第17話 任務終了
一階制圧完了。
そしてトオルは、奥に見据える2階への階段へと、散歩でもしてるかのように悠々と向かう。
階段の幅は1メートルほど。上がったすぐ先に壁が見え、その左横が2階フロアの入り口。そこから左右に通路が伸びている。
ここに屋上から下りて来た者らであろう、2人の敵兵が左右に分かれ、壁に張り付き潜んでいた。
バン!!
「(うがっ!!)」
左側の壁沿いに階段を上がっていくと、右側の壁に潜む敵兵の足が見えた。
М9を左手に持ち替え、パラベラム弾を弁慶さんの泣き所である脛注射を1発。
同時に、左側の壁に潜んでいたもう一人の敵兵が、仲間が撃たれたことに反応。
迎撃しようと動き出す。
M9を右手に持ち替え、敵兵が持つAK47の
急激に前方に銃が引っ張られたことにより、指に掛かっていたトリガーが強制的に引かれ発砲される。
その銃口先は右側の敵兵、脛注射を撃たれて悶絶、下がった頭部に向けらていた。
ダダダダダダ!!!
至近距離にて、AKの7.62X39mm弾の連射をもろに受けたその頭部は木端微塵に弾け飛ぶ。
急激にAKのバレルを引っ張られたことにより、前のめりの状態で姿を現した左敵兵の頭部は丁度、胸元真ん前から数十センチの距離。
すでに、腕をクロスの状態で右手で構えていたM9銃口に、自らで眉間を当てに来る形となった。
バンバン!!
目の前で眉間から後頭部へ、パラベラム弾が貫通。飛び散った返り血が、冷酷とも言える、冷淡な表情で見下ろすトオルの顔に降りかかる。
仮に某勇次郎氏ならば、脳裏に浮かぶその光景を肴に高級バーボンの封を指刀で切り落とし、ガバガバとラッパ飲みしながらソファーにふんぞり返って、ご満悦の表情で至福の時を過ごしていることであろう。
余談だが、これまでトオルが高いレベルで見せていた拳銃戦闘術は【C.A.Rシステム(センター.アクシス.リコックシステム)】と呼ばれる、拳銃を用いた近接戦闘に特化した射撃手法。
ハリウッド映画の超絶凄腕殺し屋、愛犬家の某ジョンさんもこの手法を使用しており、実際にアメリカの法務行機関でも用いられている。
通常のハンドガンでの射撃は、足を肩幅の間隔で広げ、利き腕で拳銃を持つ。もう片方の手をグリップに添え、標的に向かって両腕を伸ばし撃つのが一般的なスタイルだ。
だが、このスタイルでは、
逆に銃を奪われる場合もあり、これは致命的。
【CARシステム】では腕は伸ばさない。腕を曲げ自分の身体に近づけた状態で、構えて撃つのが基本スタイル。
そのフォームは胸元で構える『ハイ』。
顔に近い位置で構えるのが『エクステンド』。
そこから、前方に押し出すような姿勢の『アポジー』。
銃を僅かに下げ、待機姿勢の『コンバットハイ』の4種類に分類される。
このシステムの利点は、狭隘な場所などCQB、CQCに置いての高い機動性。
どこに潜むか、どこから現れるか不確定要素が多い状況に一早く対応できるのが最大の利点である。
だが、このシステムを高いレベルで行使するには高度な訓練と高い練度、実戦経験が必要となる。
これは、新兵の訓練レベルを超えて、特殊部隊の領分の域となってくる。
新兵であるはずのトオルの、ここまでの高いパフォーマンスは異常なことであり、如何にそのセンスの高さが稀であることかが窺える。
更にトオルは、このシステムに元々会得していた体術を織り交ぜ、独自の新しい強力なシステムを確立していた。
そして、仕留めたばかりのその敵兵のボディアーマーにぶら下げている二つのグレネードが目に入った。
『М26手榴弾。通称‶レモン〟』。
透かさずその二つの安全ピンを外し、全力で敵死体を蹴り飛ばし、真正面の壁をぶち破り、死体は2階で陣取っていた4人の敵兵のいる部屋の中へと転がり込む。
同時に右側に転がる敵死体を肉壁にして、少し階段を下がり衝撃に備える。
「「「(!!!!!!!)」」」
「さあ、いっちょ来いや! いつでもやってやんぞコラぁ!」と言わんばかりにガッツリ構えてた4人の敵兵だが、突然壁を突き破り、転がり込んできた仲間の死体に意表を突かれる。
「「「は?」」」
ドオオオオオオン!!!
予想を斜め上に超えて来た状況に、さすがに対処できるわけもなく、4人プラス1死体の敵兵らは無残に爆散。周囲にあった爆発物も誘爆、床、天井、壁が盛大に破壊された。
「まさか、あの状況から逆転されるとは、こいつらからしたら悪夢だろう、‶夢ならばどれだけ良かったのだろう〟とか、あの世で思ってんだろうな……」
この何年後か後に、
彼らは最期の刹那に、とてもとても‶苦い
「うおぉ!!なんか、中で派手に爆発しやがったぞ!!」
「いったい、どうなってるのよ!?クレインは無事なの!?」
「わからない!とりあえずは、あの厄介なトーチカモドキは、これで静かになったようだな」
まだ僅かに残る、他の敵兵への牽制射撃をしながら、事の成り行きを見守っていた味方兵らは、無謀とも言える単独特攻を決行し、今だ姿を現さない新兵の安否に、懸念の表情を浮かべていた。
ピガッ
『あー、
今いち締まらない新兵からの待望の任務終了報告通信に、味方兵らは各々の顔を見合わせて眼を見開き、「シンジラレナーイ!」と言った感じで驚きの表情を露わにする。
そして、1階天井部分から屋上に掛けて大きく半壊し、今だ煙が上る建物の2階奥の影から親指を立て、サムズアップしたトオルが姿を現す。
「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」
「オーマイガッ!!クレインの奴、マジでやりやがったぞお!!」
「彼、マジで何者よ!?こんな事、他の奴に話しても誰も信じないわよ絶対!!」
「あの野郎、信じらんねー!!ヤバすぎだろ!!こんな事ありえるのかー!?」
「俺は、あいつが新兵だとは絶対に信じないぞ!!多分、デブグル辺りから、極秘で派遣されて来た奴に違いない!」
「フォックストロッド1よりワンゼロへ。非常に厳しい任務であったであろう。だが、よくぞ達成してくれた、感謝する!オーバー!」ガッ
絶体絶命のあの状況から、解放された味方兵らは盛大に歓喜の声を上げる。
まだヒヨッコ新兵だと思っていたはずの一人の兵士の偉業に、感嘆の言葉を紡いでゆく。
『あー、いえいえ、仲間の皆さんの援護があったからこその功績です。こちらこそ感謝します。オーバー』ガッ
あれほどの、冷酷無慈悲な人外っぷりを披露したわりには、その力に奢らず、非常に謙虚な姿勢の言葉に味方兵らの好感度も爆上がりする。
若干その性質に問題は有るものの、敬虔なクリスチャンであると同時に、愛情深く、非常に人格者であった亡き父母、祖父母からの賜物である。
「分かった!では、ワンゼロ。速やかにその場を撤収し本隊と合流せよ!ブレイクオーバー!」ガッ
『了解! 直ちに部隊へと合流します! ラジャーアウト!』ガッ
バタバタバタバタバタバタバタバタ!!!
その時、上空からヘリの飛行音が聞こえ、見れば後方の少し離れた位置で2機のUH-60ブラックホークからネイビーシールズであろう、次々と友軍特殊部隊が懸垂下降している。
加えて近場から駆け付けたのであろう、他の哨戒部隊やイラクの治安維持部隊の武装車両が続々と現れて来た。
圧倒的に不利であった形勢は一気に逆転した。
ネイビーシールズは、言わずとも知れた映画等でもお馴染み、アメリカ海軍特殊戦コマンド管轄部隊、アメリカ海軍特殊部隊である。
2つの特殊戦グループ、8つのグループで構成されており、 SEALSと言う名称はSEA(海)AIA(空)LAND(陸)の頭文字から取られている。
その名の通り陸海空に問わず、偵察、監視、不正規戦等、特殊作戦に対応できる能力を持ち、陸軍特殊部隊同様にどこでも活動が可能な超精鋭部隊である。
2011年5月には、9.11事件の首謀者である、テロ武装組織アルカイダの指導者、「ウサマ・ビン・ラディン」の殺害作戦を遂行している。
「うおい!やっと即応が来やがったか!遅っせーぞ!!」
「もう、クレインが粗方片付けてしまったしなぁ」
「お前ら、まだ戦闘は終わったわけじゃないぞ!気を抜くな!」
少々遅れてきた応援部隊に愚痴を零しつつ、トオルが共に死地を潜り抜けた味方の許へと合流してきた。
「おおおお!!ヒーローのご帰還だよ!!」
「おい、クレイン!何だありゃ!?お前マジで雷神様じゃねーか!!」
「ったく、どこのマーベルヒーローだよ!お前は!?」
「あんた、今晩あたしのベットに是非とも招待してあげるわ!!」
「クレイン二等兵!感謝する!!よくぞこの死地から我々を救ってくれた!よくやった!感動した!!」
「あー、痛い痛い!ちと、力強いですよ、一応俺も怪我人だから!って、うおぃ!誰だ股間触るやつは!?」
味方と合流したトオルは、各兵士から各自感嘆と、日本の某元総理のような名言も飛び交いつつ、バンバン背中を叩かれたり色々ともみくちゃにされ、手荒い抱擁を受けているようだ。
見ればトオルも、敵から受けた擦過射創や、爆破による傷跡や出血も見受けられ、如何に激しい戦闘だったかを物語っている。
そして、特殊部隊や応援部隊の手によって、残りの敵残存兵らの処理が行われ、この戦いは圧倒的な勝利に終わる。
これほどの危機に、味方戦死者が一人だけと言うのも奇跡であるが、尊い犠牲が出たことには変わらない。
「おいおい!何だこの敵の死体は!?どうやったらこんな事になるんだ!?」
「おい見ろよ!このひび割れて凹んでる床、……足跡…なのか?結構固い床だぞ…なんだこれ…?」
「んー、どれも正確に、頭部に9mm弾で2発のキルショットが撃たれてるな、誰がこれをやったんだ!?」
「この、エグい変死体にも一応、頭に1発ぶち込まれてるな。容赦ねぇぇ……」
何やら調査中のシールズ特殊部隊員たちも、よく分からん事になっているトオルの戦闘跡に困惑の様子。
尚、調査の結果、確認されている敵の死体は48名。爆散した数も含めると60名を軽く超える規模であった。
新兵を含むたった10名でこの危機を乗り越えたのは、偉業とも言える功績である。
そして、各部隊は収束を迎えた戦場から撤収。トオルたち哨戒部隊も米軍駐留基地へと帰還するのであった。
乾いた風が砂と共に吹き荒び、それらの穢れを洗い流し清める。
これからも続く、明日への戦いに備えて──。
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