第4話 8

『――イフュー、今ドコ!?』


 クレアからの遠話に、ボクは顔を上げる。


 城門前の広場では、アンが大立ち回り中だ。


「やっと正気に戻ったかい。バカクレア」


 ボクの言葉に、泣き出しそうなクレアの感情が伝わってくる。


「まあ、いいさ。今、ボクらは城門前だよ。

 そっちは?」


『――議事堂の獣は全部潰したんだけど、ジュードとかいうヤツには逃げられた。

 今は傀儡で城内の獣を潰して、生存者を城門に誘導してるトコ』


 ……やれやれだね。


 怒りに身を任せていたようで、多少は状況が見えていたようで安心したよ。


「じゃあ、キミも城門へおいで」


 これだけ感染型の<解き放たれた獣>に侵されてしまっては、この城はもうダメだ。


 アンもフィリップも、城を放棄するつもりのようだからね。


 クレアに大規模結界を展開させて、獣達を城内に隔離しないと、城下にまで被害が出てしまう。


「……結界で隔離した後は、生存者を脱出させて――」


 サテライト・ストライカーなら城ごと獣を一掃できるはず。


 ボクがそう伝えると、クレアは躊躇の感情を寄越してきた。


『――でも、イフュー! ヘリックが!』


 だからボクは咎めるような声音で、あの子を諭す。


「……それは今、優先することなのかい?」


 ボクだって、彼の事が気にならないわけじゃない。


 外道な<放浪者>――ルミアが<領地持ち>になったら、それこそこの地は地獄になってしまうだろう。


 けれど、今、優先すべきは感染を拡げている<解き放たれた獣>だ。


 ヘリックの件はそれからでも間に合うはず。


 個人携行兵装としては最上級の、ブルーゲイルの直撃さえ耐えたあの女の事だ。


 城が潰れたくらいで、どうにかなるわけがない。


『……わかった』


 不服そうな声を返すクレアとの遠話を終えて、ボクはアンに視線を向ける。


 彼女は生身ひとつで、数十人の<解き放たれた獣>を相手にして、まるで息を乱していない。


 ホント、どんな鍛え方したらあんな風になるんだろうね。


 確かに彼女の父親のエドも、優れた肉体と魔道を持っていたけどさ。


 その彼の子供って事を抜きにしても、人の領域を凌駕しちゃってるでしょ、アレ。


 真紅のドレスをひるがえし、襲いくる獣を舞うように屠っていくアンに、ボクは声をかける。


「――アン! 城内の生存者が脱出してくるから、道を作って!」


「ええっ!」


 応えたアンは、大きく跳び上がって玄関ホールの前の大扉の前に降り立ち。


「――ハァッ!!」


 手近にいた背広を着た獣を蹴りつける。


 身体をくの字に折り曲げられたその<解き放たれた獣>は、背後の獣達を巻き込んで吹っ飛び、城門に激突した。


 玄関ホールから城門まで一直線に空隙が空く。


「――来たれ、火精!」


 周囲の精霊に喚びかける喚起詞。


 それは大規模魔法を行使する為のもので。


 アンの周囲に直径二メートルはあろうかという火球が五つ出現する。


「燃やし尽くせ!」


 弧を描いて飛んだ火球は、城門前に積み上がった<解き放たれた獣>に向かい、次の瞬間には巨大な火柱となって獣達を呑み込んだ。


「――アン!」


 やっとご登場だよ。


 玄関ロビーを抜けて、クレアがアンに駆け寄る。


「アン、その……ごめん。

 わたし……」


 うつむいて、そう呟くクレア。


 アンは、そんなクレアの顎を掴んで自分を向かせて。


 ――頬を打つ乾いた音が響いた。


「……目は覚めたかしら?」


 アンの短い問いかけに、クレアは一瞬、目を白黒させたけれど。


「……うん。もう大丈夫」


 叩かれた頬を押さえながらも、そう応える。


「なら、顔を上げて前を見なさい。

 なにをすべきかはわかるわね?」


 こんな時だというのに。


 アンはいつもの自信に満ち溢れた笑みを浮かべて。


 つられたように、クレアも笑みを浮かべる。


 ホント、やれやれだよ。


 ずっと一緒にいたボクより、アンの一発のが効果的じゃないか。


 ……あの子の保護者として、ちょっぴりアンに嫉妬しちゃうね。


 ――その時。


「――ケヒヒ……」


 玄関ロビーの上にあるテラスから、そんな声が響いて。


 そちらに視線を向けるより早く、巨大な影が城門前広場に降り立つ。


 もうもうと砂埃が舞い上がる。


 それは三メートルほどにも膨れ上がった<解き放たれた獣>で。


「……ジュード」


 唯一、元の大きさのままの顔を見て、アンがその名を呼んだ。


「ケヒヒィ」


 ジュードと呼ばれたその獣は哄笑を撒き散らしながら、獣毛に覆われた巨木のような腕を振るうと、近くにいた獣を掴み上げる。


 と、その腹が真横に裂け、紫色を舌と異様に白い歯列があらわになった。


 腹が口になっている。


 きっと感染を拡大させる為に、ルミアはジュードに飢餓感を植え付けたんだろう。


 だから、喰らう事に特化した進化をしているんだ。


 ジュードは掴みあげた獣を腹の口に放り込む。


 骨を砕き、肉を咀嚼する不気味な音が周囲に響いた。


 それは一度では終わらず。


 かつてジュードと呼ばれていた<解き放たれた獣>は、周囲の獣を次々に捕らえては、腹の口に運んでいった。


 そのたびにジュードの身体は歪に膨れ上がっていく。


「ケヒヒヒヒヒヒヒ」


 アンは、虚ろな目のまま哄笑するジュードの顔を見上げて。


「……哀れね」


 短く呟いて、目線をクレアに向ける。


「行けるわね?」


「うん。終わらせてあげよう」


 五メートルを越えて、無数の手を生やしたジュードを見上げて、二人はうなずく。


 アンは剣を放り捨てて、拳を胸の前に。


 クレアは一歩下がって、ブルーゲイルを構えた。


「……ジュード。

 あなたに降り掛かった理不尽を……」


「――理不尽の果ての力で叩き潰してあげる!」


 ――蒼の閃光が放たれ、同時に魔芒陣が虚空に描き出された。

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