第28話 頂上かつ超常



「フフ、実に楽しいわね、貴方もそう思うでしょ?」


「ハハ!それは同意見だよ!おもしれぇ!!」


 ゴオン!!!!


 止まっていたのもつかの間。語り合いながらもすでに間合い同士。即座に撃ち合うのは必然。互いの縦拳がぶつかり合う。


 その日アフガニスタン、アメリカ軍駐留バグラム基地の訓練エリアでは嘗てない大盛り上がりを見せていた。

 その数々の功績によって名を馳せる二名の人外超兵士。手合わせと称した夢のエキシビションマッチ。普段娯楽に飢えていた精鋭兵士らは、激しく沸き立つ。


 その一人は『雷神』の二つ名を持つ米海兵隊エリート、武装偵察部隊フォースリーコン所属、トオル.クレイン上級曹長。


 もう一人は『ワルキューレ』の二つ名を持つ唯一女性、米海軍対テロ特殊部隊デブグル所属、リディ.ハーチェル上級上等兵曹。


 後に兵士たちの間で語られる「都市伝説VS都市伝説」。

 この二柱の神話の如き闘いを、一瞬でも見逃すかと、米軍が誇る各特殊部隊員、海兵隊、陸軍、空軍兵士、各職員と多くの基地関係者が、この闘いを刮目する。



 ドン!ドン!ドン!ドッ!ドッ!ドッ!ドドドドド!!!


 一撃、二撃、更に次々と二人の拳が、火花が散る勢いで高速でぶつかり合い、激しさを増していく。


 そこから、急にリズムを崩すようにリディは意表を突く。トオルの踏み込みの脚を牽制蹴りでくじき、身体を回転、左バックブローを横っ面に放つ。

 トオルはスウェーバック。紙一重で躱すが、その回転の勢いのまま、後を追うようにリディの右縦拳が、轟音を上げ飛んでくる。これは劈掛拳ひかけんの二連掌打の技に近い。

 

 それを顔横で腕を曲げガード。そこからトオルは、曲げていた腕を一気に伸ばし、左拳槌をリディの頭頂部へと振り下ろす。

 しかし、その攻撃は見えている。透かさずリディは右腕を引きながら、左腕を上げ拳槌を防御する。だがこの拳槌はフェイント。


冲捶ちゅうすい

 

 ドオン!!

 

「くっ!!」

 

 左腕が上がり、がら空きになったリディの腹部に、四六歩からの震脚と同時に右拳を放つ。リディも必死で不可視の防御壁を、腹部手前で斜めに展開。衝撃を右側へ受け流す。


「からの~~猛虎硬爬山もうここうはざん!」


 リディの腹部に、右拳を当てた状態で僅かに膝を曲げ、落としていた腰を一気に前方へ伸ばし放つ、かの「李書文」も得意としていた極大発剄技。


「レベル2、いや、3【霊甲 風月鏡花ディフェーザスクード】!」


 そう唱えながらリディは身体を瞬時に捻りながら引き、今度は三層の不可視防御壁を展開。極大衝撃破を分散、撒き散らせ周囲は大きく爆散する。

 同時に、伸ばされたトオルの腕を両手で掴み、脚を絡める。ワニが噛み付いた獲物を、捩じり殺すかのように腕をもぎ取るべく、身体全体を使って内側へと高速デスロール。


「だぁ!そう来るか!?」


 トオルも腕を持ってかれまいと跳び上がる。リディと同方向に回転。ペア連携の超高速、真横状態での4回転クアッドアクセル。


 余談だが、リディは暇つぶしと称して過去にフィギュアスケートにハマっていた時期があった。その影響を受け、冬季五輪の放送で見ていた技を見様見真似、一般のスケートリンクで披露し、周囲を盛大にざわつかせていたようである。

 その華麗に技を決める姿と美貌に、目ぼしい人材はいないかと、スカウト目的の五輪コーチの目に留まり、熱烈な勧誘に困り果てた一幕もあったそうだ。



 ダン!!


 二人は地面に触れると同時に弾けるように離れ、間髪入れずに激しくぶつかり合う。


「ハハハ!」


「フフフ!」


 どんなに全力でぶん殴ろうが、お構いなしで殴り返してくる。こんなありふれた状況をどれほど渇望してきたことか。

 一般の人間には理解しがたい、戦闘狂の人外達の脳内では、大量のドーパミンが分泌。嘗て経験したことのない快楽に、自然と笑いが零れてしまう。


「……あいつら笑ってやがるぞ……イカれてやがるな…」

「ああ……どこに笑う要素があるかわからんが…怖いんですけどー……」


「けど、これ生で観れた奴はかなり運がいいよな?一生自慢できるぜ…」

「同感だよ。今夜の作戦に参加できること。そして、この場にいれたことを神に感謝するよ」

「あれれぇ、けどそれで、おっ死んじまったら、元も子もないんじゃね?」

「バーロー、めったな事を言うんじゃねーよ!それマジであり得るから!シャレになってねーから!」


 すでに、常識や価値観が壊れつつある兵士ら観衆。非常に幸運とも思えるこの瞬間に支払うかもしれぬ大きな対価に、不安を感じる者も出てくる。


 もはや二人の脳裏には手合わせとか、今夜行われる重要作戦など知ったことか!と毛頭無くなる。今の闘いが全てであり、その他は雑多で些末などうでもいい事と、思考を放棄する。


 完全ゾーン状態の全集中。純粋に目の前の嘗てない極上の強者との闘いに、夢酔い気分で満喫。大いにエンジョイ分かち合う。


 そんな二柱の果てしない闘争。後に兵士たちの間で神話の如く謳い語り継がれる。「イェア!その闘いはYO!頂上かつ超常!更に上々!まさにそこは戦場!見てる俺たちの体温は上昇!もう気分は天上!!」

 と、伝えるに韻を踏む闘いを、間近に見られる栄誉に歓喜する兵士たち。


 ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!


 その雷撃か砲撃のような轟音と同時に大気が震える。その中心では現実離れした激しい攻防が繰り広げらる。


 唯一保護具であった互いのグラップリンググローブは、いつの間にか破け千切れ中綿アンコも何処かへと飛び去り、その役目を終えて儚げに陥地面に転る。

 握力を要する掴みに邪魔になるので、勿論、中にバンデージなど巻いてはいない。結局素手で闘う二柱。


 

 リディは、ボクシングのヒットマンスタイルのように右腕を脇で曲げ、身体を横に向け構えるジークンドーによる縦拳撃。腕を伸ばし、トオルの人中(鼻下急所)目掛けて体重を掛け撃つ。

 トオルはそれに対し、左脚をまっすぐに前へ、僅かに浮かし滑らすように出す。八極拳【丁字八歩式(古伝金剛八式)】歩法から左掌で上に弾き、リディの縦拳を払い上げる。


揚掌ようしょう


 ドン!!

 

 そこから一気に身体を捻り、震脚と共に右掌打の剄をリディの胸目掛けて放つ。

 リディは、それを左掌で叩き落とし払い、右蹴りを金的に貫くように繰り出す。


 トオルはその蹴りを、両掌をまっすぐ真下に剄で落とそうとする。その蹴りはフェイント。寸前で軌道を上段へと変える二段蹴り。

 その上段蹴りを【丁字八歩式】と共に、左掌【化剄】にて防ぐ。そこから身体を一気に捻り、震脚と共に右縦拳を下から斜め上へと、直線的に相手頭部を穿つように撃つ。


降龍こうりゅう


 ドン!!


 共に超高速で繰り出されている攻防だが、その神速のトオルの剄による拳打も、リディは、右腕と左掌であっさりと払いのける。


 次々と二人は、刹那に必殺の強攻撃を放つも、悉く互いに防いで見せる。

 まさに、当初に示し合わせた通りの手合わせの試し合い。


 トオルの直線的で強固にしてその繰り出される強力無比の一撃一撃は、まるで砲撃。例えるならば近未来SF、高機動二足歩行戦闘兵器。

 対してリディは抉るような蹴りにて膝に金的、水月、頭部、目、喉にと、拳打、裏掌打に手刀突きにと、急所狙いの上下に激しく荒れ狂う大波。


 その各攻撃も然る事乍ら、防御においても二人は比類なき高い技術を見せる。刹那の瞬時に受け流し、逸らし回避。時には相殺させるなど、互いに大きなダメージを受けることなく攻防が続く。


 ドン!ボン!ガン!ドン!ボボボボ!!ドドドド!!


 その破壊力を物語る周囲に響き渡る轟音。目にも止まらぬ速度で繰り広げられる攻防を、目を皿のようにして驚愕の表情で見守る観衆。



 防御は太極拳、攻撃は八極拳のみであったトオル。そこに腰、腕を風車のように回転。鞭のようにしならせ、掌を広げた掌打にて叩きつける【劈掛拳】の雷撃の如し【鞭打べんだ】を放ち始めた。

 

「ん!?攻撃の種類が変わった?」

 

 それを受け流すも、縦だけではなく横の回転からの鞭打。更に、身体を回転させながら下段、上段へと鞭のような蹴り技も加わり縦横無尽。トオルの攻撃の幅が広がった。 

 

 直線的な八極拳に曲線的な劈掛拳。パターンが読めつつあったところに突如、新たな攻撃パターン。リディは虚を突かれ、防戦に追われる。


「なっ!?」




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