第27話 お母ああああさん!!


「やべっ!!」


 ドオオオン!!!

 

 トオルは咄嗟に衝撃を緩和する為、腰を落とし頭上で両腕を交差、クロスガード。

 だが、その威力は凄まじいもの。全身の骨が軋み、その衝撃エネルギーは踏ん張る脚を通し、地面を大きく陥没させる。

 その衝撃で数メートルに渡り、芝生の草葉を地面ごと爆ぜさせ、派手に舞い上がる。

 

 この時トオルは、瞬時に全身に気剄を巡らせた【剛体術ごうたいじゅつ】で防御力を強化。衝撃を緩和したが、一瞬でも遅れていれば一溜まりも無かったであろう一撃。


「クソ…なんつう威力だ。腕がぶっ飛ぶかと思ったよ。だが!」


 草葉、土埃が舞い散る中、ようやく嵐のような暴風連脚が止まる。そして、この瞬間を決して見逃さない。

 トオルは、振り下ろされた脚槌きゃくついを内側に払いのけ、空中でバランスを崩すリディ。

 トオルはその刹那にくるりと迅速に背中を向ける。リディは、その背に覆い被さる形で互いが触れるかの瞬間。


鉄山靠てつざんこう


 八極拳における体当たり技。正式名称【貼山靠ちょうざんこう】。最大限の勁を込めて炸裂。踏み込んだ大地は震脚により更に陥没。

 

「くっ!!!」

 

 まるで、グレネードが爆発したかの衝撃を全身に受け、リディは大きく吹き飛ばされる。普通の人間ならば、全身の骨を粉砕させられるほどの破壊力だ。


 だが、しかし──。


「……ったく、今のがノーダメージかよ…どうなってんだ、その防御技は?

わけが分からねぇ」


 直撃を受けたはずの衝撃だが、トオルにその手応えが感じられなかった。

何か見えない大気の壁に防がれたような感触だ。


 大きく吹き飛ばされるも、リディは体操競技が如く、伸身状態で後方二回宙返り。またしても運動力学を無視するような現象。ゆるりと着地。


「……そうでもないわよ。ちゃんとダメージはあるわ。むち打ちかしら?ちょっと首が痛い…」


 リディは、首を抑えながら左右にコキコキと振り鳴らし、その表情は平常そのもの。


「はぁ、ちょっとね…その体型でどんだけ頑丈なんだよ?こっちは、けっ……けっ

ぶへっくしゃうしょんっ!!!」


 リディの見た目とは、余りにもかけ離れたフィジカルに、ツッコミを入れるも、

砂埃が鼻に入り、盛大にくしゃみをぶちかますトオル。


「……フフ…「ぶへっくしゃうしょん」って何かしら?」

「やかましい!ほっとけ!」


(……けど、今の攻撃は危なかったわね。波動が【霊甲 風月鏡花ディフェーザスクード】を貫通してきたわ…【身体強化フィジカルフォース】を使っていなければ、かなりのダメージを受けていたわね)


 人智を越えた凄まじい戦闘が一旦収まる。張りつめていた空気がやや抜けたかのようなやり取りをする中、リディは平静を装いながらも、内心では結構冷や汗もの。


 

「ぶはっ!息するの忘れてたぁあ!!ったく、なんすかこれは!?」


 目の前で繰り広げられる驚愕の闘争に、危うく窒息しかけるデイヴィス。


 愕然呆然と瞬きはおろか、息をするのも忘れ見入っていた観衆らも一旦緩んだ空気に我を取り戻す。静止していた場に再び活気が訪れる。

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


「「「クッソ、やっべぇえええええええええええええええええええ!!!」」」


「なんだ今のは!? 俺たちは、いったい何を見ていたんだ!?」

「知るか!こっちが聞きてぇくれぇだっつの!こんなの見たことねぇ!とにかく、やべぇとしか言いようがねえよ!」

 

「あの二人の話はよく聞いていたけど、あたしはてっきり誇張されて尾ひれがついた話だと思っていたら、噂通りの現実の話だったんだね!」

「いや、噂以上よ! 余りにも現実離れした現実の戦闘で、自分の目で見ても、とても現実とは思えない!けど、これは現実なのよね!?って、私いったい何を言ってるの?」

「知らないわよ!とりあえず言えることは、これは紛れもないリアルで、真実ってことよ!」


「いやいや、あり得ないだろう!昔観たCGをふんだんに使った、悪ふざけぎみの香港のカンフー映画を思い出すよ!それをリアルで実演するかマジで!?」

「この二人で映画を撮ったら、CGもワイヤーも要らないよな……」


「……これ格闘訓練ってか、手合わせとか言ってなかったか? 普通に目ん玉抉りに行ってるし、ガチで殺し合ってねぇかあれ……?」


「ぶっちゃけ今夜の作戦、まどろっこしいことはせずに、この二人を真正面からぶっ込むだけで、片が付くんじゃね?」


「まさに人間戦術兵器。いや、大量破壊兵器か?もろに規制が議論される兵器だな……」


「……近寄ったら死ぬって、冗談じゃなくマジだなこれ……」 


「うえええええん!!お母ぁさぁん!!お母ぁあさああああん!!ヤバイよヤバイよ!リアルガチだよぉおおお!!」


 観衆らは、余りにも現実離れした映画じみたバトルに興奮、驚愕、畏怖など様々な反応。終いには、その衝撃的な光景に耐えきれず号泣、幼児退行する者も出て来る始末だ。


 そんな、わーわー喚く観衆たちをよそに、実に激しい手合わせが再開する。


 悠々と歩いて近づくリディに対して、トオルは体内の古い気を吐き、体外の新しい気を取り入れる【吐納法とのうほう】と呼ばれる呼吸法により、更なる強力な闘気をその身に纏わせる。

 

 その状態からゆらりと動き、前足をスッと上げ、前に加重を掛け倒れ込む。

そこからドン!と強く踏み込み、縮地とは違う八極拳歩法。【双肢留子歩そうしりゅうしほ】の超速移動。一気にその距離を縮める。


 再び互いの制空圏が混じり合い、今度はトオルから攻撃を始める。


 左拳を前方に右拳は引いて脇で締める。右足を大きく浮かし、前へと加重を掛けながらリディの水月みぞおちへと、踏み込みと同時に一気に繰り出す右突き。

 

虎剄こけい


 八極拳歩法【四六式歩】から放たれる強力寸勁。秘伝の上級突き。

 

「それをまともに受けるわけには、いかないわね!」


 リディは、その強力な寸剄を緩和すべく自ら後方へ跳ぶ。更に不可視の防御壁を斜めに展開。そのエネルギーを止めるのでは無く脇へと受け流す。


 穿つべく放たれた【虎剄】の波動は、リディの水月から脇に逸れる。

 その衝撃波動は数メートル離れた芝生、地面を爆ぜさせる。


 踏み込まれた前足に、後ろ足が寄ると同時に、後方へ跳んだリディを追う形で、再び右足を大きく浮かし上げる。両腕をやや前方に伸ばし、拳を揃え、前方に跳ぶように進む。そこから左拳は後方へ引き、右拳を前方に更なる強力な剄を込める。


熊剄ゆうけい


 その技は、四六歩から大きい歩幅【馬歩】にて撃ち抜く【虎剄】と連続した強力発剄突き。

 リディのそこそこのサイズ胸部上に突きが当たる瞬間、踏み込みと同時に腰を回転。一気に右拳で突き抜きにかかる。


「ちっ!疾い!連続技!?」


 咄嗟にリディは、その突きを右掌打で左側へ弾き流し、後方地面が爆ぜる。

 だが、極めれば中国武術最強と多くに称され、各フィクション作品でも引っ張りダコの八極拳はこんなものでは済まされない。


 続けざまに、トオルは四六式歩でリディの内門に入り込み、更なる連続寸勁技を繰り出す。


閻王三点手えんおうさんてんしゅ

 

 その一撃一撃に気が込められ、踏み込み震脚が地響きのような轟音を鳴らし、連続で繰り出される。


 狙うは、リディの顎を右掌打で撃ち上げ、顔面を左拳で突き、右掌打にて胸を撃ち、後方へと吹き飛ばす三連撃。

 この技は、他に裏掌や肘を使ったり、目や喉を狙ったり、投げに発展したりと、同じ八極拳の門下であっても各分家によって違いがあり、バリエーションが様々な技だ。


 リディは、その三連撃を左掌で左に回し受け、右腕で上へと撃ち上げ、左掌打で右へと弾き流す。

 そこから、右縦拳を足腰の回転を利用し、外側から鞭のようにトオルの横っ面を目掛け【魔力】を込めて、ぶん回し殴る。


 それをトオルは、左掌を外側へ回転させ、太極拳の剄による防御技【化剄かけい】で、リディののベクトルコントロール。後方にその衝撃を逸らす。


【太極拳】は攻撃も然る事ながら、特筆すべきはその優れた防御の面にある、その技法は『套路とうろ』『推手すいしゅ』と呼ばれ、車の両輪にも例えられており、太極拳は主に防御から攻撃に転ずる、後の先的な闘法である。


「クソ!やっぱ完全には、受け流せねぇか!」


『化剄』にて逸らされたその剄波動は、トオル自身にも若干ダメージを与えつつ、右後方の草葉舞う空間を、衝撃破で広範囲に大きく爆ぜさせる。


 そこからリディは、透かさず両手をトオルの首に回し、首相撲からの金的への左膝蹴りを繰り出す。


「ったく!一々攻撃がエグいっつうの!」


 トオルは、その膝蹴りを両掌底で抑える。だが、自らの腕が死角となってしまい、その陰からの右跳び膝蹴りをもろに顔面に受ける。

 

「ぶっ!!なろっ!!」


 その威力にトオルは大きく仰け反る。その反動を利用して身体を捻り回しながら渾身の対空迎撃バックブロー。まだ飛行中、高機動ガンポットの如しリディの横っ面に放ち、地面に叩き落とす。


「くっ、女の顔に容赦ないわね!」


 リディは頭から地面に叩き落とされるも、高所着地法の応用。手、肘、肩とくるりと斜め前転ぎみに、落下衝撃を緩和する。


 トオルは、間髪入れずに『馬歩』にて追撃。リディは前転からの起き上がり様に身体を捻り、振り向きからとんぼ返りのバク宙蹴り『サマーソルトキック』でカウンター。

 咄嗟にそれを腕でガードするが、後方一回転ですっ飛ばされる。そのまま着地するも勢い止まらず、後方に滑りながら地面を両手で掴み、なんとか踏ん張る。


「ハっ!容赦ねぇのはどっちだよ!」


 トオルは鼻血を流し、口に入った血をべっと吐き出す。Tシャツを捲り上げ鼻血を拭いながら、容赦のない急所攻撃をしまくるリディに、苦笑しながら言い返す。


「フフ、実に楽しいわね。貴方もそう思うでしょ?」


 対するリディも、口の端からツツーっと血が顎へと伝う。その血をすでにボロボロのグラップリンググローブで拭いながらも、淫靡な微笑を浮かべる。


「ハハ!それは同意見だよ!おもしれぇ!!」


 もはや、今夜行われる作戦の事など知った事かと、目の前の闘争に没頭する二柱であった。



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