第25話 エキシビションマッチ


「えっと……ちょっと、いいかしら、雷神トール君」


「あ?」


 おちゃらけボーマン大佐に呆れつつ、トオルは退室しようとしかけた矢先に

【ワルキューレ】ことリディから、遠慮がちに声を掛けられる。


 同部隊の兵士らも「珍しいな、彼女から進んで声を掛けるなんて」と呟き、周囲も「北欧神話の神同士の対話か」と、その動向を窺うべく、興味をガッツリ鷲掴みにされている様子。


 場に静謐とした空気が漂い、ガヤつきながら退室しようしていた各々も足を止め、周囲に異様な静けさが訪れる。


「あー、トオルなんだけど…まぁいいや。で、何か用かワルキューレ?」


 名前云々の件りのやり取りは、もううんざりと諦めつつ、トオルはそれよりも、このもう一人の人外が何を言い出すのか、訝し気に尋ね返す。

 


「あなた、普通の人間相手にするのに退屈してるでしょ?ちょっと‶手合わせ〟してみない?」


「はっ?」


 その名と功績は、度々耳にしていたトオルも、若干気になっていたようで、その本人が何を言い出すのかと思えば、突然「手合わせ」の申し出に意表を突かれる。

 リディ自身も、度々入るトオルの情報に興味を抱き、実際に対面し‶本物〟かどうか、確かめたいと思っていたところであったのだ。

 

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」


「マジか!!神話の戦いがここで見れるのか!?」

「ヤバイ!なんか涙出て来た!こんなカード、どんな格闘技試合でも見れないだろう!」

「その感覚分かるわ!この二人の情報は、どれも都市伝説じみて現実離れしたものだろ?その2大都市伝説の対戦が見られるなんて、もうヤバすぎだろ!言葉にならない!」


 何やら周囲は大盛り上がりを見せ、今夜行われる大規模作戦のことなど、どこ吹く風かとこの一大イベントに胸を躍らす。


「「何か盛り上がってるけど何これ?」」


 似た者同士なのか、周囲の異様な盛り上がりに同様の反応で狼狽える二人。


「それで返事は?」


「あーまぁいいけど、場所は訓練エリアでいいのか?」


「ええ、それでお願いするわ」


 周囲の興奮露わな視線の数々に耐えきれず、早々に話しが決まる。


 そうして、米軍兵士内で密かに囁かれ語られる、生ける都市伝説とも言うべき人外同士の対戦が始まるのであった。



 そして────。



 バグラム基地施設内の一角にある、訓練エリアでは多くの人だかりができていた。

 

 作戦ブリーフィング時の面々以外にも、他の参加メンバーである特殊部隊員、海兵隊員、話を聞き付けた非番の空軍兵、各技師等様々である。

 更に、元々エリア内で各訓練を行っていた事情を知らない者らも、突然わらわらと集まってきた人だかりに、何事かと訓練を止め集まり、かなりの人数となっていた。


「おいおい!これ何の集まりだよ!?」

「なんだよ、聞いてないのか!?雷神とワルキューレがやり合うってよ!」

「はっ!?なんだよ、やり合うって!?喧嘩か!?」

「アホか!格闘試合だよ 手合わせだとよ!」

「うおっ、マジか!?なんだよ、そのいきなりの頂上決戦は!見るしかないだろう!」

「当然だよ!だからこんなに人が集まってんだよ!」

 


 そこは訓練エリア内の、芝生が敷かれた主に格闘訓練に使用されるエリアだ。

 普段であれば、各兵士が戦場で生存率を上げる為に互いに切磋琢磨し、己の腕を磨くべく修練に明け暮れる場だ。

 

 だが現在、普段の訓練エリアの様相とは打って変わって、一大イベントのような大盛り上がりの状況。

 一般社会とは、違う類のストレスを抱える兵士らにとっては、その精神を癒すべくこれ以上に無いお祭りムードの雰囲気。



「あー、なんかすげーギャラリーが多いんだけど……」


「そうね…苦手だわこういうの……」

「言い出しっぺが、どの口で言ってんだよ」


 余りの人の多さにボヤキを入れつつも、おそらく、これまでに経験したことのない無いであろう闘争に備えて、念入りに柔軟を行っているトオル。

 過去、ニューヨークで行われた地下格闘技大会での経験もあるので、この手の雰囲気には慣れているはずだが、若干の緊張が窺える。


 そんなトオルとは違い、多数の人に見られることが大の苦手なリディは、泰然と腕を組み平然を装いつつも、目線だけ左右に慌ただしく送り続け、視点が定まらない様子。


 二人は共に、カーキ色の厚手のTシャツに、砂漠型迷彩色のマーパットとNMUタイプⅡのパンツ姿だが、非常に似た迷彩パターンなので見分けが付きづらい。

 それと、二人は格闘用保護具としては、互いにオープンフィンガーのグラップリンググローブを着用しているだけである。


「……身体、動かしておかなくていいのか?」


「ええ、私はそういうのは大丈夫。気にしなくていいわ」

「……まぁ、それでいいんだったら、いいけどな……」

(しかし、こいつの身体…兵士にしては細いな。例え女だとしても異常だ……

どうなってんだ?)


 身長は165cmほど。細いと言ってもこれが一般人であれば普通と言えよう。

むしろモデルのような抜群のフォルムだ。


 だが、これが兵士となると話が変わって来る。


 軍への入隊時から徹底的に鍛え上げられ、それが特殊部隊であれば、更なる過酷な訓練と共に数々の戦闘によって、必然的にその負荷に見合った筋肉が搭載されるはず。


 増して、トオルと同様に数々の功績を上げる超兵士だ。それらの経験の痕跡がその身体には全く見られないのは、生物学やスポーツ科学的に見ても異常であり、何等かの障害があるのではと考えてしまう。


 加えて、肌が見える顔や腕などを見ても、傷一つどころか日焼けすらも無い。

一般的女性の肌と比べても白く艶やか、透明感のある非常に綺麗な肌質。


 この女は根本的に何かが違う……。


「……気か」


「ん?」


 その理由に思い当たったトオルの呟きに、首をかしげるリディ。


 それは、トオルにも当てはまることだ。前頭葉にある運動制御を解除することによって、一般の人間の運動能力を遥かに超えることが可能だが、リディの体形では、その負荷に筋肉や骨が耐えられないであろう。


 だが‶気〟のコントロールによってその負荷に耐えられ、高度な運動パフォーマンスが可能となってくる。

 実際にトオル自身も、その方法によって、超人的な身体能力を発揮することが可能となったのだ。



「……なるほどね、合点がいったよ」


「ん?……何かよく分からないけど、そろそろいいかしら?言っておくけど、女だと思って手心とか生温いこと考えていたら、貴方死ぬわよ」

(何か気づいたみたいだけど、そんなことより彼がどれだけ闘えるかってことよね……まぁ──)


「ハハ、怖いねぇ。オーケイオーケイ、じゃあ加減はいらないってことで」

(まぁ、ゴチャゴチャ考えててもしょうがない。正直、女と闘うのは初めてで見た目もこれだし、やり辛いんだが、こいつは別物だろうな……まぁ──)

 

((やれば、分かる!))


 互いに向き合いながらグローブの調子を確かめつつ、各々巡らせていた思考は結局同じ結論に至る。そして、戦闘モードへと緩やかに移行していく。


「で、ルールはどうするんだい?クレイン上級曹長、ハーチェル上級上等兵曹?一応、今夜の作戦もあるし程々に頼むっすよ」


 この対戦の立会人を買って出たのは、この騒動の原因を作ってしまい、責任を感じ名乗り出たのは、シールズ所属のデイヴィス上級兵曹長。


 と、言うのは建て前。実際のところは、このスーパーカードを間近で見たいが為に、好都合のていのいい理由ができたと、したり顔で名乗り出たのだ。

 勿論、責任感などクソ喰らえだ。


 因みに、トオルとリディは「海兵」と「水兵」の名目上名称の違いがあるだけで、階級は同等である。


「……ん、じゃあ絵面えづら的に噛みつき以外は、何んでも有りでどうかしら?」

「あーシンプルにだな。それで構わない」


「……どこぞのジャック様じゃあるまいしってことで、他の急所攻撃は有りってことかよ…それで決着の判断はどうする?」

 

「んー、普通に戦闘不能か、相手の敗北宣言でいいんじゃないかしら?どう?」

「あーまぁ普通だろう、オーケイだ。問題ない」


「……普通ね…いやいや、戦闘不能はまずいっしょ!訓練っすよ訓練!今夜の作戦の方はどうすんの!?」


「え?大袈裟だな…えっと…ポニョだっけ?手合わせなんだから、まぁ大丈夫だろ?なぁ?」

「そうね、問題はないでしょう。何を言っているのかしらポニョ」


「デイヴィスだよ!そんな崖の上になんかいないからね!一応君らの上官だよ!

もう、わかった!じゃあほぼノールールってことで、戦闘不能もしくは敗北宣言にて勝敗の決着とする!オーライ?」


「「オーケイ」」と、話は決まった。


 二人は、ある程度の距離を置き向かい合い、それぞれの対戦開始位置に立つ。


 すると、大気が震え始め、その波動が波紋状に広がる。その波動は、見守る観客兵士たちに伝わり、圧力プレッシャーとなって重く圧し掛かる。


 さぁ、開戦の刻だ。

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