第4話 たった一人の子
俺は特急を一通り歩いたが、1人で乗っている小学生は、やっぱり1人しかいなかった。
小5くらいの男子だった。
俺は子供の頃から背が高かったから、小6で身長が160くらいあった。
その子は平均身長くらいかもしれないが、やっぱり小さい。
1人でシートに座っていると心もとなく感じる。
服装は別に貧乏くさい感じでもなく、真新しくて、上下ユニクロくらいの価格帯かなと思った。けっこう清潔感のある服装で、靴もリュックも帽子も全部Nikeだった。親がある程度服に金をかけているということは、ネグレクトということはない。親はちゃんと育てているんだろう。
顔もわりと整ってて、不細工ではない。ごく普通。普通過ぎるくらいの子供。
何で死にたいと思ったんだろう。
俺はその子の隣に座った。
電車はガラガラだ・・・。その特急は座席ランプがついていて、空席と使用中、次の駅で乗って来る人がいるかがわかるようになっていた。
本当は空席なのに、俺は勝手に男の子の隣に座っていた。
山梨に行く特急は所定の座席に座っていなくても大丈夫で、車掌さんも見逃してくれる・・・。
でも、電車はガラガラだから、やっぱり変だった。
話しかけたい・・・。
でも、変な人だと思われる。普通に考えると、俺が猥褻目的で近付いているみたいだ。
「リュック上にあげる?」
俺はその子に聞いた。
「いいです」
その子はこわごわ返事しているみたいだった。俺の中で何かが揺らいだ。萌えというか、女の子に対するような感情だった。男子でも子供はかわいいなと俺は思った。変な意味ではない・・・。
「一人?」
「はい・・・」
「そうなんだ。偉いね。おばあちゃんの家に行くとか?」
「違います」
「観光?」
俺は笑いながら聞いた。
「はい」
「へえ。どこ行くの?」
「青木ヶ原樹海」
「え、そうなんだ!実は俺も。何しに行くの?」
「友達と待ち合わせしてて」
「へえ。そうなんだ。虫取り?」
俺は虫取り網を見て行った。
「はい」
「青木ヶ原樹海行ったことある?」
「ないです」
「虫は何がいるか知ってる?」
「知らないです」
「蝶で有名みたいだよ」
その子が興味を示したようだった。ぱっと顔が明るくなった。
「虫好き?」
「うん」
「あそこはね、ヒメシロチョウ、ゴマシジミ、ヒメシジミとか・・・草原にいるような珍しい蝶がいっぱいいるんだよ」
その子は感心していた。俺は青木ヶ原樹海について知っていることを色々話した。地理、動物、溶岩、土壌とか・・・。
「でも、青木ヶ原樹海は虫捕ったり、キノコ採ったりできないんだって。国のものだから」
男の子は残念そうだった。
「写真を撮れば?携帯持ってる?」
「はい」
「あ、知ってる?青木ヶ原樹海って携帯繋がると思う?」
「繋がらない・・・?」
「実はつながるんだって」
男の子は笑顔になっていた。
「方位磁針も狂うっていうよね。でも、実際は大丈夫なんだって」
そうやって話していると、車掌さんが話しかけて来た。
「切符を拝見させていただきます」
そう言って俺の切符を確認した。
「5号車ですけど・・・」
明らかに不審者だ。
「友達なんです」
車掌さんが男の子の顔を見た。
男の子は頷いた。
俺はほっと溜息をついた。
「青木ヶ原樹海に何しに行くの?」
男の子が聞いてきた。
「心霊スポット巡り・・・怖い話好きじゃない?」
「好き」
その子は言った。俺は得意になって青木ヶ原樹海の怖い話をしてやった。
「君の友達は虫取りできないって知ってるの?」
「わかんない」
「友達いくつ?」
「小学生」
「そっか。ばれたら怒られるよ。全部おいて帰れって言われるから・・・やめたほうがいいよ」
そのうちLineが来た。リーダーだった。隣の子にも同じLineが届いていた。
『早く家を出たから、みんなで先に行ってるね』
『え、みんなって何人?』
隣の子が打った。IDは「もふもふ」だ。多分、YouTuberのまふまふから来ている。
ああ、あの不登校の子だ。俺はすぐわかった。
『6人』
リーダーはそう言って、6人の名前を挙げた。
次々に『ごめん』、『まってるね』、『おつ』などとメッセージが届く。
『1人?』
『うん』
俺は『乗り遅れて、1本遅い電車になっちゃった。ごめんね』と送った。行かないと言ったらブロックされるからだ。
俺はずっと怖い話をしていた。
「どの辺に住んでるの?」
「王子」
「へぇ。じゃあ、神谷公園って知ってる」
「うん。家の近く」
「あそこはね、第二次世界大戦の時に、東京大空襲があって人が沢山亡くなったんだよ。確か300人くらいだったかな・・・。あの辺は軍の施設がたくさんあって、何回も狙われたんだって。亡くなった人が多すぎて、遺体は取り敢えずあそこに埋められたんだって。戦後しばらくは、死体がいっぱい埋まってたんだけど、5年くらい経って別の所に埋め直したって。でも、あそこは幽霊が出るみたいだよ」
「えー!いつもあそこで遊んでたのに・・・」
男の子は本気で怖がっていた。
「家近いの?」
「うん」
「じゃあ、今度行ってみなよ。絶対夜行った方がいいよ・・・」
「やだ」
そうやってずっと喋っていたから、俺たちはすっかり仲良くなっていた。
「名前、聞いてもいい?」
「
女の子の名前じゃないか。これは、いじられるかもしれない。
「へえ。俺は江田聡史」
「独身?」
「うん。何でそう思うの?」
「独身ぽいから」
俺は笑った。そうやっていると、自殺するような子には全く見えなかった。
完璧に普通の子だ。一体何が問題なのかまったくわからなかった。
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