第5話 5

 なんで!


 なんでなのよ!


 ルミアはこんなにも努力して、ようやくここまで漕ぎ着けたのに!


 なんであいつらは、あんな簡単にっ!


 正面の壁に映し出された艦内映像には、艦首から飛び込んだ竜からアンジェラ様達が降りてくるのが映し出されているわ。


「……ルミア……もう諦めよう」


 オズワルドがルミアの肩に手を置いて、そんなことを言ってくる。


「――諦めるっ!? あなたは王座を諦められるの!?

 王はもう、あちらについたのよ?

 このままじゃ、あなたも逆賊として処刑されるのよ?

 ――わかってる!?」


 ルミアはその手を払って、オズワルドに怒鳴ったわ。


 わかってない!


 なんにもわかってない!


 だからあんたは、貴族どもに良いように丸め込まれてたのよ!


 ルミアはルーシオを振り返って、右手を振るう。


「お義兄様、艦内防衛用の機属を出して!

 拠点防衛用のも全部よ!」


 ルミアが声を張り上げると、ルーシオはうなずき。


「……ああ、それと、私も出よう」


 この三日間、ルーシオは艦内をうろつき回って、<古代騎>を見つけていたものね。


 アレなら魔女やアンジェラ様だって……


「……お願い、お義兄様」


「ああ、任せておけ」


 ルーシオはいつもの抑揚のない声で言って、コンソールを操作。


 艦内に配置された機属を次々と起動させたわ。


 それから椅子から立ち上がると、転移の魔法を喚起。


 それを見送って、ルミアは再び椅子に腰を下ろした。


「……ルミア。

 君はなにを目指している? いったい、なにが目的でここまでしているんだ?」


 相変わらずオズワルドは、そんなことを尋ねてくるから。


 ルミアはため息をついて、背もたれに身を預けたわ。


「……それじゃあ、少し昔話をしましょうか」


 そうね。


 エリュシオンがひよこちゃんに良いようにやられて、少し弱気になっているもの。


 あの日の話をするのも良いかもしれないわ。


 そうしたら、また怒りに身を焦がせるはずだものね。


「――殿下は、ルミアがソルディスの養女だって知ってるわよね?」


「ああ。ルーシオに拾われたのだと、そう聞いている」


「そうそう、七つだったかなぁ、八つだったかなぁ。

 そのくらいの時にお義兄様に拾われたのよね」


 出会ったのは、ひどく汚い街の路地裏。


 ルミアも同じように薄汚れていて。


「ルミアはねぇ、ローデリアの帝都の下町で、お義兄様に拾われたの。

 ――ねえ、殿下?

 その前はどうしてたと思う?」


「……む?」


 想像できないでしょう?


 あんたが知ってるルミアは、お義兄様に拾われて、綺麗に着飾らされたルミアだけだものね。


「ルミアはね、ローデリアの端にある、貴属の集落の生まれなんだぁ」


 幼い頃過ぎて、それがどこにあるかなんて、もう覚えてないわ。


 それでも忘れられないのは、村を焼く紅蓮の炎と――それに照らし出される、槍に刺されて掲げられた、みんなの首。


「殿下、知ってるかしら?

 ローデリア神聖帝国ってね、独自の宗教を国教にしてたの」


 ルミアの問いに、オズワルドは一瞬言葉に詰まり――すぐに思い出したのか、うなずいて答える。


「ああ、政変前までは、聖人を神の写し身として崇めていたらしいな」


「そう。

 生と死のサティリアも、天空の女王テラリスも、夜空の双子女神も、名前を失くした土着の神々さえも……みんな旧神――いいえ、邪神として排斥してたの」


 どんな理由があって、そうしたのかなんて知らない。


 わかるのは……


「貴属や竜属もね、そういう名もなき神々の眷属として扱われてたそうよ。

 だから、ルミア達は森の中で隠れるようにして暮らしてた」


 元々、そんなに力を持った貴属じゃなかったわ。


 鬼道もほとんど失われてて。


 ルミアがママから教われた事なんて、本当に数えるくらい。


「それなのに、あのクズ共は……ルミアの村を焼いた!」


 今でも夢に視るの。


 真っ赤な炎と、揺らめく守護騎士達の影。


 ひどく楽しげに哂うあいつらの手には、炎に照られて赤く光る槍があって……その穂先から見下ろす、ママや村のみんなの恨めしそうな瞳。


「――ただ、貴属だからって理由で、滅ぼされたのよっ!?」


「だ、だが、君は生きているじゃないか……」


 どういうつもりなのか。


 オズワルドはルミアの両肩に手を置いて、そう切り出したわ。


「ルミアはね、特別だったんだって」


 ホント、可笑しいわ。


 村で一番鬼道が不得意だったルミアが、よりにもよって『特別』だなんて!


「異能――魔眼って呼ぶそうよ。

 ルミアはね、魔道が視えるの……

 だから、ルミアだけは捕らえられて、どこかの研究施設に連れて行かれたわ」


 そこからの事は……あまり思い出したくない。


 来る日も来る日も実験されて。


 魔獣の魔道を読み解くなんて事もさせられたっけ。


 何度も何度も死にそうになって。


 でも、それで他人の魔道器官を操作できるようになったんだから……それだけはあいつらに感謝しても良いかもしれない。


「どれくらい経ったのかわからなくなった頃にね、『めいしゅ』って呼ばれてる女が来たの。

 ――盟主、かしらね?

 とにかく普段は乱暴なあいつらが、あの人にだけはへこへこしてたわ」


 今思えば、女というより、少女という年齢だったかもしれない。


 ……あの施設にいた頃の事は、本当にぼんやりしてて、曖昧なのよね。


「その人は言ったわ。

 自由になりたいなら、なぜ力を使わないのかって。

 ルミアにはそれだけの力があるんだって、その時に教えられたの!

 だからね、ルミア、施設にいたイヤな奴、みんなみーんな獣にしてやったわ!」


 あの時はすっきりしたなぁ。


 イヤな思い出しかない施設も、連中も、大混乱!


「ルミアがどんなに泣き叫んで、どんなに助けを求めてもやめてくれなかったあいつらがね、おもらししながら泣き叫ぶの!

 ルミア、言ってやったわ!

 ――そのくらい我慢しろ、ってね」


 いっつもルミアが言われた言葉よ。


 本当に、本当に可笑しかったわね。


「……それから施設から逃げ出して……追ってくる騎士も獣に変えたから、街中が混乱して。

 疲れたから、路地裏で休んでいたら、お義兄様に見つかったのよ」


 ルーシオがどういうつもりで、ルミアに声をかけたかは……正直、今でもわからない。


 ただ、あの時はとっさに魔眼を使おうとしたから、ルーシオはルミアの異能に気づいたはずよ。


 ああ、そうね。


「お義兄様は、ルミアの異能に目をつけたのかもね」


 魔道の研究が大好きな、お義兄様ですものね。


「一緒に来るかって言うから、ルミアは着いて行く事にしたの。

 ひどい事するなら、また獣にしちゃえば良いって思ったし」


 けれど不思議と、ルーシオは優しかったのよね。


 お義父様を説得してソルディス家の養女に――義妹にしてくれたり。


「そうしてソルディス家に迎えられたルミアは、お義兄様の繋がりで、殿下――あなたやあなたの側近と巡り合ったわ」


 はじめはルーシオの友人として付き合うつもりだった。


 ……けれど。


「お義兄様は言ったわ。

 おまえ、ローデリアに復讐したくないか?って……」


 したくないわけがない。


 あの日の記憶は、ソルディス家での穏やかな日々でさえ、癒やす事などできなかった!


「道筋はお義兄様が描いてくれたわ。

 殿下――あなた達を誑し込むのも含めてね」


 面白いように、ルミアにのめり込むものだから、ルーシオは人の心を操れるのかもしれないって、本当に疑ったくらい!


「……ルーシオが? なぜだ!?」


「そんなのルミアは知らないわ。

 ルミアはただ、お義兄様に教わった、このエリュシオンでローデリアを滅ぼすの!」


「だが、あの国は数年前の政変で、国力を落としている。

 民も生きるのに必死だと聞いている。

 もう、復讐など良いだろう?」


 両肩に置いた手に力を込めて、オズワルドが訴えてくるから。


 ルミアはそれを振り払ったわ。


「国力を落としてる? だからナニ!?

 貴属を根こそぎ滅ぼして回ったんだもの!

 当然でしょう? 霊脈の浄化が出来てないんだわ!

 ――そんなのルミアには関係ない!

 ルミアはね、ローデリアがローデリアであることが気に食わないの!

 ルミアの家族は貴属ってだけで滅ぼされたんだもの! おあいこでしょう!?」


「……そんな事の為に我が国は……」


「巻き込まれたって言いたいの?

 お生憎様っ。

 どのみちこの国は長くなかったわ。

 霊脈の浄化が成されず、人心が乱れに乱れたこの国は、遠からず滅んでいたわよ。

 むしろ、だからこそルミアは動きやすかったのよ?

 ――感謝してるわ……」


 オズワルドがうなだれる。


「いまさら我が国は?

 さんざん好き勝手やっておいて、こんな時だけ民を想う王太子面なんて滑稽なのよ」


 ルミアは肩を竦めて、哂ってみせたわ。


「……それでも……」


 そしたらオズワルドは、拳を握りしめて。


「あら、ルミアを殴るのかしら? 短慮なあんたらしいわね。

 そんなだから、アンジェラ様にも愛想を尽かされるのよ」


 けれど、オズワルドは踵を返して。


「……君の言う通りだ。いまさら国がなどと、私の言えた義理ではないだろう。

 だが……だがそれでも……」


 艦橋の出口に向かいながら、オズワルドは続ける。


「……それでも私は、君を愛しているよ……」


「――ちょっと、何処に行くのよ!?」


 思わず椅子から立ち上がって声をかけると。


「まだ<古代騎>はあったはずだろう?

 アンジェラと魔女が相手では、時間稼ぎにしかならないだろうが……」


 振り向くことなく、オズワルドは言ったわ。


「……どうか君は逃げて、生き延びて欲しい」


 そうして艦橋を出ていく、オズワルドの背を見送りながら。


 ルミアは背もたれに頭を埋める。


「――愛なんて知らないわ……」


 艦橋に大映しにされた映像板には、<古代騎>に乗ったルーシオ率いる機属群と、アンジェラ様の<兵騎>を先頭にした、領主同盟の<兵騎>騎士隊が対峙していた。

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