第16話 イブリース



「──めぼしい障害はこれで排除した、残りはこの巣穴のみ」


 そして、静かに目を閉じて、標的の状況を探る。


(1階に…4人…いや、上から一人下りて来て5人か。2階に4人、屋上2人、合計11人か……けっこういるな…まぁ把握した)


 トオルのこの感知能力は、過去に中国武術を学んだ際に、体内の生命エネルギー『気』の制御や、気を取り入れた『けい』の発し方などを覚えたことが、きっかけで得た能力である。


 この能力は『聖痕』の霊能の力と相まった副産的に開花した異能。完全戦闘モード時はそれが際立って発揮できるようだ。


 自らの意思で、脳内の運動能力制御リミッターの解除を行い、尚且つ、精神を全集中状態。言うなれば【完全ゾーン領域】への昇華など、現代の情勢やその年齢を鑑みても、あり得ない事である。


 古き時代ならまだしも、現代のような人命が極めて重んじられ、生命の危機に陥る状況が減少した今の時代で会得するには、極めて困難な武術の【秘奥義】レベルの境地。

 つまり、この境地に至るには、生死を分かつ局面を幾度も乗り越えることにある。その中でも極々限られた者にだけ、神から与えられる褒賞とも言える人体の極地であるのだ。

 

 トップアスリートが高い集中力により、このゾーンに踏み入ることがあるが、武術においての最終境地の一つとも言える【完全ゾーン領域】は、更なる上の別次元のもの。

 

 そして、トオルは素早く壁を乗り越え、目標建物の横手の窓部から躊躇なく中に飛び込む。


 入った部屋は8畳ほど。そこにいる敵は二人。

 一人は裏手の爆発の様子を窺い、もう一人は、表通り側の窓部から煙幕に向けて乱射している。


 バン!!バンバン!!バン!!


 まずは左手にM9を持ち、胸の僅か前で、右手はグリップ下を軽く添えるように、腕の向きだけで表通り側の敵の後頭部に1発。

 即座にM9を胸の前で右手に持ち替え、身体の向きは変えずに腕をクロス。

もう一人に2発。

 この際、その敵兵はAKの発砲音とは違う銃声に気づき、僅かに振り向きかけるがすでに遅い。その頭部に2発のキルショット。


 そして、倒れていた一人目を一瞥。身体の向きはそのまま腕だけ向け、その頭部に止めのキルショット1発。

 

 二撃必殺。2発ずつ撃つのは、確実に敵の息の根を止める為。

 9mm弾の場合、例え頭部であろうと4%の確率で、生存の可能性があるからだ。


 更に確実性を高める為に、心臓部に3発目を。または、その逆パターンで撃つ場合もあるが、それは殺し屋、暗殺者の手法であり標的が少数の場合だ。


 そもそも激戦状態での戦場で、サイドアームのハンドガンを使うのは、かなり追い込まれている時であろう。

 だが今回は、少々特殊な状況であり弾数にも制限がある。


 まぁ、最悪弾切れになったら、その辺に転がってるAK47を使えばいい話であるが、それは放っておこう。


 周りの壁に目を向けると、やはり防弾対策が施されていた。2mほどの鉄板を数枚重ねて立て掛けており、窓部の高さまで土嚢が敷き詰められ補強されていた。

 

 そして、隣の部屋にいた敵兵の一人が異変に気付き、こちらの部屋に入って来た。

 トオルを確認すると、大きく目を見開き、慌ててAK47の銃口を向けようとするがもう遅い。


 敵から見たら、ゆらりと動いた瞬間、突然消えたように見えたであろう。

 

 それは古武道における【縮地】という移動方だ。

 通常、走る場合後ろ足で地面を蹴りだし、その勢いで前に進むが、縮地の場合は、進む方向に倒れ込むように重力を利用して移動する歩方。


 ドン!!


「ゴフ!!」


 バン!!


 そこから放ったのは中国拳法【八極拳】の技の一つ【狸門頂肘りもんちょうちゅう】。


 攻撃が当たる瞬間に【発剄はっけい】の用法、地面を強く踏みつける【震脚】と同時に、低い姿勢で下からすくい上げるように肘撃ちを繰り出す技。


 八極拳は、一瞬で極めて強力な技を打ち出すことを特徴とし、中国拳法の中でも屈指の破壊力を誇る。


 その名の基は「八方の極遠にまで達する威力で、敵の門を打ち砕く」と言うもの。

 

 余りに強い踏み込みの為、セメント製の床がひび割れ陥没。リミッターを解除して全開で気を込め【けい】で放った技だ、ボディアーマーがあろうと関係ない。

 

 弾倉ポーチに入ったマガジンを粉砕。水月(鳩尾みぞおち)に食い込んだ瞬間、その爆発的エネルギーは、胃、脾臓などの臓器を破裂させ、肋骨も粉砕。更に背骨まで達し砕き折り、皮膚を突き破る。

 同時に、一切声を上げる間も無く、いつの間にか左手に持ち替えていたМ9を下顎に当てる。その死を畳み掛けるかが如く、9mmパラベラム弾が顎から頭頂部を抜け、脳漿のうしょうが上部に飛び散る。


 外壁は補強されているも、部屋同士の壁は脆い。そのままの勢いで、すでにこと切れた敵兵ごと隣の部屋へと壁を突き破る。

 その部屋は、おそらく玄関とリビングを兼ねているのであろう、18畳ほどの部屋で外通りへの出入り口がある。その部屋にいる敵兵は3人。


「(なっ!? なんだ、こいつは!? か、壁を!!)」

「(う、撃て!! 同胞を盾にしやがって!!)」


 ドオン!! バン!!

 ダダダダダ!!


 まずは、この肉壁にしている敵の遺体を、こちらに銃口を向けた真正面にいる敵兵に向け、空手の前蹴りの要領で蹴り飛ばす。その敵は反対の壁まですっ飛ばされ激突する。

 同時に、右側の窓部傍にいる二人目に、左手クロスからのМ9で顔面に一発。

さすがに3人目は反応、撃って来た。

 

 だが、銃口位置を見て射線からズレれば当たらない。前に倒れ込みながら、パラベラム弾一発。膝をぶち抜き、関節を撃たれたことにより、3人目の敵はバランスを崩す。

 そのままの勢いで、右肩から素早く斜め前転。流れるように立ち上がった先には丁度、敵とは至近距離のCQC。


 まだ生きている回転力を利用し、身体が左側に若干斜めになっている敵のその頭部へと腕を遠心力で回し、震脚と同時に強力無比の拳槌を振り下ろす。

 これは【劈掛拳ひかけん】とのミックス技。

 

 中国武術の一つ【劈掛拳】は、全身を脱力し、腰を支点に上体を上下左右に振り、両腕を風車のように遠心力を利用した、鞭のように鋭く重い打撃が特徴。

 その動作の特徴は、鷹翅蛇身「手は鷹の羽根の如く、身は蛇の如く」と表現され、八極拳と相性がよく弊習されることが多い。


 八極拳の直線的な剛の動きに対して、劈掛拳は曲線的な柔の動き。互いの弱点を補えるゆえに「八極と劈掛を共に学べば、神さえ恐れる」という言葉が生まれたほどだ。



 ドゴン!!バン!!バン!!


 敵の頭部は陥没、眼球が飛びだす。更にその頭部は自らの身体に斜めにめり込み、頚椎、背骨、鎖骨が砕け、左肩が外側へ押し出され、歪な状態となる。

 そして、服を掴んで立たせたまま、弓を弾くような形で、左手のM9でめり込んだ頭部に容赦の無い1発。

 異様な変死体と化した敵はそこでリリース。明らかなオーバーキル。

 同時にポロリと落すM9を、その下で右手でキャッチ。その右腕を下ろし、背後でうつ伏せで僅かに動いてる2人目の頭部に、下から後ろに振ってノールックで1発。

 

 余談だが、史実にある「八極拳士最強」とされた「李書文」は実際に武道家相手に、打撃により頭部を胴体にめり込ませたり、手合わせの際、軽く放った牽制の突きにより、相手を死傷させたりと、その攻撃の破壊力は現代では考えられない、えげつないものであったとされる。

 加えて、彼は瘦身で160cmほどの小柄の体系であったが、鍛錬の際には100kgの石製ローラーを、2mほどの段差がある畑の上段へと、投げ上げていたと言う。


 この事から察するに、「李書文」は確実に脳内リミッターを外せる特異な存在であったことが想像できよう。

 他にも数々の逸話が記録に記されているが、人類史上でも稀にみる、突出した武道家の一人と言えよう。


 そして、また新たに八極拳の歴史の中でもその最も突出した拳士が、ここに爆誕した。


 しかし彼は、果たして拳士と言えようか……?


 否だ。


 彼にとっては武術はあくまで手段の一つ。

 

 彼は銃器も使い爆発物さえも扱う、軍に所属した兵士の一人でもある。


 だが、単純に兵士と称するには余りにも異質。それすら手段の一つ。



「(クソ! この、悪魔イブリースめ!!)」


 バン!!

 

 ようやく覆い被さっていた死体を押しのけ、慌ててAK47を拾おうとしている一人目の敵後頭部に1発。

 

 バン!!

 

 更に、倒れたばかりの敵兵の傍を、通り過ぎ様にその頭部にノールックで無慈悲なキルショット1発。



「あー、これで1階、制圧完了」



 ベレッタM9の装弾数は15発、ゆるりと歩きながら、弾薬ポーチから新しいマガジンを取り出すのと、空のマガジンのリリースを同時に行う。


 新たなマガジンをグリップ下からカチっとハメ、アーマーベストの凹凸を利用し、素早く片手だけでスライド、リロードを完了。


 そして、トオルは奥に見据える2階への階段へと、散歩でもしてるかのように悠々と向かう。




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