第4話 5

 議席に座った貴族院の議員達を見下ろし、私は思わずため息をつく。


 議題は独立したブラドフォードへの対処についてだ。


 私は満場一致で戦を望むと思っていたのだがな。


 議員の一部が和睦を結ぶべきと、強硬に反対しているのだ。


「……ジュード、なぜおまえの父まで和睦を論じているのだ?」


 ソフィスト宰相こそ、普段からブラドフォード家を疎んでいたというのに。


 私の問いに、ジュードは肩をすくめて。


「――父も古い人間ですからね。

 戦となれば、少なからず民に被害が出る。

 その責任追及を恐れているのでしょう」


 ……愚かな事だ。


 人は老いると保身に走ると聞くが、先日のポートランといいソフィスト宰相といい、そんなに自分の身が可愛いか。


「アンジェラは……ブラドフォードはこの国を滅ぼすと明言しているというのにな」


 あの傲慢な女が和睦など呑むはずがないだろう。


 もはや先にやるかやられるかのところまで来ているのだ。


 老人達はそれが理解できていない。


「……やはり頃合いか」


 今朝のうちに、ジュードには老人達を廃し、議員を世代交代させる事を告げてある。


 議事堂の外では、親のやり方に不満を募らせている子息達が待機中だ。


 私は立ち上がり、議員達を見回した。


「――諸侯ら、聞け!」


 ジュードが私の前に進み出て、議員達の注目を集める。


「いつまでまとまらない話を延々と繰り広げているのか……」


「――で、殿下?」


 ソフィスト宰相が進み出て、私に声をかけるが取り合わずに続ける。


「ブラドフォードとの戦は決定事項だ!

 いまさら和睦などありえん!」


「――それを決めるのは、議会です!」


 ソフィスト宰相の言葉に応じるように、議員達が怒声をあげる。


 思わず私は笑ってしまった。


「そうだろうとも。決めるのは議会だ。

 だが、王の意思に従わぬ議会などいらん!」


 ――癪な話だが。


 これは昔からアンジェラが唱えていた言葉だ。


 法衣貴族の言いなりになってはならない。


 議会を使いこなしてこその王なのだ、と。


 今、この場にあって、この説だけはヤツが正しかったと認めてやっても良い。


 私が手を上げると、入り口を警備していた衛士が大扉を開け放つ。


 騎士達がなだれ込んできて、講和を訴える法衣貴族達を拘束していく。


「――殿下!? これはいったい!?」


 騎士に抑え込まれながら、ソフィスト宰相がわめくが。


「――改革だ。

 保身と欲に目が眩んだ老人共ではなく、これからは世の中を理解している私達、若者が国を導いていく」


 私の言葉に応じて、開け放たれたままの大扉から私の意思に賛同してくれた貴族令息達が姿を現した。


 怒声と悲嘆を発する老人達と、私を称賛して歓声をあげる若者達。


 これを見れば、どちらが国を導くにふさわしいか一目瞭然というものだろう。


「さあ、新たな議員達よ。

 ブラドフォードへの粛清に賛同するものは声をあげよ!」


 騎士達に抑え込まれた老人達とは対象的に、新たな議員達は拳を振り上げる。

「――粛清を! ブラドフォードに粛清を!」


 その声に満足して、わたしは席に腰を下ろす。


「――こ、こんな事、陛下がお許しになりませんぞ!」


 なおもソフィスト宰相が食い下がるが。


「……父上、その陛下は自室に籠もって出てこないではないですか。

 魔女などというブラドフォードの虚言を恐れてね。

 そんな腰抜け、もはやこの国には要らないのですよ」


「――ジュード! 貴様、陛下になんという事を……不敬だぞ!」


 父上を傀儡にしていたクセに、不敬とは笑わせてくれるな。


 宰相が父上の権威の元に、国政を自由に操っていたのは知っているのだ。


「不敬はどちらだ。ソフィスト候!

 ――私を父上のように操り人形にできなくて残念だったな」


「――殿下! 私はっ!」


 食い下がるソフィスト宰相が、いい加減に煩わしくなってきた。


「私達はこれから、ブラドフォードをどう攻めるか話し合わなくてはならないんだ。

 ……老人達は退席してくれ」


 私が手を振ると、騎士達は老人達を立ち上がらせ、議事堂の外に引きずって行こうとした。


 その時だった。


 不意に議事堂に透き通った女の笑い声が響く。


「――ここまで黙って見させてもらったけど。

 まるで思い通りに行かなくて、癇癪を起こした子供のようね……」


 この声は――


「――アンジェラかっ!? どこだっ!?」


 視線を巡らせると、二階の王族観覧席で赤いなにかが動いて。


「ごきげんよう、久しいわね。オズワルド」


 真紅のドレスを身にまとい、不遜な笑みを浮かべたアンジェラがこちらを見下ろす。


 次いで赤毛の少女――あの時の魔女だ――と、ヘリックに支えられて、父上がアンジェラの横に立った。


「……オズワルド。

 おまえがここまで愚かだったとは……」


 まるで嘆くようにため息をついて、そう告げる父上。


「――貴様、あろうことか父上とヘリックを誑かしたか!」


 病床に伏している父上をこんな場所に連れ出すなど!


 私が怒りを視線に込めてアンジェラを見据えるが、ヤツは涼しい顔で笑ってみせる。


「むしろ陛下の目を盗んで、権威の簒奪を目論む方が問題じゃないかしら?

 陛下もそれを嘆いてらっしゃるのに、そんな事もわからないの?」


「――おまえが言わせているのだろう!?

 父上とヘリックを解放しろっ!」


 ふたりを人質に取るなど、卑怯な奴め。


 だが、父上は再び首を振って。


「……おまえを王太子にしたのは間違いだったようだ……」


 その瞬間、私の目の前が怒りで真っ赤に染まった。


「――騎士達よ!

 陛下はご乱心だ! アンジェラと共に捕らえよ!」


 私はなるべくして王太子になったのだ。


 父上であろうと、それを否定などさせぬ!


「……面白いわね」


 と、アンジェラが笑って、観覧席から飛び降りた。


 その手足には、あのパーティーの夜に着けていた手甲と脚甲が鈍い輝きを放っていて。


 着地から立ち上がったアンジェラは、真紅のドレスをひるがえして半身に構える。


「――捕らえられるものならやってごらんなさい!

 片っ端から鋼鉄をブチ込んであげるわ!」


「――行けっ! かかれ!」


 私の命に応じて、騎士達がアンジェラ目掛けて駆け出す。


 騎士達と乱闘を始めたアンジェラを見据えながら、私は懐から黒色をした球を取り出した。


 ルミアの義兄、ルーシオに預けられた護身用の魔道器だ。


 いざという時、喚起するようにと言われている。


「……今が使い処か」


 三十人の騎士を相手にしてもなお退かず、捕らえるのに<兵騎>二騎がかりでようやくだったアンジェラだ。


 まして今は、観覧席に魔女を名乗る謎の女も控えている。


 ここにいる騎士達だけでは、こちらの身が危ない。


 ――私は魔道器に魔道を通す。

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