第2話 ワイルドだろぉう?
ニューヨークと同時刻、東京都内某有名大学 午前10時46分 時差は14時間。
「……収まったみたい…なんの音かな今の? 工事か何かかな? 嫌な音だったね?……んっ!? 地震……だよね?」
そのモブ女子学生は、訝しげな表情を浮かべながら同じ学部の友人達に、共感を求め問いかける。
怪音は、ニューヨークのものほど異様なレベルではなく、それよりも今体感している揺れの方が問題だ。
座っていた椅子から振動が身体に伝わり、飲みかけの紅茶を見ると、表面が小刻み揺れているのがわかる。
「……揺れている…ね?」
「……だよ…な。」
「……縦揺れか?これ?」
イカれてもないし気のせいでもない。友人達も同様の反応だ。
ここは都内にある某有名大学敷地内のカフェテリア。平たく言えば学食だが、一般にも開放してあるので学生以外の一般客もちらほらと見える。
昼食にはまだ早い時間帯とは言え、混雑とまでは行かないがそれなりに人の数はある。
外側に向かって段階的に天井が高くなっており、窓は一面ガラス張りで緩やか曲線を描く楕円形の開放的な造りになっている。
ずらりと並ぶシンプルな長テーブルの列は、如何にも学食堂らしいが、どの席からでも一望できる緑鮮やかな庭園の風景が、ゆったりとした憩いの空間を演出している。
「うぉっ……これ、でかくね!?」
「火を止めてぇ! それとガス栓! あとあれよ、火を止めてぇ! 包丁類とか気を付けて! それと、なんだっけ? ……そうそう!あと火を止めてぇ!!」
そのまったりとしたティータイムやら、ランチタイムやらの憩いの時間をぶち壊すがごとく、揺れは強さを増す。
ガタガタ、カチャカチャと、建物や各テーブルに置かれた食器類が騒ぎ立て、
周囲の他の学生や一般客達が騒然とする中、厨房の方でも何やらバタバタしている。
席を立ち、周りを忙しなく見回し、避難するかどうか判断を迷ってる者。
椅子から腰を浮かし、中腰状態でどう動くか周りの様子を窺ってる者。
泰然とその場に座したまま腕を組み、瞑想でもしてるかのように微動だにしない豪の者。
超然と熱いお茶を啜り「はあ”ぁ”ー」と、満足気に息を吐き、小刻みに震え、揺れを相殺する悟りガバ開きのご老人。
反応は人それぞれである。
だがしかし、ここは地震大国日本であり日本国民ならば、多少の揺れなど超ド慣れっ子だ。
日本列島は、四つのプレートがバチバチにヤリ合っている状態で、世界でも類例の無い複雑な応力場に支配されている。
故に世界有数の、地震多発帯&火山活動多発帯と言った自然災害の場を形成。
同時に地殻の上昇も加わわり、非常に脆弱な地盤の上に作られたのが、この日本という国だ。
個人差や地域にもよるが、多くの日本人は感覚的に、凡その震度を数値化でき、それによって避難か、留まるかの判断の見極め方を自然と学んでいる。
その発生回数は、年間に大小合わせて数千単位に及ぶ。そんな地震大国に住んでいるのであれば、否応にも身につかざるを得ないのは、至極当然である。
もちろん個人差や地域にもよる。二度目だが大事なことだ。他人の動きに判断を委ねて、結局避難が遅れて被害に遭うパターンもあるので、そこは注意すべき点であろう。
「あっ……収まったみたい」
幸いにも被害は多少ドリンク類が零れたり、厨房の方で食器類が割れるなどの微々たるもので、大事に至らずに収まったようだ。
海外の地域によっては、建物の倒壊など多くの被害が出ていたかもしれない。
改めて日本建築の耐震スペックに感謝万歳である。
人々はホッと胸を撫で下ろし安堵の表情を浮かべ、近くにいる知人友人達とお互いの無事を確認し合っている。
「震度5弱だってさ」
「うわぁ、やっぱ5行ったかぁ、結構でかかったからなぁ」
「京浜東北線、人身事故で止まってるって、帰り大丈夫かな?」
「地震、関係ないやん!」
食堂内の壁や窓、数か所に設置してある備え付けのテレビから、地震速報が流れ、各地の震度状況などが報道されている。
震源地は東京、千葉、埼玉が交わる県境付近の地下10kmと、わりと浅い断層域が震源とされたが、首都圏直下型なので津波の心配は無さそうだ。
「つうか、最近地震多くね?」
「どうだろうね?……元々日本って地震多いからねぇ」
「ん~っ……確かにちょっと多い気がするかもね」
「そんなの一々気にしてたら、キリがないだろ? それより、研究やら論文に就活やらでそれどころじゃない」
事の大きさにもにもよるが、日常化してる現象に意識が行かなくなるのは人の常だが、度を越えていくと、やはり意識せざる得ない。
不安懸念材料の一つとして、関東から九州にかけて、今後巨大地震が起こり得る可能性が高まりつつあるという事だ。
専門家やメディア情報でも、すでにその兆候が多く見られ、予想される被害の規模は、東日本大震災を遥かに超えるもの。
「いやいや、それが日本に限ったことじゃないから言ってるわけ!」
「他の国でもってこと?」
「ああ、それも世界中でな」
「そりゃプレートとか、火山活動の影響でってことだろ?それが世界中ってなるとヤバそうだな」
「待て待て、ウェイト。事態はそんな単純な話じゃないんだ。普段地震が発生しない地域でも多発してるから問題視してんだよ!」
「ガチで? 例えばどの辺り?」
「えっと、イギリスや北欧とか北米大陸の中央から東方面の地域とかね。あの辺りは普段地震が起こる地域じゃないんだよ」
プレートとは、地表を覆う十数枚の岩盤で構成された地殻とマントルの最上部を合わせたもの。
一般的な地震メカニズムは、プレートがわずかに動くことによってプレート同士がぶつかったりすれ違ったり、一方の下に沈みこむ際の強い力によって発生する。
それが四つものプレートの境界上であれば、当然地震が発生し頻発するのは必然的。
つまりは、日本で地震が発生するのは異常なことでも不思議なことでも無い。
むしろデフォルトであり平常運転だ。逆に起こらなくなる方が怖い。
それが世界中で、尚且つ、普段ありえない地域で多発しているとなると話は変わってくる。
「あんまり、その辺りのこと詳しくないんだけど、どいうこと?」
「アメリカとか西海岸側は、北米プレートと太平洋プレートの境界だから地震は結構起きるけど、中央から東の方は境界から距離もあるし、地盤もしっかりしてるからほとんど起きないんだ」
「火山性の可能性とかは?」
「活火山も大体はプレート同士がぶつかる境界に沿って分布してるから、そっちの可能性も無い」
「それが、関係ない所で起きてるってことは?」
「はっきりとしたことはわからんけど、プレートの下、つまりはマントルの方で何かしらの異常が起きて、地殻変動が起きてるんじゃないかって話だ」
「何かしらの異常ってなんだよ?」
「んー例えば……磁場の乱れとか?とにかく地球ヤバイんじゃね?論が色々と出てんだよ」
「どうせネット情報だろ?どこぞの自称専門家やら預言者やら未来人やら、いついつがヤバイとか散々煽って、結局なんも起こらんとかの話だろ?」
「ノストラダムスとかマヤとかの預言も結局は……って感じだったしね」
「どうせまた、偶々の現象に便乗した地球終わる終わる詐欺だろ?」
「……まぁ……俺もそう思うんだけど……」
この手のネット情報に踊らされる「にわか煽り屋」は、テンション爆上げでここぞと発言するも、否定派にバッサリ斬られ凹むことは、よくあるあるなことだ。
だがしかし! 都市伝説、オカルト話が六度の飯と同等に大好き。黒縁眼鏡のぽっちゃり系、転んでもただでは起きない、にわか屋さんはここで起死回生の一手を打つ。
「そうそう!こんな映像もあるんだぜぇぃ!」
と、某ス〇ちゃん風口調に、鼻息2割増しでスマホを取り出し、集まってきた友人達に大手動画サイトの投稿動画を見せ始めるにわか屋さん。
「なになに?……え?……なにこれ?」
「どれどれ?…は?…は?……はぁーん!?」
「嘘っ!……これ……本物?……ここどこ?」
「えっと、マララス…マラパスカ…ペロン……マダ…ガス…カル?だぜぇぃ?
地震発生後に撮れた映像らしいぜぇぃ!」
「……これってどう見ても……あれだよな…?」
その動画映像には信じがたいものが映し出されていた。
携帯電話のカメラ機能で、現地の一般人によって撮影されたものの様だ。
周りでは、現地の言語で何やらわーわー騒ぎ立てている様子。
遥か上空を移動する‶何か〟に。
それは、未確認飛行物体では無い。今時、UFO映像にこれほど驚く者はいない。
その映像に映し出されている‶何か〟は明らかに生物であり、鳥のようでもあるが異質で巨大過ぎる。
そして、捉えられた映像は拡大され、その‶何か〟の姿を露わにしていく。
その姿は圧倒的で優に20mはあろうか。種的には原始的な爬虫類を思わせるが、精練されたフォルムはそこからの進化が窺える。
その背には、巨大な蝙蝠のような翼を携え大きく羽ばたき、威風堂々と優雅に紺碧の大空を駆け巡る。
地上では、四足歩行であろうかと思える、強靭にして屈強そうな手足が見える。
その太く長い尾は、航空機の尾翼と同じ役目をしているのだろう、飛ぶ方向に合わせて大気を捉え連動してる。
頭部には、大小幾つも角か棘のような物も見えるが、残念ながらその映像では、画質や光の加減で明確な体色や質感までは分からない。
それは誰しもが知っているが、実際には誰も見ることは無いであろう、伝説、伝承上の生物。
二次元三次元、あらゆる種の娯楽フィクション作品でその登場回数は数えるのも面倒くさい。
──THE ファンタジーの権化。
世界中の中二病患者が愛してやまない、超ご存知メシウマ超浪漫生物。
「さあ! その名を称えるんだぜぇい!!」
某有名ロックバンドのヴォーカルが如く両腕を広げ天を仰ぎ、眼鏡がズレるにわか屋さん。
「「「「ドラゴン!!!」」」」
「どぉだぁ? ワイルドだろぉぅ?」
何だ何だと騒ぎを聞きつけ、お祭り好きの他の学生達も集まりだして来た。
一般客も興味をそそられ様子を窺い、悟りガバガバ超振動のご老人はどこ吹く風かと茶を啜る。
「マジっすかこれ!? すごくね!?」
「俺もその動画見たよ!ヤベーよなぁ!」
「いやいやいやいやっ有りえない有りえない! これ普通にフェイクだろ?」
「私もそう思いますよ! 今の技術だとこんな映像とか普通に作れますよねえ?」
「いや、それが結構広範囲で目撃されてて、他に動画アップしてる奴も一人二人じゃないんだよな」
「ハリウッドのトップCGクリエイターも「これは、フェイクじゃない、リアルガチだ!ヤバイよヤバイよ!」って言ってるみたいだぜぇい!」
「そのリアルガチクリエイターは、どこの〇川だよ!? ってか、お前はどこのス〇ちゃんだよ!?」
「だけど、これが本物なら地上波でも報道されるでしょう!?」
「それがどうやら、政府からメディアに報道規制の圧力を掛けてるって話らしいぜぇいい」
「はい陰謀論が入りましたー!御馳走様ですー!」
喧々諤々、あーだこーだと、場はお祭り状態。眼鏡がズレ落ちそうな鼻息マシマシ、ワッショイにわか屋さんはトランス状態で小踊りしだす。
そんな収集がつかないにわか屋さんライブの場を鎮圧すべく、新たな方向から思いも知れぬ奇襲爆撃が投下される。
『番組の途中ですが緊急速報です』
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