第24話 ワルキューレ



「以上が、主な作戦概要である!この時点で何か質問がある者はいるか!?」


 作戦概要の説明を終えて、ボーマン大佐による、どこぞの政府発表の記者会見に対応するスポークスマンばりに執務応答が始まり、続々と手を上げる者が出て来た。


「あい、そこ!えーっと、デルタの…なんだったかな?ポンチャイニ等軍曹だったかな?…いや、ポチョムキンか!すまんすまん!ウワハハハハハ!」


「……デイヴィス上級兵曹長っす…あと、シールズっす…一つも合ってないっす……それで、これCIA情報すかね?その哨戒部隊の配置や歩哨の巡回ルート情報っすけど、時間や場所によってはバレずに綿密な調査となると、かなり無理臭いと思うんすけど、信頼できる情報なんすかね?」


 今作戦では敵の警戒が最も薄く、人員の動員が最も少ない時間帯を狙っているが、昼の時間帯などでは敵の動きも活発化し、多くの人員がこの周辺を哨戒、巡回しているのだろう。

 しかも、場所によっては身を隠すのが厳しい、荒涼とした見晴らしのいい場所も多い為、尚更その難易度は跳ね上がる。


 普段、人が寄り付かないような地域だ。いれば即、捕捉されてしまうだろう。その警戒網の中、数日の期間を要する綿密な調査を、一切悟られずに遂行するのは非常に困難であり、信じ難い情報だと誰しも思っていたことだ。

 

「ふむ、いい質問だ!この緻密な調査を行ったのはCIAやDIA(国防情報局)などの諜報部の仕事では無い!勿論、衛星やドローンによるものでも無い!最も信頼できると言っても過言ではない‶2名〟に依頼している!」


「2名?…知っている人っすかね?」


「ああ君も、いや、ここにいる全てがその名を知るであろう人物たちだ!二人とも、十字勲章、シルバースターと数々の武勲を上げている英雄たちだ!」


「……なるほど、あの‶二人〟っすね?」


 名が知れて、勲章を貪りまくっているとすれば、思い当たるのは‶その者〟たちしかいない。デイヴィスは、2、3度頷きつつ合点納得の反応を示した。


「うむ、分かったようだな!」


 ボーマン大佐は、ニカっと満面の笑みを浮かべると、その問いの回答を声高らかに告げる。


「その一人はぁああ!ご存じ、フォースリーコン所属ぅうううう! 疾風迅雷、戦神が如く、単独で数々の敵勢力をことごとく蹂躙してきたワンマンアーミー!それらを体現して、付いた二つ名はぁ────雷神!!」


 何の演出しているのだろうか、大層な文言を入れつつ、ボーマン大佐は若干溜めを入れてニヤリとする。

 

「そこにいるぅうう!トール.クレイン上級曹長だ───!!ヒ──ハ──!!」


 いきなり名指しで呼ばれ、兵士らの好奇の視線がトオルに集まりだし(そういうのは苦手なんだ、勘弁してくれ)と平静を装いつつも、内心では狼狽えているようだ。

 

(トールじゃなくてトオルな……つうか、調査していたのは俺だけかと思っていたら、もう一人いたのか……まあその方が確実か…だが、いったい誰が?)

 

 今回の作戦に当たり、CIAの情報を基にトオルは、1週間ほど掛けて敵に一切悟られることなく、念のためカミースの装いで地元民に扮して調査していたのだが、中々骨が折れる任務であった。

 超人的な身体能力に加え、気のコントロールにより気配を完全に断ち、索敵能力に長けたトオルだからこそ成せる業であったが、それがもう一人いるとなると、さすがに気になってしまう。


「続いて、もう一人は────!!」


 何やら、妙なスイッチが入ったボーマン大佐は、手振りも加え始め、仰々しく続くもう一人を紹介していく。


「デブグル所属うぅるるるううう!! 女性兵士でありながら、その戦闘能力は他の歴戦の猛者たちの追随を許さなあぁい!正確無比の射撃にぃ! 女性とは思えぬほどの圧倒的な膂力ぅ!戦闘時は幻影が如く舞い、破城槌が如し鉄槌を振り下ろろおぅすぅっ!並み居る敵の波をぉお、理不尽に薙ぎ払うるるるるぅぅううう!!」


 もはや、悪ノリ状態のボーマン大佐は、口の両端に泡を溜めながら紹介するもう一人は、屈強なエリート精鋭男性兵士のみで構成されているはずのデブグルに、まさかの女性兵士。

 

 しかも、かなりの使い手の武人のようである。


「その付いた二つ名はぁぁあっ!!ワルるるるキュゥぅぅううレれれぃぃぃぃ!!そこぉおにいるるるるぅぅぅ!!」

「どこの格闘技大会の入場コールだよ!」

 

 悪ノリトランス状態のボーマン大佐は、某ハート氏ばりに、独特の抑揚と巻き舌を入れつつコールするのは、トオルと同様に、北欧神話に因んで称される

【ワルキューレ】の二つ名を持つ選手…もとい、女性兵士とは──。 


「──り!!!」


 一時、間を入れ溜めつつ、精鋭たちを見回すボーマン大佐はその者を見つける。


 そして一際、声高らかに言い放つ。


「リリリディぃぃいいいいい!!ハーっブホっ!!ゲボっ!ゲホっ!!きっ、きかゴホっ!気管入っブゲホっ!ゴホっ!」

「やりすぎでむせてんじゃねーか! もはや誰だか分からねーよ!」


「砂漠のホオジロザメ」と恐れられた歴戦の英雄でも、流石に寄る年波には勝てず、誤嚥ごえんで咽まくる。まあ、おっさんにはよくあるあるなことだ。


「ゴホン!んっんっ!失礼した!もう一人はそこいる‶リディ.ハーチェル〟上級上等兵曹だ!ゴホっ!」


 素に戻ったボーマン大佐の紹介により、兵士たちは「どこやどこや?」と見回した後、その視線が後列席の右隅に座る一人の女性に集中する。

 その名を呼ばれるまで気配でも消していたのか、誰にも気づかれていなかったようだ。


 その名と功績はよく耳にするが、実際にその姿を見た者は、デブグルの同部隊員は勿論だが、シールズの一部以外は極僅か。

 

「デブグル(アメリカ海軍特殊戦開発グループ)」は、1998年まで「ネイビーシールズ、チーム6」の名称を使用していたが、独立して発足した対テロ特殊部隊である。


 その入隊資格は、5年以上のネイビーシールズでの勤務経験であるが故に、他部隊であるもの、一部のシールズ隊員が知っているのはそういう理由であるからだ。


 尚、通常、特殊部隊は軍曹以上の階級資格が必要であるが、シールズは選別試験さえクリアできれば入隊が認められる。つまり彼女は、一般の新兵訓練を受けずに直接シールズへと入隊を果たしたのだ。


 その姿を目にすると「どんな、筋骨隆々のゴリゴリ、ボスゴリマッチョなアマゾネスかよ!」と、想像していた歴戦精鋭たちは度肝を抜かれた。


 


「……マジか?なんの冗談だこれ?」




 美女である。しかも尋常ではない絶世レベルだ。


 かなり若い。街中で見かけティーンエイジャーだと言っても、疑いはしないだろう見た目だ。大人びた雰囲気もあるので20歳位であろうか、しかし、デブグルでの入隊資格を考えれば、その年齢はあり得ない。


 その身体は兵士とは思えないしなやかな細身。しかも、この世の者とは思えない、眉目秀麗、幻想的で妖精を思わせる圧倒的な美貌。


 髪は白銀色で肩に掛からない程度のショート、若干外ハネのナチュラルヘア。

冷淡にその鮮やかなライトグリーンの瞳で何を見据えているのか、超然とした佇まいは、近づくことさえ畏れを抱いてしまうほどだ。

 

 仮にSNSで、どこぞのカフェで何か食っただのと、その美貌と共にアップすれば、たちまちイイネの爆増。大バズリでフォロアー数もえげつないことになり、芸能業界は血眼になって彼女の争奪戦を始めることであろう。


 それがまさかの軍人。それも精鋭中の精鋭のコマンド部隊のエースだとは、誰も想像すらできないであろう、ミステリアス過ぎる。


「「「ええええええええええええええええ!!!」」」


「「「ありえへん!!!」」」

 

 幾多の過酷な状況にも、泰然と動じることはない屈強な精鋭兵士たちでも、この我が目を疑うようなあり得ない事様に、声を大にして驚愕する。 

 

「いやいやいやいや、何かの間違いだろう!USソーコムか海軍上層が企てた、プロパガンダとか、宣伝広告塔的な何かだろう!?」


「なんだありゃ、クッソ可愛すぎだろ!!」

「何あの娘は……同じ女とは思えないんだけど…なんか自信無くすわ…」

「あんた、自信あったんだね……」

「どうやって、あんな細い身体つきで戦えるんだい?筋力とか有るようには見えないんだけど」

 

「決めた!俺はあの女神と結婚するんだ!よし!告白するぞ!」

「やめとけ…俺らデブグルでも、ワルキューレにちょっかい掛けて、ボコられた奴は数知れず…あの中身はオーガだよ…ハンマだよ…」

「シールズに在籍してた時もだよ……PTSDになってる奴もいるとかいないとか…見た目に騙さるな、あの女はマジでヤバイから」

 

 彼女の余りの美貌に心を奪われ、何やら良からぬ事を考えている者もいるようだが、彼女の恐ろしさを、その身をもって体験した者からしみじみと諫められる。

 

 多くの好奇と畏怖の視線に晒される中でも、超然としたその様相とは裏腹にリディの内心で思うのは──。


(こういうの苦手だわ、勘弁してほしいわ……)


 と、我関せずと言わんばかりに平然を保ちつつも、内心ではかなり狼狽えているようであった。

 

 そして、軍人の手とは思えない、透明感のあるしなやかな手で、サイドの髪を後ろにかき流し、その見える耳は──。


 普通だ。普通の人の耳である。どこぞのエルフかと思いきや、偶々同名と見た目が酷似しているだけで普通に人なのか?



(あー、なんだあの女……人間なのか?…ありゃマジでやべーな……)


 そんな、わーわーしている周囲の反応とは別に、トオルは、はっきりと分からないが‶何か〟得体の知れぬ『気』のようなものを感じ取る。

 

「ハイハイ!わーわー騒がない!静粛に!それで、納得してもらえたかな、デイヴィス君?」

「え?ああ、そんな話でしたよね。はぁ…そこの二人ならまぁ納得っすね。疑問解決っす」


 一連の騒ぎで、すっかり自分のした質問の事を忘れていたデイヴィスも、相応に納得できる答えを聞き「やれやれ、そりゃ当然か」と言った感じで了承する。


「よーし!もう面倒臭くなったので、これにて質問タイムは終了だ!今晩は長丁場だ!まだ、基地出動まで時間があるのでしっかりと休息をとるように!以上だ!解散!!」


「面倒臭いって…質問一つ答えただけじゃねーか」


 結構面倒臭がりのボーマン大佐の一声により、半ば強引に作戦ブリーフィングは終了を告げる。


「あっ!ボーマン大佐!最後にちょっといいですか!?作戦名とかあるんですか!?」


 兵士の一人が、退室しかけたボーマン大佐に、自分が投げかけようとしていた質問をする。こういった作戦には、必ず名称が与えられる。大規模作戦なら尚更だ。


「むっ……おーっと、すっかり言うのを忘れていたよ!すまんすまん!年のせいか物忘れが多くなってイカンな!ウワハハハ!!グワァハハハハハ!!」


 解散しようと席を立った兵士たちは「そういえば、そうだよな」と足を止め、これから挑むことになる作戦名を聞くべくボーマン大佐を注視する。


「この作戦は、錚々たる精鋭たちで行われる嘗てない作戦となる!すなわち、我らが合衆国の歴史に名を遺すことになるであろう、その作戦名は……えーっと…」


 歴史に遺る作戦と聞いて、兵士たちにも緊張が走り、その告げられる名を今か今かと、場に粛々とした静けさが訪れ包み込む。



「うむ!作戦名は【アリの巣コロリ作戦】である!!」


「「「はっ!?」」」


「いっ異論反論は一切認めない!!めんど臭い!以上だ!バイバイキーン!!」


 そうして、昔のアニメならば下半身がクルクル回る描写の如く、逃げるように撤収したボーマン大佐を後に、作戦ブリーフィング会議は完全終了となった


「ぜってー考えてなかったろ、あのおっさん。おちゃらけ過ぎだろ……」


「えっと……ちょっといいかしら?雷神トール君」


「あ?」

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