第20話 伝説との邂逅



 トオルのイラク派遣任期終了後、新兵らしからぬ数々の実績とその人間離れした戦いぶりなどの情報は、アメリカ全軍最高総司令でもある、合衆国大統領の許まで届いていた。


 ペンタゴンの軍上層本部でも、パリスアイランドのデータやイラクでの功績を基に、こんなバチクソヤバな奴を一般海兵としておくのはアカンやろと、各特殊部隊への配属選択を打診する。

 

 大統領に限っては、いずれはホワイトハウス専属のシークレットサービスにへと、ほくそ笑んで手ぐすねを引く準備をしている。


 更にCIAやNSA(アメリカ国家安全保障局)などの諜報機関でも、この「ワンマンアーミー」をいずれ我が直下へと、何やら策謀を巡らせていた。


 その渦中、トオル本人に至っては「あー、どうすんだこれ?」と、名だたるネイビーシールズやデルタフォースなどの特殊部隊ではなく、配属志願したのは──



 アメリカ軍 海兵隊武装偵察部隊 通称「フォース・リーコン」



 フォースリーコンとは、アメリカ海兵隊所属の特殊作戦能力保有部隊であり、主任務はその部隊名通り威力偵察であり、どちらかと言えば斥候部隊に近い。


 海兵隊では特殊部隊とは認めておらず、その為、陸軍や海軍のグリーンベレーやシールズのようなSOCOM(アメリカ特殊作戦軍)の管轄には入っておらず、海兵隊が直接指揮、管轄を行っている。


 言わば、名目上の定義では特殊部隊では無く、実な部分で部隊とややこしい枠組みである。


 フォースリーコンと同じく、海兵隊指揮下の「マーソック(海兵隊特殊作戦部隊)」通称「マリーン.レイダース」が存在するが、こちらはSOCOM所属だ。

 

 フォースリーコンはあくまでも戦闘斥候が任務であり、本格的な急襲は一般海兵隊及び特殊作戦部隊が行い、その支援及び援護が主な任務となっている。

 だが、偵察部隊であるもののその戦闘能力は高く、CQB、射撃、爆破等、その実力はネイビーシールズと同等である。


 彼らには海軍の艦砲射撃、爆撃機を使用した攻撃の権限まで与えられている。更に船舶への奇襲、人質救出、敵基地破壊などの急襲任務が可能な、非常に攻撃的な部隊であると言えよう。

 加えて、海兵隊では唯一空挺降下作戦が可能な部隊であるが為、空中機動部隊として、航空機での敵地侵入や長距離偵察などもその任務内容に含まれる。


 前身となる部隊は、第二次世界大戦下に創設されており、ガダルカナル島上陸作戦では主力部隊として第一線で活躍していた。


 トオルがこの部隊を志願した理由は、特殊部隊を含めたどの部隊より真っ先に敵陣へと潜入し、あわよくば、そのまま急襲が可能であるからと言う中々の戦闘狂的な発想だ。


 フォースリーコンは「殴り込み屋」と言われる海兵隊のまさに真髄とも言えるべき、その異名を体現したかのような部隊であるのだ。


 この精鋭中の精鋭部隊のその選抜訓練内容は、アメリカ軍の中でもシールズに並ぶほどのえげつない過酷な内容となっている。


 まず第一フェイズは、3マイル(約4.8km)のランニング、懸垂、腹筋、障害物コースクリア後にブーツ、衣類を着用したままプールにて500ヤード(約457m)を17分で泳ぎ切る。

 その直後に、М4をはじめ50ポンド(22.68kg)の装備を担ぎ、休みなく2時間半の行進を行う。


 これらの行程を終えてから、ようやく筆記テストと面接試験に臨むのだ。初っ端から何ともエグイ。


 第二フェイズ 期間6か月、偵察に関する基礎知識と実践的技術、パトロール、歩兵戦術、空挺降下技術を学ぶ。

 更に、スキューバダイビング、戦闘員に人口呼吸訓練なども行う。


 第三フェイズ 8週間、陸軍レンジャーコースで雪山でのサバイバル訓練やロッククライミングなどの訓練を受ける。

 更に、空挺降下技術、射撃、基礎的な医療技術も身につける。


 これは、そんな第三フェイズでの長距離射撃訓練の一幕の話だ。


 トオルは他の訓練兵らと共に、とある演習場の小高い丘で腹ばいになり、二脚バイポット付きの狙撃用ライフルで標的を見定めている。


「……えっと、クレイン二等軍曹だったか?お前、スコープを覗く際に両目を開けるんだな…どうしてだ?」


 トオルの狙撃訓練中にそう物言うのは、トラッカーキャップに黒のポロシャツ、

デニムの私服姿の30代。もみあげから繋がる顎、口元にブラウンの髭を蓄えた男。


 今回、長距離射撃の特別臨時教官として呼ばれたのは、軍を除隊し現在民間軍事会社のCEO。元ネイビーシールズの狙撃の超名手の凄腕射手シューター

 

 通常、単眼の距離計スコープを覗く際は、目をスコープに押し当て、もう片方の目を瞑るのは、その観察対象をより見やすくする為の無意識での自然の所作だ。

 だが、トオルはその自然の動きに反して、僅かにスコープから距離を置き、両目を開けながら右目で標的を見据えている。


「あー、それは周囲の脅威に対応する為ですね。常にスポッターが傍にいるわけじゃないし、スコープに集中してたら周りが見えないっすからね」


「ハハハ! 俺と同じ考え方なんだな! 俺も狙撃の際は両目を開けてるんだが、昔、訓練の時にそれで教官に難癖つけられたんだが、理由と結果を見せて納得させたもんだよ」


 軍で通常の狙撃では射手とスポッターの2名で行われるが、ネイビーシールズでは射手単独での狙撃が基本とされている。

 故に、周囲の危険にも自分で対処しなければならない。そう言った理由でこのスタイルに至ったのであろう。


「へぇー、【史上最高の狙撃手】の‶クリスカイル〟と同じだなんて光栄っすね、けど、これが中々むずくてっ」


 ダン!!


「だー!クソっ全然だ!」


 訓練用の標的までおよそ500m。トオルの放った弾丸は大きく外れ、標的右手前の地面を爆ぜさせる。


 訓練に使用しているのは、実戦でも採用されているナイツアーマメント社製、セミオート式スナイパーライフル、海兵隊モデルの「Mk11 Mod2」

 陸軍モデルでは「M110 SASS」の名称で採用されており、7.62mmx51mm NATO弾を使用、有効射程距離は約800m。


 尚、陸軍では2016年、後継に「M110A1」を採用しているが、こちらはドイツのH&K社製。SASSとは関連が無い別物である。


「……ゼロインが若干ズレてるな。アップにツークリック、レフトにワンクリック、しっかり重力と風の影響も計算に入れるんだ」


 カイルの指示に従いスコープ中央、上部の縦軸調整のエべレーションノブをアップ矢印が表示してある反時計回りに2クリック回し、レティクルが下に動く。

 そして、スコープの中央右側、横軸調整のヴィンテージノブをレフト表示の時計回りに1クリック回し、レティクルが右に動く。

 

 この、ゼロイン調整の為のノブに表示してあるアップ、ダウン、ライト、レフトは着弾点に合わせての表示の為、レティクルはその逆に動くので少々ややこしい。

 それと、スコープによっては表示が無かったり、逆回転のタイプもあるので、そこは注意が必要だ。


「それで撃ってみろ」

「イエッサー!」


 ダン!!


「うぉ!ど真ん中!マジか!」

「ナイスキル! これで部隊への脅威は排除されたぞ!」


 今度は標的中央に見事に命中したようで、トオルとカイルは顔を見合わせ、共に笑顔を見せる。


「フッ、射手の素質もありそうだな‶雷神〟。いや、敵からはアラビア語で

悪魔イブリース〟か」


「うぇっ、それ、他の奴が勝手に言っているだけっすから、貴方だって『伝説の狙撃手』敵からは『ラマーディの悪魔』の意味で、イスラムでは『シャイターン.アル.ラマディ』とか呼ばれてましたよね?」

「ハハ!現役時代の話だよ 勘弁してくれ!」

「お互い様っすよ それ!」


「「ハハハハハ!!」」


『クリストファー.スコット.クリス.カイル』元ネイビーシールズの彼は、現役時代「史上最高の狙撃手」と評される伝説の狙撃手である。

 イラク戦争の中でも激戦地を転戦。公式では、イラク軍アルカイダ系武装勢力の戦闘員を160人、非公式では255人を殺害している。


 除隊後は民間軍事会社「クラフトインターナショナル社」を立ち上げ、講演や執筆活動も行っていた。

 2012年、自らの戦闘体験を綴った回想録はベストセラーとなり、その資金の一部を基に、PTSDで悩む帰還兵や退役兵の為にNPO団体を設立している。


 PTSD(心的外傷後ストレス障害)は死の危険に直面した後、その体験の記憶がフラッシュバックして鮮明に思い出されたり悪夢を見たり、不安感や緊張が高まったり、現実感が無くなったりする症状である。

 この症状に悩む患者は、極限状態に陥った兵士や殺人現場の当事者、震災などの被害にあった者に多くこの精神疾患が発症される。


 今回、彼に依頼したのは、どこぞの人外の更なる強化を含めた、見習い武装偵察部隊の育成を兼ねた狙撃教練指導である。


「なぁ、クレイン。少しいいか?」


「はい? なんすか?」


 今、撃った感覚を忘れまいと、次なる射撃のため呼吸を合わせているところ、カイルに声を掛けられ、動きを止め振り返るトオル。


「……お前、子供を撃ったことはあるか?」


 どこか遠くを見つめながら、カイルはトオルにそう問いかける。


「え?…いや、無いですね…今のところは……」


 武装勢力との戦争中、敵は少年兵を含め、子供や女性を使った自爆テロ攻撃など、過激で非人道的な手段も行ってきたのだ。

 彼らは憎きアメリカを苦しめるためなら、なりふり構わず、どんな残酷な行為も厭わない非常に恐るべき集団勢力であった。


 アメリカ、他同盟軍はこれには心身共に大いに苦しめられ、帰還兵や退役兵などのPTSDの原因の一つにもなっていた。


「なら、覚悟をしておくんだな。これからお前は、より苛烈な戦場へと投入されることになる。ここはそういった部隊の育成の場だからな」


「………」


 トオルは幸いにも、子供に手を掛けるような状況に陥ったことは無いが、仲間がその不運に見舞われ、非常に苦悩していたことを目にしていた。


「仮に味方部隊の前に、幼い子供が対戦車用手榴弾を隠し持っているのを発見した。その時、お前は狙撃支援。一早く気付いたのはお前だけだ──この場合どうする?」


「……それは…」


 トオルは、その状況を想像し、苦悩の表情を浮かべる。


「当然、味方の命を優先するのがお前たち兵士の仕事だ。幼かろうが相手は味方に攻撃を仕掛けてくる敵だ。だが、その子供の命を奪う事を…お前は選択できるのか?」


「……貴方は…その状況に……」


 その状況を察してトオルは呟くと、カイルは辛そうな苦笑とも何とも言えない表情を浮かべ、今もその心に深い傷跡を残っているのが窺える。


「いいか。、兵士として味方の命を選ぶか、人としての尊厳を選ぶかは、お前次第だ!……まぁ、そう言う選択も兵士の道を歩むのなら、あり得ると言うことだ」



「……イエッサー!肝に銘じておきます!貴重な言葉、ありがたく受け止めておきます!」


 この修羅の道を進むと決めた日から覚悟は決まっている。

 トオルは、いずれ来るその選択を迫られる時に向けて、その思いを固めるのであった。


「フッ、いい眼だ。覚悟を決めたようだな、お前はきっといい兵士になるよ。

まぁ、人外ぶりも程々にな!どんだけ勲章をもらえるか、俺の酒の肴に華が咲くよう精々励めよ!」


「イエッサー!ガッツリ勲章、貪ります!」


「ハハハ!言うねぇ、楽しみにしてるよ!」


 そんな感じで、歴史にその名を遺すほどの英雄との邂逅はここで幕を下ろす。

 この後も他の訓練兵に、あーだこーだと指南しているクリスカイルであった。


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