第5話 2
王都上空に、エリュシオンと呼ばれる古代艦が出現してから三日。
わたくしは領境に構築した陣地で、同盟の領主や騎士達と、連日対策会議を繰り広げてきた。
その間にももたらされる、王都周辺の街や村の情報。
それらの対処にも追われながらも、着実に対策を練って来たわ。
あの艦がどういったものなのかについては、クレアとイフューの説明を受けている。
ふたりも理解しきっていない部分もあるのか、説明はひどく抽象的で専門用語も多いものだったけれど。
――要するに神代のトンデモ兵器って事よね。
<大戦>でさえ用いられなかった超兵器。
そんなものを持ち出して、ルミアはなにをしようというのかしら。
彼女の目的――最終的に目指している落とし処がわからない。
「……今考える事ではないわね……」
わたくしは大天幕の前に集まった騎士達を見回す。
「――作戦は昼に通達した通りよ。
日の入りと同時に、果ての魔女の助力をもって、わたくし達はエリュシオン内部に突入。
目的地は最奥の『浄化の祭壇』。
ルミア・ソルディスの打倒とオズワルド皇太子の捕縛、そして捕らわれているヘリック第二王子の救出が目的よ!」
改めて、わたくしは皆に告げる。
内部はクレアすら知らない防衛機構が待ち構えている可能性があるから、突入する騎士は<爵騎>保有者のみ。
それ以外の騎士や衛士は、付近の村や街の防衛に回したわ。
霊脈の変化に反応して、魔獣が活性化しているという報告が上がって来ているのよ。
「事は興国以来の危機よ。
この地に生きる民達の為にも――勝つわよ!」
騎士達が拳を振り上げて、鬨の声をあげる。
太陽はすっかり西の稜線に呑み込まれつつあって、空はわずかな朱を残してほどんどが夜空。
わたくしは横に立つクレアに視線を向ける。
「――はじめて」
短いわたくしの言葉に、クレアは真剣な顔でうなずき、北に身体を向けて両手を広げる。
深く息を吸い込んで、ゆっくりと広げた両手が持ち上げられていき、その間にも手指が様々な形を取っていく。
頭上で手の平を合わせたところで、クレアの動きは静止。
「……ウ――――」
まるで唄うような独特の韻律をクレアが発し、直後、彼女の周囲が陽炎のように揺らいだ。
ぽつりぽつりと精霊光が浮き上がり、クレアを取り巻く陽炎の中で踊る。
それに合わせるように、クレアもまた手足を伸ばして舞い始める。
この場に集った騎士達は、目の前の幻想的な光景に言葉を失ったわ。
クレアの指先が精霊光に触れて、その軌跡が魔芒陣を描いていく。
それが積み重なり、織り交ぜられるたびに魔芒陣は広がっていき――
「――真白き冥府の深奥にて眠りし者よ……」
喚起詞が始まる。
「獣の冠と漆黒の名を与えられし、女神の忠実なる第一の下僕よ……」
いまや魔芒陣は見上げるほどになっていて。
そこに刻まれた文様は、複雑すぎてわたくしには理解できない。
「……冥府の長たる女神に代わり、最果ての魔女がここに命ずる」
クレアがクルリと身を回し、魔芒陣へと右手を伸ばした。
「――
機属王――<
クレアの喚起詞に従い、魔芒陣が虹色の光芒を放ち、その眩い閃光の中、巨大な――巨大すぎる影が這い出してくる。
それは以前見た右腕だけなんて生易しいものじゃなく。
「……これが<
あまりの巨大さに思わず呟くと、イフューが肩に乗ってきて。
「その最上位特機<漆狼>だよ。
全高五百メートルちょい。たぶん、エリュシオンを除けば中原世界最高の構造物だね」
器用に苦笑の表情を浮かべながら、イフューはそう説明してくれたわ。
見上げた巨神機属は安座の体勢で。
それなのに近すぎる所為で、漆黒の壁がそびえているようにしか思えない。
「――これなら……」
思わず歓喜の顔をイフューに向けたのだけれど。
「ムリだね。
頑張ってみるけどさ、突入口を作るのがせいぜいだと思うよ」
イフューはきっぱりと言い切って、わたくしの考えを否定したわ。
それから地面に降り立って。
「ま、期待せずに待っててよ。
あくまで本命はキミとクレアだって事を忘れずに、ね」
そうして彼は肩で息しているクレアに歩み寄る。
「――お待たせ。
それじゃあ、久々に頑張ってみようかな」
後ろ足で器用に立って、イフューはクレアを見上げる。
「うん、頼んだよ。イフュー」
クレアは顎から滴る汗を拭って、イフューを抱えあげて。
彼の胸に手を触れさせて、静かに呟く。
「――目覚めてもたらせ。インターフェイス・ユニット」
紡がれた喚起詞によって、イフューの黒猫姿が解けて、黒色の魔芒陣となる。
そこから虹色の光芒が巨神機属――<漆狼>の胸へと放たれて。
『それじゃ、立ち上がるよ。
みんな、伏せておいてよ』
<漆狼>からイフューの舌っ足らずな声がして。
ひどくゆっくりと、<漆狼>が動き出す。
これはわたくし達を気遣って、あえてゆっくり動いているのよね。
<兵騎>でも、長槍なんかを全力で振るうと、先端が衝撃波を発生させる事があるもの。
こんな巨大なモノが急に動いたら、わたくし達は無事では済まないでしょうね。
たっぷりと時間をかけて立ち上がった<漆狼>を、騎士達は口を開けたまま見上げている。
そうね。
ここから始まるのは神代の戦い。
わたくし達が立ち入る事のできない領域の戦いよ。
――今はまだ、ね。
北に向かって歩き出した<漆狼>を見送りながら、わたくしはクレアに歩み寄って肩を叩く。
「お疲れ様。
無理させて悪いわね」
「……だい、じょぶ。
次の、用意を……しなくっちゃ」
荒い息で応えながらも、クレアは真剣な目で、肩に置いたわたくしの手に手を重ねてきたわ。
本当にごめんなさいね。
クレアを頼るしかない、無力な自分が恨めしい。
「……突入の準備ができたら、ひと休みできるはずだから。
――頼むわね」
「うん、任せて」
青ざめた薄い笑みを浮かべて、クレアはうなずいてくれる。
それからふたりで、夜闇よりなお黒い<漆狼>の背を見た。
ゆっくりだった歩みは、すでに疾走になっていて。
ただそれだけなのに、周囲に巨大な土の波濤が上がっているのが見えたわ。
「……頑張って、イフュー」
ふたりで、彼の奮闘を祈る。
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