第5話 西湖コウモリ穴前

 俺たちは乗り換えてからも一緒にいて、すっかり親子のようになっていた。


 俺は河口湖で怜にアイスを買ってやった。

 はっきり言って、死ぬ必要なんて全然ない普通の子だった。


 河口湖から西湖周遊バスに乗った。西湖コウモリ穴まで34分もかかる。

 俺たちはバスに乗ってもずっと喋っていた。

 その電車に乗っているのは、家族連れとカップル、年配の夫婦。中年の男性が1人だった。


「学校夏休み?」

「うん」

「宿題やってる?」

「やってない」

「今って、どんな宿題あるの?」

「絵日記とか、ドリルとか・・・」

 学校行ってなくても課題は出るんだと思った。

 確か、3年から不登校だったと言ってた気がする。

 全然普通の子なのに。何があったんだろう。 

「勉強、何が好き?」

「理科」

「ああ。俺も理科好きだった。今、何やってるの?」

「天体とか・・・」

「あれ難しくない?俺、全然覚えられなかった。星の名前覚えないといけなくない?」

 その子は、星座と星を正確に覚えていた。そして、何座の何という星が何等星かというのを自慢気に言っていた。不登校なのにどうやって勉強してるのか気になった。

「よく覚えられるね。すごいなぁ・・・どやって覚えるの?」

「よく図鑑見てるから自然に覚えた」


 こういう賢い子が学校に行けてないとは痛々しかった。

 しかも、俺がいなかったら死んでたかもしれないなんて・・・。


 俺たちは待ち合わせ場所の西湖コウモリ穴に着いた。

 小学生の集団はいなかった。


『本当に一人?』

 リーダーからLineが来た。

『一人だよ』と、もふもふが返す。

『隣にいる人誰?』

『さっき、電車で知り合った人』

『じゃあ、そこで別れて』

 

 やばい・・・。どうしよう。

 見られてるんだ。

 小学生いないけど・・・。

 何だろう・・・おかしい・・・。

 車にいるんだろうか・・・。 

 

 怜は俺の方に向き直った。

「じゃあ、これで・・・。今から友達と会うから・・・」

「でも、いなんじゃない?」

 俺は心配になって言った。

「これからみんな来るって」

「じゃあ、その人たちが来るの一緒に待つよ」


 一緒にバスを降りた人はもういなくなっていた。

 ちょっと離れた所に、車が何台か停まっていた。

 

『その人にバイバイして』

 と、Line。

『うん』 


「ごめん。じゃあね。Line聞いてもいい?」

 怜は言ったけど、俺は教えられなかった。IDでばれてしまう。

「Lineはちょっとダメだから、じゃあ、携帯番号」

「うん」

 俺たちは電話番号を交換した。

 怜は本当は死ぬつもりなんかないんだ・・・。

 俺とまた連絡取る気があるんだから。

  

 そして、俺は口では「じゃ。またね・・・今度、心霊スポット行こうよ。絶対、連絡して」と言った。


 怜は手を振った。そして、別の方向に向かって歩いて行った。

 俺はそれを見送った・・・。

 小学生なんかいないじゃないか・・・。

 俺にはLineが来なかった・・・。

 あ、そうか。今は怜だけに送ってるんだ。

 

 怜が近付いて行ったのは、運転席にもフロントにもスモークが貼っているバンだった。あれは駄目だろ・・・。完璧、法令違反の不審車両だ。あと1メートルくらいで、怜の手がドアにかかりそうな距離になった。


 違う・・・。

 待って!

 あれは大人だ!


 行っちゃダメだ!

  

「怜!」

 俺は大声で叫んだ。

「待って!」

 怜が振り返った。

 俺は走って車に駆け寄った。その車の運転手を見咎めるために・・・。


 運転席にメガネを掛けた40代くらいの男が乗っていたように見えた。

 白いポロシャツみたいなのを着ていた。

 

 キ-----!!!


 一瞬でその車は急発進して、一瞬で走り去ってしまった。

 スズキの白いエブリイだった。小学生が何人も乗るような車じゃない。


 その後を、警察の覆面パトカーが追いかけて行った。あ、誰か通報してくれてたんだ。今日来てない誰かが。


 俺はその瞬間悟った。最初から子供なんかいないんだ・・・。本当の子供は怜だけで、あとの5人は1人の男が演じてたんだ。それで、青木ヶ原樹海の駐車場で待ってて、やって来たところを車に乗せて・・・連れ去る。携帯は取り上げて電源を切る・・・。

 でも、Lineの通信履歴なんかで犯人特定できるだろう。捕まってもいいんだろうか?

 

 目的が果たせれば・・・。

 そうなんだ・・・。

 犯罪者ってそういうものなんだ。

 俺はゾっとした。


 すると、スーツ姿の男が近づいて来た。

「どういう御関係ですか?」

「電車で知り合って。1人だったんで心配で」

 俺はおろおろして答える。

「ちょっとお話聞かせていただきたいんですが」

「はい」

 

 でも・・・。

 このまま怜と別れたら、彼がまた同じことをしようとするんじゃないか。

 どうしたらいいだろうか。


 俺は「何かあったら連絡して」と怜に何度も言った。

「何か欲しい物があったら買ってやるし、行きたいところがあったら連れてってやるから」

 怜は俺に心を許して、家で家族とうまく行ってないと言っていた。

 家に居場所がないとも。だから、一人になったら何をするかわからなかった。

「俺、一人暮らしだから遊びに来いよ!」

 俺は必死だった。 


 警察は俺のことを、小学生を猥褻目的で連れまわした変態だと思ったみたいだ。

 汚い物を見るような目をしていた。

「もういいから・・・」


 俺はその後、警察で大恥をかいた、、、でも、いいんだ。怜が助かったんだから。

 

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