第30話 爆発しろ!


 

 そこには、戦闘における人類の到達点の一つが、一切のメディアに触れず、密かに存在した。


 その異名は、神話の二柱をなぞった『雷神』と『ワルキューレ』


 その二柱の闘いが、戦闘分野の際たる精鋭たちで構成されるオーディエンスの目の前で、激しくも繰り広げられていた。


「……あなたも結構飛ぶわね。しかも動きが複雑だわ!」


 リディの浮遊じみた空中連続攻撃に対して、トオルも負けじと、体操競技さながらの空中技。上下身体が入れ替わり立ち代わり、変幻自在のアクロバティックな拳打、蹴り技を繰り出す。


「あー、昔の趣味だ!」


「……どんな趣味なのかしら…ガンプラ作り?」

「なんの趣味だよ!」


 昔取った杵柄とも言うべきか、過去に趣味にしていたパルクール。当時は技を磨くべく体操教室にも通い、その間に培った抜群の空中バランスで、鮮やかに空中戦もこなせるトオル。

 そんな危なっかしい趣味にも寛容に理解し、支援してくれた亡き祖父母に今だに感謝の言葉が尽きない。


「まるで何かの宇宙戦闘ね。ニュータイプ?それともコーディネイターかしら?」

「やかましい!!てめぇこそ、どこのハマーン様だよ!!」」


 アゲアゲな二人の戦闘は更にフリーダムなストライクに激化。

 場は宛らア.バオア.クー。はたまたグリプス戦役を思わせる激しい戦場と化す。


 戦闘前まで晴れていた空は、二柱の闘いを祝福し演出するが如く、分厚い雲に覆われゴロゴロと雷が鳴り響く。少々早い、季節外れのみぞれ交じりの雨雪に、落雷まで発生。


 雷撃のような衝撃と、リアル落雷による雷鳴。周囲に吹きすさぶ荒れ狂う暴風。地面は各所抉れ、陥没、草葉や雨みぞれ雪が激しく舞い踊る。

 

 まさに神話の如き、己の肉体のみを使った純然たる闘争。


「……マジか?…何なんだこれ……?」


雷神とワルキューレの二つ名は伊達では無かった。雨雪風に晒されながらその闘いを呆然と見つめる精鋭兵士ら観衆に、まざまざと思い知らせる。



 ──しかし、そこで。



 パンパン!!


「ハイハイ!君らそこまで!止め止め、やりすぎだ!これ以上は看過できんぞ!!」


 いつの間にやら観衆らに紛れ、事の成り行きを楽しみつつ、見守っていたボーマン大佐。

 流石にこれ以上はまずいと、手を鳴らしながら声を上げ、場の熱気に冷や水をぶっかけるが如く止めに入った。 


 トオルが【猛虎硬爬山もうここうはざん】を放とうと水月に拳を当て、リディは五指を伸ばし、指先が左胸に触れたところで突如、天啓のような基地最高司令の思わぬ水差しに、動きを止める人外の二人。


「……全く、周りを見たまえ君たち。どうするんだこの状況は?」


「「あ……」」


 ゾーン状態であった二人は、ボーマン大佐に促されて、我に返って周囲を見回す。その余りの惨状に流石にやり過ぎと感じ、なんとも申し訳ない思いに襲われる。


 不思議なことに、荒れていた天候は二人の闘いが終わると共に、嘘のように収まる。周囲の場に、穏やかな初秋の空気が戻りつつあった。

 


「……これ…終わったのか?」


「……みたいだな…ボーマン大佐が止めに入らなかったら、かなりヤバイことになっただろうな……」


 余りにも理解の範疇を越えた戦闘。今だ現実味を取り戻せていない観衆らも、周りの者たちの顔を窺い、一様に戸惑っている様子。


 ボーマン大佐は、ダンディズムシルバーヘアと顔半分が、みぞれ雪に覆われながら何やらお冠の様子。


「わーわー、何を騒いでおるかと駆けつけてみればイチャイチャ、イチャイチャと盛りのついた犬猫みたいに、何をしているんだ君たちは!猿か!馬鹿もんが!はしたない!恥を知れ!!」


 今、駆け付けたような口振りだが、実際には最初から一観客として「きゃっきゃ、きゃっきゃ!」「お母さぁぁん!」と幼児退行、はしゃいだり号泣したりしつつのボーマンちゃん。今は威厳ある基地司令アーノルドボーマン大佐。いぶし銀の髭面渋顔を威風堂々と露わにしている。


「いや、どこがイチャついていることに……」

「犬なのか、猫なのか、猿なのか、馬なのか、鹿なのか結局なんなのかしら……」


「む?何か言ったかね?」

「「…ノーサー、何でもありません」」


「二人が顔を合わせるのは、今日が初めてだったな? 意気投合して仲良くするのは結構!だが、公衆の面前でなんたる破廉恥な!恥を知れ!!リア充は爆発しろ!!」


(……このおっさん、なんの話してんだ?)

(……さあ?よくわからないわ…)


「何をこそこそと、また言ってる先からイチャイチャと!全くけしからん!!恥を知れ!!このモヒカンども!!恥を知れ!!」

(いや、モヒカンじゃねーし、んな世紀末ヒャッハーなんかしてねーから!)

(4回目?どんだけ恥を知らせたいのかしら?……)

 

「む? 何か言ったかね?」

「「…ノーサー、何でもありません」」


 幼児退行の副作用か?本気で怒っているのか、ボケなのか、何だかよくわからない、色々ととっ散らかっている「砂漠のホオジロザメ」


 ──だが、その異名の由来は誰も知らない。


「まぁ、そんなことより貴官らは、今夜行われる作戦のことを理解しておるのかね?」


「……はぁ、分かっているつもりでしたが、ハメを外し過ぎました。申し訳ありませんでした」


「うむ、その作戦に向けて貴官らと周りにいる作戦参加者に、現在何が必要か分かっておるのかね、ハーチェル上級上等兵曹?」


「……えっと、休息?かしら?」

 

「その通りだ!分かっておるのに何をしとるんだ君らは!イチャつくのは本国に帰還して、誰もおらん所でしたまえ!ついでに爆発しろ!」

 

「「……はぁ、イエッサー」」

(……このおっさんの言ってることは、一々よく分からねーな)

(爆発したら大変ね……)


「む? 何か言ったかね?」

「「…ノーサー、何でもありません」」


「まぁいい。貴官らは今作戦だけでなく、我ら合衆国軍にとっても重要かつ貴重な存在だ!何かあっては、その影響は計り知れない!その点においても、十分自覚を持ってもらわないと困るからな!」


(俺はともかく、このサイコパス娘なら、例えグレネードを喰らっても、あの妙ちくりんな力で、お構いなしで世紀末ヒャッハーしてんだろうな)


(彼なら、RPGのロケット弾でも、平気で一晩中笑いながら、あのヘンテコな技で、ツッコミを入れつつ受け流しできそうね)


 この思考も行動も、色々と破天荒な3人。髪の色が明るさに違いはあるもの、同系色のせいもあって、絵づら的に兄妹を叱る父親の一コマにも見えないこともない。


「……はぁ、全く……それで君ら、満足したのかね?」


 ボーマン大佐の少々珍妙なお叱りのお言葉。二人は反省の色は見せるものの、今までの鬱憤を吐き出したせいか、生き生きと活気に満ちたその表情に、大佐もやれやれと呆れてるご様子。


「「イエッサー!!」」


 テンションマックスの状態で水を差された為、若干不完全燃焼ぎみ。だが、冷静に考えると止めてもらって正解。実に感無量の二柱であった。


「ぃよーし!!お前らパーティは終いだ!それと、今この場で起きた事を、撮影した者はおらんだろうな!?理解していると思うが、決して馬鹿な真似はやめておけよ!必ず後悔することになるからな!!」


 仮に今の闘いをSNS等でアップしても、現代の映像技術を考慮し、現実と信じる者は少ないだろう。問題は、二人の顔が世界中に拡散すること。

 軍においては勿論、人類史においても余りに異質な二人の存在を、世界中に晒すわけには決していかない。


「では、今夜の作戦に参加する者は、とっとと各兵舎に戻って出動時間までに、クソしてしっかり休息をとるように!その他は訓練するなり各任務、仕事に戻るなり各自の判断に任せる!以上!解散!!」


 流石は歴戦の基地司令と言ったところか、ボーマン大佐は場の騒動を全てまとめ上げ、その手腕を鮮やかに披露する。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!


「お前ら、何か知らんけど凄ったぞー!!よくやった!感動した!!」


 急遽行われた非公式の一大格闘イベントは、盛大な拍手喝采と共に余韻を残しつつ、兵士ら観衆に万感の思いを抱かせ終了を迎えた。


「いやいや、なんたるメシウマなクソヤバイ試合だったかね」


 ジャッジメンであったはずのデイヴィスは、碌に仕事もせずに一観客として、十分に堪能し大変満足気だ。


「いやぁ、あれ異次元すぎだろ!どうなってんだありゃ?」

「俺に聞くな!こっちだって理解の範疇を、次元レベルで越えてんだからよぉ!」


「あたしたち、いったい何を見ていたんだろう?何をどうすればあんな事になるんだか、さっぱりだわ」

「だね……今までの常識って…何なんだったんだろうね……」


「……なぁ?あの風とか、天候とか…完全にあいつらの仕業だよな?地面とかバンバン弾け飛んでるし、マジで神か!?」

「まぁ知らんけど、雷神とか手に『聖痕スティグマ』が有るらしいよな?少なくとも、人智を越えた奇跡の力が働いているのは確かだろうな……」


「ぶっちゃけ、俺スマホで動画撮ってたんだけど……ほら、これ見てくれよ!突然スマホが真っ二つに割れたんだよ…買い換えたばっかりなのに……」

「ハハ!神々の御身を、動画に収めようなんて烏滸おこがましいって事だよ!」


「マジで今、非番で心底良かったと思ったことはないよ!哨戒任務で出払ってるダチが哀れすぎて涙出てくるわ」

「同感だな!これ絶対一生もののネタ話になるよな!だが、あり得なすぎて、信じるか信じないかは、あなた次第的な話になるな」

 

「新たな都市伝説の誕生だな。俺らはその伝説を目撃した当事者だ!」


 そうして、今だ興奮冷めやらずの兵士ら観衆。あーだこーだと思い思いの言葉を並べながら各々、各所へと撤収し始めるのであった。


 因みに、撮影していたスマホやカメラを破壊したのは、カメラに写される事を極端に嫌うリディの謎の力によるもの。過去に何か色々とあったのであろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る