第7話 エイメン


「あいつら……‶ガキ〟を探してるだけだったんだ…自分らのな」

 

 トールは、種は違えど彼らにとっては残酷過ぎるとも言える現状に、やり切れないと言った表情で呻くように告げる。

 

 どれほどの時を掛けて、何処をどれだけ探そうとこの地球上では、彼らは我が子と再会することは叶わない。

 自分らの意思とは関係なく別世界へ足を踏み入れてしまった彼らは、もうどんなに願い呼応し渇望しても元の世界には帰れないのだ……。

 

 幸いと言えば、彼らの子は今も遠い世界にある広大な大自然の森の中で、幼くとも強く生きてるに違いないだろう、そう願わずにはいられない。


「………!」


 リディは目を見開き絶句するも、すぐさま目を細めトールを冷淡な眼差しで見つめる。


 森人エルフにとってボア種は狩りの対象だ。確かに彼らの心情を思えば、理解できるし同情もするが、自然の掟の中で生きる以上、どんな事態であろうと受け入れざるを得ない。

 それが例え我が子と離れ離れになり、別世界で尚且つ自分らの命が風前の灯火であったとしてもだ。


 情にほだされていては、過酷な自然界では生きては行けない。それが自然の掟であり摂理でもあるのだ。

 

 地球に迷い込んである程度の時を過ごして来たリディも、そう言った地球人の種の垣根を超えた情に熱い部分は、理解もあり敬意も抱いている。

 トールと共に過ごす日も多々あった為、彼が動物に対して並々ならぬ情を抱き、『テイマー』の高い素質を垣間見る瞬間を、度々目にしてきた故に、その気持ちも理解できる。

 

 だが、それが戦士としてならば……。


「──甘すぎるわね 蜂蜜に砂糖を掛けるが如しだわ」


 リディは冷ややかな眼で、冷淡にそう言い放つ。


「あークソ、分かってるよ!んな眼で見んな!悪いがあいつらが平穏に暮らしていける所はこの世界には無い!」


 髪をガシガシしながら覚悟を決めたトールは、余計な感情は殴り捨て、どこか気が抜けた表情から眼に力が宿り、戦士の顔へと変貌し戦闘モードへと移行してゆく。

 

(──ん、それでいい。クソイケメンよ。)

 

 例え彼らが人畜無害な動物だったとしても共存は不可能。学者、研究者に権力者、多くの無慈悲な好奇心が、何処へ行こうと彼らを求めて追い続けるだろう。

 人はその好奇から生まれる探求心で、どれだけ研究、検証と言う名の虐殺を繰り返して来たのだろうか、それが例え人類の進歩の為であろうと行ってきた事は事実だ。


 しかし、無自覚ながらも多くの人命が奪われた以上、情状酌量の余地も無く、彼らの辿る道は言うまでも無いであろう。


「リディ、情報を頼む、作戦開始だ」

「分かった!……標的まで距離460、角度14、風速は南東6、出力は50%に抑えとくわね」


 魔術の一種なのか、リディは距離計も無しで僅かに光る超便利なライトグリーンの瞳で、狙撃に必要なターゲットまでの情報をトールに伝える。

 トールはライフルを構えスコープのレティクル、十字ラインの中心を目標である巨猪ボア・グランデの額部分に合わせる。

 

「オーケー!精霊術の方を頼む!」


「了解。術式メインルーチン起動展開、プロトコルコード エレメンタル」


 透かさずリディはトールの背後に立ち両腕を伸ばし、彼の背中に両手をかざし詠唱を始めると、その瞳と同系色の幾重の光のサークルと幾何学模様を組み合わせたものが現れ、複雑に動き始める。

 

「インタプリタ実行、顕現ソースコード シルフェ カテゴリー リーンフォースメント…発動レベル2【霊銃 破城矛閃ヴェント・リンフォーゾ】」


 そう唱えると緑光の術式陣が完成。彼女の身体に向けて周囲から風が集まりだし、そこからトールを伝い集束。銃身部から銃口わずか先に掛けて包み込むように螺旋状に高速回転する。 


 キュイイイイイイン!


 その回転は音速を超え、大気との摩擦により大きく加熱され、銃口先が赤から青へと螺旋状に強く発光していき周囲の温度が上がる。


 リディが行使した術式は、銃の構造から地球にて編み出した【精霊術】と呼ばれる魔術による強化付与の一種のようだ。

 その効果は銃身バレル内部、螺旋溝状のライフリングから生み出される銃弾の加速、回転力を術式により更に向上させて直進性を高めるものだ。その威力は発動レベルによって上昇変化する。


 通常であればスポッターからの情報を元に、着弾地点とレティクルの中心を合わせる「ゼロイン調整」が必要になるが、特殊50口径のスペックと術の効果により今回は必要無い。

  

 トールの両掌に浮かぶ『聖痕スティグマ』が、タトゥのように濃く色づき、淡い光を放つ。

 そして、その左手で顔の前で十字を切る。


「父と子と精霊の御名において、主よ願わくば、哀れなる彼らの魂に救いの手を差し伸べ、灰は灰へ塵は塵へと、彼らが本来在るべき世界へと導き還し給え」

 

 不幸にも遠い異界から招かならざる地へと迷い込んだ彼らに、救済の祈りのことばを捧げ、照準を目標に合わせМ107改のトリガーに指を掛ける。



「エイメン!」


 ドオン!!!

  

 トリガーが引かれ、特殊.50BMG弾の雷管が蹴飛ばされる。薬莢内の爆発によって弾かれた弾頭が、バレル内で旋回運動によるジャイロ回転で加速し射出。

 更に精霊術式によってブーストされた弾頭は、超音速で大気の壁を閃光の如く貫き突き進む。


 これは電磁加速砲ならぬ、高密度の高速風力回転による言わば。

 

 ──風力加速砲『ウインド・レールガン』。


 その爆発的な貫通力を得た弾頭は、巨猪の額を捉え速度衝撃も加わり、分厚く強固な頭骨も容易く砕く。そこから脳を含め、体内をのたうち回りながら進み、腹部を突き抜ける。


 そして、リディの精密な魔力制御で弾丸を纏う高物理エネルギーが霧散。路面に弾痕を残すこと無く、その暴威は急激に力を失う。

 仮に制御されずにその暴威のまま開放されていれば、その爆発的エネルギーは路面を破壊し、周囲にも大きな被害を齎すことになるだろう。

 

 更に使用されたこの特殊加工の弾薬は、射出後に運動停止状態になると、空薬莢も含めて秘匿隠滅の為、自動的に消滅する術式が施されている。

 

「命中。次、右後方470」


 銃内部では発射の反動でボルトが後退し、空薬莢が排莢。同時に弾倉から薬室チャンバーへ次弾が装填される。


 

「彼らに安らかなる眠りを与え給え」

 

 ドオン!!! 

 

「命中……ターゲットダウン、状況終了」


 痛みを感じる間もなく、異世界からの招かざる客は沈黙する。


 




「なあ、リディ……あれって食えるのか?」


「…台無しね」





『『『『WOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』』』』


『Fu,It's a stone's throw, I'll kiss my ass when I meet next time, Cougars.』

⦅フッ、流石だな。今度会ったらケツにでもキスしてやるよ、クーガー⦆

 

「なんか知らんけど、やったど──!!!」と、FBIチーム、SWATチームは勿論、遠くで様子を見守っていた市民らも含め、盛大な勝ち鬨の声を上げる。 

 そして、何処か遠くを眺めながら歯をキラリと不敵に微笑む、ニヒルスマイラー、ナイスお尻フェチミドルガイ。


『ハっ!ど、どうやら終わったようです!最後の方はよく分かりませんが?何とか、あの巨大な怪物の討伐に成功した模様どす!だす!どす!』

 

 放心状態から我に返って、語尾は散らかっているが、慌てて報道魂を奮い立たせる早見に、日本では「あの状況下で最後までよくやった!感動した!」と称賛が止まらない。


「いやいやいやいやいやいやいや、これはヤバすぎでしょ……」

「うわああ!早見さんが尊すぎる!!うわああ!!』

「ちょ、おま、何、号泣してんだ(笑笑)!!」

「けど、レポーターもだけど、カメラマンも超グッジョブだよねー!」

「これ、どんだけ凄い映像なのか、革命だよ大革命だよ! 歴史が変わった瞬間だよ!」

 

「てか、最後のあれ何? 狙撃? FBIの人が「ハンター」が、どうのこうの言ってたみたいなんだが?」

「何って、アメリカ版の猟友会? みたいな感じ?」

「いやいや、SWATもお手上げのあんな戦車じみた化け物、一撃必殺させるような銃を野生動物専門の民間組織が持つわけがないっしょ?」


「向こうで出没する大型の野生動物って、せいぜいグリズリーとかヘラジカぐらいだろ?あれじゃオーバーキル過ぎるだろ?」

「アフリカ象でも普通のライフルで事足りるしな」

「普通のライフルの、その普通が分からん」


「一応、民間でもスポーツシューティングとかで50口径の対物ライフルが購入できるみたいっすよ! 多分それじゃないっすかねー?」

「いやいや、あんな怪物、50口径でも無理ゲーだろ?20mmとかじゃね?」


「まぁ、ぶふぉ!どうせ「ハンター」って隠語だぶろふぉ?米軍関係のどこぞの特殊部隊だと思うぜぇい!ぶっ!ヤバいよぶふぉろろおお!」

「……おま、いい加減、病院行けや」


 某学食内では、早速沸き上がった考察厨があーだこーだと某スレ民が如く祭りを始め、にわか屋さんは鼻息リミッドブレイク。ついに鼻血を吹き出し、輸血必須状態に陥る。


 テレビ報道の方では現場の空撮映像へと切り替わり、ビル群建ち並ぶ繁華街の中心で横たわる二頭の巨猪の周りを「これ、どないしたらええねん?」と警察関係者が取り囲んでいる。

 その周りを多くの警察、救急、消防車両や、遠巻きに生物学史でも目にしたことが無い未知の怪物を一目見ようと野次馬らも集まり、今だ騒動は冷めやらぬようだ。



「あーサラか?こっちは終わりだ。……あーまぁジェダイマスター様々だけどな……はっ? マジか?…早速ラッパの影響かよ…はぁ、分かったっつうの、行けばいいんだろ」


 トールはスマホの暗号通信にて、謎女性に任務終了報告を告げたところ、休む間もなく新たな任務依頼を、やれやれと、ため息交じりで引き受けているようであった。


「何?また? で、今度はどこに行けばいいの?」


 トールの通話による言葉で察し、表情は薄いが、次なる戦場への戦意を固めるリディである。


「……メキシコのフアレスだってよ、ったく『ギルド』も人使いが荒いな、今度はも合流するってよ。カルテル絡みで結構ヤバめな感じだ」


「…久しぶりのチーム行動ってわけね…分かったわ、行きましょう!」

「……へーへー、リディ様は意識高すぎなことで…、とりあえず、空港の方に移動用のオプスレイを手配するらしいから、早速向かうとしますかね」


 すでにライフルはバラし、しまい終えたガンケースを片手に階下へ下りるエレベーターホールへと向かうトール。


「了解 リーダー。……あの日本のアニメ風に言えば「オラ、わーくわくしてきたずぉ!」と言ったところかしら フフ」

「うっせ!とっとと行くぞ!キリキリ歩け!」


 などと、大分地球の環境に染まっているエルフ、リディの高揚感露わなセリフをさばきつつ、次なる目的地へと向かう二人であった。



 そして、ニューヨーク怪異騒動事件の後、世界の各テレビ局にて各専門家がわいわい論ずる特番なども組まれ、世界各地でこの世紀の映像が連日のように報道される。

 

 有名動画配信サイトやSNSでもコメント大盛り上がりで、各投稿動画がいずれも驚異的な再生視聴回数を叩き出す。


 ただ忘れていけないのは多くの人命が奪われたのも事実で、現場付近に追悼慰霊の献花が手向けられ、多数の人々が手を組み合わせ、犠牲者の冥福を祈っているようだ。


 だが、事はこれで終わった訳ではなく始まりに過ぎない。


 この事件を機に世界中で奇妙な怪異、UMAの目撃情報とそれらによる犠牲者が多発し、各メディアやネット動画サイト界隈で、その信憑性の有無をあーだこーだと議論しているようだ。


 その水面下では、国家レベルでその対応と隠蔽工作に追われていることに、現時点の段階では人々はまだ知る由もないであろう。


 しかし、それも時間の問題であり、世界情勢は刻々と次なるフェイズへと推移し始めている。


 いずれ人々は、否応なく思い知るだろう。如何に今の世界が非常に危機的状況に陥っているのかを……。

 



 神のみぞ知る余談話だが、トールの祈りが通じたようで番いのボア・グランデの魂は元の異世界に還ったと言う。


 そして、彼らの子は強く逞しく成長し、番いとなって新たな生命を宿す。


 産まれた子らには、地球帰りの二つの魂が宿ったと言う事は、誰も知ることは無い、人智を超えた存在のささやかな粋な計らいである。



 序章 完

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