第4話 異界から訪れし巨獣


『へい!この騒動の原因は、‶猪〟でごぜぇます!!』


『あ!?』


 その場には余りにもかけ離れた言葉。何かの例えであろうと、誰しもがそう思っていた。


『な、何を言っているのでしょうか? 聞き間違いでしょうか? 生放送ですよ! 真面目にお願いします。もう一度言いますが、真 、面、 目、にぃ! お願いします!』


『はい、た、単刀直にゅるに言いますと? い、今、NYPDやSWATが応戦し、これほどの混乱を齎しているのは……い、猪です! それも巨大な猪が‶突然現れた〟そうでごわす!!』


『あぁーん!? あんだってー!?』


 持ち前の話術で数々の放送事故、お笑い芸人の無茶振りなど、幾多の修羅場を潜り抜けて来た歴戦の局アナも、ついにゲシュタルト半崩壊を起こす。


「はああ?…何言ってんの、このレポーターは?」


 この中継を、食い入るように視聴していた学食民らも含め、日本全国のお茶の間は、何やら世迷言をほざきやがる現地レポーターの言葉に、呆然ポッカーン状態。


『Okay!Punch through the hole in the butt and listen carefully, Fukin‵guys !! The Party time is over !!』

⦅よーし!ケツの穴掻っ穿て、よく聞けくそったれども!!パーティタイムはお終いだ!!⦆


 突如、どこぞから中継現場に現れたのは、ブロンドオールバックのナイスミドルの男。

 その装いは、ブルーのビジネスシャツの上に、紺色のアーマーベストを着用。

 その背に見えるのは、映画ドラマでお馴染み、司法省に属する警察機関の一つ、アメリカ連邦捜査局「FBI」の印字。


 他にも、各種担当の捜査官に局員や、M4カービン等のアサルトライフルを携えたフル武装のタスクチームが、統制の取れた機敏な動きで続々と集結。


『If you don't want to be minced here as it is, go home early and even stick to your mom's ass !!』

⦅このままここで挽肉になりたくなければ、とっととお家に帰ってママのケツにでもカブりついていろ!!⦆

『Look, hurry up hurry up!!』

⦅ほらほら、急げ急げ!!⦆ 

『What about my car!?』

⦅俺の車はどうすんだよ!?⦆

『What? Which is more important,the car or your life?』

⦅はあ? 車と自分の命、どっちが大事だ?⦆


 その場を指揮する連邦捜査局 特別捜査官の一声と共に、部隊は避難誘導や治安維持に当たる。


「「「うおおお!!リアルFBIキタ───!!」」」


 日本でもハリウッド映画のワンシーンか海外ドラマでも観てるが如く盛り上がりを見せている。

 FBI特別捜査官は、日本の公安警察同様にその職務の特性上メディアに姿を見せるのは稀な事だ。


 ドオオオオン!ドオオオオオオン!!ドオオオオオオオン!!!


 徐々に迫ってくる断続的な轟音に、その場は言いようの無い、戦慄と緊迫感が走り抜ける。

 どれだけの犠牲が出たのか、はNYPD &SWATの包囲網を抜けて間近に迫りつつある。


『えーっと、何か近づいてるようですね……やはり、これが猪とは何かのまちが…あっ!何か飛んでます……く…車?』


 ここで果敢に報道魂を見せる早見レポーターと報道クルーだが、必死に実況を続けるも、有りえない現象に愕然と言葉を失い立ち尽くす。


『What are you doing, idiots,!! Run away early!!』

⦅バカか!! 何をやってるんだお前ら!! 早く逃げろ!!⦆


『え?』


 捜査官の怒号からの刹那、バリケード奥から遥か上空へと打ち上げられ、弧を描き、某デロリアンも顔負け、アクロバティックに飛んでくるイエローキャブ。

 それが報道クルー傍、立ち往生する車両の列に激しく落下し激突。勢いは止まらず、他の車両も反動で弾き飛ばし、逃げ遅れた人々が巻き込まれる。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


『『『UWAAAAAAAAAAAAAAA!!!』』』


 更に、道路反対側の建物に弾き飛ばされた車両が、激突時の衝撃で漏れたガソリンに引火し、他車両を巻き込み爆発。更なる犠牲者を生み出していく。


 辛うじて難を逃れた早見レポーターは、驚愕の表情で尻餅を突くも、フィジカル強カメラマンは爆発による破片が飛び交う中、淡々とその衝撃的な映像をカメラに捉えていく。


 そんな惨劇とも言える光景が、LIVE映像で日本全国に映し出される。

 犠牲者の断末魔の悲鳴、叫びの音声も刻々と無慈悲に捉える。これは完全な放送事故だ。二つの意味で大大事故だ。


 通常であれば、これ以上、人死にの現場など放送するべきでは無い。即刻中止すべきだが、前代未聞の壮絶な映像に報道アナは勿論、報道フロアスタッフ共々一視聴者と化し、瞬きするのも忘れて呆然と見続けている。


『ジ…ジーザス……もう…何なのこれ……?』


 止めどなく涙が溢れ、声を震わせ呟く早見レポーター。この映像を観る多くの視聴者は、同様の思いで遠い異国の地で犠牲になった人々達へと手を合わせ、哀悼の意を捧げずにはいられない。


 そんな感傷に浸る間もなく事態は更にエスカレート、急転直下の最高潮を迎える。


 FBIの作戦部隊は、バリケードからある程度の距離を置き、交差点の左右に分かれ、腰を低く落としアサルトライフルを構える。


『Fuck!It's coming!The monster is finally here!!Don't get involved!!』

⦅クソ!来るぞ!いよいよ化け物のお出ましだ!!巻き込まれるなよ!!⦆


 ドゴオオオオオオオオオオオン!!!!!

  ゴオン!ゴオン!ゴオン!ガシャン!ガシャン!!


 雷鳴の如く轟然たる大音響と共に、バリケードに使用された大型トレーラーが激しく弾かれ、大型観光バスが吹き飛び横転、転がる、転がる、転がりまくる。


 そして、ついにその圧倒的とも言える巨躯の全様が露わになる。


 その体長は優に10mは有ろう、体高は5m以上。種的には確かに猪のようにも見えるが、頭頂部には闘牛を思わせる二本角が、太くねじれ前方に伸びている。


 下顎からは、お食事の際は非常に邪魔であろう、二対の計四本の大牙が上向きに鋭利に湾曲し聳え、その眼は禍々しく赤く光を灯している。


 その圧巻の体躯を覆う長く濃密な黒毛からは、道中の蹂躙劇で引火したのであろう炎とドス黒い煙を帯び、その威容は地獄の暴君の到来かと思わせる。


『……オーマイガッ……ノーウエイ。ノーノーノーノー…こんなの…無理ゲーでしょ……』


 絶望的である…………。


 だが、その絶望は追い打ちを掛るようにそれだけでは終わらなかった。


 ‶それ〟は……………。



 もう一頭いたのだ。



 番いだ。



『『ブロフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』』


 超高層ビル群が聳え建つ摩天楼の夜空に、番いの暴君が放つ咆哮が重く響き渡り、どこまでも木霊する。


 のちに人々は語る。


 ──その咆哮は凄まじくもどこか悲しげで儚げであった……。




 ダダッダダダダダダッダダッダッダダダダダダダダダダッダダ!!!!


『Don't be scared!!Go! Go!Go!Go!Fire! Fire! Fire!Fire!!』

⦅ビビるな!!行け行け行け行け!!撃て撃て撃て撃て!!⦆


 報道の歴史が変わった瞬間である。

 今、日本のカメラの前に映し出される光景を、誰が現実のものと受け止められるであろうか。

 その禍々しいオーラの如き炎と、黒煙を纏う二頭の巨大な猪らしき生物。それに対するFBIタスクチームとの戦闘。


 さながらC級モンスターパニック映画。全米が鼻で笑いそうなレベルの物語だ。

 だが、これはフェイクではなく紛れもない現実であり、正真正銘の真面目な報道映像。



 まず、今作戦におけるFBIタスクフォースのチーム編成だが、シバキ合い上等の各捜査官とFBI専属のSWAT対テロ特殊部隊で構成されている。


 FBI捜査官は、他の警察官と比べて必要とされるのはその高い学歴である。

 その法務の執行者として、いずれも法務博士などの上位学歴を有するか、それに相当する能力が必要とされており、その採用試験は弁護士試験より難易度が高い。

 

 それに加えて、高度な戦闘訓練を受ける必要があり、まさに文武両道の高い能力が、彼らには要求される為、ごく限られた特殊な領域を所掌する者だけが、FBI捜査官の名を語ることが許されるのだ。


 そして、彼らが現在装備しているのは、米軍でもメインアームとして御用達のコルト・ファイア・アームズ社製『M4A1カービン』使用弾薬は5.56X45mmNATO弾。

 

 更に巨猪らの後方から、犠牲者を出し突破されるも「負けられない戦いがここにある!」と、言わんばかりのNYPD所属のSWAT部隊が合流、めっさケツを撃ちまくる。


 後の情報だが、他のNYPDニューヨーク市警察の隊は、初動対処で多くの殉職者が出たのと、38口径や9mm弾などでは火力不足の為、戦力外で各雑務に追われていたようだ。


 上空では警察、報道局のヘリにドローンが飛び交い、オラがワシがと撮られた超スクープ映像が世界中に放送される。SNSでも一般人投稿による映像が大拡散。


「………何なんだよ、これ……?」

「……こんなことってあり得るのか…?」

「……これって、映画じゃ……ないんだよね?…」

「ああ、……リアルガチのガチリアル映像だぜぇい…ヤバイよヤバイよぶふぉ、ワイルド過ぎだぶふぉろぉお!」

「……この人もヤバくない…?」

 

 日本国内でも、この報道映像を目にする者たちは、これまでの常識が崩壊。

 いずれも思考停止、呆然自失の状態となっている。


 某有名大学食堂内、にわか屋さんは黒縁眼鏡が斜めにズレ、目が血走り鼻息マックス、非常に危険な状態のようだ。

 

 ──だが、果たしてこれが戦闘と言えるものなのか?




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