゃないわよ!どちらかと言えばストーム様じゃないかしら?」


「あー肌の色は真逆だがそっちの方が近いか? 髪の色も同じだし…つうか、それだとお前の方が雷神になっちまうぞ!」


「ちょっと何言ってるか分からないわ。頭は大丈夫かしら? どこかにでも打ったんっじゃない?」

「おーコラっ!てめぇから振ってきたんだろこの話!打ったのてめーの頭だよ!」


「フフ! 面白い頭!」

「上等!てめぇ、ぜってぇぶっ殺す!!」


 などと、二柱は和気あいあいとXなメンズな語らいをしつつ、激しくぶん殴り合う。

 

 共に相貌の光が強まり、野生を思わせる獰猛な笑みを浮かべ、その力のアクセルペダルをベタ踏みしていく。




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