第14話 解放



「あー、えっと大尉。あのボロ屋に籠ってイキってる奴らを、俺がボコってもいいですか?」

 

 暗闇を照らす一筋の光の如く、一縷いちるの希望とも言える言葉。言い回しはアレだが、トオルから告げられる。


「あぁん!? あんだってー!? 何を言ってるんだクレイン二等兵!!この状況で、新兵如き貴様に何が……」


 その顔立ちにまだ幼さを残す新兵の突然のたまう提案に、こいつは何を血迷ったのか? 初の実戦の上に、この死戦の状況に耐え切れず気をやられたか?と、大尉は強い困惑を見せる。


 普通であれば、このような無謀な、増して未熟な新兵の提案など即却下である。


 しかし、それが普通の人間の提案であればの話だ。

 

 だが分かる。こいつの眼は至って冷静さを物語っている。

 

 部隊に新たな兵が配属されるに当たり、部隊指揮官の大尉は、このベビーフェイスの訓練状況や能力等などを、書類や伝聞である程度は把握している。

 そのどれもが、目、耳を疑うような記録内容。その驚くべき内容に率直な意見を述べるのならば──。


 こいつは異常だ!


「……パリスアイランドから、お前のことはよく聞いている………やれるのか?」


「あー…イケるでしょう、多分」


 口調は若干緩めだが目標地点を静かに、そして、鋭く見据えるその眼はとても新兵とは思えない、百戦錬磨の戦士のような鋭利で強い光を放っている。


「……うむ、分かった。援護はしよう!では、命令だ!クレイン二等兵!あの要塞モドキ及び、その内に立て籠る脅威を速やかに排除し制圧せよ!!」


 部隊指揮官によりトオル.クガ.クレイン二等兵は、最重要任務とも言える勅令を言い渡された。

 

「ラジャー! その任、承りました! フルボッコにしてきますサー!!」


 僅かに笑みを零し快諾するトオル。すでに腹は括っている。

 その秘めた力を振るうべく、緩やかに深く息を吸い集中力を高めていく。

 そして、戦闘用グローブに隠された両手の聖痕が色を増し、濃くなってゆく。

 

「おい!お前らクレインが出るぞ! 少し道を開けろ!」

 

「はっ!? 出るって、どいうことすか大尉!?」


 当然、こういう反応であろう。兵士の一人が、驚きより意表を突かれたような表情を見せる。


「……ああ、今、我々は非常に危機的な状況に追い込まれている!よってこれから、クレイン二等兵にあの敵部隊の中核となっている要塞モドキに、単独で侵入し制圧してもらう!」


「あぁん!? あんだってー!?何言ってるのよ、大尉!!クレインはまだ新兵よ!しかも、初任務で初の実戦なのよ! 死なせるつもりなの!?」

「むーり、無理無理無理無理!!それ無理ゲーっすよ!FPSゲームじゃないんすよ、大尉!!」

「そうだぜ大尉!!そんな寝言は寝てる時に高笑いしながら、自分のケツにでも言ってくれよ!!」

「いや、それ逆に怖いから!」


 部隊を指揮する大尉の、新兵への死刑宣告ともと執れる暴挙の令に、他の兵士達は「ついに、イカれちまったか」と困惑の表情を露わに苦言する。

 

「お前らの言いたいことは分かる! 今は説明をしている暇は無い!! とにかく、クレインを援護することだけを考えろ!!」

 

 現状、2台の武装ハンヴィーを即席要塞インスタントトーチカにして、辛うじて応戦しているものの、完全に包囲された八方塞がりの孤立状態。

 

 味方の被害は10名中、戦死者1名、戦闘不能の負傷者2名、戦闘可能な負傷者3名、他も擦過射創などで出血し、全員何等かの傷を負っている。

 隙を見て手薄な所から退避するにしても、身重の負傷者を連れながら逃げ切るのは困難であり、できれば戦死した仲間の遺体も放置したくはない。


 司令部へ即応部隊の応援要請はしているものの、到着するまでの時間をこの場で耐えなければならなく、持ち堪えられるかどうかも危うい。


 特に厄介なのが後方約70m程に位置する真四角二階建て、要塞トーチカモドキの家屋からの攻撃。

 この建物には、最も多く敵兵が潜んでいるようで最も攻撃が激しい。

 それに対し、こちら側は残りの弾数も少なくジリ貧状態だ。


 まさに、風前の灯火。絶対絶命的な状況に陥っているのだ。

 

 このレッドアラート、ガン鳴りの状況に起死回生の一手を打つべく、トオルは覚悟を決める。

 

 それは自己犠牲や、それによる英雄願望などの高尚なものでは無い。


 ──まだ、死にたくない。


 そう、それは極々自然でシンプルな生存本能と防衛本能から起因するもの。


「あーっと、М4と残りのマガジン置いていくんで、少ないっすけど使ってください」

「はっ? いやいや、クレイン、お前どうやって戦うんだ!?んな意気込んで、最初で最後の、出オチ一発ギャグなんか見たくねーぞ!!」

 

「あー、‶これで〟行きます」


 トオルは、腰のヒップホルスターに差してある9mmハンドガン【ベレッタМ9】をポンポンと軽く叩きながら、さもないと言った感じでそう答える。

 

「は? いや、あんた!この銃弾の嵐の中9mm弾で、あれだけの敵をどうやって相手にすんのよ!?」

「あー、まぁ機動性の問題っすね。あのボロ屋の中は結構狭いと思うんで、ソロでの【CQB】か【CQC】での戦闘だと、M4じゃ、ちと取り回しに支障が出ると思うんすよ」


【CQB】(クロースクォーターバトル)とは、近距離戦闘の意味で、建物内などの狭隘な場所3~30mでの戦闘を指し、更なる近接戦闘は【CQC】(クロースクォーターコンバット)と呼ぶ。


「お前、シールズやデルタとかの特殊部隊コマンドーじゃあるまいし、それ…できるのか?」

「まぁなんとか。あー、あと、そのスモーク頂きますね。……それじゃあ集中するんで邪魔しないようお願いします」


 ポン!……ボン!


 ポン!……ボン!


 他の兵士からスモークグレネードを受け取り、ハンヴィートーチカの前方、瓦礫バリケード側と、後方、目標建物側に各2つずつ、屈んだ状態で放り投げる。

 そして軽い爆発音と共に、周囲に煙幕が立ち込め、敵の視界を遮り攪乱させる。


 ──今なら‶開放〟していいよな?


 トオルは過去、ギャングらとのいざこざで少々本気を出した際に、相手は死傷してしまった。しかも、複数の人間をだ。

 相手は銃器を所持していたのもあるが、殺傷するつもりは無かった。


 それ以来、「この力は非常に危険である」と深く封印し、手加減を心掛けるようにしていた。


 だが、血反吐を吐くほど鍛錬しガリガリに精神を削って会得した「その力」を、何の気兼ねもなく十全に振るえる機会と場所をトオルは常に求めていた。

 

 そう、ここはTHE戦場。これ以上のお膳立ては無い。

 まさに打ってつけの大舞台。


 世界最高の軍事力を備えたアメリカ合衆国。その最強国家から与えられた「責務」と言う後ろ盾も大義名分もある。


 もう、何も遠慮する必要も手加減する必要も無い。


 さあ、花道は整った。


 その思いを存分に開放しよう、今がその時だ。



 そして、トオルはゆっくりと瞳を閉じ、額から胸に掛けて十字を切り、祈りのことばを唱える。


「天に召する、我が主よ」


「おいおい!こんな時に神頼みかよ!」

「黙れ、バックス!こいつのルーティンだ!邪魔するな!」

 

「我が敵をことごとく滅する力と、我が同胞を守護すべく祝福を与え給え、そして、これから討ち滅ぼされる哀れなる魂を、彼らの信ずる神の身元へ、灰は灰へ、塵は塵へと、然るべき場所へ送り給え」


 そう祈りの詞を唱えると、その瞳は鋭く開かれ、眼光が帯を引いて強さを増す。


 グローブ内のその両手の【聖痕スティグマ】は、濃く色づいたのちに淡い光を放ち始めた。


 深い呼吸と共に吸い込まれた大気は、肺から全身を巡り、体内の各機関に酸素を供給しつつ濾過ろかされ、純度の高い『霊素』として精製。

 その、高純度の『霊素』は、へそ下の「丹田」へと供給されて集約する。

 それを圧縮して燃焼され、爆発的な『気』と言う名の、生命にとって非常に有効な高エネルギーへと変換。

 この仕組みは、車などのエンジンの燃焼サイクルのメカニズムや、インバータのような電源回路の作用に似ている。


 その変換された高エネルギーは『闘気』として各神経、血管等、あらゆる伝達、循環ネットワークシステムを使い、必要に応じて身体の各機関の補助と強化が促される。

 

 更にその『闘気』は【聖痕スティグマ】の恩恵により、高密度に圧縮され、ターボチャージャーのように循環速度を加速させる。

 

 脳内では、前頭葉に備わる運動制御機能リミッターが解除。高次運動野が活性化。アドレナリンの上昇に伴い、脳内麻薬エンドルフィンが分泌して高揚感が増す。同時に不必要な感情と身体の疲労感と痛覚を遮断。


 そして、潤沢とした『闘気』に満たされた血流が加速し、心肺機能が劇的に向上する。

 意識は深い集中状態の『ゾーン状態』へと推移。某超絶ヒット漫画での言葉を借りるなら『全集中』状態。 

 

 この状態は危機状況レベルレッドに置ける、敵の完全滅殺を目的とした手加減一切無し。トオルにとっては初の完全戦闘モード。

 


「エイメン!」

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