プロポーズ

 俺の同居人は4月生まれで、今は13歳の中学1年生。都内の有名私立中学に通っている。彼とはネットで知り合って親しくなったのだけど、気が付いたら俺の家にいついてしまった。もともと不登校だった子で、親も持て余しているから、よくぞ引き取ってくれたと感謝されている。彼は実家の中では、もともと異質な存在で、厄介者扱いされていたようだ。

 でも、俺にとってはかわいい彼氏。彼氏と言っても、ずっとプラトニックな関係だった。未成年と性交すると、合意があっても犯罪になりかねないし、俺は男は無理だと思っていたからだ。


 それなのに、最近、彼が可愛くて困っている。外見に気を使うようになって、毎月美容院に行って、眉を整えたり、日焼けしないようにしている。そしたら、別人のように垢抜けてしまった。今はジャニーズに入れるんじゃないかと思うくらいの美少年だと、俺は思っている。小柄だから150センチくらいしかない。ゲイじゃなくてもかわいい男子にはときめいてしまうのは、俺だけじゃないと思う。

 しかし、美少年と同居するのは決して喜ばしいことではない。一緒にいると、彼のシミのない透明感のある白い肌。サラサラの髪に触れたくて仕方がなくなる。俺も独身で、相手がいないから、俺の中で彼の存在が大きく膨れ上がっていく。そういう子がソファーに横になって、俺の膝に頭を乗せて寝てたり、夜はベッドで隣に寝ている。俺も我慢できなくなってくる。ものすごい精神力で、自分の欲望を抑えなくてはいけなくなる。


 以前は、彼が18になったら付き合おうと言っていたが、俺は考えを改めた。男がきれいな時期は短い。江戸時代の陰間茶屋(ゲイの売春宿)だって、陰間は10歳~17歳くらいまでだった。男はそのくらいの年齢で体質がガラっと変わる。だから、18くらいになると、客が付かなくなって、引退していたようだ。

 男に女性のような美しさを求めるなら、10代の子か、ホルモン療法をやってる人に行くしかなくなる。


 まれに、生まれつき中性的な男も存在するけど、滅多にいないし、白くて毛が無いとしても、やっぱり男は男。彼の両親を見てみると、父親はそんな感じではない。彼は母親そっくりでかわいいけど、18くらいになったら、髭やすね毛がぼうぼうになって、生理的に受け付けなくなってしまうのが目に見えていた。だからといって、彼に性転換するか、玉を抜いてほしいなんて言えるわけがない。彼ならやりかねないが、俺もさすがにそこまで悪党ではない。そもそも、一生一緒にいるかなんて、約束できないからだ。


 結局、俺は欲求を抑えられなくなってしまった。今は刑務所にいるような暮らしをしているから、どうしても彼が欲しくなってしまった。


 それで、思い切って、彼との不適切な関係へと突き進むことに決めた。俺は将来、彼を捨てるかもしれないけど、責任は取りたいと思っている。随分悩んだけど、彼を養子にすることにした。ゲイの場合は、養子にするのが結婚=ゴールのようなものだ。だからといって、俺が彼に何をしてもいいわけではないけど、見返りとして、彼に財産を譲ることにした。俺の持ち物で目ぼしい物は、千代田区の1DKマンションと高級住宅街の3LDKの一戸建て。両方で時価1億円以上。養子になったら、生命保険にも入ろうと思う。


 言い訳がましいけど、彼がずっと俺に絡んできていて、早くセックスしたいといつも言っていたんだ。俺が一方的に彼を好きだったわけじゃない。俺としては彼の願望を叶えたつもりだった。


***

 

 俺たちは夕飯の後に、ソファーに座って一緒にテレビを見るのを日課にしていた。俺がテレビを見ていると、彼は俺の膝枕でスマホを見てるのだけど、その夜はソファーに座るなり俺は切り出した。


「キスしようか?」

 同居人はびっくりしていたが、「うん」と言って目を閉じた。緊張しているようだった。風呂上がりで整髪料を付けていないから、前髪が額にかかって女の子みたいに見えた。俺は彼のかわいさに感動しながら、唇を重ねた。いつもリップを塗っているから、柔らかくてプルプルだった。彼の小さな顔と形のいい目鼻を間近に見て改めて、その外見の良さに惚れ直した。こんなにかわいかったかな・・・。キスしている間、彼はずっと目をつぶっていた。されるがままになっている、若く瑞々しい肉体。俺は未知の彼方へといざなわれる。女にはない何かを彼は持っていた。何かって何?卑猥さ?エロス?まるで昔の自分とセックスしているような倒錯感だろうか。


 俺はいつになく興奮しながら、彼の唾液を吸い、舌を絡めた。俺は信じられないほどにその行為に没頭した。今まで女性といても、そこまで夢中になったことがなかったと思う。キスが久しぶりだったというのもあるかもしれないけど、彼は信じられないほど魅力的でエロかった。


 その晩はキスだけのつもりだったのに、麻薬のように歯止めが利かなくなって、それからは一気にやってしまった。俺は気が付いたら彼を裸にして、全身を舐めまわしていた。彼は小柄で凹凸がないから、胴体は俺の唾液でべとべとになっていた。俺はそんなに舐めるのは好きじゃないのに、その時は特別だった。彼はいつも、下ネタばかり言っているけど、パンツを下ろしてみたら、下の毛も生えてなかった。それが、剃ってる人みたいで余計に興奮してしまった。


 彼の体は気持ちよさそうに素直に反応していたけど、始終恥ずかしそうに眼をつぶっていた。彼は想像していたより、ずっと幼かっただった。俺がいった後もぐったりと横たわっている。初めてにしては、やりすぎだったかもしれないと、俺は途中からすごく後悔していた。本当は早く寝かせなくちゃいけないのに、気が付いたら、もう11時だった。


「ごめん。宿題やってる?」

「うん」

 彼は家に帰るとすぐ宿題を仕上げておくタイプだった。俺と何かあるかもしれないから、と常々言っていた。

「さすが。風呂に入って、早く寝よう」

「うん」

 俺たちは一緒にシャワーを浴びたが、また、いやらしい雰囲気になってしまって、お互いの体を洗い合ったりして、気が付いたら12時だった。もう、明日はどうでもいいやとお互い思っていたと思う。


 布団の中で俺は言った。

「俺と結婚して」俺は勢いでそう口走った。

「いいよ」彼が感激してくれると思っていたけど、そうでもなかった。

 俺は本気だった。彼とのセックスはすごくよかった。俺たちは気も合うし、うまくやっていける気がした。その夜は興奮して、俺たちはあまりよく寝れなかった。


 朝起きて、俺たちはまたベッドでキスをした。

「帰ったらまたしよう」俺は言った。

 子どもには勉強させないといけないのに・・・。

「うん」

 寝不足だと彼の精神状態は悪化してしまうのに・・・。俺はやめられなかった。

「俺が帰える前に宿題やって飯食っておいて。俺が帰ったら一緒にシャワー浴びよう」

 彼は何でも俺に従う。俺に夢中だからだ。


 彼の精神が破綻するか、俺が警察に捕まるか、どちらが先かはわからない。

 俺たちは真摯につきあってるんだから、そんなのはもうどうだっていいと思う。もう、捕まってもいいんだ。彼がきれいなのは今だけないんだから。


***


 俺と同居人は、朝一緒に家を出たけど、玄関でもう一回キスをした。玄関の鏡に映る自分を見て、はにかむ彼はかわいかった。数時間別れるだけなのに、そんなに名残惜しいことなんて今までなかった。会社を休んでずっと一緒にいたいくらいだったけど、そんな真似はできないから、仕方なく俺は会社に向かった。


 俺はもう彼と生きて行くことを決めていて、電車の中でLineに山ほどある女の連絡先を全員ブロックして削除した。もう女とやり取りできない。さらに、俺のキャリアメールのアカウントも削除した。俺は昼休みも使ってせっせとこの作業を続けて、家に帰るまでに身軽になっていた。仕事も適当に切り上げて、定時になったらすぐに家に帰った。


 でも、俺が家に帰った時、家には電気がついていなかった。 

 一抹の不安がよぎる中、玄関の鍵を開けると、同居人の靴がなくなっていた。1階と3階にあった同居人の荷物もきれいになくなっていた。


 あ、出て行っちゃったんだ・・・。俺は愕然とした。俺は振られたんだ。あまりにあっけなかった。それだけでなく、13歳の子どもにあんなことをして、警察に駆け込まれたらどうしようと青くなった。彼は口では一丁前のことを言っていても、中身はまだ子どもだったんだ。俺はそれを見落としていたようだ。


 俺はショックを受けて、シャワーを浴びながら彼がいなくなった現実に呆然としていた。当たり前のように彼がいた生活が、一瞬で終わってしまったんだ。奇跡のような日々を、俺が自分で握り潰してしまったんだと。


 Lineを送ったけど、既読にならなかった。俺がセフレを切ったように、彼も俺を亡き者にしたのかもしれない。


「どうしよう・・・」俺は頭を抱えた。


 俺はショックで寝込んでしまった。次の日は起き上がれなくて、会社を休んだ。以前は同居人が寝ていたベッドに俺は寝た。いい匂いがした。幼くかわいかった彼。目を閉じると彼のはにかむ笑顔が浮かんできた。


 そのベッドは、俺が買ったものだ。今は空っぽ。むしり取ってしまった花の残骸のようだった。彼はもう永遠に戻って来ない。俺は、彼が好んでいた少年漫画の主人公のような、無邪気で純粋な輝きを永遠に奪ってしまった。つまり、俺は彼から少年時代そのものを奪ってしまったのだと思う。

 彼はいつも下ネタばかり言っていた。どうして?俺は不思議で仕方なかった。


 でも、それは背伸びしているだけで、実際の彼とは違ったんだと気が付く。自分が彼に抱いていたファンタジーは、あまりに身勝手なものだったろう。ゲイの人たちは子どもの頃から淫乱で、相手は誰でもいいと思い込んでいた。少なくとも、彼は俺のことを好きだと言っていたし、早くやりたいと3日に1回は言っていた。俺はそれをどう受け取るべきだったんだろうか。保護者らしく、まだ早いと突っぱねなくてはいけなかったんだ。


 はっきり言って、彼は夜中、無言で俺のナニを咥えていたのに、自分が触られるのは嫌だったんだろう。そんなのは、傍目にはわからない。体が成熟してないと、性欲もないのかもしれない。彼のものは小学3、4年生くらいの成長具合だった。そんなに遅いとは思わなかった。もう、毛が生えているくらいの時期じゃないか?エロ動画を見て興奮するとしても、実際の行為自体は嫌ということか?


 俺は、会社を休んだ翌朝、リビングで朝食を取ろうと思った。


 テーブルに手紙があった。同居人からだった。彼はきれいな外見に似合わず、ものすごく字が汚い子だった。


 『おかえり。混乱しているから、しばらく距離を置きたいと思う。昨日のことは誰にも言わないから安心して。鍵はポストに入れてあるからね。さよなら。色々ありがとう。Rei 』


 あ・・・もう終わりなわけ?

「さよなら」って、そんなに簡単に俺たちの関係を終わらせることができるんだろうか。俺たちはすでに人生を共有していたんじゃないか?俺は彼を支えてきたつもりだったのに。

 俺は泣けてきて、朝食どころではなくなった。すぐに彼のお母さんにLineを送った。


「一昨日はすみませんでした。息子さんが急に帰ってしまって、僕にもよくないところがあったと反省してます」

「何かあったみたいで、学校を休んでしまってて、様子を見てます」と、返信があった。

「会って話したいけど、会ってもらえないと思うので・・・僕も謝りたいです」


 彼は不登校に逆戻りしてしまったようだ。ちゃんと通っていたのに・・・と、俺はますます落ち込んだ。郵便ポストには彼が言った通り、鍵が入っていた。俺たちの同居生活はあっけなく幕を下ろしてしまったんだ。俺はそれを受け入れられないでいる。彼から連絡がないか毎日待ち続けているけど、何の音沙汰もない。なぜ、彼が出て行ってしまったのか。俺に直せるところがるなら、変わりたいと思うけど、何の連絡もないということは、もう彼は俺を求めていないということだ。


 彼は俺の指の間をすり抜けてしまった。

 俺は初めて恋人に振られてしまった。

 



 

 

 




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