第5話 6
<兵騎>三騎が並んであるけるほどの大回廊を、わたくし達は突き進む。
霊脈でルミアと繋がっているクレアの案内は迷いないもので。
足止めするように曲がり角から出てくる、球形に手足を生やしたような敵は、<闘姫>の拳で黙らせたわ。
機属――大型の鬼道傀儡のようなものだと、クレアが説明してくれた。
エリュシオンが目覚めた事で、同じく目覚めたのだそう。
……それにしても。
大回廊を駆けながら想う。
「城の地下に、これほどの空間があったなんてね」
城の大深度地下にある祭壇は、わたくしも浄化の儀式の際に訪れた事があるわ。
けれど、いつも長い階段を下って行くだけで。
「――艦橋直通路以外は、ロックされてたんだろうね」
<闘姫>の肩に乗ったクレアが、わたくしの呟きにそう応えた。
やがて通路が不意に行き止まりになって。
「道を間違えた?」
「違う。隔壁が降りてるだけだよ」
そう告げたクレアは、目を閉じて集中。
軽い風を吹き出しながら、目の前の壁は上下に割れて開いていく。
「――ッ!?」
その向こうに、回廊を埋め尽くす機属を率いた<古代騎>が立っているのを見て、わたくしは一歩退く。
同行してきた騎士達の<兵騎>が、武器を構えて臨戦態勢に入った。
……けれど。
<古代騎>の胸部装甲が割れて、鞍の中から、以前、ルミアと共にブラドフォードにやってきた魔道士が姿を現す。
あれから<影>達が調べた情報によると、彼はルーシオ・ソルディス――ソルディス家の嫡男にして、宮廷魔道士なのだという。
「――アンジェラ嬢、少し話がしたい」
「この状況で?」
時間稼ぎのつもりかしら?
それでもあまりに真剣な顔でこちらを見つめるものだから、わたくしまた鞍を開いて自身を晒したわ。
それで対話の意思を受け取ったのか。
「……感謝する」
彼は<古代騎>の胸の前に差し出した手に降り立って、そう会釈を返した。
「それで、話とは?」
「……ここで手打ちにしてくれないか?」
再び頭を下げるルーシオ。
「――これだけの事をしでかしておいて!?」
「ルミアの目的は、ローデリアだ!
君達が放っておいてくれたなら、これ以上、この国には迷惑はかけない!」
「……迷惑をかけない?
エリュシオンは霊脈を――シルトヴェールのみんなの魔道を吸い上げて動いてるんだよ?」
クレアが鼻で哂って、彼の言葉を否定した。
「この艦の原理はある程度、理解できた。
ローデリアの霊脈上に出られれば、そちらに接続し直す事を約束する」
クレアやイフューですら、曖昧にしか理解できてないものを『理解できた』ですって?
「……ルーシオ・ソルディス。
おまえはいったい何者なの?
なぜ今代の果ての魔女さえもが理解しきれていないものを……」
「――<叡智の蛇>をご存知か?」
わたくしの言葉を遮るように告げられたその名に、思わず息を呑む。
「古代の異物を収集・研究しているテロ組織ね……」
数年前、とある事件で瓦解したと聞いているけれど、それまでは中原各国が頭を悩ませていた、大規模な犯罪組織だわ。
「私はかつて、そこに所属していて、<使徒>の役職を与えられていた」
「……<叡智の蛇>の上級研究員……
かつて、と言ったわね?」
「ああ。元々、ローデリアに留学した時に、あの組織から接触があったんだ」
そうして彼は語り始める。
魔道の知識を深める為に、より深淵を求めていた彼は、その誘いに飛びついたのだという。
「シルトヴェールは周辺国に比べて、魔道の発達が遅れている。
それは先のランベルクとの戦でも明らかだった。
伝承やお伽噺とうそぶきながら、感覚的に守護貴属が守ってくれると信じ切っているんだ。
私はそれをどうにかしたかった。
だが……」
日々繰り返される、魔獣や魔物、時には人さえもが用いられる、非人道的な実験に、ルーシオの心は摩耗していったのだと語ったわ。
彼の組織はそんな事にまで手を染めていたのかと思うと、吐き気がするわね。
「疲れ果てた私は、休暇を機に一時帰国した。
そこで君に出会った……」
ルーシオは両手を広げて顔を上げ、わたくしを見つめてきたわ。
「あれは夏涼みの夜宴だっただろうか。
元々パーティーが苦手な私は、休みたくて王城の中庭に出たんだ。
そこには何人もの貴族令嬢をはべらせたオズワルド殿下と……」
ああ、思い出してきたわ。
「……それを諌めようとする君がいた」
そうね。
あのバカは昔から女を侍らせて悦に浸っていたし、バカの取り巻き貴族達はそれを良い事に、ばんばん娘をあてがっていたものね。
貴族達がオズワルドを傀儡にしようとしているのが明らか――というより、あからさま過ぎたから、わたくしは注意したのよ。
「けれど、あの暗愚はその諫言を聞かず、あろう事か君を罵倒する始末だ。
正直なところ、バカバカしくなったよ。
こんな国の為に、心身をすり減らしていたのかってね。
だが……ああ、あの時の光景は今でも忘れられない!」
ルーシオの目が熱っぽく、わたくしを見つめる。
「その場に取り残された君は、泣くでもなく、ただ月を見上げて寂しげにたたずんでいた。
……ああ、なんとかしてあげたいと、そう思った。
もう国なんて、どうでも良いと思ったよ。
ただ、君を救う為に、私は<叡智の蛇>を抜け、帰国する事を決意したんだ」
熱く語る彼の言葉に、クレアが小さく舌打ち。
それに気づかず、ルーシオは続ける。
「本来は<使徒>の足抜けなんて許されないんだが……私は運が良かった。
盟主に直接に願い出る事ができたんだ。
彼女は脱退を認める代わりに、ひとつの条件を出してきた。
それが、当時<叡智の蛇>の下部組織で実験体にされていた、ルミアの保護だ」
不意に告げられた事実に、わたくしはクレアを見る。
「……事実みたい。さっきルミアがオズワルドに話してた」
霊脈でルミアの位置を探っているクレアには、彼女達の会話が伝わっている。
「盟主が機会を造ってくれてね、あの子は自ら施設を逃げ出し……そして私は彼女を保護した。
彼女の異能の事は知っていたけれどね。
はじめはただの貴族の娘として、穏やかに暮らさせてやろうと思っていたんだ」
そこでルーシオが自嘲気味に鼻を鳴らす。
「けれどね、あの子は決して怒りを忘れなかった。
私もね……あの暗愚の君への仕打ちが赦せなかった!」
「……そして、ルミアをオズワルドに引き合わせた、と?」
わたくしの問いに、ルーシオはうなずく。
「君をあの暗愚から解放してあげたかったんだ!
同時に、ルミアは力を――ローデリアを滅ぼせるだけの力を欲していた。
エリュシオンの存在は、<使徒>時代に調べがついていたからね。
魔道を視る事ができるルミアなら、条件さえ揃えられれば――王族に伝わる盟約の詞さえあれば、きっと喚起できると思っていた!」
ギリッと、クレアが歯ぎしりする。
ルーシオは熱っぽく、なおも続けた。
「暗愚もその取り巻きも、面白いように都合よく動いてくれたよ!
これでわかっただろう?
私達が争う事なんてないんだ!
邪魔なシルトヴェールも、もうこの有様だ!
ルミアも復讐を果たしたら、きっと何処かで静かに暮らすさ!
さあ、おいで、アンジェラ!
――私が君を愛してあげよう!」
突然の告白に、わたくしはため息をついて、四肢の固定具を解除しようとしたのだけれど。
「――ふざっ……」
それより早く、クレアが<闘姫>の肩を蹴って飛び出す。
「……っけんなぁっ!」
<古代騎>の手に降り立ったクレアは、その勢いのままにルーシオの頬を殴りつけたわ。
「――――ブォッ!?」
宙を舞ったルーシオは、壁に身体を打ち付けられて、ずり落ちるように床に倒れ込む。
それを見下ろし。
「ふざけんな、ふざっけんな!
――アンを解放する?
――なんとかしてあげたいと思った?
ふざけんなっ!
アンを勝手に憐れむな!」
<古代騎>の手の上で地団駄を踏み、腕を振るってクレアは声を張り上げたわ。
「――アンは……アンはなぁ!
アンタなんかに憐れまれるような弱虫じゃないぞ!」
転がるルーシオの元に歩み寄り、襟首を掴んで引き起こすと、クレアはさらに続ける。
「アンタはアンが困ってても、見てるだけだった!
なぜ声をかけなかった!?
なぜその場で支えてあげようとしなかった!?
ただそれだけで、アンはいくらでも強くなれたはずなんだ!
なんでそうしなかった!?
アンタのそんな……そんなくだらない押し付けの想いで、国を民を――ルミアやアン本人すら巻き込んで……」
涙を袖で拭って、ルーシオを揺さぶり、クレアは叫んだ。
「……そうね」
揺さぶられて、ぐったりしているルーシオを見下ろし、わたくしは告げたわ。
「わたくしは憐れまれるような想いなどしていないし、おまえの愛など知ったことではないわね。
――なによりね……」
固定具を外して、<闘姫>の手に降りたわたくしは、髪を掻き上げてルーシオを見下ろす。
「わたくしは強い者が好きなの。
裏でコソコソ動き回るようなクズなんて、願い下げだわ」
「――そんな……それでは私のしてきた事は……」
うなだれるルーシオを尻目に、わたくしは<闘姫>の鞍へと戻る。
「――首謀者のひとりよ。捕縛して。
クレア、彼は魔道士よ。封喚も忘れずに!」
騎士に命じると、すぐさま捕縛に動き出す。
クレアもまた、ポシェットから封喚器の首輪を取り出して、彼の首に嵌めたわ。
その間も、わたくしは胸部装甲を閉じて、<闘姫>と再合一する。
――さっきから回廊に響く重厚な足音。
……てっきり、奥に引っ込んだままだと思っていたのだけれど。
静止したままの機属の群れをかき分けて、<古代騎>が進み出てきたわ。
――それだけ……自らが前に出てくるほどに、ルミア・ソルディスという娘は、あなたにとって大切な存在になっているのね……
わたくしは半身に構えて、<古代騎>を見据える。
「……あなたはお話、なんてヌルい事、言い出さないでしょうね?」
『――ああ、ここに来て、おまえと語る言葉など、私は持ち合わせていない』
<古代騎>の手に光の剣と盾が生まれ。
「ならば、始めましょうか、オズワルド……」
<闘姫>の装甲服が紅に染まり、四肢に濃紫の輝きが宿る。
「――鋼鉄を、食らわせてあげるわ!」
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