第4話 7

 ……クレアが泣いているわ。


 泣き叫びながら、クレアは手にした魔道器で、<解き放たれた獣>となった者達を撃ち抜いていく。


 青い閃光が議事堂内を照らし出すたびに、ジュードによって<解き放たれた獣>とされた者達の数は、グレイブがそうだったように拳大の鈍色の塊となった。


 わたくしもまた、騎士から長剣を奪って<解き放たれた獣>の魔道器官を貫いていく。


 なぜクレアがあれほどに取り乱しているのかわからない。


 けれど、とにかく陛下の安全を確保しなければと、わたくしは議事堂内を駆けた。


「――アン!」


 わたくしに気づいたイフューが、陛下と一緒に向かってくる。


 二人と合流したわたくしは、周囲に結界を張り巡らせて一息。


 <解き放たれた獣>は、クレアに注意が行っているようね。


「イフュー、なにがあったの? クレアはなんであんな……」


「ルミアだよ! あいつがヘリックを連れて行った!」


 イフューがわたくしの肩に飛び乗って、慌てたように訴えて。


「あやつはこの国の霊脈を押さえるのが目的だったようだ」


 陛下もまた、顔を歪めてそう告げる。


 ――霊脈。


 守護貴属である果ての魔女の力の源。


「俺は父上から知らされていなかったのだが、ヘリックが盟約の詞を継いでいたらしい」


 霊脈は王が執り行う祭事によって管理されている……はずだった。


 けれど、陛下はその霊脈に干渉する為の詞を知らされていなかったという事は――


「近年の祭事は、すべて形式だけのものだったということですか……」


 霊脈はその土地に住まう人々の無意識の大河だと、魔道学で習ったわ。


 そして王が行う祭事によって、そこに澱のように溜まっていく人々の悪意を浄化しているのだとも、王太子妃教育で教わった。


 それが儀式としての役割を果たしていなかったのだとしたら……近年、貴族達が腐敗していた原因に繋がっているような気がしてならないわね。


「ルミアはどこに?」


 わたくしの問いにイフューは首を振る。


「転移で逃げられたからわからない。

 ともかく今はここにいる無事な人を逃がすべきじゃないかな?」


 本来それはクレアの役割だったのだけれど。


 そのクレアは今、まるで小さな子供が八つ当たりでもしているかのように、<解き放たれた獣>に魔道器を振るっている。


 わたくしはイフューの言葉に同意して、王都に潜んだ<影>達に連絡を入れる。


 それは議員達の家族を王都中央広場に設置した、遠距離転移陣に誘導を開始させる合図。


 先日、クレアに頼んで王城に忍び込んでもらった時に、<影>達には遠話の魔道器を配ってもらっていたのよ。


 それからわたくしは、周囲を見回して息を吸い込む。


「――この場から脱出します!

 生き延びたい者はわたくしに続きなさい!」


 いまだ生き残っていた議員や騎士が、わたくしに注目したわ。


 わたくしはイフューを陛下に預けて、議事堂の出口へと駆け出す。


 議事堂の出入り口を塞いでいた<解き放たれた獣>を薙ぎ払い、退路を確保。


「――さあ、早く!」


 本当なら選別した議員だけをブラドフォードに連れて行くはずだったのだけれど。


 今はそんな事、言ってられないものね。


 連れて行った後で、選別するよう計画を組み立て直す。


 生存者が次々と議事堂から逃げ出す中、わたくしはクレアに声をかける。


「――クレア! 先に行くわ!」


 クレアは答えなかったけれど。


 視線が合った一瞬、確かにうなずいたのがわかった。


 <解き放たれた獣>は王城内にも飛び出していたのか。


 回廊を進む間も、あちこちから悲鳴が聞こえてくる。


 できることなら今すぐにでも駆けつけたいけれど、わたくし一人では、今いる議員達を守り切るだけでも精一杯だから……


 唇を噛むわたくしの肩に、陛下が手を置いて首を振った。


「……覚えておけ、アンジェ。人の身にすぎない俺達に、すべてを救う事はできない」


 それは為政者としての葛藤。


 きっと陛下もまた、こんな想いを抱えてきたのでしょうね。


 だからこそ、陛下のその言葉には重みがあった。


「この国は……もう終わるのだろう。

 だが、兄上が……いや、おまえが造る新たな国で、民や臣が生き延びられるなら、それは完全な終わりではない。

 ……そうだろう?」


「……はい」


 わたくしはうなずきを返して、再び回廊を進む。


 ロビーを抜けて、城門前の広場までやってきたところで、わたくしは付き従っていた議員や騎士達に振り返った。


「城門を抜けて、王都広場に向かいなさい。

 そこでブラドフォードの者が待っているわ」


 城門の衛士が無事だから、まだ<解き放たれた獣>は城下には至っていないはず。


 いかに身体能力が上がった<解き放たれた獣>でも、高い城壁を飛び越える事はできないでしょう。


 陛下が衛士に、城門を閉ざすよう指示を出している間に、わたくしは大門横にある通用門から議員達を逃がす。


 <兵騎>もくぐれる巨大な城門が完全に閉ざされると、陛下は衛士達にも逃げるように指示を飛ばした。


「――陛下もお逃げください!」


「おまえはどうするのだ?」


「――ここで逃げてくる者達を待ちます!」


 どのみち狭い通用門を議員全員が逃げ切るまで、誰かがここで殿を務める必要があるもの。


 ちらりと議員達を見ると、押し合いへし合いして全員が抜けるまで、まだ時間がかかりそうだわ。


 わたくしは門の前に仁王立ちになって、広場の向こうの玄関ホールの入り口を見据える。


 そこには首をおかしな方向に曲げた<解き放たれた獣>の姿があって。


 元は侍女だと思われる彼女をはじめに、ぞろぞろと<解き放たれた獣>が姿を現す。


「さあ、早く行ってください!」


 わたくしは剣を握る手に力を込めて叫んだ。


 ……ここが正念場ね。

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