理想の子ども
*本作は「理想の子ども」の一部を再掲載したものです。
俺の知っている子で、13歳の発達障害児がいる。
はっきり言って彼は精神的におかしい。
でも、かわいそうな子だ。
こんな風に言われたら、彼はきっとがっかりする。自分に自信がなくて、何のとりえもないと思っているからだ。自己否定がひどいのに、片や自分をすごいとも感じていて周囲を見下している。神経質で誰とも付き合えない。
自閉スペクトラム症と診断されているけど、一応、コミュニケーションが取れているから、それほどひどくはなさそうだ。空気を読めないところがあり、集団生活が苦手だ。人に失礼なことを言ってしまって、すぐ険悪になってしまう。リアルの友達はほとんどいないようだ。
俺と彼はスマホアプリのチャットルームで知り合った。小6の時、子どもだけで集団自殺をしようとしていたけど、俺がそれを止めようとして彼と出会った。この時の話は「自殺サークル」という作品で書いている。
俺は彼の両親に何度も会っている。彼らも手に負えなくなっていたから、俺に何でも話す。赤ちゃんの頃から最近まで包み隠さず。特にお母さんから色々話を聞いていた。
「保育園までは普通だったんですけど・・・」
お母さんは言う。手のかからない子だったから、こんな風になるなんて想像もしなかったようだ。
「でも、友達はいなかったけどね」と、父親は諦めたように言う。どちらも友達が多そうな人たちだ。友達がいない人をダメ人間と思っているような・・・。自分の子どもがそういうタイプの子だなんて、受け入れられないだろうと思う。
「友達は女の子だけで・・・男の子からはずっと虐められていました」
「理由は?」と、俺。
「女の子とばっかり一緒だったからかも」
「なよなよしてて、気持ちが悪かったんだと思う。保育園の頃から、オカマって言われてましたから」
「最近の子は口が悪いね」
「そうですよ。”死ね”とか普通ですから」
「女の子と遊ぶのが好きっていうわけじゃなくて、多分、女の子は虐めないし、守ってくれるからだと思います。私も前は男の子のママ友がいたんですけど、子ども同士仲が悪くて疎遠になっちゃって・・・」
彼がおかしいのは生まれつきなのか、環境のせいなのかはわからない。
保育園も小学校も良くなかっただろう。
でも、彼が今みたいになってしまったのは親のせいのような気がしてくる。
◇◇◇
彼は幼い頃は手のかからない子だったらしい。夜泣きは全然しない。
3~4人に1人くらいはこういう子がいるらしい。性格が穏やかな子は夜泣きをしないそうだ。特に男の子は女の子ほどは泣かないみたいだが、自閉症の場合もあるとか。だからと言って、彼は愛嬌のある子だったわけではなくて、無表情で大人しい子だったみたいだ。
お母さんは短大出身で、旦那さんはN大という夫婦。お母さんは大学時代は有名大学のサークルに入っていて、エリートの彼氏がいた。
でも、あちらの浮気で破局してしまったらしい。就職先は不本意だけど信金だった。それで、旦那と職場結婚。
本当は大企業の人と結婚したかった。友達の中にも大企業の社員と結婚した人ばかりで、高望みというほどではない。みんな行きたがるだけあって大企業は恵まれている。企業年金があって、福利厚生がいい、給料が高い。必然的に住んでいるエリアも違う。
職場の人は埼玉、千葉、神奈川とか都内以外に住んでいる人が多かったが、彼らは奥さんの実家が近い、東京都の北区に一戸建てを買った。親が援助してくれたみたいだ。23区に住んでいる人は、社内では少ないらしい。いても地価の安い江戸川区などだ。
奥さんは旦那の学校や勤務先にコンプレックスがあり、息子をエリートにしたかった。子どもができると、一部の母親は子どもの教育に固執し始める。子どもの学歴はステイタスと思う人が多いから、そこで逆転したかったのかもしれない。
取り合えず、お母さんがやってたのは、下記のようなことだ。
生まれる前から、胎教と称して音楽を聞かせていた。生まれてからはBGMとして英語の童謡を流す。知育グッズを複数購入。そして、0歳から幼児教室にも通わせた。保育園に入るために、育休1年未満で復帰したけど、保育園はカリキュラムが充実した無認可の保育園に通わせた。土日は英語を習わせていて、土日両方とも1日5時間くらい英語だけの環境で過ごさせた。それから、英語の後は、体操教室とピアノも掛け持ち。そんなに経済的な余裕があるのかと不思議に思うが、奥さんの実家がわりと裕福だったから、祖母がお金を出してくれていたらしい。
平日、家にいる時は、地名や国旗、交通標識などを暗記させる。絵本の読み聞かせは毎晩。アニメなんかは英語のみ。勉強は先取りしていて、3歳くらいから算数や文字などをやらせていた。
公園なんかには行ったことがない。時間がもったいないからだ。
親が短大卒なのに何で?と思うけど、お母さんはわりと勉強ができたけど、父親が『女性は短大でいいんだ』、という考えで四大に行かせなかったそうだ。お父さんは一浪でN大。こういう両親で、子どもが天才児ということもあるんだろうか。両親高卒で子どもは東大という人もいるから、もしかしたらいるのかもしれないが、子どもに無理をさせ過ぎではないかと思う。
でも、東京ではこういう子どもがたくさんいるんだ。俺の会社の人も、子どもの習い事をいくつも掛け持ちしているのが普通だ。地方でも案外変わらないのかもしれない。
しかし、たまたま、彼は頭が良くて、こういう不自然な教育についていくことができたそうだ。塾の人にも”すごいですねと”褒められて、両親は喜んでいた。
「将来稼ぐ人になるかもしれないな」
「お医者さんとか・・・」
奥さんは胸が高鳴った。子どもが勉強ができると鼻が高い。ママ友の子どもより、息子がぶっちぎりで賢かった。他の子ができないようなパズルなんかも解けていた。
しかし、英語は苦手だったらしい。英語に行った日は明らかに機嫌が悪くなった。お母さんは、そんなのは気にならなかった。英語を勉強させて、将来は海外で活躍するような人になってほしかった。
小学校に入った頃もぶっちぎりに頭がよかった。先取り教育をしすぎていたせいで、授業がつまらなくて彼はノートに落書きか何かをしていたらしい。みんながバカに見えたと言っていた。クラスメイトとは全く話が合わないから、先生としか喋らない。そんな風だから、みんなから嫌われて、仲間外れにされる。友達は全然いないけど、女の子が庇っていたらしい。そのうち、”女だ”と男子からかわれるようになる。教室で倒されて、股間を踏まれたりして、学校に行かなくなってしまったそうだ。
でも、彼によるとそれに興奮している自分もいて、その時、自分がゲイだと確信したそうだ。聞いてて気の毒になる。
お母さんはクラスでいじめがあると訴えたが、学校側は否定した。本人もプライドが高くて否定していた。
彼は学校に行かなくなった。両親がどんなに怒っても、殴っても、引きずっても無理で、保健室通学も嫌がった。それからは、家族とは全く口を利かなくなった。今もほとんど口を利かない。話すのはかっとなって口答えする時くらい。
部屋に引きこもって、一人で本を読んだりしていた。図書館にだけは行くから、祖母が一緒に付き添って、平日昼は図書館に行って本を借りて読んだ。
彼は祖母にだけは素直に従ったが、家では暴れていて、母と姉には暴力を振るうようになっていた。母親はそのことを実母には言えなかった。恥ずかしかったからだ。
しかし、祖母は意外にも学校に行けと言わなかった。
「怜君はお勉強ができるから大丈夫よ。中学から私立に行けばいいのよ」
彼もそう思うようになった。
「おじいちゃんも中学校は私立だったから、同じところに行けば?」
祖父は名門中学に通っていた。彼はそうすると答えた。
◇◇◇
彼は不登校になってからは、家にいるだけの生活になってしまった。両親は共働きだから、昼間はおばあちゃんが娘の家に行って世話をする。家が近所だったからだ。それで、英語のフリースクールに通わせていた。ネイティブスピーカーがいない中途半端なところ。学費は高いけど、友達が一人もいないと将来コミュニケーションが苦手な人になると思って、通わせていたそうだ。彼は周囲を見下していたから、友達は一人もできなかった。そういう所に行っても、彼は先生たちと喋るだけだった。
好きな男の先生がいて、いつも話しかけていたら「君とばかり喋っていられない」と言われたそうだ。それから、彼は誰とも喋らなくなってしまったらしい。フリースクールに行っても漫画を読んだり、ゲームをしているだけ。親は焦って勉強させようとするんだけど、やっても仕方ないと言って何もやろうとしない。
家ではストレスを溜めて暴れたり、自傷行為をしたりしていたらしい。リストカットみたいに剃刀で切るというより、腕にシャープペンシルや針を刺していたそうだ。夜、頻繁に暴れたりもした。昼夜逆転してしまった。フリースクールにも通えなくなったし、近所では頭のおかしい子として認知されるようになっていた。
そして、ネットと出会う。
母親は教育ママだから、スマホを買い与えなかったけど、祖母がクリスマスプレゼントにパソコンをプレゼントしてしまった。それからは1日中パソコンをやって過ごすようになった。親は有害サイトを見られないようにフィルターをかけていたが、頭がいいから外してしまった。親が帰ってくる頃には、履歴も消して、フィルターを再設定した。
さらに、おばあちゃんは、自分と連絡を取るためにと携帯もプレゼントした。それで、知らない人とチャットをするようになった。リアルで友達がいないんだから、ネットでもできなかったらしい。
そのうち、おばあちゃんが病気になって、家に来られなくなってしまった。
それからは、さらに生活が破綻していった。家族は朝出かけてしまう。家に1人で留守番している。1日中ネットを見る。有害サイトでもなんでも興味のあるものを1日中見ていたらしい。
その頃は、本気で自殺を考えていたらしい。ネットで楽に死ねる方法を調べていたそうだ。
それが、小6の夏に彼は劇的に変わったらしい。いきなり勉強し始め、家で暴力を振るわなくなった。自傷行為もしなくなった。それで、最終的にはかなりいい中学に合格した。奇跡と言えるレベル。やっぱり頭がいいんだと思う。学校での成績もかなり良くて、いつも学年1桁台だ。
でも、いつも死にたいと言っている。
彼は勉強はできても、集団で孤立してしまうタイプ。こういう人はどんな仕事ならできるんだろうか。ゲイだから結婚して子どもを持つのも難しそうだし、彼の老後は誰が面倒をみるんだろうか・・・。勉強ができても、見た目がそこそこ良くても、経済的に困っていなくても、彼の将来は暗い。
親が変な教育をしたせいでこんな風になってしまったのか、もともと彼の性質なのかはわからない。たぶん、両方なんじゃないかと思うけど、親が早期教育をしてなかったら、今みたいにはなってないだろう。それか、小学校から先取しているような私立学校に通っていたら、もっと才能が開花したかもしれない。
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