第4話 6

 ――その変化は突然だった。


 アンが観覧席から飛び降りて。


 騎士達とぶっ飛ばし始めてすぐに。


「――っ!?」


 魔道の強い動きを感じて、わたしはオズワルドの方を見た。


 あいつは手に黒い球のような魔道器を持っていて。


 遠すぎて、そこに刻まれた刻印までは読めなかったけれど、すごく嫌な予感がしたんだ。


「――目覚めてもたらせ。コード・リライター」


 瞬間、オズワルドのすぐ横にいた男――確か宰相の息子のジュードとかいうヤツ――の目の前に光板が開いて。


「で、殿下? こ、これは?」


 ジュードが戸惑いの声をあげる間にも、光板に記された古代文字がすごい勢いで書き換えられていく。


「――おおおぉぉぉぉぉ!?」


 自分の身体を抱きかかえて、絶叫するジュード。


 その声に、この場にいた誰もが息を呑んであいつに注目した。


「――な、なにが起きている!?

 ジュード、おい、ジュード!」


 オズワルド自身も自分がしでかした事に気づいてないみたいで。


 ――瞬間。


「…………けひ」


 ジュードの声と共に、ゴキリと鈍い音が響いた。


 貴族達が悲鳴をあげる。


 オズワルトのすぐ隣で、ジュードは不自然なほどに身を仰け反らせ、そしてその首は真後ろを向いて笑みを浮かべている。


「――けひひひひ」


 骨がひしゃげる音が連続して、ジュードの身体は四足の――まるで犬のような体型へと変貌を遂げていく。


「――悪魔憑きかっ!?」


 手摺りを掴んで階下を見下ろした王様が呻き。


「そうだね。キミらはそうとも呼ぶね」


 イフューが手摺りの上で応じる。


「なにかの拍子に魔道器官の設定が崩れてしまった悪魔憑き……

 でもさ、アレは王太子が持ってた魔道器によって強引に生み出されたものだよ。

 ボクらは<解き放たれた獣>って呼んでる」


 と、イフューは後ろに倒れ込んだオズワルドを指し示す。


 あいつのすぐ横には、黒色の球が転がっていて。


「原理や理屈を知らなくても使えてしまえるのが、魔道器の利点であり欠点だよね」


 皮肉るようなイフューの口調に、王様は顔をしかめた。


「……愚か者め」


 王様が呟く間も、階下では混乱が広がっていく。


「――けひひひけひけひひっ!」


 まるで哄笑のような声をあげながら。


 ジュードだったものは、段上から飛び上がって、騎士の喉笛に噛み付いた。


「ああぁぁぁぁぁ――」


 鮮血が噴き上がり、首の骨が折れる嫌な音が響いて。


 しかし、噛みつかれた騎士は次の瞬間には、とろけるような表情を浮かべる。


「……けひひ!?」


「……感染型……やっかいな上書きがされてるね」


 イフューが言う通り、噛みつかれた騎士もまた、ジュードのように四足の獣のような体型へと変貌を遂げ……


 その間にも、ジュードは次の獲物を求めて騎士や議員に次々と飛びかかっていく。


 噛みつかれた者が見るみるに<解き放たれた獣>へと変貌を遂げていって、騎士も議員も悲鳴をあげて議事堂の出口へと逃げ出す。


 そんな混乱の真っ只中にあっても、アンだけは増え続ける<解き放たれた獣>相手に拳を振るい続けていて。


「――どうしよ、イフュー!?

 傀儡呼ぶ!?」


 わたしはイフューに尋ねたんだけど。


「いや、その前にお客さんだ」


 わたしの背後を見ながらイフューはそう告げて。


 だから、わたしは身をひるがえしてそちらを向く。


 途端、転移陣が出現して。


「――ごきげんよう、ひよこちゃん。

 そしてはじめまして、フィリップ陛下、ヘリック殿下」


 現れたのは笑みを浮かべるルミア・ソルディスと、あのパーティーの晩にも一緒にいた魔道士の男。


 わたしは一歩前に出て、王様とヘリックを背後に庇った。


「――ルミア・ソルディスっ!」


 ポーチから鬼道具を取り出し、わたしは容赦なく喚起。


「目覚めてもたらせ。ブルー・ゲイル!」


 竜属の鱗すら貫くっておばあちゃんが言ってた、必殺の光閃銃だ。


 蒼白の輝きが閃いて。


「――目覚めてもたらせ。バリア・シールド……」


 けれど、ルミアが喚起した結界と対消滅して、光閃は霧散する。


「ひよこちゃんは、ずいぶんと短気ねえ」


 ケタケタと笑う仕草さえも、わたしの神経を逆撫でする。


「……なにしに来た。外道」


 光閃銃を構えたまま、わたしが尋ねると。


「ようやく陛下が表に出てきてくれたのだもの。

 ちょっと聞きたい事があったのよね」


 ひどく無造作にルミアは歩を進め、王様用の椅子の肘掛けに腰をおろす。


「……ねえ、陛下。

 ルミアね、この国が欲しいの。

 陛下なら、盟約の詞を知ってるでしょう?」


 妖艶に微笑み、王様に流し目を向けるルミア。


「――ソーサル・スフィア・コラムの掌握が目的か!」


 イフューが驚愕の声をあげて。


 ルミアはその言葉に、けらけらと笑った。


「そうそう。

 さすがにすべてのソーサル・リアクターを書き換えて回るのはムリでしょう?

 だから、陛下。

 ひよこちゃんに代わって、ルミアを守護貴属にして欲しいのよ」


「……どういうコト?」


 尋ねるわたしに、イフューが肩に跳び乗ってきて応える。


「この国の人々の魔道器官によって形成されている魔道の流れ――いわゆる霊脈を握ろうとしてるのさ」


 ――霊脈。


 それはわたし達、守護貴属の力の源。


 わたしが無制限に鬼道具を振るえるのも、そこに接続しているから。


 おばあちゃんが亡くなった時に盟約と共に受け継いだ、わたしが守護すべき大事なものだ。


「おまえみたいな外道に、渡すわけがないだろっ!」


「あら、それを決めるのは、ひよこちゃんじゃないのよ」


 ルミアは右手を王様に差し出す。


「王太子になったから、てっきりオズワルドに継承済みかと思ってたのだけどね。

 陛下ぁ、ダメじゃないですか。

 盟約の詞もちゃんと引き継がなきゃ」


 クスクスと笑い、あいつはさらに続ける。


「いまルミアを守護貴属にしてくれればぁ、そこの魔女からこの国を守ってあげるし、なんだったらランベルクも滅ぼしてあげるわぁ

 賠償金の支払いに困ってるって、アンジェラ様も言ってたものねぇ」


 差し伸べた手を引き戻し、笑みにした唇に当ててルミアは言った。


「――さあ、陛下。

 取り引きしましょ?

 陛下だって、まだ王様でいたいでしょう?」


 妖艶に告げるルミアに。


 けれど、王様は不意に声をあげて笑い出した。


「――残念だったな。放浪の魔女よ!

 俺がなぜ、魔女殿との盟約を恐れて籠もっていたと思っている!

 破棄できるものなら、とっくに破棄していると思わんか?」


 王様の言葉に、ルミアは不思議そうに首を傾げた。


「それは……破棄には魔女の――ひよこちゃんの同意も必要だからでしょう?

 それに他の魔女がいなかったから、新たな盟約を結ぶことも……」


 そこに王様は浴びせかけるように言葉を重ねた。


「――仮に他の魔女が居たとしても、俺は新たな盟約など結べん!

 残念だったな!

 盟約の詞? なんだ、それは!?

 ――俺はそんなもの知らんぞ!」


 突き出たお腹をさらに突き出して、王様は自信満々に告げた。


「――はあっ!? フィリップ!

 キミ、オルランジュから継承せずに王位に着いたのかっ!?」


 これにはイフューも驚いたようで。


「――父上は急逝なさったからな。

 死に目に立ち会えたのは、幼かったヘリックだけだ」


 その瞬間、この場の全員の目が、ヘリックに向けられた。


「……僕は――」


 ヘリックはそう呟いて、胸の前で拳を握る。


「――なのねぇ……」


 途端、ルミアの顔が笑みに歪んだ。


 わたしがヘリックを庇おうとするより早く。


 ルミアの脇に控えていた魔道士の姿がかき消えて、魔芒陣と共にヘリックの後ろに出現する。


 ――短距離転移!?


 そう思った時にはもう遅くて。


「目覚めてもたらせ。バリア・フィールド」


 広がった虹色の結晶結界がわたしとイフュー、王様を観覧席から弾き飛ばす。


 とっさに浮遊の魔法をかけて軟着陸したわたしと王様は、さっきまでいた観覧席を見上げた。


「――クレアっ!」


 魔道士に抑え込まれたヘリックが、わたしを呼ぶ。


 ルミアの哄笑が響く。


「捕まえた捕まえた!

 ひよこちゃんを出し抜いてやったわぁ!」


「――ルミアぁ!」


 光閃銃を構えたけれど、魔道士の男はヘリックを盾にしてわたしに銃爪を引かせない。


「これでこの国のソーサル・スフィア・コラムはルミアのものっ!

 あなたは指を咥えて、その時を待ってなさいな」


 再び魔芒陣が出現して。


 次の瞬間、ルミアと魔道士の姿は、議事堂の隅で縮こまっていたオズワルドのそばに現れる。


「さあ、殿下。

 あなたを本当の王様にしてあげるわぁ。

 ――参りましょう」


 ルミアはオズワルドを立たせてそう告げて。


「それではひよこちゃん、アンジェラ様、そして陛下。

 ごきげんよう。

 生き延びられたら、また会いましょう」


 不格好なカーテシー。


 魔道士が再び転移陣を描いて。


 耳障りな哄笑を残して、ルミア達の姿がかき消える。


「――クレアっ!」


 <解き放たれた獣>達の相手をしていたアンが、わたしの名前を呼んでいる。


 ヘリックが連れて行かれた。


 守れなかった。


 涙が込み上げてきそうになるのはなぜだろう。


 銃把を思い切り握り締めて。


「あ――――っ!」


 わたしは喉が張り裂けそうなほどに叫んだ。

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