第1章 海兵隊新兵編
第8話 9・11
2001年9月11日 火曜日 世界に激震が走った。
そのオフィスビル集合体は、アメリカ合衆国ニューヨーク市、マンハッタン区、ロウアーマンハッタンに位置していた。
完成時は、世界一の高さを誇る110階建てのツインタワーを中核に、7つのビルで構成されていた。その中核であり、ニューヨーク市のシンボルとなっていたツインタワーの設計主任は、アメリカ国籍だが日本人である。
歴史に深く刻んだであろう、その名は──
ワールドトレードセンター。
午前8時46分、ツインタワーの北棟ノースタワー93から99階部にアメリカン航空11便が衝突。
当初は大災害とも言える大事故であると、その光景を目の当たりにした市民らは誰しもがそう思った。
その後に続く午前9時2分59秒、今度は南棟サウスタワー77から85階部にユナイテッド航空175便が衝突。
こんな極めて稀な偶然の大事故が、隣接して立て続けに起こるわけが無い。
明らかに意図的な故意によるもの。
もう、これは疑いの余地が無い「テロ攻撃」であるのだと人々は確信する。
だが、テロ攻撃の手はここだけでは収まらなかった。
その僅か後、午前9時38分バージニア州、アーリントン、アメリカ国防総省、通称ペンタゴンにアメリカン航空77便が墜落。
世界警察と称され、軍事力世界一を誇るアメリカ合衆国の本丸とも言える軍の総指揮中枢部への直接攻撃は、設立以来初の出来事であろう。
それを、国土も持たぬ一組織がやってのけたのだ。
これは国家の防衛の威信、沽券に係わる由々しき事態。
続く、ワシントンDCへと向かったユナイテッド航空93便。
目標はホワイトハウスか、合衆国議会議事堂が推測されていた。
だが勇敢な乗員、乗客達によって阻止されたものの午前10時06分、ペンシルバニア州ピッツバーグ郊外、シャンクスビルに墜落。
この墜落によって、日本人1人を含むテロリスト4人諸共、搭乗者37人全員が帰らぬ人となった。
この大規模テロ攻撃は、いずれもイスラム系過激派テロ組織「アルカイダ」のテロリスト19人によって行われた犯行。
その手段は、4機の旅客航空機をハイジャックし、テロリスト自らも含み大勢の乗員乗客を巻き込む、自爆テロ攻撃。
その目的は、国家を運営する上での大原則、アメリカ合衆国の政治、国防、経済の中枢部に大打撃を撃つべく、綿密な計画を基に目論んだ「宣戦布告」の大テロ攻撃。
この衝撃的な事件は「アメリカ同時多発テロ事件」「9.11テロ事件」とも呼ばれた。このテロ攻撃によって日本人も含む、数多くの犠牲者が出た歴史に深く刻まれる大事件であったのは周知の事実であろう。
当時報道された大きな火災と崩壊してゆくツインタワーの映像は、世界中に多くの衝撃と悲劇、そしてテロへの脅威をまざまざと見せつけられた光景であった。
その同時刻、ニューヨークと隣接、ニュージャージー州。
とある少年は、その映像を祖父母と共に目にし、衝撃と大きな悲しみに打ち拉がれていた。
「ママ……ダディ……」
その少年は大粒の涙を零し、崩れ落ちてゆくツインタワーの北棟ノースタワーの映像をその目に焼き付けるかのように、瞬きをするのも忘れ見つめていた。
まだ10代にも満たないであろう、その幼い少年は天然のグレー系ウルフアッシュヘアーに琥珀色の瞳。アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれた
その両親はテロ攻撃によって、現在崩壊しているノースタワーの航空機が激突した階層のオフィスに勤務していた。
幼いながらも、父母はもう帰らぬことは理解し、強い悲しみと消失感に襲われている。
目を閉じ思い返すのは、母の太陽ような
父の大地に包み込まれるような大きな背中と、大空に見守られてるかのような、どこまでも深い愛情と安心感。
だがそれは、どんなに手を伸ばそうと届かない。もう触れることさえ叶わない、記憶の中だけの消え入りそうな儚い篝火。
少年は、か弱く細いその首に掛けている銀のロザリオを、胸元で強く両手で握っていた。そのロザリオを握る両手の甲には、杭で打たれたかのような傷跡が薄らと浮かんでいる。
その「スティグマ」と呼ばれる傷跡は、まだ物心がつくかつかないかの頃に、カトリック教会で洗礼を受けたその翌日に現れた現象。
それを機に、少年は度々奇妙なものを目にするようになったが、母もどうやら‶見える〟人だったらしく、その対処方を教えてくれた。
だが、その恩恵も大きく、病弱だった身体は一切患わうことなくなり、怪我を負っても異常とも言える速度で回復し、尚且つ痕一つ残らないようになった。
「……ねぇトオル。貴方のダディとママは、ほんの少し遠い所に行っただけ…しばらくは逢えないけど…いつか……きっと、必ず逢えるわ」
「私たちの方が……早く逢うと思うが、ちゃんとお前のことは伝えておく。お前たちの子は誰よりも強く、賢く立派に育った自慢の孫だったとな」
「グランパ…グランマ…大丈夫だよ。僕…ずっとずっと、強くなる…から…もう泣かないで」
祖父母にとっても実の我が子を失ったのだ、その悲しみは計りしれないだろう。その頬を伝う滂沱の涙を誰も止めることはできない。どんな言葉を掛けても今は空虚なだけ。
今はただ、我が子が残した唯一無二の‶宝物〟を強く胸に抱きしめることだけが、たった一つの慰めであり救い。
その数日後。父母の葬儀の際に「トオル」と呼ばれる少年は、何度拭おうとも零れる涙を必死に噛み締め、その胸に決意の火を灯す。
「僕、戦うよ!今は、まだちっちゃくて弱いけど、大きくなったら誰にも負けない強い戦士になるよ!」
トオルは、今はまだ幼くともその眼には強い光を宿し、小さな、とても小さな宣戦布告を告げる。
そんな幼き小さな戦士の決意表明に、祖父は穏やかな表情でトオルの頭にやさしくその大きな手を乗せる。
「……そうか、トオル。お前の父はビジネスマンだったが、軍人であった私の血はしっかり流れているようだな…」
祖父は元軍人。陸軍特殊部隊『グリーンベレー』指揮官の経歴を持つ歴戦の猛者。
その精鋭であった祖父のベトナム戦争時の武勇伝を、トオルは目を輝かせて、何度も聞かされていた。
祖父は腰を落とししゃがみ、その屈強そうな大きな身体をトオルの目線に合わせる。
「よし、分かったトオル!明日から私がみっちりお前を鍛えてやるからな!
覚悟するんだぞ!」
「うん!!頼むよグランパ!!」
「うんではない!こういう時の返事はイエッサーだ!敬礼も忘れるなよ!」
「い、イエッサー!!」
その小さな可愛らしい敬礼に、祖父も満面の笑顔で敬礼を合わせる。
「フフフ、……けど大丈夫かしら…」
そんな微笑ましい光景を、そばで心配しつつもやさしく見守る祖母であった。
「ハハハ!よろしい!そういえば、家の近くに総合格闘技のジムがあったな、行ってみるかトオル!」
「イエッサー!」
「よし、決まりだ!ジムに通いつつ私の訓練を受けるという流れだ!明日から起床は
「う、うえぇえ」
「うええではない!返事は?」
「い、イエッサー!!」
「ハハハ!よろしい!」
その翌日からトオルは、祖父の厳しくも愛情に満ちた訓練と格闘技ジムに通い、鍛錬に励む日々を送るのであった。
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