第10話 ブートキャンプ
サウスカロライナ州、アメリカ海兵隊
サウスカロライナ州は、アメリカ合衆国の南東部を構成する州である。
その南部に位置するニューフォート群、ポートロイヤル内にある、8,095エーカー(37.76㎢)の軍事施設に海兵隊の新兵訓練所が置かれている。
ここリクルートデポ、パリスアイランドでは、毎年約1万7千人の新兵が訓練を受けている。
アメリカの永住権があれば、日本人でも入隊が可能。実際にアメリカ軍には、多くのアメリカ国籍の日本人が在籍している。
アメリカ軍、海兵隊の志願者訓練所は2か所あり、もう1か所はカリフォルニア州サンディエゴに置かれている。
訓練所では男女ともに同様の訓練を受け、合同で行われる場合もあるが、基本的には男女別で訓練は実地されている。
入隊者練兵訓練、
因みに陸軍では「ベーシックコンバットトレーニング」。
空軍では「ベーシックミリタリートレーニング」。
沿岸警備隊では「ベーシックトレーニング」と呼ばれる。
海兵隊の入隊教育期間は約13週間に及び、4軍の中で最も長く苛烈極まり、一度の訓練期間で4000人以上。1グループ、1小隊規模(約50人)の人数に分けられ訓練は行われる。
ついて来れない者は、問答無用で容赦なく一般社会に戻される。その苛烈な練兵訓練を乗り越えた者だけが、「Мarine(海兵)」を名乗ることを許されるのだ。
「よーし! 腐った蛆虫のクソ以下の
「「「常に忠誠を!! 誇り高き少数精鋭!! 一度なったら常に海兵!!」」」
「よろしい! 一度海兵隊に入隊したなら、除隊しようとも一生海兵隊としての誇りを失わず、アメリカ国民の模範となれ!! いいな!!」
「「「アイ!イエッサー!!」」」
「おい! そこのヨチヨチ歩きのベイビーキッズ! ここは託児所じゃないのは分かっているな!!」
「アイ、イエッサー!!」
新兵訓練に当たり丸刈りにされ、迷彩服に八角帽のマリンキャップ姿の少年は、175cmは有るもの、日本人の血が流れているせいか童顔である為、周りに並ぶ同世代と比べると幼く見えた。
訓練教官である教練軍曹が各新兵の容姿を窺う中、何かアンテナに引っかかったようで、少年はイジりターゲットにされる。
「よーし! ベイビーキッズ! 貴様の名前はなんだー!?」
「アイ!‶トオル、クガ、クレイン〟であります!サー!!」
(あーこういうの分かっていたけど、うぜーな。こいつボコりてー)
「トール? 北欧神話の神の名を語るか!ずいぶん仰々しい名を付けられたようだなー!」
「イエッサー!!」
(んな雷神様じゃねーよ。「トオル」だよ!イントネーションが違うっての!)
「それとクガ? その顔立ち…日本人…ハーフか? それで貴様はアメリカ人か!?
日本人か!? どちらだ!?」
「アイ! 生まれも育ちもアメリカ人であります! もちろん生きるも死ぬもアメリカで! 合衆国の為に遂げるつもりです!サー!」
「ふん、心意気はよろしい! しかし貴様のような小便臭いベイビーが親御さんはよく入隊を許可してくれたなー! 何と言って説得したんだ!?」
(あー、そう言うイジリ質問してくるわけね。めんどくせーな)
「……ノーサー!」
「あん? 言いたくないのか? 貴様らクソ虫に秘匿事項は勿論、プライベートも無いぞ! 命令だ 答えろ!」
(なんだ? 蛆虫のクソ以下からもうクソ虫に進化したのか?)
「……父母は共に亡くなりこの世にはいませんサー!」
「……二人ともか?…事故か? 原因はなんだ? 言ってみろ!」
(クソ、普通の奴ならデリケートな部分にグイグイ来るなこのハゲ)
「……9.11です サー!」
「……テロ攻撃でか? マンハッタンか、ペンタゴンか、それともピッツバーグか、どこでだ?」
「マンハッタンであります サー!」
「……ふむ、まあいい。クレイン、貴様のような奴は軍にはいくらでもいる!
自分だけが不幸だと思うなよ!!」
「アイ、イエッサー!!」
(なんだこのハゲ? ハゲだけにハゲましてくれてんのか? うぜーけど根はいい奴なのか?)
「よーし!よく聞けお嬢ちゃん達!! 貴様らがどこの誰であろうとここでは関係ない! 蛆虫のクソ以下だ! ここを出るまでには、少なくとも便所虫程度にはなっておけ! いいな!!」
「「「アイ!!イエッサー!!!」」」
こう言った教官の罵倒はまだ全然序の口だ。
酷い時はたった一人に対して4、5人の教官が囲み、あらゆる罵詈雑言を並べて、人の尊厳など徹底的に踏みにじる訓練なども行われる。
戦場では怒号が飛び交い、敵からは不倶戴天の仇が如く、殺意マックスの言葉と同時に物理的にも襲い掛かってくる。
そのような生きるか死ぬかの状況下、言葉一つで一々委縮してはお話にならないと言う事で、新兵には当然 必須事項の精神鍛錬の訓練である。
こうして、その過酷さでも知られる約13週間に及ぶ入隊者の練兵訓練が始まった。
入隊前の生活環境とは、余りにもかけ離れたその過酷さに耐え切れず、ついて来れない者、逃げだす者、辞退する者が後を絶たない。
「100m走、クレイン! 記録……んっ!んんんんんんんん、うんー?……
8.29秒??? ギネス記録って何秒だったかな…?」
「1500m走、クレイン、記録……んー?んんえーと?うん?んー?……
2分33秒???」
「垂直跳び、クレイン、記録……うむ!うんうんうんうん?うんんん?……
220cm???」
「走高跳、クレイン、記録……おお!お?おうおうおうおう?おおう?……
3.25m???」
「走幅跳、クレイン、記録……ほう!ほうほう?ほよほよよ?ほよよ?……
11.63m???」
「硬式野球ボールでの遠投距離……んーーーーーーーんっ?226m???」
「握力、201kg? 背筋力、468kg? ベンチプレスが520kg?
……えぇぇぇ…」
各新兵の基本体力テストの際に、珍妙な記録数値をポコポコと量産するトオルに、教官らも首を傾げ珍妙な表情を量産する。そして、なぜかトオルも首を傾げる。
体型的に見ても、ハルクじみた巨漢のボスゴリマッチョならまだしも、割とコンパクトな筋肉質体型だ。とてもじゃないが、こんな記録を出せる身体には見えない。
(あー、なるほどねー。少しだけ
周囲の奇異を見るような視線も知ったことか。トオルは、この機会を利用して自らの基本性能を検証していた。
それと、何やらまだ‶上の領域〟があるのを隠しているようであった。
「おいおい!ダメだダメダメ!! その障害物はそんな勢いで、ひょいひょい、ぴょんぴょん越えられるもんじゃない! お前はニンジャか!!」
だが、この時点ですでに人種の運動レベルを超えていることなど、自重加減が怪しい若干天然ぎみのトオルはまだ認識していなかった。
余りにストイックな自身の向上が主となっていたが為、世間一般的な人間の運動能力の基準値を把握していなかったのだ。
新兵訓練の朝はクっソ早い。
公式では
(午前3時30分)には起きなければならない。ほぼ、まだ深夜だ。
各兵舎の寝所にはスチール製の2段ベットが並び、新兵たちは飛び起きるようにして、まず向かうのはヘッド(トイレ)だ。
約50人で6つのトイレと歯磨き等やらで洗面所の争奪戦。
「ライト!ライト!ライト!!」
0400時と同時に、夜間警備担当が怒号のような叫びを上げながら、照明のスイッチをオンにしていく。
それから0401、新兵らは着替えを始め、0415には兵舎の清掃。
0430にはまだ夜が明けてない暗い中、外に出て整列&行進を行う。
0500 朝食。食事後も休みは無く基礎体力訓練。
0600 各軍事に関する学科授業。
0900 授業は終わり、1時間後の昼食までの間に再び各種訓練。
ここまででもかなりキツい!
そして1100、海兵隊マーシャルアーツプログラム 格闘訓練が行われる。
「よし!そこまでだ!クレイン!」
一瞬で相手をテイクダウン。倒れた対戦相手をマウントポジションで顔面前で拳を寸止めをするトオル。勿論かなり手加減をしている。
当然であろう。彼は今までニューヨークの地下試合で相手していたのは、表のプロの格闘試合で、危険すぎて出場禁止処分をくらったイカれた猛者ばかりだ。
そんな怪物たちを相手に、僅か13から16歳の年齢で3年間無敗のまま勝ち続けてきたのだ。入隊したての未熟な一般新兵では当然太刀打ちできるはずもない。
「貴様、入隊前に何かやっていたな?」
「はい、総合格闘技をやっていました、サー」
(まぁ、他もやってたけど全部言う必要は無いだろう)
「ふむ、素晴らしい。よし!貴様に任命する! 今日から格闘訓練、特別教練教官として他の新兵を鍛えてやれ!」
(え? ええぇぇえ…めんどくせえぇ……)
「返事はどうした!?」
「……アイ!不肖ながらその任、有難く受けさせて頂きます!サー」
「うむ、よろしい」
トオルの格闘能力は、明らかに新兵レベルを逸脱しており「MCMAP(海兵隊マーシャルアーツプログラム)」や「サイレントキリング」などの軍隊近接格闘術も、早々に習得するのであった。
ナイフ術などの刃物を使用した近接術に於いても、教官ですら敵わないほどの圧倒的なレベルである為、当然周りからも一目置かれる存在となっていた。
体力面でも人間離れした身体能力と、異常なレベルとも言える強靭なフィジカルを当の本人は無自覚ながら、周りにまざまざと見せつけるのであった。
1500 兵舎に戻り、寝所等に整列させられ、各新兵一人一人に教官らの激しい言葉の暴力による徹底的な精神鍛錬の訓練が行われる。中には泣き出す者も出て来る始末だ。
更に稀であるが、顔を赤らめ、恍惚とした表情でおかわりを要求する者もおり、その者にとっては、むしろご褒美となってしまった訓練のようであった。
1700 夕食。一日の過酷な訓練で、心身共に疲労困憊の状態であったが、この辺りから少々気が楽になる。
1800 新兵一斉に極めてクソ短い時間のシャワータイム。
「なんだあいつの身体は? どうやって鍛えたらあんな身体が出来上がるんだよ?」
「それと、あの背中のタトゥ……」
今まで軍服で見えなかったが、とても入隊したてとは思えない。トオルの鍛え抜かれた体つきに、他の新兵らは畏怖とも言える驚きの表情を見せる。
ジムなどで造り上げたものではない、 まるでギリシャ彫刻のような一切無駄の無い筋肉は神々しく見えるほどであった。
それと、胸にはシンプルな意匠のラテンクロスの十字架タトゥ。
特に目を引いたのは、その背中に刻まれたタトゥ。
近代版の天使か戦の女神とも言うべきか、その背に2対の翼を広げ、古代ギリシャのペプロス、キトン衣装に弾倉ベルトを斜め掛けした女神が描かれている。
その右手には聖剣を掲げ、左手にはストーナー63軽機関銃を携えている。
足元には、ラテン語で「Si vis pacem, para bellum」(汝平和を欲さば、戦への備えをせよ)と背中に刻まれていた。
因みに、7.65x21mmと9x19mm「パラベラム」弾の語源は、この格言から来ており「Parabellum」その訳は「戦に備えよ」だ。
そして、クソ短いシャワー後1806時、入所時に新兵各自に渡されていたアサルトライフルのメンテナンス。
1900、就寝時間2000までの1時間、ここでようやくフリータイムで、新兵たちの数少ない唯一の憩いの時間である。
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