第4話 4
お城の回廊を走りながら、わたしは顔が赤くなってるのを感じた。
なんだろう?
胸がドキドキする。
ヘリックが泣きそうになったのを見て、慰めなきゃって思った時はまだ平気だったのに。
彼が顔をあげて、わたしを見上げた時のあの目。
なにかを決心した時のアンによく似た眼差しに見つめられた時、わたしは心臓が跳ね上がったのを感じた。
顔がすごく熱くて、なんか恥ずかしくて。
とてもじゃないけど、ヘリックを見てられなかったよ。
ホントになんなんだろう。
慌ててヘリックの部屋を飛び出して。
それでも今も顔が熱い。
回廊の角を曲がったところで、わたしは壁に背をつけて呼吸を整える。
そっといま走ってきた回廊を覗き込むと、ヘリックが部屋に戻るのが見えた。
その横顔にまたドキドキと……ちょっぴりの寂しさを感じて。
ああ、わたしやっぱり、なんか変だ。
『――クレア、見つけたよ』
「――ぴゃっ!?」
突然のイフューの遠話に、わたし、思わず跳び上がっちゃったよ。
『? どうしたんだい?』
「な、なんでもないよっ!」
わたしはここに居ないイフューに、首を振って否定する。
さっきまでのとは別の……びっくりしたドキドキを落ち着かせて。
目をつむってイフューの感覚と同調する。
城のもっと奥の方……尖塔のある辺りの付け根に、イフューは今いるみたい。
わたしがアンとエドワードに今回頼まれたのは、シルトヴェール城に潜入して、ヘリックに計画の説明をする事。
そして、もうひとつ。
王様の状態を確認する事だったんだよね。
ヘリックのトコまではブラドフォードに仕える<影>の人に案内してもらったんだけど、王様は内緒で部屋を移ってたみたいで、<影>の人もわからなくてさ。
わたしがヘリックと話してる間に、イフューに探してもらってたんだ。
『いやぁ、苦労したよ。
この辺り一帯に隠蔽と忌避の魔法をかけてあってね。
<影>が知らないのも納得だよ』
そう告げるイフューの元へ、わたしはトランスポーターで転移する。
石造りの回廊の突き当り。
鉄縁で補強された扉がひとつだけあって。
「もし戦争で攻められた時の為の、王族の避難場所だね」
イフューの言葉を聞きながら、わたしは扉にかけられた魔道を探る。
確かに隠蔽と忌避、そして察知の魔法もかけられているね。
万が一扉を見つけて開けたとしても、術者に伝わる仕組みになってる。
だから、わたしはイフューを抱き上げて、透視の魔法で室内を確認。
トランスポーターで転移した。
部屋の中は、王様の居場所というにはあまりに質素な造りで。
何部屋かあるようだけれど、わたし達が再構成された部屋は、最低限の家具があるだけで、とても王様が暮らしてる部屋には見えなかったよ。
ここは応接室なのかな。
隣へ続く扉があって、念の為魔道を探るけど。
……今度はなにもなかった。
扉を開けると、そこには大きな寝台があって。
「――ヒ、ヒィッ!?
だ、誰だっ!?」
その上で、丸く肥え太ったおじさんが悲鳴をあげた。
「――アレが王様かな?」
「だと思うよ。エドを太らせたら、あんな感じじゃないかな」
わたしには暗くて顔まではわからないけど、夜目の効くイフューがそう言うなら、そうなのかな。
「――始めまして、王様。
わたしは果ての魔女のクレア」
「――は、果てのっ!?
お、俺を殺しに来たのかっ!?」
ひどく怯えた様子の王様に、わたしとイフューは顔を見合わせた。
「果ての魔女は我が国を見限ったのだろう?
そ、それで俺の命を――」
「――落ち着きなよ……どうも誤解があるようだね」
イフューが寝台に跳び乗ると、王様は息を呑んで後ずさった。
「確かに果ての魔女は、この国を見限った。
クレアは絶対に、この国を滅ぼすよ。
――それは絶対に、だ。
けど、だからと言って王を殺すとは限らないんだよね」
「そ、それはどういう?」
「さてはキミ、果ての魔女の盟約を正しく理解してないな?
盟約によって国が滅ぼされる時は?」
イフューは落ち着いた声色で、盟約の一節を王様に尋ねた。
「――そ、その原因となった者もまた滅ぼされる。
だ、だから王である俺を狙ってきたんだろう?」
ああ、そっか。
王様がこんなに怯えてる理由がわかったよ。
イフューもまた納得したようにうなずき。
「変なトコで責任感があるのは、エドの弟なんだなぁ」
思わずといったように笑って、イフューはさらに王様に歩み寄った。
「……安心しなよ。
ボクらは別にキミが原因とは考えていない。
まあ、一因だとは捉えているけどね」
「――で、では?」
「今日ここに来たのはさ、キミを見極める為がひとつ。
ま、これは国の腐敗が自分の所為って、そう考えてるようだから及第点かな」
アンの説明だと。
王様は優秀ではないけれど、それでも貴族院と国の板挟みになりながら、できる限りの事をしようとしてきたんだって。
十年前に戦争を起こしたのも、貴族院は利益目当てだったようだけど。
王様は鉱物資源の乏しいシルトヴェールで、なんとか新しい産業によって雇用を作りたかったんじゃないかって、エドワードが言ってた。
考えてみればそうだよね。
エドワードも開戦そのものには、反対しなかったんだもんね。
まあ、結果はさんざんだったけど。
「この国が滅ぶのは、貴族院と王太子――それに放浪の魔女の所為さ。
キミは王じゃいられないけど、エドのお願いだからね。
命までは奪う気はないんだ」
「ほ、放浪の魔女?
もしやそれは――オズワルドが入れ込んでいるソルディス家の養女の事か!?」
「そそそ。
――クレア」
イフューに促されて、わたしはポーチから手紙を取り出す。
エドワードから王様へのお手紙だ。
「はい、王様。エドワードから、です」
わたしが差し出すと、王様は恐る恐るそれを受け取って。
封蝋のブラドフォードの印を確認すると、慌てて中身を取り出した。
読みやすいように、わたしは照明用の光球を魔法で浮かべてあげた。
「……議会で……なるほど。選別をかけて……」
ブツブツ言いながら、食い入るように手紙を読み込んで行く王様。
「――そうか。憲法の守護貴属による特記条項を使って法を……」
やがて読み終わったのか、王様は顔をあげて。
「……兄上に了承したと伝えてくれ」
「わかっ……わかり、ました」
そうして役目を終えたわたしは、寝台からイフューを抱き上げ、王様を見る。
その表情は不安げで、けれどどこかヘリックに似た決意の色があって。
「……魔女殿。
民をどうか頼みます」
そう言って、王様はわたしに頭を下げたんだ。
驚いちゃったよ。
わたしね、王様はオズワルドみたいに、ひどいヤツだと思ってたんだ。
アンとエドワードに色々と教わった時も、きっと身内だから評価が甘いんだろうなって思ってた。
でも、そうじゃなかったみたい。
「……王様も、大変だったんだね」
わたしがそう言って肩を叩くと。
「お、おお、おお……」
王様は顔を両手で覆って、泣き出しちゃた。
こういう時、どんな言葉をかけるべきなのか、未熟なわたしにはわからない。
おばあちゃんにも教わってない。
「シルトヴェールを滅ぼすのは……もうどうにもならないけど。
――民は護るよ」
なんとか考えて、そう応えると。
「ありっ、ありがとうございますっ!」
号泣する王様に、それ以上の言葉をかけられなかった。
村の人達が、王様の悪口を言っている事についておばあちゃんに尋ねた時。
なんでお婆ちゃんが言葉を濁したのか、わたしはようやく理解できた気がしたよ。
王様でも……自由にならない事ばかりだったんだね。
「……また、明日ね。王様……」
なんだか悲しい気持ちになったまま。
わたしはアンとエドワードが待つ、ブラドフォードへと転移する。
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