第21話 訃報
アメリカ軍海兵隊、エリート部隊の選抜訓練は、更に苛烈さを増していった。
第四フェイズ、6か月。衛星通信、モールス信号、潜水艦などからの水中観測、ダイビング技術、潜入や脱出技術、毎度の空挺降下技術、破壊工作など、部隊として作戦行動を行う為の訓練を施される。
第五フェイズ、潜入、脱出、空挺降下、水中観測、山岳や砂漠でのパトロールなど、今まで行った訓練の総合的な技術をみる実地訓練を受ける。
第六フェイズ、人質救出や船舶、石油施設破壊などの訓練を受ける傍ら、各地にMEU(海兵隊遠征隊)の隊員として実戦に参加する。
第七フェイズ、最終試験。訓練ではなく実際に作戦に参加することで、任務遂行能力があるか判断される。
「あー、クソしんどかった……期間長ぇし、マジで…今までで断トツでキチいわ……」
いくら保々保々人外であるトオルでも、キツイものはキツイとしみじみと語るのであった。
そうして、何とか年単位に及ぶ長期間のヘルハードな訓練を、後半はほぼ実戦であったが、それらをクリアし正式な部隊員として任命された時点で、トオルは20歳を越えていた。
トオルが配属されたのはアラバマ州、モービルに所在を置く、第三武装偵察中隊。
フォースリーコンは、第一から第五中隊と本部大隊で構成されており、第一武装偵察中隊は、第一海兵遠征軍所属。
第二中隊と本部大隊は、第二海兵遠征軍に所属し、各担当地域で活動を行っており、必要に応じて他の地域に派兵される場合もある。
因みに、第五中隊は第三海兵遠征軍に所属し、その駐留地である司令部は沖縄県うるま市に置かれている。
トオルが配属された第三中隊と第四中隊が所属するMRF(海上急襲部隊)は、担当地域は持っておらず、言い換えればどこでも活動可能な部隊で、フォースリーコンを基幹として構成されたタスクフォースであるのだ。
主な任務は、必要に応じて各戦地の支援部隊として派遣され、海兵遠征隊などの、地上戦闘部隊である大隊上陸チームに加わるなど、広範囲の地域での活動となっている。
尚、この間の2011年5月に9.11事件の主犯、テロ武装組織アルカイダの指導者がネイビーシールズによって殺害され、一つの区切りのようなものが付いたのであった。
この年は非常に激動の年であり、記憶に深く残る3.11東日本大震災があった年でもあり、津波、火災によって数多くの被害者が亡き母の祖国で発生した。
この時、アメリカ軍でも「トモダチ作戦」と称した災害救助、救援、復興支援活動に参加し、トオルも訓練の傍ら海兵隊としてこの作戦に加わっていた。
初めて亡き母の故郷である日本に、こんな形で訪れることになるとは、何とも皮肉な話である。
この際に、被災地である母の実家「久我家」を訪れることは決してしなかった。
その家族全員が無事であることは確認したが、何を話せばいいかも分からないし、何よりそんな暇は無かったのだ。
被災地での活動中、非常に困ったのが、膨大な数の死者の霊。
霊感が無いと思っていた者でも、くっきりはっきり見えてしまうレベル。
この当時は、タクシーにも普通に乗車して来るらしく、目的地宅を指示されるが、そこはすでに津波で流されており存在しない場所。そして、その客もいつの間にか消えている。
と、言うことが度々あり、夜間のタクシー営業を自粛するような動きもあったと云う。
「ん?…ヘイ、トール!一人で何してるね?なんかキモいね!」
「やかましい!色々あんだよ ほっとけ!あークソ、多すぎだろブツブツ……」
「なんだ?あんな所に子供がいるぞ!あれって……アレだよな…おいクレイン、ちょっと頼むわ…やべぇなここ」
「だぁっ、またかよ!あー、そこの嬢ちゃん!そこに居られるとちっと困るんだよなー、んなわけだから、天国に送還してやるからそっちで遊んで…え!?「(ちょっと、何言ってるか分からない)」って?あー、日本語でだと──」
超霊能持ちのトオルには、通常業務に支障が生じるレベル。無下にぶん殴るわけにもいかず、その度にその対応に悪戦苦闘する日々であった。
そんな
すでにトオルは、亡き両親の仇を討つとか、そう言った類の感覚は無くなり、純粋に祖国の為に戦うことを責務として生き甲斐にも感じていた。
その根幹にあるのは。父方の遠い祖先、中世西欧で祖国と君主の為に戦った騎士の誇り。
そして、母方の遠い祖先、戦国の世を家族の為に戦い抜いた、武士の決意の思いがその魂に深く刻まれているであろう。
それから、トオルは武装偵察部隊フォースリーコンの一員として、各紛争地域に派遣され、数々の功績を上げてゆく。
そして、またトオルの許に今度はある訃報が入る。
それは、軍関係者だけでなくその‶彼〟を知る多くのアメリカ人に深い悲しみと衝撃が走った事件であった。
その訃報とは、アメリカ軍の内外の歴史にもその名を遺し、伝説の英雄でもあり、著名人でもある「クリス.カイル」の死去……。
2013年2月2日、PTSDを患う元海兵隊員をその母親の依頼で、同じく退役軍人と共に、テキサス州にある射撃場での射撃訓練を行っていた時である。
訓練中その元海兵隊員は何を思ったか、突然カイルと退役軍人に発砲、両名はそれで命を失った。
カイルを射殺した元海兵隊員は、現場から逃走するも、すぐに地元保安官によって逮捕された。
彼は現役の時、イラクでの戦場で精神に大きな影響受け、それが原因で除隊に至ったのであるが、当時、戦場で迫撃砲で攻撃を受けたり、銃を発砲する少年を目にして、後に母親にこう問いかけたことがあったそうだ。
「もし僕が、子供を殺したらどう思う?」
彼は除隊後、頻繁にパニック障害に襲われ、苦しさから逃れる為に酒や薬物に溺れ、自殺未遂などの異常行動を繰り返すようになっていた。
それを見かねた母親は、当時帰還兵のセラピー活動を行っていたカイルに助けを求め快諾するも、このような悲劇に陥ってしまったのである。
その後、彼の裁判が開始され、弁護側は「心神喪失のため、責任能力が無かった」と主張するも、仮釈放なしの終身刑が言い渡された。
尚、「史上最高の狙撃手」と称された英雄「クリス.カイル」の享年は38歳。
テキサス州立墓地にて、今も深い眠りについている。
僅かな時であったがその英雄との邂逅は、トオルにとっては生涯記憶に残る、忘れられない出会いの一つであった事は言うまでもなかろう。
已む無く任務にて、その葬儀には参加できなかったものの、遠い地から彼を弔う冥福の祈りを捧げるのであった。
それからもトオルは、多くに戦場に派遣されるが、
しかし、何を思い抱えているのか、度々一人影を落とし、苦悩する姿を多くの兵士たちが目撃していた。
そんな苦悩も悲しも乗り越え、トオルは各激戦を獅子奮迅の働きで潜り抜け、多くの勲章を授与された。
そうしたトオルの活躍とは別に、ある噂が米軍兵士の間で囁かれていた。
「なあ【ワルキューレ】の話、聞いているか?」
「え? ああ、デブグルの奴だろ? シリアでだっけか? 単独で敵拠点の一つを制圧したらしいな……あれはヤバイな」
「まぁその話もなんだが、最近アフガニスタンで要人の救出作戦があってな、それが、あっという間の事だったらしいんだが……この話知っているか?」
「いや、その話は聞いてないけど……なんかあったのか?」
「それがな、その救出された要人が言ってたんだが「あれは‶魔法〟だよ!もちろん比喩じゃなく、神の奇跡が具現化されたものだ!」だってよ。 信じられるか?」
「はぁあ!?なんだそりゃ?それだけじゃ分からんって、詳しく話せよ!」
「おっ!ノッてきたな! 俺も眉唾だとは思うが、まぁよく聞きな。それは──」
何やら、突拍子もない話が兵士たちの間に広がっているようだが【雷神】の逸話と同様、都市伝説のような娯楽話の一つとなっていた。
そして、月日が流れ、そこはトオルが幾度となく最も派兵された国であった。
アメリカが、約20年にも及ぶ最も長い争いを続けた国。
──アフガニスタン。
この地が、今後の人生を大きく変える大転換の地になるとは、この時のトオルは、当然知る由もなかった。
トオルの運命は、そこで大きく揺れ動くのであった。
第1章 海兵隊新兵編 完
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