第5話 3

 陣地から離れたボクは、一気に王都へ駆け抜けた。


 土砂が巻き上がって地を揺るがすけど、どうせ付近に村や街はない。


 森を跳躍して飛び越えれば、巻き起こった衝撃に地殻ごと木々が宙に舞い上がる。


 その頃になって、ようやくルミアも気づいたのか、エリュシオンが風を巻いて動き出し、ゆっくり艦首がこちらを向く。


 <漆狼>と合一したボクの目は、数キロ離れていても、その艦首上下甲板のレーザー発振器群が展開したのを捉えた。


 無数のレンズが月光を受けて、赤く物騒にきらめく。


「にゅふ……ルミア、キミはクレアをひよこちゃん、なんて呼んでたけどね……」


 エリュシオンの艦首から、真紅の湾曲レーザーが放たれた。


 闇夜を裂いて渦巻くように、弧を描いて直進する光芒に、ボクは右手を突き出す。


「――ボクからしたら、キミだって殻が取れたばかりのヒナみたいなもんさ!」


 <漆狼>の左右の手甲がスライドして、EC兵装を展開。


 ――アン、見ていなよ。これがEC兵装の使い方さ。


「――埒外物理戦闘ってのを、教えてあげるよ!」


 突き出した右手にレーザーが直撃し、ボクはそれを捕まえて、さらに左手を添える。


 手の中でビチビチと暴れるそれを強引に押さえつけて、ボクは光線をぐいっと引っ張った。


 レーザーに引かれて、エリュシオンの艦隊が弧を描いて宙を舞う。


 そこでレーザーが艦首からすっぽ抜けた。


 ボクは真紅の光条を手繰り寄せて、紫に輝く両手の中で、それを丸める。


「――おかえしだ」


 振りかぶって、上空のエリュリオンへと放り投げる。


 爆発が起こって、エリュシオンの群青の艦隊が真紅に染め上げられた。


 けれど、爆煙が風に流されて、現れた装甲は無傷で。


「……だろうね」


 そこがボクの狙いじゃない。


 手元に残した湾曲レーザーの切れ端を、ボクは再び引っ張った。


 そのまま機体を旋回させる。


 レーザーが繋がってる先はエリュシオン艦首で。


 <漆狼>に引かれたエリュシオンは、ボクの動きに引かれるままに、ボクの周囲をぐるぐると振り回される。


 森が吹き飛び、大量の土砂が舞い上がった。


 お、今度はミサイルかい?


 後部甲板から放たれたミサイルを察知して、その数のカウントが始まる。


 千を超えたところで、ボクは鼻を鳴らしてレーザーから手を離した。


 エリュシオンが艦底で地を抉りながら静止する。


「だから、魔女を名乗るなら、物理兵器に頼るんじゃないって!」


 飛来するミサイルを撫でるように、左右それぞれの手で触れていけば、それは巨大な焼き菓子や飴玉になって地面に落ちていく。


 今頃、ルミアはエリュシオンの中でヒステリーを起こしてるだろうね。


「ボクらはさ、常識の埒外にいるからこそ、魔女であり、貴属なんだぜ?」


 それをあの若い魔女はわかっちゃいない。


 兵器はあくまで道具であって、それをどう使うかが魔女の真髄なんだけどね。


 どうやらあの娘は、親や師匠からそれを教わっていないようだ。


 森の上に再浮上した、エリュシオンの艦首が上下に開く。


 紫電が散って、黒色の球体を形成していく。


「お、今度はプラズマ兵器かい? 主砲かな?

 地形が変わっても、お構いなしってワケか……」


 いいね。そういう派手なのは、魔女っぽくて良いよ。


 黒球は見る見る収縮していき、白炎をまとって周囲の景色を歪ませる。


 紫電はすでに滝のように飛び散っていて、轟音が大気を震わせた。


「――でもさ、それだって論理証明された物理兵器だ。

 むしろ好都合ってモンだよ?」


 ボクは<漆狼>を駆けさせた。


 最初からトップスピードだ。


 背後の森が吹き飛んだね。


 前方の木々を蹴り飛ばして、ボクはエリュシオンに接近。


 ビームを撃ってくるけど、レーザーさえ捕まえるボクだぜ?


 光速より遅い兵器が当たるもんかい。


 そんなの虫を払うほどの手間もかからないよ。


 そうしてエリュシオンにたどり着いたボクに。


「――あ、ちょっと遅かったか……」


 人の拳サイズまで収束した黒球が金色の輝きを放ち、<漆狼>の機体を包み込む。


 ――警告音とレッドシグナルがうっさい。


 第四装甲まで蒸発?


 わかってるよ。


 まだ三枚も残ってるだろう。


 全方位知覚器官が、放たれたプラズマによって、背後の地殻が吹き飛ばされて、その先にある山が抉られたのを捉える。


 直撃じゃなかったから、その程度で済んだんだろうね。


 至近距離とはいえ、<漆狼>の装甲を二枚も持っていく威力だ。


 まともに当たってたら、あの山は無くなってたはずだよ。


「やれやれ、さてさて……」


 ボクはゆっくり閉じられようとしている、エリュシオンの艦首に<漆狼>をよじ登らせる。


 いまだに帯電しているそこは、<漆狼>と合一してるボクにゾクゾクした感覚を伝えてくる。


 長く猫をしているからかな?


 苦手なんだよね。静電気。


 目指すは開口部付け根のパルス発振器。


「ダメだぜ。ルミア。弱点が丸出しじゃないか」


 筒状に伸びたその部分目掛けて、ボクは拳を振りかぶる。


「――にゅふ。鉄拳を、ブチ込んでやるぜ!」


 アンをマネて気合を込めて。


 ボクはEC兵装で濃紫に輝く、右の拳を叩き込んだ。


 耳をつんざく金属の悲鳴。


 <漆狼>の肩口まで腕を突っ込み、内部まで道が通った確信をもって、ボクは引き抜く。


 念には念を入れて、開口部を両手でこじ開けて。


「――クレアっ! 良いよ!」


 ボクは背後を振り返り、叫ぶ。


 閉じようとするエリュシオン艦首を支えるために、両手足を伸ばして機体を支え棒にした。


 パルス発振器を失ったから、もうプラズマは形成できないというのに、まるでルミアの抵抗を示すように、上下から紫電が撒き散らされる。


「にゅふふふ……ムダムダ」


 <漆狼>の装甲は、耐電もばっちりだからね。


 本陣のある森から蒼碧の輝きが、まるで逆落としの流れ星のように、闇夜を切り裂いて昇っていくのが見えた。


 ――シルフィード。


 <漆狼巨神アリサ>と並ぶ、果ての魔女の奥の手だ。


 さあ、クレア、アン。


 ここからは、いよいよキミらの出番だぜ。

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