果ての力と新たな盟約
第5話 1
「――おばあちゃん、結局、理不尽の果ての力ってなんなの?」
それは
その日、おばあちゃんは中庭のテーブルで晩酌しながら、わたしに魔女のあり方を語っていて。
珍しくイフューも、おばあちゃんの晩酌に付き合ってたっけ。
わたしの問いに、おばあちゃんはわたしの頭を撫でて。
そうやって頭を撫でられるのは、小さい頃以来だったから、すごく嬉しかったんだよね。
「それはね……あんたが自分自身で見つけるものなのさ……」
ひどく優しい声色で、おばあちゃんは言ってたっけ。
「魔女としての心構えはすべて教えた。
技も仕来りも覚えているだろう?
それらを使い、人に交わり、もっと多くの事を学ぶんだね……」
そうしておばあちゃんはグラスを煽って。
「……ああ、良い月夜だ……」
風が吹いて、おばあちゃんの長くて綺麗な銀髪が揺れる。
おばあちゃんはわたしとイフューに微笑んで。
「……おまえ達を愛してるよ……」
そう呟くと、椅子に身を預けて、そのまま眠ってしまった。
わたしとイフューは、変な酔い方してるなぁなんて笑いあって。
それが最後のお別れの言葉だなんて、思いもしなかったんだよね……
地殻を割り砕き、王城を突き崩して現れたのは、巨大な――王都の空の半分を埋め尽くすほどに巨大な構造体だった。
鋭角的な姿をしたそれは、竜骨や船首、帆すらないけれど、誰もが舟なのだと理解した。
――エリュシオン。
神話の時代に、この地の人々を世界の果ての向こうから運んできたのだという探査艦。
この地に生きる者なら、親から子へ、お伽噺として語られ、その舟の事を知らない者はいない。
建国物語や果ての魔女の伝承と並んで、この国では有名な神話。
霊脈を糧にして航行し、最果ての森のさらに向こう――『嘆きの壁』を越えてやってきたその舟は、この地に降りて、人々を育む揺り籠となったのだという。
時代は下り、地下深くに眠っていたエリュシオンを見つけたのが、シルトヴェールの初代国王と初代の果ての魔女で。
霊脈に干渉できるこの舟の力で、ふたりは国を興す決意をしたんだ。
そこで交わされたのが、魔女の盟約。
霊脈を正しく使い、人々を――民を幸せに導こうという、古い古い約束。
浮上したエリュシオンは、王都の空を覆った。
幸いだったのは、王都の民がポートラン商会が流した噂に従い、王都を捨てて他領――領主同盟の領地を目指していた為、浮上の衝撃に巻き込まれた者が少なかったという事。
残っていた人達も、広場に設置した大規模転移陣で貴族平民かかわらず、ブラドフォードに送り届けたらしい。
わたし達はというと、ルミアがエリュシオンを使うのに気づいたから、すぐにトランスポーターで転移した。
移動したのは、南の同盟領との領境。
そこには次の段階に備えて、領主同盟の騎士団を集めていたんだ。
本当なら、味方になってくれる貴族達をブラドフォードに移した後、領主同盟による同盟軍で王都を包囲する予定だったんだよね。
でも、<解き放たれた獣>の発生と、エリュシオンの浮上で、全部狂っちゃった。
――あれから三日。
アンや同盟の領主達は、両境に設けた本陣で、最終決戦の用意を整えていた。
わたしはというと、積み上げられた物資の上に腰掛けて、イフューを膝に乗せて空に浮かぶエリュシオンを眺めている。
「――てっきり、すぐに攻撃してくると思ったんだけどねぇ」
わたしの呟きに、イフューは苦笑する。
「ルミアはそのつもりだったと思うよ。
――エリュシオン、浮上! なぁんてイキってたしね。
でもさ、考えてもみなよ。
神話の時代から、一度も艦として稼働した事ないんだもん。
浮上はできたとしても、いきなり戦闘稼働なんてできるわけないよね」
今までのエリュシオンは、ソーサル・スフィア・コラム――いわゆる霊脈への干渉機構としてのみ使われてきたんだって。
だから、本来の機能の大半はまだ眠ったままで、今はそれを起こす為に霊脈が使われてるんじゃないかって。
「ほんと、先にブラドフォードを独立させといてよかったよね」
イフューは喉を鳴らしてほくそ笑む。
公国が独立する時にね、イフューに言われて、霊脈も株分けしておいたんだよ。
最終的な管理はわたしにあるわけだけど、王が別々になるからね。
ブラドフォードはブラドフォードで、浄化なんかの儀式を行おうって事になったんだ。
王城地下のエリュシオンは使えないから、転移網を媒体にしたんだよね。
それが今、うまく作用してる。
ブラドフォードに逃げた人達の霊脈は、ルミアには使えないんだ。
騎士の人が、近くの村を見に行ってみたそうなんだけど、シルトヴェールの霊脈に繋がった人達は今、魔道を吸い上げられてるみたい。
衰弱までは行ってないようだけど、すごくダルそうにしてたって。
王都に近いほど、症状は顕著らしくて。
この三日間、手すきの騎士達は近隣の街や村を巡って、同盟領に避難するように声をかけて回っていた。
それがエリュシオンの力を奪うことにも繋がるしね。
「――それで、どうしよっか? アレ」
数十キロ離れているというのに、エリュシオンはここからでも手の平くらいの大きさで。
並の<兵騎>じゃ、どうしようもないのはわかる。
「ま、地面に叩き落とすところからだよねぇ……」
イフューも面倒くさそうに答えて。
「西の果てのプラズマ海を越えてくるようなシロモノだからね。
サテライト・ストライカーじゃ、焼け石に水だろうし。
屋敷地下のシルフィードでも、きっと象と蟻だろうしねぇ。
やっぱりギガント・マキナしかないかな」
「――良いの?
いつもなら、神代じゃないんだから、おいそれと使っちゃダメって言うじゃん」
思わずわたしはイフューを抱え上げる。
「他に手がないでしょ。
それこそ相手は神代のシロモノだよ?
対抗するなら同じレベルをぶつけなきゃ」
わたしに抱えられながら、イフューは器用に肩を竦める。
「まあ、任せておきなよ。
キミらが突入するくらいの時間は稼いでみせるさ。
問題はその後――」
「艦載騎くらいはあるよね」
「未開地探査艦だからね。
特騎くらいあるだろうねぇ」
ルミアのそばには、まだオズワルドとルーシオとかいう魔道士がいる。
そのふたりが特騎を駆って現れたなら、アンと騎士達はどれくらい戦えるだろうか。
モノが古すぎて、わたしもイフューもエリュシオンについては知らない事が多すぎるんだ。
「……それでもさ」
わたしは再びエリュシオンを見据え、拳を突き出す。
「わたしとアンは乗り越えてみせる!」
突き出した拳に力を込めて。
「……待っててね。ヘリック。きっと助け出すから……」
そしてルミア・ソルディス!
おまえの理不尽は、わたしの理不尽が叩き潰してみせる!
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