第26話 雷神VSワルキューレ



 さあ、開戦の刻だ。



 辺りは異様な重苦しい空気に覆われ、それを見守る大勢の観衆。そして、立会人として最も間近にいたデイヴィスは、言いようもない圧力を感じていた。



「ん……そこに居られると邪魔よ。もっと離れてて、デイ?ポニョなんちゃら。

死ぬわよ」


「ああハイハイ、デイヴィスね!上級兵曹長だよぉ、君らの上官っすからねぇ…おーヤバ、避難避難!」


 リディから冷ややかに物騒な警告を受け、上官に対して敬意の欠片もない言い回しに物言いつつ、慌ててその場から退避するデイヴィス上級兵曹長。


 海軍所属のデイヴィスは水兵、正確には「4等上級兵曹長」五段階ある上から2番目の准士官である。他軍で言うところの上級准尉クラスに当たり、二人の6階級上に位置する上官だ。

 ややこしいのが、准士官の場合は1等が最下位で5等が最上位と、下士官、兵とは逆であることだ。


 尚、二人とも以前に、士官学校への入学を促す旨の打診をされており、本来であれば、すでに大尉辺りの指揮官クラスに昇格していてもおかしくないのだが、「んな、カビ臭いところに4年も縛られてたまるか」と、その道を断っていた。


「お!いよいよ始まるか……ヤバイ!興奮が抑えられないぜ」

「分かるよ……果たしてどっちが強いんだろな……」

「普通に考えたら、体格的だけで見ても、男である『雷神』の方だと思うだろうが、同じ部隊にいるから分かるんだが『ワルキューレ』はそんな常識とは別次元の存在なんだよなぁ…」

 

「俺さ、暇つぶしで結構、格闘技試合とか見るけど、命のやり取りが日常の俺らコマンドからして見れば、やっぱヌルいんだよなぁ」

「まぁ、あっちはあくまでも競技だからな。古代ローマじゃあるまいし、倫理的にも、血みどろの過激な格闘試合なんか認められないだろうよ」

 

「ちと、雷神から聞いたんだがな、ニューヨークの裏で非公式の、んなヤバイ試合が開催されているらしくて、武器使用有りだったり、猛獣と闘ったりとか、マフィア絡みの制裁も兼ねて、死人が日常茶飯事。あいつ、そんなヤバイ試合に、入隊前に参加してたみたいなんだよ」


「なんだそりゃ!?入隊前って年幾つの頃だよ!? 映画やジャパニーズアニメじゃあるまいし、実際にあるのか? そんなヤバイ格闘試合は?」

「ハハ、同じことツッコんだよ。13から16歳ぐらいまでやってたって言ってたな。なんか猛獣の方は腹を見せて懐いてしまって、闘いにならなかったとかボヤいてたなぁ」

「はぁあ!?どこのテイマーだよ!?つうか、まだガキの頃じゃねーか!それマジの話なのか!? 」


「そう言えばトールね、ソマリアの方に派遣されてた時は、非番の時に「ライオンの縄張り見つけた」とか言って、よくその群れとじゃれ合っていたよね、ヤバイよね。それで一回噛まれて、思いっきりぶん殴っていたのを遠くから見ていたよ。

そのライオン、おしっこもらしていたよハハン、あれはヤバかったね」


「「……マジかよ…」」


「あんたたち煩い!始まるからちょっと黙ってなさい!」


 あーだこーだと過去の逸話を語らいつつ、一般観衆と化した精鋭たちも事の成り行きを固唾かたずガブ飲みで待ち構えている。

 その中に、名前呼びでトオルと仲がいいのか、小ぶりのブロッコリー頭の黒人兵士が若干クセのあるしゃべりで、鼻をほじりながら何やらしみじみと語っている。



「ハイハイ!皆さんお待たせしましたー!これから、くだんの二人によるエキシビションマッチが始まるんで、大人しくその場で震えて観ていてくださいねぇ!死にたくなければ、くれぐれも前に出て来ないようお願いします!!」


 МC兼、ジャッジ気取りのデイヴィスは、声高らかにオーディエンスたちに試合開始と、その旨における物騒な観戦注意事項を告げる。



「ハイハイ!それじゃあ、二人ともいいですかぁ!開始の合図とともに始めてくださいねぇ!では、ゲット、レディ!!」


 ディヴィスが大きく両腕を広げ、開始のセットをする。トオルは息吹の呼吸をし丹田に大気を取り込み、闘気を練り脳内リミッターを解除する。

 リディは「術式」がどうの「不可視隠蔽式」がこうのと、よく聞き取れないほどの小さな呟きを唱え、が発動している。

 

「ファイト!!」


 そして、デイヴィスは勢いよく腕を交差させると同時に、開始の合図の掛け声が放たれ、多くの兵士たちが待ち望んだ人外同士の闘いが始まった。


 非公式ながらも都市伝説と称された、人外同士の格闘エキシビションマッチの終始を堪能すべく、兵士たち観衆は期待に胸を躍らす。


「なんか風がでてきたな……」

「もろなタイミングだな……風雲急を告げるってやつか…?」


 何の偶然か、開始と共にエリア内に強めの風が吹きだし、芝生の葉が舞い踊り、この闘いを人智を越えた何者かの演出家による彩りが施される。


 果たして、それが偶然で自然に起こり得た現象なのかは、この場で唯一以外は知る由もないであろう……。

 

 周囲の観衆が息を吞んで見守る中、奇しくも二人は共に同じ構えだ。


 否、構えではなく自然体。

 一切の力みなどは見られず、ただそこに、ゆったりと佇んでいるという印象。

 

 観衆らの予想では、開始と同時に堰を切ったかのように、激しい攻防が繰り広げられるのではと思いきや、予想に反して実に静かだ。


 静謐とした空気の中、まるで散歩でもするかのように二人は互いの方向に向かい、共に緩やかに悠々と歩き始める。


 風に舞う草葉にも一切瞬きすることも無く、互いにその眼に獰猛な光を灯し、糸を帯び流れ、その距離が次第に縮まってゆく。

 

「フフ、まるで狼の眼のようだわね」


 トオルのような琥珀色アンバーの瞳は、狼の眼の色に近いことから、別名「ウルフアイズ」とも呼ばれている。


「お前の方は…そう、まるでファンタジー世界の……‶エルフ〟のようだな」

「……!」

 

 リディの片眉がピクリと僅かに動く、まさに言い当てられたかのような反応だが、それを全力で抑える。


 そして、互いの制空圏が僅かに交わる距離に達した時、何らかの化学反応が生じたかのように、轟音と共に衝撃が発生。


 ドオン!!!


 まず初撃は、リディの軽いステップによるシンプルな前蹴り。しかし威力は絶大、狙った箇所もえげつない。


「ハハ!いきなり金蹴りかよ!エグイな!!」


「フフ!人の事言えないでしょ?普通、手合わせでいきなり眼を突きに来る?」


 リディの容赦の無い金蹴り対して、トオルは気を込めた左手掌底の寸勁。股間に当たる寸前に蹴りを止める。同時に右手指二本で眼球を突きに行ったが、寸前で手首を左手に掴まれ止められる。

 

 仮に、対戦相手が一般の格闘家であれば、その破壊力は左腕を吹き飛ばし、股間どころかその周辺の組織と骨盤ごと粉砕。血肉飛び散る惨劇の光景を見ることになったであろう。

 対するトオルの掌底も、すねどころかひざから下を吹き飛ばし、眼球突きはえぐるどころか、頭部の上部をだるま落としの如く、弾き飛ばすほどの殺傷上等の一撃。


「試しだ試し!軽く抉る程度だ!実際に当たってねーだろ?」


「そう? こっちは本気で蹴り潰すつもりだったけど…ぶら下げてても邪魔なだけでしょ?」


「おい、女子がぶら下げてるとか言うなボケ!」


 二人は手合わせと言いながらも、互いにぶっ殺し合いの戦闘モード。

 

 獰猛な笑みを浮かべて……。


 そこから、リディは左手で掴んでいたトオルの手首を右手で極め、勢いよく内側に捻り巻き込む。所謂いわゆる合気技の小手返し。軍の格闘技でも使われる技だ。


 トオルは、くるりと回転させられる。更に十分回転の勢いが乗った半回転の位置。上下逆さまの頭部に合わせカウンター、リディの容赦の無い右膝蹴り。


 だが、それは左腕で防御。逆にその回転を利用、逆さの状態でリディの首を刈る勢いで蹴りを放つも、右腕を交差し掌底でガード。


 ドン!!


 続けざまに、不自然な体勢、空中逆さまで左足の前蹴り。一旦距離を置く為リディを後方に飛ばし、パルクールで培った空中バランス。斜めに捻りを入れたバク宙ムーンサルトで着地。


 リディは、その逆さ前蹴りで後方に飛ばされるも、体勢を崩さない。

 表情も変えずにフィギュアスケートの如く、直立のまま後方に滑りバックワード、からのジャンプ一回転片足着地ウォーレイ

 

 トオルは、着地と同時に透かさず前方に身体を倒し込み、重力の有効活用【縮地】。爆速でリディを追走。


 リディの動きが止まる頃には、すでにその制空圏。間合いに入り込んだ瞬間リディの内門(相手の前面側)。八極拳 肘打ち技【狸門頂肘りもんちょうちゅう】を、鳩尾みぞおち急所の水月へと放つべく踏み込む。


 リディは、その踏み込みを、膝を下へ弾くような前蹴りでくじく。同時に目元を狙う手首のスナップを利かせた右裏掌を放つ。トオルは顔を傾け、紙一重で直撃を躱すも頬を皮一枚切られる。

 

「ちっ!ジークンドーか!?」

 

 トオルは、切れた頬から滲む血を片口袖で拭いながら、リディの身体を横にした構えとステップ。中国武術と近代格闘技を合わせた動きで流派を看破する。


載拳道ジークンドー】とは、今は亡き伝説のアクション俳優で武道家でもある「ブルース・リー」が開発した武術。主な技術は目突き、金的等の急所攻撃や打撃と、えげつない実戦的な拳法である。


 源流は徒手武術を主とした少林武術を祖とする【詠春拳えいしゅんけん】を基本とした【振藩功夫ジュンファングンフー】を、更に様々な武道、近代格闘技を参考に、実戦的に磨き開発した武術である。

 

 その開発における理念は、軍隊格闘技にも通じる。


 因みに振藩功夫ジュンファングンフーは、ジークンドーが開発される前の元となった独自の武術。言わば「ブルースリー拳法」とも呼べるものである。


『詠春拳』はアクション映画でもよく使われ、腕を巻き込むように掴んだり弾いたり、そこから拳打、掌打にと、功夫による格闘シーンではよく見られる中国武術。

 カンフーアクションのトップスターである「ジャッキーチェン」なども、映画でこの詠春拳を格闘シーンに取り入れているようである。

 

 閑話休題。


「フフ!そう言う名前だったかしら。ちょっとかじった程度よ!」

(地球の体術は面白いわ。私のいた世界ではモンスターが蔓延る剣や魔術が主な戦闘体系だから、対人に特化した徒手の武術は新鮮ね)


 何やら、イカれたような事を思考するリディ。だが、そこは口に出していないのでギリセーフ。


 リディは大地をトン、と一足飛びで跳躍。それを迎撃しよう踏み込みかけたトオルの膝を更にトンと踏み台。そこから激しく繰り出される空中連続蹴り。


 これは【跆拳道テコンドー】の連脚技か──否だ。


 トオルの顎、側頭、逆側頭、顔面、頭頂部に向けて、両脚を駆使した迅速な膝蹴り、前蹴り、回し蹴り、かかと落とし。一段、二段、三、四、五、とあり得ない。

 完全にニュートンの運動力学の物理法則を無視した‶超常の現象〟が、目の前で現実に起きている。


 次々と繰り出される激しい空中連脚。その一蹴り一蹴りが凄まじく重く、トオルは堪らず両腕、掌打に、太極拳の回転受けなども使いせわしく防御に追われる。


「くっ!だぁあ、マジか!?こいつ…飛んでやがる!!」


 続く六撃、七撃目で横にバランスが崩れたと思いきや真横に伸身状態。フィギュアスケートのアクセル技のように高速スピンを始める。

 1回転2回転3、4、5と、前人未踏、真横状態でのクインティプルアクセル。

 十分回転の勢いが乗った、右脚による強烈な回し蹴り。戦槌の一撃が如く、トオルの頭頂部へと縦に振り下ろされる。


「やべっ!!」


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