第5話 7

 <闘姫>が戦闘出力になったのに反応して、機属が武装を展開。


「――アンを守って!」


 わたしの声に応えて、騎士達が駆る<兵騎>も動き出す。


 <闘姫>が右の拳で、オズワルドの<古代騎>が展開する光の盾――フォース・シールドをぶん殴って。


 すごいね、アンは。


 もう完全にEC兵装を使いこなしてる。


 オズワルドのそれ、特殊力場で攻撃を緩衝する盾なんだよ?


 ――なのに。


 <古代騎>の足は床を離れて、通路をすごい勢いで吹っ飛んだ。


 先にある隔壁をぶち破られて、<闘姫>はその後を追って通路を駆ける。


「――みんな、機属達を頼んだよっ!」


 乱戦を繰り広げる騎士達に告げて、わたしもまた隔壁の向こうに転移。


 そこは――格納庫なのかな?――、多くの未稼働の<古代騎>が並んだ、広い空間になっていて。


『――クソが! 女が強くてなんになる!

 おまえは昔からそうだ!』


 <古代騎>が身の丈ほどにも伸びた光の剣――フォース・ブレードを振るう。


 けれど、<闘姫>はそれを左拳で弾いた。


『……おまえがそうだから、わたくしは強くならざるを得なかったのよ!』


 がら空きになった<古代騎>の胴に、<闘姫>は身をひるがえして蹴りを叩き込む。


 オズワルドはギリギリで盾で防いだものの、また宙を飛んで、背後で固定されている<古代騎>に激突した。


 <闘姫>が天井近くまで跳び上がり、飛び蹴りを放つ。


『――グッ! クソッ!』


 オズワルドの<古代騎>は、下敷きにした<古代騎>を持ち上げ、飛来する<闘姫>に向かって投げつける。


 <闘姫>はそれを突き出した左足で迎え撃ち。


 ――轟音。


 吹き付ける暴風に、わたしは近場の<古代騎>固定具に身を隠す。


 オズワルドのすぐ横の固定具を打ち砕き、投げつけられた<古代騎>ごと、<闘姫>の左足は壁を貫いていた。


 ゆっくりと足を引き抜き、再びオズワルドの<古代騎>に正対する<闘姫>。


『……化け物め』


 呻くように呟くオズワルド。


『そうさせたのは、おまえだと言ったでしょう?

 強くならなければ、あの王城では生き延びられなかったもの。

 そんな事より……初代シルトヴェールの血は、おまえにも流れているのよ?』


 エドワードなんかもそうだしね。


 シルトヴェールの王族の血統は、かつての竜殺しの騎士の血統だもん。


 ちゃんと鍛えれば、オズワルドだって強くなれたはずなんだ。


 そうしなかったのは、オズワルド自身の怠慢だよ。


『――守られるべき王族が鍛えてなんになる!』


 剣も盾も失くしたオズワルドは、両拳を構える。


『王とは民を守る為にあるのよ!』


 アンもまた、拳を構えて半身に。


『……やはり……』


 ふたりの声が重なる。


『――おまえとは、わかりあえないっ!』


 動いたのは同時で。


 互いに振るわれた拳が、両騎の頭部を捉える。


 <古代騎>の頭部が吹き飛び、けれど<闘姫>はわずかに頭を逸して、拳をかわしていた。


『――まだだぁっ!』


 頭部を失った<古代騎>の両手が不意に動いて、伸ばされたままの<闘姫>の右腕を掴む。


 その胸部が開いて、オズワルドが姿を現した。


 応じるように、アンもまた<闘姫>の鞍から身を乗り出して。


 ふたりは床に降り立ち。


「うおおおおぉぉぉぉ――ッ!」


 オズワルドがアンに殴りかかる。


 その拳は確かにアンの頬を捉えて。


 ――けれど、それだけだった。


「……軽いわね……」


 殴られたアンがぽつりと呟く。


「……女に守られていろと……守りたいというのならっ!」


 手甲に覆われたアンの拳が唸りをあげる。


「――ブフゥッ!?」


 顔面に鋼鉄を叩き込まれたオズワルドは吹っ飛び。


 <古代騎>の足にぶつかって、床に倒れ込む。


「これくらいの拳を用意しなさいな……」


 見下ろすアンの呟き。


「……まだ、だ……」


 鼻血で顔を赤く染めながら、オズワルドは床を這って、アンの足を掴んだ。


 アンは這いつくばるオズオワルドを見下ろし。


「……少し見ないうちに、根性だけはついたようね。

 そんなにあの女が大事?」


「私にはもう……ルミアだけなんだ……

 そして、ルミアにも、もう……」


 アンが鼻を鳴らして足を振り、オズワルドの手を振りほどく。


 オズワルドは低く呻き、ゆっくりと身体を丸めた。


「――頼むっ!

 お願いします!

 もう、俺達の事は放っておいてくださいっ!

 いや、俺はどうなっても良い、ルミアだけは見逃してやってくれ!」


 床に頭を擦りつけて、アンに懇願するオズワルド。


「ルミアは……彼女は可哀想な女なんです!

 いいや、そうじゃない!

 俺のなにを差し出しても良い!

 彼女だけは守りたいんです! お願いします!

 ……お願いしますぅぅ……」


 嗚咽するオズワルドに、アンは天井を見上げて、鼻をすすった。


「……なぜ、その想いを民に向けてあげられなかったのかしら……」


 深い……本当にいろんな想いが込められた、深い溜息。


「……裁きは受けてもらうわ」


「――じゃあっ!?」


 一縷の望みを見つけて、オズワルドが顔を上げる。


「どうなるかは、あの女次第よ……」


「ありがとう……ありがとうございます!」


 オズワルドは再び床に頭を擦りつけて。


「……アン、良いの?」


 そばに駆け寄ったわたしの言葉に、アンは肩を竦める。


「殺して終わりとするには、あまりに事が大きくなりすぎたもの。

 ……それに……」


 アンは乱れた髪を掻き上げて、オズワルドを見下ろす。


「ルーシオの言葉を信じるなら……まあ、このバカの反応から言っても、本当なのでしょうけど……

 ――ルミアも確かに、哀れな娘よ……」


 それはね……わかるよ。


 ――貴属というだけで、狩り出され。


 異能を持っているというだけで、実験体として扱われるなんて、どんな気持ちだろう。


 復讐心に身を焦がし、その想いさえも利用されて。


「……けどね」


「――だけど……」


 わたしとアンの言葉が重なる。


「だからこそ、止めてあげなくちゃね……」


 ふたりでうなずきあって、微笑みを交わす。


 わたしはオズワルドを見下ろし、彼の手を掴んだ。


 その右手には、赤い文様――盟約の詞があって。


 アンに殴りかかる時に、見つけてたんだよね。


「アン、手、出して」


 オズワルドの手に、差し出されたアンの手を重ねる。


「――果ての魔女が、盟約の譲渡をここに認める」


 わたしの魔道を媒体として、オズワルドからアンへと盟約の詞を移す。


 途端、アンは目を押さえてよろめいて。


 ああ、そうだね。


「霊脈を司る刻印だからね。視えちゃうでしょ?

 それがわたし達の視てる世界。

 馴染んだら、魔道を通した時だけ視えるようになるから安心して」


 今のアンは、霊脈が視えてしまってるはず。


 人の魔道を吸い上げて、霊脈で稼働するこの艦には、いま膨大な霊脈が流れ込んでいて、慣れないアンには気持ち悪く感じるかもしれない。


「……だ、大丈夫よ」


 <闘姫>の足に手をついて応えるアンに、わたしは苦笑。


 それからオズワルドに向き直り、顔に治癒の魔法をかけてやる。


「血止めだけだよ。

 おまえには、ルミアを説得してもらう。

 これ以上の人死には、わたしももうたくさんなんだ。

 ――できるね?」


 尋ねるわたしに、オズワルドは大粒の涙を溢れさせながら、何度も何度もうなずいた。

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