第9話 ハア ビバノンノン
父母の葬儀から翌月の10月、アメリカ軍はイスラム系過激派テロ組織アルカイダと、その指導者を庇護するアフガニスタンへと侵攻を始め、憎きテロ組織への報復攻撃が開始された。
この侵攻は、ユナイテッド航空93便の乗客達がテロリストに反撃した際に「Let's Roll」(おるぁ!やったれー!皆でボコれ!)の合図の言葉をスローガンに用いられた。
そして、この戦いで当時政権を握っていたタリバンを退陣させるも、2021年再び政権を奪取し、大人の諸事情でアメリカ軍が完全撤退するまで、約20年近くにも及び戦いは続いた。
これまでの国家同士が争う戦争から様相が変わり、資本も国土も持たない相手が敵なのだ。これが世に言う対テロ戦争である。
それからトオルは妙なスイッチが入ったようで、多種の武道、武術に手をつけ励み、それでも足らずか、何やら危険なスポーツにも取り組んでいた。
そうして、己を磨く日々を続けるうちに少年は成長し、成長派生が大人の人間から外れ、おかしな方向へと進化派生していった。
どうやら9.11事件は、起こしてはならない眠れる竜の子を揺り起こしてしまった事件となったようだ。
その獰猛な牙を振るうべく、野に放たれる日を今か今かと、着々とその力が日々磨かれていったのであった。
そして、トオルが15歳の年に、育ての父でもあった愛する祖父が病で倒れ、その翌年、祖母が後を追うように他界した。
『ごめんなさいね、トオル…こんなにも早く貴方から離れることになって…』
『ハハハハ!大丈夫だトオル、お前は強い!いや、むしろエグい!だから私たちがいなくても必ず立派に生きていけることだろう!』
ニュージャージー州にある、とある墓地にて生前と同じ姿で、同じ陽だまりのような笑顔で自らの墓石前に並び立つ祖父母。
その身体は、穏やかな光に包まれ半透明。向こうの景色が透けて見えている。
それは、霊となった祖父母であった。
トオルは、幼い頃から度々このような体験をしてきたが、‶危険なもの〟ではない限り見ようと思わなければ見ることは無い。
‶面倒臭い事〟になる場合があるからだ。
「……笑えねーよ…つうか、エグイってなんだ…それよりまだ、父さんと母さんに自慢できるほど、強くも立派にもなってねーだろ……」
戦うと決意した日からトオル少年は、日々鍛錬に勤しみ、あの幼く弱々しい身体は見違えるほど逞しく成長していた。
祖父も想定外の領域にまで達していたのだが、トオルにとっては納得できるレベルではない。
『大丈夫よトオル。私たちは貴方がこれまで、どれだけ頑張ってきたのかはしっかり見ていたわ、自信を持ってちょうだい。けど、常に謙虚さは忘れずにね』
『そうだぞ!お前の格闘の技はどれも実に見事だ!カポエイラとアマレス、モンゴル相撲にビーチバレー、あれは凄かったぞ!それとモンゴル相撲だったかな?』
「……いや、そんな格闘技どれもやってねーから。モンゴル相撲2回言ってるし、ビーチバレーとか球技だし、やったこともねーよ」
トオルの学んだ格闘技は、総合格闘技からの流れで古式柔術を始め、加えて中国武術にも触れ、徒手拳だけではなく剣術、槍術など武具を使用した武術も学んでいた。
それらの武術を纏めて、競技や興行用ではない、より実戦的で多種多様な局面に対応できる独自の格闘スタイルの流派を確立していた。
それらに加えて趣味でパルクールを嗜み、結構無茶なアクロバティックに挑戦する為、怪我が絶えなく度々祖父母を困らせていたが、抜群の運動性能をこれにて身につけていた。
腕試しと称じ、祖父母には秘密裏で度々赴いた先は、お隣ニューヨーク、ブロンクス区ブギダウン、サウスブロンクス地区。
そこで地元古参、有力マフィア主催の非公式の荒っぽいルールで行われる、地下格闘技試合に参加し、今だにその無敗記録は更新中。
古代ローマのグラディエーターの如く猛獣らとの対戦もあったが、その猛獣らを「うぉよしゃしゃしゃ!」と撫でまくり、襲い掛かって来るどころか懐いてしまって試合?どころでは無かったという。
トオルは、日本の某動物王国のなんちゃらゴロウさんの如く、動物、モフモフ大好きっ子、懐かれ体質であったのだ。
元々物騒な地区なだけに、何かと銃器所持のお怖い連中となんやかんやとトラブルが多く、その際に敵対した若いギャング組織のリーダー、幹部などを殺めてしまっているが、もちろん正当防衛だ。
その辺りを切り取っても結構な物語ができてしまうが、それはこの物語とは別の 些細なお話である。
『あら、そろそろお迎えの時間かしらねぇ』
祖母の霊がそう言うと、二人の背後に黄金色の光に輝く、神々しく大きく荘厳な門扉が、緩やかにその神秘的な光景を露わにする。
いわゆる【ヘブンズゲート】と言われるものだ。
『では、私たちは一足早くお前の両親の元へ旅立つとするが、決してその力に奢ることなく、お前はお前の道をしっかりと歩むんだ』
「……ああ、父さんと母さんに、よろしく言っておいてくれ」
すると、金色の光の門が緩やかに開いてゆく。その先には金色の黄昏のような空が広がり、幾つもの光の柱が天から降り注いでいた。
その光の柱を縫うように、美しく青みを帯びた青白磁の階段が、遥か天空へと向かってどこまでも続いている。
『それじゃあ、私たちは行くわねトオル。当分逢えないと思うけど、
「…ああ、ばあさんこそ、死人に言うのもあれだが元気でな。まぁ、近いうちに戦場に赴くんだ…もしもの時はまたよろしくな」
『ダイジョウブダ~。お前のその両手には神の恩寵が宿っているんだ!主の加護が必ずお前を守ってくれる!』
「ん?何で日本語が?……まぁいい…、神が何で俺にこんなものを付けてくれたのか分からないが、とりあえずは世話になっとくよ、じいさん」
若干、妙なモノマネが入ったが、感無量と言った表情で一つ頷き、祖父母二人の霊は、ゆっくりとこれまでの人生を噛み締めるように『ヘブンズゲート』に向かって歩みだす。
『それじゃあ、さようならトオル、いつかまた逢いましょうね。ちゃんと歯は磨きなさいよ』
「ああ分かってるよ、ガキじゃあるまいし」
『遠くから、家族みんなで見ているからなトオル!ババンバ バンバンバン! しっかり勉強するんだぞ!』
「ああ、いや、ハイスクールは中退す…まぁ学ぶことは色々あるか、つうかあんまし見るなよ」
『ババンバ バンバンバン! ちゃんと寝なさいよ!』
「寝るなって言われてもガッツリ寝るよ、つうかなんだそれ?」
『『ハァ ビバノンノン!!』』
「やかましい!!」
祖父母は、義理の娘の日本人であった母の影響で日本のお笑い番組をよく見ていたようで、某レジェンドコント番組のエンディング風に、最愛の孫へ最期の手向けの言葉を紡ぐ。
門の境目で二人は一旦立ち止まり、右手人差し指を伸ばし腕を掲げる。
なんの士気を高めてるのか、言葉に合わせ上下させながら叫び唱和する。
『逝くぞおおおおおおおお!!1! 2! 3!!』
『『だっふんだあああああああああああ!!!』』
「とっとと逝けや!!」
何やら景気が付いたようで、ぴょーんと祖父母二人は手を繋ぎながら、勢いよく門の中に入っていく。
二人が門に入ると、緩やかに金色に輝く光の門扉は、ゴゴゴと重厚な音を立て閉じてゆく。
祖父母は、もう二度と振り返ることは無かった。ゆっくりと、そしてしっかりとした足取りで、青白磁の階段を踏み締めるように上り始める。
その閉まり切る扉の隙間から見えるのは……。
『『気合いだ!気合いだ!気合いだ!気合いだ!気合いだ!おい!おい!おい!おい!おいぃぃ!!よっしゃあああ!!』
『『ウハハハハ!!ウェエエエイ!!』』
祖父母二人の霊は、何やらアニマルな気合いでテンション爆上げ状態だ。
更に、アメリカ人らしいパリピなノリで、ハイタッチ、グータッチ、拳横を上下合わせから手組み、掌、手の甲合わせから、互いに五指をピラピラさせている。
「元気すぎだろ」
トオルは理解している。祖父母はしみったれたお涙ちょうだいの別れにしたくは無いのだ。1人残される最愛の孫へ、祖父母なりの精一杯の思いやりと最期のはなむけであろう。
そして、ヘブンズゲートは完全に閉じ、スゥっと緩やかにその光は小さくなり消えていった。
「じいさん、ばあさん、俺をここまで育ててくれて、ありがとうな……」
亡き祖父母の墓前に感謝の言葉を捧げ、ただ一人背中を震わせ佇むトオルは
「泣くのはこれで最後…」と深く心に誓った。
その後、トオルは、亡き父によく似た叔父宅の家族の許で世話になるも、翌年にハイスクールを中退し、その家を旅立つことにした。
叔父家族たちからも惜しまれつつ、
因みに、トオルとの別れを最も惜しんだのは、その叔父宅で飼われていた大型モフモフのピレネー犬だ。
家族に必死に抑えられ何とか離れられたものの、トオルがいなくなった後、数日の間、鳴き吠えまくり非常に困らせていたと言う。
そして、満を持してトオルは、17歳の誕生日と同日。
別名「殴り込み屋」アメリカ軍海兵隊へと、長らく念願としていた志願入隊をするのであった。
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