カミングアウト

俺は50で独身。一人暮らし。ペットなし。喫煙なし。友達0。彼女なし。


 こういうプロフを見て、世間の人はかわいそうなおじさんだと思うかもしれない。しかし、俺は最近恋人らしい相手ができた。しかも、相手は中学生。


 うらやましいと思う人がいるかもしれない。

 しかし、これを最後まで読んだらそう思わなくなるだろう。

 それでも、一部の人にとっては、まだ「いいなぁ」となるかもしれない。


 俺の家に毎週泊まりに来る中学生がいる。

 親戚とかじゃなく、赤の他人。

 俺は学校の先生とか、子供会の役員やってるおっさんとかでもない。

 普段は全然子どもと接点がないんだけど、スマホアプリで小学六年生と知り合った。恥ずかしいけど、もともとは小学生の女の子と出会いたかったから始めたものだった。


 そのアプリは出会い系とかじゃなく、もともと趣味系のものだったんだけど、俺はそこに中学生のふりをして紛れ込んでいた。すると、そこで知り合った子たち同士でグループを作り出した。そしたら、最悪なことに、子どもたちが集団自殺を計画していたんだ。俺はそれを阻止するために行動を共にした。最終的には警察沙汰にもなったけど、俺は彼の自殺を思いとどまらせることができたと思ってる。


 彼は小3から不登校だったんだけど、中学で受験して私立に通うようになった。その後は、とりあえず通えているそうだ。

 

 でも、家族とうまく行っていなくて、俺のところに毎週泊まりに来る。しばらく落ち着いて暮らしていたんだけど、先日家出をしてしまった。そこで、おじいさんから猥褻な行為をされてからは、男に興味を持つようになってしまったんだ。


 その子は今13歳。名前は怜(仮名)。


「江田さんは、男とやったことある?」

 最近は下ネタばかり言っている。

「ニューハーフの人ならあるよ」

「へぇ」彼は興味津々で尋ねて来る。

 俺はその時のことや、ニューハーフの人のあそこがどんな風になっているかを教えてやった。

「俺はやっぱり普通の女の方がいい」

 俺は本音を言った。ニューハーフの人は、すごい女性っぽいけど、匂いとか、感触とか、その他、色んな所がやっぱり違う。それを彼にも伝えた。


 すると彼は、自分は前から男が好きだった、と初めて俺に告白したんだ。


◇◇◇


 俺は今まで彼と一緒に過ごしてきて、どう思われていたかが気になった。

 俺に欲情したりしてたんだろうか。全裸じゃないけど、裸を見られたりしてる。


 しかし、彼のカミングアウトは、すごく勇気のいることだったに違いない。

 おそらく誰にも言ったことはないはずだ。俺を信頼して打ち明けてくれたんだし、真摯に受け止めなくてはいけないことだ・・・と、俺は思いなおす。俺は人から何かを打ち明けられても、それを受け止めることが苦手だ。


「ぜんぜん知らなかった。小さい頃から男が好きだったわけ?」

「うん」

「へえ。じゃあ、初恋は男の子?」

「うん」


 なるほど、そういうのもあって不登校になってしまったのかなと思う。

 不登校の原因は聞いたことがないが、お母さんによるといじめがあったらしい。理由は頭が良すぎて、周囲からからかわれるようになったからだという。ちなみに、LGBTQの子どもの3割は不登校を経験しているそうだ。また、ゲイ男性の7割が自殺を考えたことがあるとか。

 正直、重たい。俺は家族でもないのに、なぜ中学生の心のケアまでしなくてはいけないのかわからない。


「初恋の子って、どんな子だった?」

 俺は全然興味ないけどとりあえず聞く。すると、怜は嬉しそうに話し始めた。どうやら幼稚園の時の友達らしい。親同士が仲がよくて、一緒に風呂に入ったり、泊まりあったりするような間柄だったらしい。エロいなと思うのは俺が変態だからだろうか。

「その子とは今は?」

「もう口もきかない感じ」

 不登校の子からはみな距離を置く。そんな感じだろうか。

 それとも、オカマと言われて避けられているのか、そんなことは聞けない。

「あ、そうなんだ・・・あっちはイケメンになってる?」

 笑いながら首を振る。笑うと怜もかわいい。

 普通にしてる時の彼は、本当にいい子だ。


「君は性同一性障害?」

「それとは違う・・・僕は自分を男だと思ってるし、女になりたいとも思わないし」

「そっか。いわゆる、男として男が好きな人・・・ゲイなんだ」

「うん」

「女には全然興味ない?」

「ない」

「女の裸見てもムラムラしたりしない?」

「しない」

 はっきり言ってセクハラだ。ごめん。

「そういう人いるよね。会社にもいた」

 外見が男だから、男子トイレも行くし、小便器で隣に立ってると緊張したもんだ・・・。


「じゃ、どういうのがタイプ?」

 俺はBTSのメンバーなんかを想像していた。顔知らないけど。

 怜はもじもじした。何だかかわいい。

 もし、BTSなんて言ったら、写真集でも買ってやろうかと思う。

 こういうのは、本当はゲイの人にしてはいけない質問らしい。

 少なくとも、最初のカミングアウトですべき反応ではない。


 後から考えると、俺は彼のカミングアウトをずっと茶化していた。軽薄すぎて最低だけど・・・俺はもともとこの程度の人間なんだ。相談する相手としてはふさわしくない。


「江田さん」

「うそ!」俺は冗談だと思って笑った。

「ほんと」

「えぇっ!?」

 俺はぞっとする。

「俺、50だよ。君のおじいちゃんでもおかしくないのに」

「でも、かっこいいよ。ディーン・フジオカに似てる」

 彼は照れながら言った。俺みたいなクズを好きになるなんて、相手が悪すぎる。

「やめろよ。ディーン・フジオカもいい迷惑だよ!」

 俺はディーン・フジオカに似てると時々言われるけど、彼のことはあまり好きじゃない。彼が多才で完璧すぎるからかもしれない。

「似てるよ!ママも言ってた。イケメンだって」

 怜のママが俺のことをそんな風に・・・一瞬照れる。

 直接言ってくれたらよかったのに。俺も彼女のことはいいなと思っていた。

「でも、俺ゲイの人にはあんまりもてないんだけどなぁ・・・。ゲイの人って、もっと髭生やしてマッチョな人が好きだろ?」

 こういう決めつけもよくないだろうけど、一般的にはそういう言われているんだ。

「そういうのは人によるよ」

「あ、そう。ちょっとうれしいかも。中学生にも通用するか。俺のイケメンが・・・」

 俺は腕組みした。身の危険を感じたからだ・・・。

「ママは江田さんが独身だから、もしかしたらゲイかもしれないって言ってた。気をつけなさいって」

 一瞬でお母さんの印象が変わる。かわいいと思ってたのが、ブスに置き換わる。

 気を付けないといけないのは、こいつより俺の方だ・・・。


◇◇◇


「江田さんって彼女いる?」

 俺は毎週彼のために家にいるようにしていた。彼のことが好きだったし、慕われるのが嬉しかった。

「いないよ。いたら毎週土日空いてないし」

「そっか・・・」

「彼女ほしいし、早く結婚したいんだけどね」

「そうなんだ」

 怜はシュンとなる。付き合えないことを匂わせないといけない・・・変な期待を持たせたら、むしろ残酷だ。怜は何も言わなくなる。

「寂しい?」 

 俺は笑いながら言う。

 何も言わない・・・。

 そして、いきなり泣き出した。

 うわ・・・。中学生男子に好かれても困るんだけど・・・。

 俺は迷惑すぎて、その場を放棄して逃げ出したくなった。

 なぜ泣くのか・・・その意味をちゃんと説明してほしかった。俺は行間を読むのが苦手なタイプだ。はっきり言ってくれないと意味がわからない。


1.そんなに女に困ってるのに、どうして自分じゃダメなのか

2.江田さんを好きだから結婚しないでほしい

3.自分を恋愛対象として見てみらえなくて寂しい

 

「まあ、しばらくはないかな・・・相手いないし・・・。泣くなよ」

 彼はそのまま泣き続けて、10分くらい俺たちは無言だった。


「僕のこと嫌い?」

「いや・・・好きだよ」

「つきあえない?」

「はぁ?」

 俺は何と言っていいかわからなかった。

「最初に会った時から、僕はずっと江田さんが好きだった。だから、死ぬのもやめて今ちゃんと学校行ってるんだよ」

 死ぬとか言われると誰だってビビる。

 そう、彼は今も一瞬一瞬を生き続けているんだ。普通の人のように、今日も漫然と一日が過ぎて、日が暮れて、夜寝て、また明日を迎える・・・のとは違う。彼は一秒一秒、死にたいという気持ちと戦っているのかもしれないと思う。


「うん、すごいと思うよ。3年以上不登校だったのに、今はちゃんと学校行ってるし。でも、君はまだ13で子どもだから、付き合うのは、もうちょっと大きくなったらにしよう」

「じゃあ、大人になったら付き合ってくれるってこと?」

「そうだね・・・で、その時君がそのまま俺を好きで、しかも俺がまだ独身だったら」

「じゃあ、いくつになったら付き合ってくれるの?」

「18かなぁ・・・法に触れなくなる年だし」

「それまで独身でいてくれる?」

「約束できないけど・・・君だって、彼氏ができるかもしれないし」

「無理。僕、おじさんが好きだから・・・」

 頭ではわかってるけど、ちょっとショックだった。俺のイメージするおじさんってやっぱり50歳以上。中学生から見たら、30歳だってそうだろう。

「おじさん・・・。何で?」

「一緒にいて安心するから」


 これが女子中学生だったらなぁ!・・・と、思う。

 俺にとっては、男子中学生の魅力はこんなくらいに低い・・・。


 中学生男子 < 80歳のおじいさん < 山羊


 しかも、付き合ったら、好きでもないのに捕まってしまう。

 最近はコロナでニュースがないから、猥褻犯はネットニュースに動画付きで出てしまう。もちろん、実名、会社名つきで・・・。


 怜は俺に寄りかかって来た。

 なんてシュールな光景だろう・・・。男子中学生に告られて、途方に暮れる50歳のおじさん。俺は固まる。怜は俺の腕にしがみついて来る。されるがままになっている・・・。痴漢に遭っているくらいに困る。

 

「何か飲む?」

 俺は立ち上がった。正直言って気持ち悪かったからだ。

 

◇◇◇


 リビングは無音だ。もう、そこにはというは言葉はもうふさわしくない。俺はトレーにお茶セットを入れて戻って来た。お茶を入れながらやっぱり断ろうと思う。


「ちょっと考えたけど、俺は男に興味ないし・・・君のことは大事な友達だと思ってる。でも、君のことを男としてもっと好きになってくれる人がいると思うんだよ」

 俺は怜にブルーベリーのハーブティーを入れてやった。今はカフェイン断ちをしてるからだ。

「俺はゲイじゃないし・・・同性に興味持ったことは一回もない男だから」

「じゃあ、僕、ハッテンバ場に行く!」

 俺はソファーから飛び上がりそうになる。

「やめろよ。そんなところに行ったら、HIVとかサル痘ウイルスに感染するぞ」

「別に死んでもいいし」

「やめろって、本当に病気になったらそんなこと言ってられないんだから」


 面倒くさい。俺は怜を諦めたくなる。


「行く!」

「危ないって。事件に巻き込まれるかもしれないし、ゲイ狩りとか・・・殺されたりとかもあるんだから」

 

 俺は説教して、怜は大人しくなった。


 それから、色々話して夜11時には彼を1階に追いやった。


 怜はいつも1階の客間兼物置で寝てるけど、俺の寝室は3階。寝てる間に家を飛び出して、ハッテン場に行ってしまったらどうしようと思っていた。有料のお店には入れてもらえないだろうから、公園やトイレなどに行くかもしれない。そうなったら、どこの誰かわからない相手に掘られてしまうだろう・・・。まだ13歳なのに。


 あんなのと出会わなければよかったと思う。本人のせいなのに、親に責められるのが怖い。力になりたかったけど、やっぱり面倒を見切れなかった。もう諦めて見捨ててしまった方がいいんじゃないか。俺は他人だし。怜のことは親に相談して引き取ってもらおう・・・明日、もう手に負えなくなった、と言おう。


 そしたら、学校も行かなくなって、家出して、売春したりするようになるんだろうか・・・。それで最後は自殺してしまうかもしれない。


 それでも仕方ない。それが彼の人生だから。


 ◇◇◇


 俺は常々早く寝るようにしてるから、11時には布団に入った。

 怜もまだ中学生だから、「スマホ見てないで早く寝ろよ」と言う。

 あんなことがあったばかりだから、俺はあんまりよく寝られない。


 俺は考える。怜がうちに来なかったら、どんなに楽だろうって。いなくなったらきっとすっきりする。土日も空く。そしたら、また婚活しよう。怜と一緒にいると婚期を逃してしまう。あんなののために、結婚できないなんてありえない。


 結婚相手の条件は、子供を産める年齢の人で・・・でも、若すぎても俺が先に死んじゃうし・・・と悩む。高齢出産になる35歳ギリギリでも、15歳も下だ。俺は今まで何をやっていたんだろうかと思う。俺ぐらいの年齢だと、子どもがもう大学生でもおかしくないのに。


 俺は未だに20代と変わらないような生活をしている。他の人が何年も積み重ねてきたものが俺にはない。怜の両親は平凡な人たちだと思うけど、俺より遥かに立派な人たちだ。彼らは子供を二人も育てている。みんながそろそろ子育てを終える時になって、俺はようやく家庭を持つなんて。俺みたいなのと結婚する女がいるとしたら、年収に惹かれてというおばさんだけだろう。さっさと仕事をやめて、俺が苦労して稼いで来た金で、楽な暮らしをしたいという人はさすがに嫌だ。


 でも、あと10年で定年退職だ。すぐに子供を作ったとしても、小学校で父親が定年って・・・その後どうすればいいんだろう。子どもを持つのはもう諦めるべきだろうか。子どももいなくて結婚する意味なんてあるのか?そうだ・・・俺の介護だ。病院に入院する時の保証人とか・・・。そうした現実的な問題を突きつけられて、つくづく早く結婚すべきだったと後悔した。


◇◇◇


 俺が寝れずにいると、階段がきしんで誰かが上がって来る音がした。

 怜に決まっている。まさか、夜這いをかけられるとは・・・ゲイの中学生に!

 俺は何て言ったら相手を傷つけずに済むか考える。


 一番ダメなのは「気持ち悪い」と言って否定したり、殴ったりすることだろう。

 答えが出ないまま、ドアは開きそれがそっと入って来た。生暖かく穢らわしい何かが。少年は内側に欲望と期待を膨らませて、そろそろと布団を持ち上げながら、勝手に侵入して来る。


 そして、じっと黙っている。

 俺は寝たふりをする。

「江田さん」

「どうした?」

「寝れなくて・・・」

「なんで?」

「僕のこと嫌い?」

 自己中な人間に『起こしてごめん』という発想はない。

「いや、好きだよ」

「僕のこと捨てないで」

 彼は泣く。

「捨てないよ」

 軽薄すぎる俺は、すぐに安請け合いしてしまう。その言葉が、どれほどの意味を持つかを忘れている。彼をまた引き受けるということは、彼が死なないように、道を外さないように支え続けなくてはいけないということだ。


「僕がゲイだったら気持ち悪い?」

 気持ち悪いと言いたいけど我慢する。

「そんなことないって。個人の自由だと思うよ」

「セックスしてみたい」

 この子はすぐ振り切れる。話が滅茶苦茶だ。

「俺と?」

 と、言っても二人しかいない。

「うん」

「俺は今そんな気分じゃない」

「そっか」

「そっかじゃないよ・・・俺たち付き合ってもいないし・・・いきなりそんな気分にはなれない」

「じゃあ、付き合って」

 付き合わなかったらハッテン場に行くんだろうか。

 こいつは本当に行くだろう。良心のないゲイに滅茶苦茶にされて傷つきたいんだ。

「じゃあ・・・待てる?俺がその気になるまで。俺も男にはバージンだから」

 時間稼ぎをする。

 怜は何も答えない。

「俺のこと好きなら待てるだろ?」

「うん。わかった」


「俺のどんなところが好きか言ってみて」

 俺は本当に軽薄だ。誰かに褒められて満足したい。

「うん・・・優しくて、俺の話を聞いてくれて、かっこいいところ。あとは、色んな事を知ってて、教えてくれるところ」

 新鮮だった。俺は人からあまり褒められたことがない。

 みんな、俺のことをイケメンだね、いい大学出てるね。大企業勤めててすごいね。というような、表面的なことしかない。俺は本気で照れる。


「そう。ありがとう。俺優しいかな?」

「うん。優しいよ」

 でも、俺が怜と一緒にいるのは優しさじゃない。たぶん、同情。あと、ほっておけないからだ。

「僕のことは?」怜も尋ねる。顔とか外見のことは言わない。すぐに容姿が変わってしまうからだ。

「気が合う所かな・・・一緒に心霊スポット巡りしてくれるところとか」

「あとは?」

「頭がいいところとか」

 怜は黙る。

「キスしていい?」

「急に言うなよ」

 中学生にキスなんかしたら猥褻行為になってしまう。

「俺は意外と奥手だからちょっと待って・・・。君は恋愛小説とか読んだことある?高校生の恋愛とか・・・」

「うん。ちょっとはあるかも・・・」

「俺はああいうのに憧れてるんだよ。初めて手をつないだとか、一緒にいるだけでドキドキするとか・・・そういうの。俺は男子校で全然そういう経験がなくて」

 怜には俺の初体験の話をすでにしていた。大学の時に、変な女にアパートに居座られて、キスされて童貞を奪われてしまったこと。その話をもう一回した。


 俺は大体2回目のデートでやってしまう。毎回そうだ。その間のプロセスをどうすべきなのかが、わからない。相手も「まだ早い」なんて言わない。軽薄な人間は、軽薄な女としか出会えない。俺はどんなデートマニュアルを読めばいんだろう・・・”貞淑で誠実な女と出会える方法”なんて本は存在するんだろうか。


「俺も高校生みたいな純愛をやってみたいなぁ。純愛って難しいんだよ。大人はすぐセックスしちゃうから。君は俺といるとドキドキしたりする?」

「うん」

 へえ・・・。意外だと思う。俺はただの子どもとしか思ってなかったのに、実はそうじゃなかったらしい。俺に欲情してたなんて。申し訳ないけど気持ちが悪い。

「じゃあ、それをもうちょっと楽しもうよ。俺はそうしたい。俺がもし君と今セックスしたら、そういう楽しみはもう永遠に味わえないんだから」

「そうだね」

 彼は俺の腕に触って来る。

「おさわりはちょっと待ってくれない?俺・・・まだ心の準備ができてないし」

「じゃあ、好きって言ってくれる?」

「好きだよ」


 女に頼まれても絶対言わない禁断のことば。

 俺は約束が嫌いだ。責任を取りたくない。

 

「うわ・・・照れる。江田さん、好きだよ」


 う・・・っ。気持ち悪い。

 好きって言われて歓喜したり、こういうのも悪くない。

 いきなりやってしまったら、すべてをすっ飛ばしてしまうだけ。


「でも、俺と付き合いたかったら条件がある・・・いい?」

「うん」

「まず、ハッテン場に行かない。酒、ドラッグをやらない。エナジードリンクを飲まない。浮気をしない。学校にちゃんと行って、勉強する。あとは・・・死なない」

「うん」


 それから俺たちは距離を保って寝た。

 彼はどんな気持ちでいるんだろうか。

 俺はもう彼のことを、前のように普通の子どもとは思えなくなった。

 異性だ。しかも、俺に欲情している小さな妖精。

 彼の存在が重たい。


 そのうち、こんなのとキスしたり体に触ったりするようになると思うと憂鬱だ。俺自身がまったく望んでないのに、そんなことをしなくてはならないなんて・・・断ったら彼の人生は終わってしまうのか?俺はそこまで付き合う必要があるのか?他人の人生に・・・?


 俺がもし男子中学生に猥褻行為をして捕まったとしても、情状酌量の余地あるんじゃないかな?警察も事情をわかってくれるだろうか。

 

 彼にはもうちょっと生きてほしい。

 何か楽しみを見つけるまでは。


◇◇◇


 不思議なもんだ。

 あれから怜は前より外見に気を遣うようになった。

 床屋じゃなくて美容院に行くようになったらしい。

 ちょっとおしゃれな今どきの中学生になった気がする。

 彼女がいてもおかしくないくらい、イケてる中学生になった。

 彼は自分を客観的にみられるようになってきている。

 他人から見られる自分。

 けっこうイケてる自分。女の子から注がれる健全な好奇心と憧憬。

 それが自己肯定感になり、やがてはナルシズムに移行する。 


 俺もキスぐらいならと思う時もある。

 イケメン中学生とのプラトニックな恋。

 思いのほかおいしい。直接裸を見るより、着衣の下を想像する方が100倍エロい。

 彼の存在にエロスを感じるようになっている。

 

 前は興味のなかった、10代の男の子のポルノを見るようになる。

 そして、彼にも『ちょっと筋肉つければ?』なんてリクエストしたりする。

 彼は俺に愛されるために欲求に応えようとする。

 で、一緒にジョギングしたり、筋トレしたりする。

 俺たちは触れ合わなくても、一緒に汗をかきあって、ものすごくエロいことをしている気分になる。俺と彼の目線が卑猥に絡み合う。彼も同じことを考えているのがわかる。絶対、高校生のきれいで淡い恋愛ではない・・・雄同士だからだ。

 俺たちの先には未知が広がっている。俺たちはまだ山の1合目。


 俺たちは毎日Lineで連絡を取り合っている。

 『好きだよ』と、彼が送って来るから俺も送り返す。

 でも、下ネタは言わない。

 俺が萎えるからだ。 


 毎晩、怜から電話がかかって来る。

 それで、彼はその日何があったかを俺に話す。

 俺は怜は勉強があるから15分だけにしよう、と言う。

 電話を切るときは、お互い「好きだよ。また明日」と言う。

 先日、お母さんから苦情が来た。

 俺は事情を説明する。

 両親はますます息子に違和感を感じて、投げやりになっている。


 それにしても、怜が女の子だったらなぁ・・・と、毎回思う。

 女の子だったら結婚してもいい。

 でも、彼は男だから、将来はない。

 性転換して女に・・・というなら、まだしも、普通の男だから。

 年を取って男と暮らす気なんかまったくない。


 彼が18になるまでは我慢しようと思う。

 18になったら別れを切り出したい・・・で、俺は彼のお守りを卒業したい。


 でも、俺がいないと生きられないようなら、ちょっと伸ばすかもしれない。

 それをずっとやっていたら、俺の人生が終わってしまう。それだと困る。


 結婚して子どもを持つ夢。すべてが、泡の中に透けて見える幻想みたいだ。

 普通の人たちには手に入るものが、俺たちにはない。

 まるで、登っても登っても永遠に越えられない峠のようだ。


 俺はハッピーエンドが嫌いだけど、それはまだ受け入れられない。


 

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