禁断の恋

同居人

 嫉妬とは愛の裏返しなのかもしれない。愛している人を失うかもしれないと言う不安が、人を嫉妬に駆り立てる。俺はあまり人に執着しないから、人間関係の嫉妬からは長年自由でいた。


 今まで彼女がいたことがないから、女が別の男と喋っているから嫉妬するなんてこともない。俺はいつも自信満々で生きてきたのかもしれないと思う。高身長、スポーツマンで、そこそこのイケメン、有名大学出身、大企業勤務の管理職で高収入。だから、職場に俺よりイケメンで若い男が入って来ても、別に何とも思わないし、女性社員が彼を囲んではしゃいでいてもスルーできる。女が俺と一緒にいるのにLineに返信していても、それほど気にはならない。それが他の男との約束でも何だとしても関係ない。


 でも、例外がある。俺は今は中学一年生と同居しているのだけど、彼の交友関係が異常に気になってしまう。彼は実家の両親と折り合いが悪いから、俺の家にいついてしまって以来、ずっと一緒にいる。こいつも俺と同じで友達が全然いないタイプだ。


 俺たちは、夕飯の後、録画したテレビ番組を見るのが日課になっている。いつも2人で見てるのは『月曜から夜更かし』、『家ついて行っていいですか』なんかだ。その他は見たいテレビが違うから、別々に見ている。


 その夜は、同居人がソファーに座ってテレビを見ながらずっとLineをしていた。ちょっと笑みまでこぼれているじゃないか。


「ゲイの彼氏でもできたか?」俺はむかついて言った。

「違うよ」

「だってお前、友達いないだろ?」

「ちょっとはいるよ・・・」

「誰?」

「幼馴染」

「小学校の?」

「小学校もだけど、幼稚園からの」

「え、そんな友達いたっけ?」

「うん」

 俺は無性に腹が立った。

「浮気してんのか?」

「まさか。違うよ」

 俺は同居人の隣に座っているとイライラするから、立ち上がった。

「じゃあ、走りに行ってくる」

「僕も行く」

「Lineやんなくていいのか?」

「もういい」


 同居人は俺が出かける時は、ほぼ100パーセント付いてくる。

「宿題は?」

「もうやった」

 時計を見ると8時半だったから、今から走って家に帰ると9時半過ぎてる。こいつを先に風呂に入れて、俺は・・・と考えると、ちょっと出かけるのが遅かった。

「もう遅いからやっぱり家で走る」

 俺はランニングマシンで走ることにする。2人で住んでいると、時間を思うように使えない。まるでシングルファザーになったみたいだ。最近は女にも会えないし、俺もストレスが溜まって精神的に参っていた。幼馴染だなんて言って、どうせネットで知り合ったゲイと連絡を取り合っているんだ。俺は彼に騙されているような気がした。部屋を提供して、色々面倒を見て、膨大な時間を彼のために費やしている。それなのに、あっちに彼氏ができたら俺は捨てられるんだ。


 DVDを見ながら走っていると、だんだんネガティブな気持ちは晴れていった。

 でも、こんな暮らしを続けていて、俺に将来何が残るっていうんだろう?

 今はまだ金も仕事もあるけど、あと5年くらい経って、ますます結婚が難しくなって、その頃こいつに振られたら、俺はそこから彼女を作れるんだろうか。今でもできないのに・・・。あいつが浮気してるなら俺も誰か探そうか。隠れて付き合えばいいんだ。そう思っても、これという人もいない。今から探すとなると、土日を使って探さないと無理だ。土日はあいつがべったりで自由が利かない。


 俺は結婚情報サービスを見て、交際申し込みをする。とりあえず、年収一千万以上で年齢が38くらいまでのきれいな女性だけに出す。


 夜10時を過ぎてLineが来た。どうせ女だろうと思って見てみたら、同居人だった。

『怒ってる?』

『別に』

『じゃあ、何で部屋に籠ってるの?』

『疲れてるんだよ』

『わかった。じゃあね。おやすみ』

『おやすみ』

『愛してるよ』

 俺は送らない。すると催促してくる。

『愛してるよ』


 毎日悶々としている。平日の夜に風俗に行くことにする。また、病気もらいたくないけど・・・仕方がない。すると絶妙のタイミングで、女からLineが届いて『会いたい』という。もはや誰かわからないのだが『7時に〇〇〇ホテル来れる?』と送る。

『いいよ』

『1時間くらいしかいられないけど。いい?家に子どもがいるから、早く帰らないといけなくて』

『いいよ』さすがに申し訳なくなる。


 会ってみたら誰か思い出した。

 独身の人だった。外資系の会社で正社員で働いている子だ。今40代前半。前はかわいかったけど、年齢を重ねて髪も肌もパサパサした感じになっている。俺はその子と結婚する気なんてさらさらない。


「子どもいるの?」その人は聞いてきた。

「自分の子じゃないんだけど・・・俺んちにいついてて。また会ってくれない?」

「いいけど・・・」

 俺は1時間くらいいて、その子に2万渡して立ち去る。本当にクズだ。

 

 家に帰って、急いでシャワーを浴びる。

 同居人は俺の浮気を疑う。そして、まとわりついて来る。

「こんなに早いの、おかしくない?パパなんか飲み会の時は12時過ぎに帰って来るよ」

「俺は酒飲まないから」

 彼が俺に寄りかかろうとするので、片手で押しのけて、3階に上がった。

 こんな窮屈な暮らしには、もう耐えられないと思う。


 ***


 同居人からLineが届く。


『何で怒ってるの?』

『別に怒ってない』 

『最近ずっと機嫌悪いよ』 

『なんでもないよ』

 

 先日、申し込んでいた結婚情報サービスの女性会員から返信があった。10人中5人もOKしてくれていた。俺は嬉しくなって返事を書いた。一番いいなと思うのは、女医さんだ。美人で年収1500万。上品な感じの人だ。37歳。もし、この人と付き合えたら、同居人のことは何て言えばいいんだろうか。


 俺は女医さんと他の4人と並行してメールを続ける。

 何となくヤバそうな人はフェードアウトする。

 残りの3人も次第にメールが来なくなって、結局女医さんだけが残った。


 一月ほどメールしていて、今度、会ってみることになった。

 俺はウキウキして、眉毛と鼻毛をカットして服を選ぶ。


 外出の予定を同居人に伝えるのはけっこう面倒だ。

「今度の日曜日は出かけるから」

「どこに?」

「秋葉。ちょっと人に会うから」

「女の人?」

「違うよ。掃除のおじさんだよ」

 俺は嘘をつく。

「一緒にメイドカフェに行くんだ」

「僕も行きたい」

「ダメだよ。添田さんと二人で行くんだから」

「浮気しないでよ。あと風俗もダメ」

「まさか・・・」

 俺は笑った。心の中は冷や冷やしている。


****


 俺は女医さんと銀座で待ち合わせをした。

 実物は写真より老けていたし、ちょっと話しにくい人だった。

 俺はそれでもかまわなかった。どうしても経済力のある女性と結婚したい。

「今までどうして独身だったんですか?あんまり、そんな風に見えなくて・・・」彼女は俺に尋ねた。

「一人が好きで、ちょっと前まで誰かと一緒に暮らしたことがなかったんです。でも、コロナで人に会わない生活をしていると、やっぱり寂しくなってきて」

「でも、基本的には一人が好きなんですよね」

「いいえ。今は違います」

「そうですか・・・」

「山田さんは?」

「私も大学からずっと一人暮らしで」

「じゃあ、一緒ですね。俺はそれをもう32年やってますから。もう一人暮らしのプロですよ」

 彼女は笑った。何となく気持ちが通じた気がした。

「来週も会ってもらえませんか?」

「ええ」

 彼女は俺に会いたそうだった。


 俺が家に帰ると家の電気が消えていた。同居人はどこかに出かけたんだろうか。きっと外で浮気してるんだ。俺は苛立っていた。


 俺が玄関に入ると、同居人のスニーカーが脱いであった。俺が買ってやったAir Max。土日いつも履いてるやつだった。あれ、家にいるんだ・・・。嫌な予感がした。後ろめたいから余計にそう思うのかもしれない。


 俺は1階にある、あいつの部屋に行った。同居人は真っ暗な中で布団にくるまっていた。

「具合でも悪いの?」

「今日、女の人と会ってたでしょ」

「え?」

「後ついてったら女の人と会ってた」

「ああ、あれは・・・先生。病院の」

「何で外で会う必要あるの?」

「色々相談してて」

「ウソばっかり」

「君が心配するようなことなんかないよ」

「好きなの?」

「全然・・・でもさ。前から思ってたんだけど、俺たち年が離れ過ぎてるだろ?37も離れてる。俺と付き合っても、君にもそのうち他に好きな相手ができるよ」

「できないよ」

「できるよ。俺なんて今だってもうじじいだし。君はかわいいし、もっといい相手が見つかるよ」

「僕と別れたいんだ」

「・・・俺と君はやっぱり年が離れ過ぎてる。君はまだ子どもだけど、俺は大人の男でセックスもしたいし、子どもも欲しい。」

「別に江田さんに彼女とか奥さんがいても、僕はいいよ」

 俺はちょっとショックだった。そこまで思いつめる必要があるんだろうか?

「本当?」

「うん」

 同居人は泣いてた。すごく申し訳ない。

 でも、仕方ない。俺自身がもう耐えられないんだから。


***


 俺は週末また女の先生に会った。きれいだし彼女と結婚したかった。あちらも俺を気に入ってくれていたみたいだ。あと10年しか働けないおっさんなのに。


 彼女と何回か会ったけど、今まで交際経験がなくて処女だということがわかった。彼女もそれを話すのは勇気がいったと思う。でも、正直、重かった。それに、彼女と絶対結婚する自信がなかった。


 結局、俺は断った。


 家では同居人が待っていた。

 夕飯を作ってくれていた。

 俺は彼を抱きしめた。

「ごめんね」

「別にいいよ。奥さんがいても」

「そう・・・君もいいよ。相手見つけても」

「僕は絶対浮気しないよ」

「そうなんだ」

「絶対しない」


 ***


 俺たちはまたダイニングで普通に飯を食う。おかずが5種類くらい作ってあった。彩りもきれいだった。13歳が作ったとは思えないくらいに。

「料理うまくなったね。お店みたいじゃない?」

「そう?でも、4時間くらいかかった」

 同居人が嬉しそうに笑った。

「味もおいしいよ」今までの料理と比べたらかなりおいしかった。

 俺は同居人に食費を渡してるから、それで買って来たんだろうと思う。

「才能あるね。ほんと旨いよ」

 何で他の相手と外で飯食ってたんだろうと思う。同居人がどういう気持ちで夕飯を作ってたのかと想像すると申し訳なく感じた。


 ***


 食後は一緒に皿を洗って、その後は、テレビを見る。同居人が俺の肩に寄りかかる。俺は彼の肩を抱いて髪を撫でる。


「なんか今日は優しいね。何で?」

「女医さんと別れた」

「何で?」同居人はわざと感情を込めずに言う。

「処女だって・・・37歳で。絶対結婚しないと可哀そうだろ?でも、俺はそこまで好きじゃなかったから」

「そう。でも、もし好きな人がいたらいいよ。僕、家に帰るし」

 俺は同居人がかわいそうで泣きそうになる。

「君が浮気しなかったら、俺も結婚しないよ」

「浮気なんかしてないよ」

「でも、ゲイって見せ合ったり、しごき合ったりするんじゃないの?」

「僕はしない」同居人は笑った。

「そういうの苦手だから、俺」

「しないよ」

 でも、まだ信用できない。やっぱり疑ってしまう。

「付き合うなら年が近い方がよくない?」

「全然。僕はおじさんが好き。落ち着く」

 同居人がくっついていると熱い。それをずっと我慢していた。

「君が23の時、俺は60。33で70歳」

「別にいいよ」

 俺がボケたらきっと隠れて浮気するんだろうなと思う。それなら俺も気が付かないし、別にいいのか・・・。それでも、俺は嫉妬してしまう。なぜかわからない。

 でも、俺が同居人にのめり込んでいるのは間違いない。彼が好きかと言うと多分好きだし、愛しているかと言われたら、多分Yesなんだろう。




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